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三話 『醜悪な冒険者と黄金の姫の逃避行・二』

 翌日。


 コータは、ヒーラレルラ王国領内の街道を東に向かって歩いていた。

 街道はひたすらのどかな草原で、たまに魔物が襲って来る程度、とても歩きやすい道なのだが……

 しかし、コータの歩む速度は非常に緩やかだった。


 その背中で、クロとロニエスが仲良く眠っているせいで……


「俺、寝ろって言ったよな? 領内の王国に追われている自覚あんのか? もしもの時は、コイツは捨てるか。昨日の予想が正しかったら、殺されはしないだろう。むしろ……」


 コータが運んでいるのは、クロとロニエスだけではない。

 旅支度が入ったバックパック二袋。

 薬や武器など、冒険者道具が入ったバックパック一袋。

 種類別に分け入るポーチが五つ……


「いや、どうせ、黒猫と身動きの出来ないガキじゃ、起きてても役に立たないか……起きてないほうが静で良いな……うん。間違いない」


 とは言え、流石に、これだけの『荷物』をひとりで運ぶのは無理がある。

 

(ちょっと値が張るだろうが、『馬車』が必要だな。次の町で買うしかないか)


「うっ……! ううっ」


 コータが四苦八苦しながら予定を考えていると、眠っているロニエスが苦しみ始める。

 悪夢を見ている可能性もあるが、この場合は薬切れ……


「ちっ。先ずはコッチか……」


 通常、次の町には、一日歩けばつく距離だが今のペースで、歩けば三日かかる。

 加えて、三時間に一回の間隔で、ロニエスは『万能薬(エリクサー)』を必要とする。

 昨日、作製した万能薬の数は五個。

 楽観的に見ても全く足りない。


(かといって、我慢出来るような痛みじゃないだろうしな)


 コータはロニエスを起こさず、口の中に『万能薬』を注ぎ込んだ。


「すーっ……すーっ……すーっ……」


 薬を飲んだロニエスは、再び穏やかな表情に戻る。


(これで、後、四個……か。夜まで持たないな。作ろうにも……)


「クロ。起きてくれ」

「にゃー?」

「隠さず言うが、お姫様の薬草が足りない。採ってきてくれないか?」

「ニャ!」


 クロは嫌そうにぷいっと顔を逸らした。

 ……可愛いけど。ま、そうだよな。


「悪い……忘れてくれ」

「にゃー……」


 クロはコータの使い勝手の良いペットではない。

 あくまで、同じ立場の相棒。それが、クロとコータの関係。

 ……嫌だと言うものをやらせるわけにはいかないし、やらせたくない。


「さて、じゃ。どうするか……俺が悠長に探していたら、追っ手に捕まる可能性が高い。……クソっ。やっぱり、俺は『お姫様を守る騎士』にはなれないのかな……」

「にゃーっ! にゃーにゃーにゃーッ!」

「クロ?」

「ニャー!」


 クロはコータから飛び降りると、草むらへ潜っていき、すぐに薬草を加えて戻って来た。


「にゃ?」

「クロ……」


 ……ありがとう。

 あきらかに、クロはコータの為に動く気になってくれた。

 そんな、優しい相棒に、『良いのか?』なんて言う様な、野暮な言葉は掛けられない。

 ただ一つだけ。


「集められるだけで良いからな? 無理だけはしないでくれよ? コイツより、クロの方がずっと大切だ」

「にゃん♪」


 クロはポーチに薬草を入れると再び、草むらに潜っていく。



 

 ロニエスは、生まれて初めて、心地好い目覚めを迎えた。

 今までは、眠っていると悪夢にうなされ、苦痛に悶える為、心からの安眠をしたことがなかった。


 だが、苦痛はコータの薬で和らぎ、悪夢はコータの背中の温もりが消してくれた。

 大きくて、暖かい、コータの背中……


 そして、太陽と土の香り……


(アナタと居ると、心が落ち着きます。『運命』と言うものがあるなら……それはきっとアナタとの出会いが……)


 ロニエスはそっと、コータの肩に額を当てた。

 その時。


「おいっ!」

「は、ハイッ!」


 あからさまに機嫌の悪そうなコータの声。

 ……何か気に障る事でもしてしまったのでしょうか?

 と、不安になる。


「お前、また、クサいぞ?」

「クサいッ!?」


 ロニエスは、王宮で、様々な人から『容姿』や『香り』を褒められた。

 でも、盲目だったロニエスには、容姿など、無いも同じ……香りもまた、人を判別する手段にすぎない。

 だから、人にどう思われようと心を揺らした事はなかった。


 だが、コータに『クサい』と言われると、心がドクンと跳ね上がる。

 コータに『不快』だと思われたくないと思ってしまう。

 その気持ちがなんなのか、ロニエスはわかっているが……今のコータには伝えられない。


「雌の香り……お前に、卑猥な事をしたくなる。なんとかしろ!」

「え? あっ……」


 コータが、言う『クサい』が、ロニエスのもつ、魅了スキルの事だと分かり、ホッと胸をなでおろす。

 スキルがどういうものなのか、触り部分は、コータに教わった。


「なんとかしろと言われましても……」

能力(スキル)は魔術と違って、法則はないが、身体機能の一部みたいものだ。呼吸を出来ない人間がいないように必ず、コントロール出来る」

「えっと……」

「今のお前は神経回路の狂った自動人形みたいなものだ。足を動かそうとして手が動く、手を動かそうとして頭が動く、みたいな感じだな」

「つまり?」

「……」


 急にコータは足を止め、ロニエスを片手で掴んで、前に吊し、向き合った。

 仮面の奥に光るコータの瞳が呆れているのがロニエスには分かった。


「もう、お前は、お姫様じゃないんだ。少しは自分で考えろ。独りになったらどうするつもりだ?」

「え? アナタが私を捨てない限り、私が独りになることはありませんよ? ずっと一緒に居ましょうよ♪」

「っ」


 ロニエスは本心から言ったのだが、コータにはソレが有り得ない事だと分かっていた。

 クロも大きなあくびで、ソッポを向く。


「……なにも知らない馬鹿ガキが」


 でも、少しだけコータは機嫌を直した。

 ……無邪気の邪気は、邪悪だが気持ちが良い。


「とにかく。お前の能力は『魅了』。しかも、常時発動型という珍しいものだが、俺は『耐性』があるからソッチは効きずらい」


 ソッチ、ということは、他にもあるという事。

 常時発動している『魅了』とは別の『魅了』


「先ずは、昨日も言ったが、『汗』だな」

「汗をかくなと!?」

「そうは言わない。だが、分かっていれば対処は出来るだろ?」


 言いながら、タオルをロニエスに投げるコータ。

 

「あっ。拭けば良いのですね!」

「そうだ。おそらくお前の『体液』は全て、『魅了』能力がある。エキスを搾って瓶にでも入れておけば、何時でも使えるな」

「体液って言わないでください。……っあ!」

「ん? 王宮で、エキスを搾られたか?」

「ううぅ……エキスって言わないでくださいっ!」


 事実だった。

 ロニエスは定期的に血液を採取されていた。


「まあ、『体液』もどうでもいいんだがな。所詮それも条件付きだが、常時発動型だし」

「もうっ! アナタはまたぁっ!」


 ポンポンとコータの胸を叩くが、コータは意に返さず、話を続ける。


「問題は、『匂い』だ」

「に、ニオイ? 私ってそんなに……」

「なに落ち込んでるんだ? これがお前の能力の真骨頂だぞ?」

「だってぇ~っ。『体液』とか『ニオイ』とか、そんなのバッカリなんですもん」


 八歳の少女の心境は、闘いに明け暮れる冒険者には理解不能の事だった。

 だから無視。


「『匂い』つっても『体臭』じゃない。心の機微によって変わる『匂い』だ」

「心のキビですか? なるほど」

「因みに機微ってのはこの場合『表面には見えない微妙な動き』だからな?」

「っ! し、知ってますよ~」


 唇が尖んがっていることを、伝えないのはコータの優しさ。


「でもでも、表面には見えない心の動きってなんですか?」

「お前、ガキでも、女だろ? 好きな男とか出来たことないのか?」

「す、好き!? そ、そんな人……っ!」


 チラッと、コータを見るロニエス。


「いないこともないです」

「なら、ソレだ」

「うう……分かったような。分からないような。悔しいです」


 ……分かってないな絶対。

 と、二人は同時に思いつつ、


「とにかく、お前の『匂い』が強くなる感情を見つけるんだ」

「ふわふわしてますね。分からないですよ~」

「だな。そう簡単に制御出来るようになるとも思ってない。ただ、お前の『魅了』はただでさえ強力なんだ。使いこなせれば、『サキュバス』だろうと『インキュバス』だろうと、思いのままだぜ?」


 サキュバスとインキュバスは、歴戦の冒険者も英傑も泣いて逃げ出す『魅了』使い。

 それは、世間にも幅広くしられている。


「そこまでですか?」

「ああ。実際、お前は、サキュバスなんかより、見てくれが良いんだ。その容姿で『魅了』使いなんて反則だぞ」

「良いとは思ってくれてるんですよね……」

「おい! また『匂い』が強くなったぞ?」

「……あっ。なんとなく、私の力、分かった気がします……そういうことですか。そうですか……」


 コータが『匂い』を指摘するとき、ロニエスが思っていた事は、『安らぎ』もっと言うなら、コータへの……


「分かったのか?」

「ハイ。やっぱり運命だったんですね。でも、この気持ちをコントロールするなんて出来ません」

「それじゃ困る」

「へ?」


 コータはロニエスの身体の向きを百八十度回した。

 そうなると質然的にロニエスは真後ろを向くことになるのだが、その目と鼻の先に、ゴブリンが居た。

 それも、十数体と大群で。


「あっ! アナタのお仲間ですね! こんにちわ。私、ロニエス・ヒーラレルラと申します」


 ニコッと微笑んで、ゴブリンに挨拶。


「ギャーーーッッ!」


 しかし、相手は本能的に人間を襲う魔物。

 ロニエスがいくら可愛くても、言葉も心も通じあったりしない。

 牙を向き、こんぼうを振り回した。


 ダァンっ!


 咄嗟にコータが飛び下がり、こんぼうを躱したが、その一撃は地面をグレネードで吹き飛ばしたかのように爆散させた。

 ……回避が一瞬でも遅れていたら死んでいた。


「ちょっ。今、鼻の先を掠めたんですが! どういうことですか! なんであの方達は同胞(はらから)を襲うんですか!」

「まず、俺はこれでも人間だからな。よく見ろ、体格が違うだろう。そして、人間同士でも殺し合うんだ。同胞(どうほう)同士だろうが敵なら殺し合うのが、王宮の外の摂理だ」


 ブンっ! ブンっ! ブンっ!


 ゴブリンの集団が、ロニエスを狙って、こんぼうを乱打する。


(狙いはロニエス。やっぱりか、多すぎると思ったんだ)


「ひぃぃっ! あ、当たりそうです。当たりそうです。死んじゃいます」


 温室育ちのロニエスは死の恐怖に、泣き叫ぶ。

 コータの背中に背負われていたら、少しは違っていたのだろうが、今は、右手一本でつままれ、ゴブリンの攻撃に晒されている。


 その様は、闘牛を相手に、闘牛士が振る、赤い(レッドフラッグ)

 そんな状況は、ロニエスでなくてとも怖いに決まっている。


「にゃー?」

「クロ。まだ、良い。何もしないでくれ」

「にゃ~ん」


 コータは、取り囲まれているコータを心配し、クロが動こうとするのを、止めて、


「おい。敵の数が多い。『悩殺』しろ」

「ええぇぇっ! ムリですぅ! 無理に決まっているじゃないですかぁーっ!」

「無理でもなんでもやれ! アレを引き寄せたのはお前の『匂い』だ」

「っ!」


 いくら魔物が人間を襲う本能があるとは言え、これだけの集団で現れることは少ない。

 そして、その狙いがロニエスとなると、


「モンスターの一部は人間の女を攫って、犯し、繁殖する。分かってるか? お前といる限り魔物に襲われつづけるんだよ。危なくて外を歩けねぇーじゃねぇーか」


 恐らく、ソレもロニエスが外に顔を出していなかった、理由の一つなのだろうと、コータは思う。

 それでも、


「お前が外を歩きたいなら、モンスターでも最下位のゴブリンぐらい、自力でなんとかする術を覚えとけ」

「……っ。……厶」

「ム?」

「ムリですッッ! 私が悪いのは分かりました。足手まといなうえに、足手まといなのも分かりました。でも、これはスパルタ過ぎますよぉぉぉおおーーっ」

「……ちっ。クソガキが、お前みたいな弱虫が『世界三大美女』の一人なんてな、他の二人に失礼だ」


 悪態を付いてから、ロニエスを引き戻し、背中に背負う。

 ロニエスは泣きながらその背中に縋り付いた。


「でも、アナタは助けてくれるって分かってますから」

「黙ってろ。舌を噛んで死んでも、俺の責任じゃないからな。それと、失禁するなよ?」

「……ハイ! ここなら怖くないですので」


 ブンっ! ブンっ! ブンっ!


 ロニエスが使えない変わりに、コータが闘う。

 とは、言うものの、事はそう簡単じゃない。


 ロニエスを背負いながら闘うとなれば、それなりの制限が付いて回る。

 コータはすぐに『識別眼』を開眼し、敵の正確な数を数える。

 その数、十八……やはり、少々きつい。


「モンスターの分際で人間の女の善し悪しが分かるのか……いや、コイツの女としての匂いが、モンスターすらも魅了する程、極上だという事か」

「極上だなんて……そんな……ダメです♪」


 コータの背中で、ロニエスがモゾモゾと動いたとき、強烈な『魅了の香り』が醸し出た。


「ギャーー……」

「ちっ……やるならやるって言えよ!」


 それは瞬く間に、ゴブリンとコータを悩殺した。

 ゴブリン達が気持ち良さそうに昇天していく中、カイルは舌を噛んで、痛みで理性を保つ。


「だが、よくやった。やれば、出来るじゃねぇーか」

「いえ、そんなに褒めないでください……何故か逆に落ち込みます」

「あ? わからねぇ奴だな。まあ良い」


 再び、モゾモゾしているロニエスに付き合うつもりはないコータは、昇天しているゴブリンを一体一体確実に、息の根を止めていく。


「ハハハっ。こりゃ楽で良い。やっぱり、育てるべき素材だな。なあ? クロ」

「にゃー♪」


 喜々としてゴブリンを肉塊へ変えていくコータと、嬉しそうに鳴くクロを見て、ロニエスは何か大事な心の機微がスーッと冷めていくのを感じた。


「アレ? おかしいです。運命ってなんだったのでしょうか? 私、何故この人について来たのでしょうか? アレ……」

「なぁに、ぶつぶつ言ってんだ。お前も喜べよ。これで晴れて役立たず卒業だぜ? 気にしてたんだろ?」

「……えっ。じゃあ、まさかっ! アナタは……」


 ドクンと、ロニエスの心臓が高鳴り、血液が沸騰した。

 その時、


「なにより、昼飯が確保出来たんだ。良かったな」

「ぇ? ……昼食ですか?」

「ああ……お前も昨日、喜んで食ってただろう? あの肉がこいつらだ」

「う……嘘ですよね」

「は? 嘘が分かるんだろ?」

「嘘……ですよ……うっ……うっ……ウロロロロロロロロっ」


 目の前の肉塊を、一瞬、同胞とまで思ったゴブリンを食っていたと言われれば、嘔吐もムリはない。


「おいっ! きたねぇな! 吐くなら俺に掛からないように吐け。って! また、モンスターが湧いてきたぞ? まさか、汚物にも群がる気か!」

「うう……っ。汚物って言わないでぇ……ください」

「なんでも良いから、もう一回、悩殺しろ!」

「それは……ちょっと考えさせてくださいぃっ」


◆◇◆◇◆◇◆


 なんとか集まってきたコブリンの群れを、コータが追い払い、再び、街道を歩いていると……


「ひぃぃぃっ! た、助けてくれぇぇーっ」


 道の先から、商人の格好をした集団が、荷物も持たずに駆け寄ってきた。

 コータはすぐに仮面を装置し、ロニエスにも帽子を深く被らせる。


「ア、アンタ! 冒険者か! 頼む助けれぇーっ」


 商人の集団はコータの足元に平伏し、何度も助けを求めて来る。

 コータはロニエスが何かを言おうするのを制して、


「何があったんだ?」

「こ、この先で、商隊がモンスターに襲われてるんですっ! まだ、逃げられていない奴もたくさん」

「は? 冒険者を雇ってないのか?」


 呆れ果てたとコータがぼやくが、商人達は恐慌に陥っていて要領をえない。

 どうしたものかと悩んでいると、


「助けを求めているんです。助けてあげましょうよー!」


 と、ロニエス。


「おいっ! 馬鹿! 勝手に喋るな!」

「……え?」


 すぐにコータがロニエスの口を押さえたが、遅かった……


「うあっ……てんにょおお……?」

「あばばば……」

「うあああああ」


 恐慌に陥っていてた筈の商人達が全員悩殺。

 昇天しているものまでいる。


「もはや、欲情すら出来ないか。一般人には、お前の全てが毒なんだ。声だけだろうとな。言っただろう」

「言ってないです!」

「おいっ! 喋るなって言ってんだろ!」

「はぅっ!?」


 ばたばたばたばた……

 商人達が気絶した。


 コータは大きくため息をついてから、商人の一人に、《万能薬》を飲ませて、『悩殺』を解除。

 目を覚ました商人の前で、ロニエスを降ろす。


(えっ? 捨てるんですか!?)


 といいたそうなロニエスと、まだ天を上っている商人に言う。


「様子を見てくる。商人。魔物が来たらその女を守れ。俺の女だ。傷をつけたら殺すからな」

「……は、はい。分かりました」

「お前は、商人達が襲いかかってきたら、悩殺しろ。魔物が来たら転移クリスタルを使え。俺の元に飛ぶ。良いな?」


 コクコクと頷く、ロニエスに万能薬を一つ持たせて、背を向ける。


「商人を殺すなよ? 襲いかかって来たとしても、それはお前のせいだからな?」

「ーーっ!」

「クロ。行くぞ」

「にゃー」


 ロニエスから負のオーラを感じたが、コータは気にせず、冒険者の装備を最低限もって、走り出した。

 道なりに走り、すぐに襲われている商隊を発見する。

 

(確かに多いな。五十はいるか? ……まさか、アイツが引き寄せた魔物じゃねぇだろうな)


 どうやら護衛の冒険者はいるようだが、魔物に取り囲まれて、逃げ道ないようだ。

 コータは、《ブロンズ・ソード》を抜いて、魔物の囲いを一足で飛び越える。

 ……中がどうなっているかは、入ってみないと分からない。


 すとんと、綺麗に飛び降りると、状況を確認。

 五人の冒険者パーティーが、魔物群れと交戦している。

 そのうち、三人の冒険者が、数十人の商人を守って戦い、二人の冒険者が、骨の魔物と戦っていた。


(ボーンナイト!? そりゃあ、手こずるか)


「そこの冒険者。助太刀するが良いな?」


 冒険者のマナーとして、モンスターとの戦闘に後から来た者が手を出してはいけないと言うものがある。

 そのための確認。

 すると、商人達を守っている冒険者の一人がすぐに答えた。


「ああっ! ありがたい! 助かる。むっ? ブロンズソード!? 初心者か? なら、コッチを手伝ってくれ」

「……いや。最上級冒険者だ」

「……ぇ?」


 素早くギルドカードを見せて、身分を証明し、


「そのまま、商人を護ってろ」


 ブロンズソードを担いで、ボーンナイトと闘う冒険者の増援に向かった。

 最上級冒険者であるコータが、低位冒険者の指示に従う義理はない。

 なにより……


「うわぁあああっ!!」

「アオっ!」


 ボーンナイトの相手をしていた冒険者の片腕が、骨剣によって切り落とされた。

 冒険者の使っていた獲物のロングソードがへし折られている。

 ……五人パーティー全員でかかれば、倒せるんだろうけどな。状況が悪い。


「俺がやる。引け」


 回復薬(ポーション)で、傷を回復しようとしている二人の冒険者の前に出て、剣を構える。

 ボーンナイトは、全身骨の人型モンスター。体格は、コータよりも二回り大きく、物理攻撃をほぼ無効にしてくる化け物だが……


「む、む、むちゃだ。そいつのパワーも硬さも桁外れ。ブロンズソードじゃ傷一つつかねぇーよ!。時間を稼ぐだけでいい。すぐに俺達も」

「そうか。知ってる」

「……ぁ?」


 コータは構わず、切り付けた。


 ガギィン! とブロンズソードが火花を放つが、ボーンナイトには傷一つ付かない。


「おっと。思ったより健康な奴だな。生前はミルクの愛用者だったか?」

「ほら、言っただろう! 待ってろ。すぐに――」

「だが、関係ない」


 冒険者の復活は待たずに、ブロンズソードを再びたたき付ける。


 ガギィン! 


 物理攻撃無効。

 骨なのだから痛みすら感じていない。

 ……が、コータは構わず更にブロンズソードで切り結ぶ。


 ガギィン! ガギィン! ガギィン!


 何度も何度も何度も、ボーンナイトの攻撃は全ていなし、一方的に攻撃していく。

 その様を見ていた腕を切られた冒険者アオが気づく。


「アイツ、斬ってない……殴ってやがる」


 その時、バギンっ! ボーンナイトの骨にヒビが入った。

 それは、打撃の蓄積によって起こる現象。

 それを見て、コータはニヤリと笑うと、剣を更に強く、たたき付け、


「覚えとけ。ボーンナイトの物理攻撃効は、ダメージにならないだけで、衝撃は蓄積される」

 

 バリンっ!


 遂に骨が砕け、片足が崩れる。


「蓄積させた衝撃はいずれ骨を砕く。シスターか魔術師が居ないと殺せはしないが、滅ぼせはする」


 言いながら、動きの鈍ったボーンナイトの頭を何度もブロンズソードで殴り、粉々にしてしまう。

 まだ、動く身体も同様に、粉々に砕いていく。


 唖然としている冒険者の一人が、


「おかしい。なんでそんな、めちゃめちゃな使い方をしてるのに武器が壊れないんだ?」


 そんなことを言ったことに、コータはため息をついてしまった。

 おそらく、この冒険者はブロンズソードを使った経験がないんだろう。

 初心者すらも嫌がるほど、切れ味も攻撃力も低いのだから仕方ないが、それには理由がちゃんとある。


「ブロンズソードは初心者用の武器だから、武器が壊れて死ぬ様なことがないように《不壊属性》がついてんだよ」


 絶対に壊れない。

 それこそが、コータがブロンズソードを愛用する理由。

 命を預けられる唯一の武器。


 そして、壊れないから手入れする必要もなく、買い替える必要もない為、節約になる。

 冒険者になって一度も、剣を買ったことがないのがコータの武勇伝の一つ。(誰にも話さないが)


「さて。厄介な奴は倒したし。後は……平気だな?」


 残っているのはゴブリン等のモンスター下位種。

 ボーンナイトと戦えた冒険者達なら十分。

 ……だが。


「腕を出せ」


 コータは腕の切られた冒険者アオに近づき、ちぎれた腕をくっつけて、《万能薬》を振りかける。

 するとたちまち、冒険者の腕が繋がった。


「暫く、動かすな。そのうち完全に元通りになるだろう。俺は、一度、戻って置いてきた『荷物』と、商人を連れて来る。良いな?」

「ああ……ああ! ありがとう。助かった。ありがとう」

「……」


 コータは冒険者の感謝には答えずに、来た道を引き返すのだった。



 コータは急いでロニエスの元に戻った。

 危険性が分からない場所に連れていくわけにはいかなかったとはいえ、身動きの出来ない少女を街道に放置してしまった。

 やはり、ロニエスの身を預かると決めた大人として、些か無責任過ぎたかも知れない。

 ……兎にも角にも急がなければならない。


 と、思って戻ってきてみたら……


「あーっ! 天女様ーっ」

「天女様ーっ」

「天女様ーっ」


 怪しい宗教団体の司祭の様に祭られていた。

 服も高貴な巫女装束になっており、帽子も一女笠にランクアップしている。


「あっ。お帰りなさい。怪我はありませんか?」

「お前……馬鹿だろ」

「いきなり不躾ですね! あ、喋ってる事ですか?」


 違う。

 目立っていることだと、コータは怒るべきか迷った。

 その一瞬の間に、ロニエスは笠の布を上げて、コータにだけ見えるようにこにこと微笑んだ。


「声だけですが、コントロール出来るようになったから大丈夫なんですよ?」


 エッヘン。

 鼻を伸ばすロニエスに、怒るタイミングを逃してしまった。

 仕方なく、次の行動に移り、ロニエスを背負おうと手を伸ばす……と、


「冒険者様~っ! 天女様は我等が」


 よく見たらロニエスは神輿に座っており、商人達がその神輿を担ぎはじめた。

 ……流石は商隊、なんでもある。


「そ、そうか。なら、ソイツを連れて、前の商隊に合流するぞ。モンスターは片付いた」

「ヘイッ! 行くぞてめぇら! わっしょいっ! わっしょい」

「わっしょいっ! わっしょいっ!」 

「……」


 コータは少し、商隊を助けたことを後悔するのであった。


「にゃ~?」

「クロ。アイツ、あのままのほうが、幸せになれる気がしないか?」

「にゃ~~♪」

「だよな……」


 冷めた視線で、商人達とロニエスを追って歩きながら、仮面を触る。

 人が大勢いるとどうしても気になってしまうのだ。


 そんな商人達と、商隊まで、戻った時には予想通り、モンスターは全て倒されていた。

 神輿に担がれるロニエスを不思議そうに見ながら、冒険者のリーダーであるアオと、商隊の隊長であるショウ老とコータで、話の場を開く。


「さっき言ってた荷物ってあの子? 随分、位の高い子みたいだな。もしかして訳ありなのか? 助けて貰ったんだ力になるぞ?」

「アイツの事はほっとけ……関わるとロクな事がないからな」


 ロニエスは魅了をコントロールして、顔も隠しているが、それゆえに余計な勘繰りを受けてしまう。


(やっぱり目立つなって言っておくか?)


 しかし、コータと居たときは見せなかった、穏やかなオーラをロニエスは発している。

 それを窘めるのは、少しだけ躊躇があった。


「それより。コッチも冒険者なんだ。報酬をもらわんと、やってられない」

「それはもう。わかって居ますのじゃ」

「ああ。アンタは命の恩人だ。仲間と話し合って、今回の俺達は報酬を全部アンタに渡すぜ」


 ショウ老人とアオが、金貨の山を、コータにみせる。

 それを『識別眼』で見たところ、三十万ミスルは行っていた。

 ボーンナイトを倒した相場としては、妥当なところ……だが、


「いや、金は良い」

「「え?」」


 驚く事でもない。

 金が欲しいなら、コータはもっと割の良い仕事が出来る。

 コータはただ、魔女を探すためだけに冒険者をやっているのだから、


「それより、馬車が欲しい。馬もな。後は……俺とアイツの事を誰にも言わないでくれれば、それで良い」

「そんなっ! それでは、ワシ達の気持ちが――」

「どうでもいい!」

「っ!」


 コータの大きな声が、お祭騒ぎだった場を白けさせてしまう。

 商隊員達の視線を受け、仮面触って一度、落ち着つく。


「あまりがないなら、別に良いが、俺達の事だけは秘密にしろ」

「な、なら、せめて、次の村まで馬車で運ばせてほしい」

「それも要らない!!」


 再び、コータの言葉が強くなったとき、


「なんでですか~? お言葉に甘えましょうよー! 皆で旅したほうが楽しいじゃないですか!」

「ニャーッ!(怒)」


 神輿に担がれるロニエスが口を挟んだ。 

 コータに口を挟むにゃーと怒ってる気がするクロを、コータは宥めながら、ロニエスをジロッと見つめた。

 そして、


「なら、お前はコイツらと行け。俺はクロとの二人旅に戻る」

「ぇ?」


 ロニエスの声から明るさが消えたが、コータは気にせず続ける。


「俺は、お前を拾った責任くらいは持とうとは思ってる。が、俺とクロは皆でワイワイ旅をするのが好きじゃない」


 正確には出来ない。なのだが、今、ロニエスにそれを言う必要はない。


「俺は止めない。お前の人生だ。お前が選べ。俺と来るか、商隊と楽しくやっていくか」

「……」


 ロニエスがコータから視線を外した……


「ふん。それで良い」


 そんなロニエスに、コータは初めて優しい声で微笑んだ。

 それはまるで、子供の旅立ちを祝福する父親の顔のようだった。


「いやぁ……」

「あ?」

「いやぁぁあッ!」


 ロニエスは、動かない筈の身体を必死に揺らし、神輿から転がり降りて、コータの背中にしがみつく。


「なんでですか! ずっと一緒に居ましょうって言ったじゃないですか! 私を救ってくれるって言ったじゃないですか! 簡単に置いていかないでくださいよ!」

「そうか……悪かった。だが、お前を救える人間はいくらでもいる。俺といるよりも、こいつらといるほうがお前の為になると思ったんだがな」

「私を救ってくれるのは、アナタなんです。アナタじゃないとダメなんです! なんで分かってくれないんですか?」

「いや、誰でも良いだろ」

「ダメなんです!! とにかく、約束したのはアナタなんですから! 責任を取ってください」


 ロニエスは精一杯の力で、コータの背中に抱き着いた。

 もう離れないとそう決めた。


「ニャーッ!!」

「ひゃぁー」


 しかし、クロの爪に顔をギザギザに裂かれてしまうのであった。



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