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二話 『醜悪な冒険者と黄金の姫の逃避行』

「え? 嫌だけど?」

「え……?」


 コータは、泣き止んだロニエスにそう言って、立ち上がり、頭を撫でた。


「ほら、お前の病気は治るんだ。何もなくなんてない。いや、むしろ、お前はまだ、何も手に入れてない。無くしていない。先ずは自分の身体を手に入れてみるんだな。……ま、俺には関係ないがな」

「……っ」


「じゃあな」と言って、ロニエスの頭から手を離したコータは、城の出口に向かおうとする。


(ここまで、王族と関わったら。もう、この国には居られない。早いとこ国を出た方が良いな)


 そのタイミングで、


「き、貴様ぁあ! 姫様に何をしている!!」

「ちっ! 長居し過ぎたか」


 城に詰めている騎士が登場。

 こうなることは、ロニエスの話を聞くと決めた時に十分予測していたこと。


(早いとこ……なんてのんびりした事も言ってられないか。今すぐ、動かないと捕まる)


「なっ! 化け物!? ひぃ……っ! 姫様から離れろ!!」

「クソっ! 仮面!?」


 ロニエスに仮面を外されたせいで、コータの悍ましい素顔を見た騎士が、問答無用と取り囲む。

 その数は数十人に登る。

 その全員から、化け物を見る瞳で見られた。


「見るな! クソっ!」


 普段は、そんな視線を受けなれているコータだが、これだけ大勢に同時に、となると、嫌な記憶が脳を揺らす。

 

「……ハッ!」


 そんなコータの動揺を、ロニエスは察する事が出来てしまった。

 そして、世間知らずのお姫様は……


「お止めください! この方は……私を助けてくれたのです」


 そう言って、コータを庇おうとした。

 それは、真実なのだが……


「卑劣な! 姫様を洗脳し、そんなことを言わせて何を企んでいる!? 悪魔め!」


 時として、真実は何の意味も持たない。

 ロニエスにコータがいくら凛々しく見えようとも、騎士には異形の(もののけ)にしか見えない。

 そう思い易くなる《呪い》をコータは持っている。


「その声はリゲルさんですね。それがリゲルさんの姿……まがまがしい」

「おい……だから、俺を基準にするな。向こう側がお前の世界だ」


 さっさと行け。と、コータはロニエスの背中を押すが、


「嫌です!」


 と言って、コータの腕にしがみつく。

 そんな光景が、


「姫様にッ! 触るなぁぁぁああーーッ!」


 ロニエスにリゲルと呼ばれた女騎士の逆鱗に触れた。


 斬ッ!


「ッ!」


 神速でコータに接近し、騎士剣を振り抜いた。

 間一髪。コータは、愛剣ブロンズ・ソードを割り込ませ受けるが、受け止めた手がビリビリと痺れる感覚に戦慄する。


(流石は王宮勤めの王国騎士。洗練されている。他の奴もこのレベルだとすると、少し厄介だ)


「姫様を! 姫様を返せぇぇ!!」

「別にこんな問題の多いガキ。いらねぇーよ!」


 つばぜり合いは囲まれて不利とみて、垂直飛び。

 リゲルの剣をいなして、腕を掴み、引きながら顎に膝を叩き付けた。


「ガァーーッ!?」


 下顎が砕け、口から血をばら撒きながら、真上へ吹き飛ぶリゲルの横顔に、身体を捻って回し蹴り。

 直撃。

 垂直から一転、真横に吹っ飛んでいく。


「あっ……あっ……! なんて事を……っ!」


 初めて見る人の血と、闘いに、引き攣った声を上げるロニエスを置き去りにして、闘争は更に激しさを増していく。


「《炎よ来たれ》!」

「《嵐よ来たれ》!」

「《雷よ来たれ》!」

「……ちっ! 今度は魔術かよ!?」


 呪文を唱える三人の騎士の腕に、魔術文字が円を描いて浮かび上がり、紫電の雷激が、豪炎の炎弾が、風刃の嵐が、コータに飛来する。


「……ッ!」


 飛び下がって避けようとしたとき、気付く。

 魔術の攻撃射線にロニエスが入っている事に……


(おいおいおい! 騎士が姫を誤爆とか、お茶目じゃすまねぇーぞ!? ちっ! 仕方ない)


 空中で、ロニエスのドレスを掴んで、一緒に飛び下がる。

 回避。


「くっ! 姫様を離せ!」

「……」


 コータはロニエスから仮面を奪い、はめながら激しい怒りを覚えていた。


「お止めください。何故、私の話を聞いてくれないのですか……この方は――」

「無駄だ。辞めとけ。あいつらの狙いは、元々。『ロニエス様』みたいだぜ?」

「……え?」


 最上級冒険者のコータと、渡り合えるほど研鑽を積んでいる騎士が、うっかりとロニエスごと攻撃するなんて有りない。

 ……だが、うっかりと見せ掛けること、なら出来る。


 コータのその言葉に、騎士達がニヤニヤと笑ったのが良い証拠。


「なんで……」

「俺が知るか、そんなこと。王族の権力争いとかに……いや、案外俺のせいなのかもな」


(ロニエスの病は殆ど先天性のものだったが、明らかに後天性のものもあった)


「悪評の高い冒険者が、『黄金の姫』を殺したってなれば、全然問題ないからな」

「そんなことをして、何の得があるのですか?」

「さてな。でも、俺、『とある国』から永久追放されて、信じられないほどの賞金をかけられているからな」

「やっぱり、あたなが『少年』なんじゃないですか~~!」

「今は青年だ」

「そういうことじゃないですよー!」


 ロニエスを、護りながら、騎士達の魔術攻撃を交わし、一度、茂みに身を隠した。

 ……と、言ってもすぐに見つかる場所。


「騎士としては最悪だけど、ま、権力にあらがって姫を護っても、お姫様って奴は、『顔が醜くなっただけで』婚約者に泥を投げて来る奴らだから、護り慨がないのもわかる」

「そんなこと私はしませんよ!!」

「……さて」


 一呼吸おいて、コータは、ロニエスを、茂みに寝かせる。


「この状況で置いていく気ですか!?」

「俺が居なくなったら、奴らにお前を殺す理由はなくなるだろう」

「いえいえいえ! それ、貴方の予想ですよね? 問答無用で切り捨てられる可能性だってありますよ」

「……頭の回る八歳児だなぁ。なら、安心しろ。さっきのリゲルって頭の固そうな騎士は、おそらく、お前の味方だ。奴を頼れ」

「リゲルさんは貴方が、気絶させちゃったじゃないですか!」

「……」


 ザザザザザ……


 ロニエスと言い争っているうちに、騎士達に取り囲まれた。

 ……逃げ場はない。


「じゃあ、どうしろってんだ? 悪いが俺は俺の目的がある。お前の騎士になんて、なってる暇はねぇぞ?」


 ロニエスは、コータの言葉に殺気が交ざるのを感じて唾を飲んだ。


(この方は……私を殺せる……殺せる? ……本当に?)


 そして、震える唇で、コータに二度目にして最後になるかも知れない願い事を口にする。

 一度目は、『殺してください』だった。

 ……二度目は。


「私は……死にたくありません! もっと、世界を見てみたいです。色んな物を触って、手に入れてみたいです。だから……どうか! 私を、救ってくださいっ!!」

「……」


 真逆の頼みだった。

 コータは真剣な瞳でロニエスを見つめ……


「フッ……悪くない」

「え?」

「どうせ、俺も逃げるんだ。一人だろうと二人だろうと同じ事……助けてやるよ、お姫様」


 そういって、ポーチから魔石を一つ取り出してロニエスに見せた。


「《転移クリスタル》。使えば、俺の相棒が持ってるもう一つの《転移クリスタル》の場所に瞬間移動出来る」

「凄い……」


 確かに凄いもの。

 その辺の冒険者じゃ、一生拝む事がてないであろう。最高級アイテム。


「だが。本当に良いのか? 俺と来たら、もう二度とここには戻れないぞ? 家族も友も、何もかも捨てて、行く当てのないその日暮らしの放浪生活。それでも良いのか?」

「っ!」

「これだけの騎士達が全員お前を暗殺しようとしてるはずがない。今ならまだ、その目を持って平和な日常に戻れるぞ? ……それでも良いなら、クリスタルを触れ。ここが最後の境界線だぞ?」

「私は……」


 ロニエスは今日、初めて光を見た。

 世界を美しいと思った。

 だから……答なんて決まっていた。


「私は家族の顔も知りません。あったこともありません。ずっと一人でした。だから、貴方が最初の親しい人です! 私は貴方に着いていきたい」


 迷いなくロニエスがクリスタルに触ると、クリスタルが輝き、光に包まれる。

 ……光が消えたとき、コータとロニエスは騎士達の前から忽然と姿を消していた。







「にゃ~~♪」


 所変わって冒険者ギルドの宿屋。

 そこで、クロはコータの使ったシーツに顔を埋めて、その匂いを楽しんでいた。

 コータがいない時に行う、クロのお気に入り遊びである。


「にゃっ! にゃ~」


 遊びに夢中になっていたクロはそろそろコータが帰ってくる時間なのを思いだし、水樽の水を使って尻尾の毛並みを整える。

 粗暴な冒険者のコータはあれで、綺麗なものが好き。

 クロがこうして毛繕いをしておくと、コータが無意識に撫でてくれるのである。


 一通り毛並みを整え終わった時、クロの首輪にハマっているクリスタルが光り輝いた。

 そのクリスタルが輝くとき、コータが帰ってくる事を知っているクロは、晴れやかな気持ちでコータを迎えた。


 ピッカーン!


「にゃっ!? にゃにゃにゃ!!」


 しかし、光が消え、クリスタルが砕け、コータが現れたとき、その隣に少女がいた。

 しかも、クロから見ても結構というか、かなりというか、凄まじく可愛い女の子。


「わっわっ! 本当に違う場所になりました~! 凄いです。凄いです!」

「まあな。そういうアイテムだからな……それより早く逃げる支度を――」

「にゃぁーーッ!!」

「キャーッ!」


 ……ユルサナイ。

 クロはコータの隣に当たり前のようにいるロニエスに爪を立てて飛びついた。


「な、なんですか!? この醜いケダモノは!」

「キィーッ!」

「おい、馬鹿。なんて事を言う。ソイツはクロ。俺の最高の相棒だ」

「にゃーッ! にゃーッ!」


 コータの言葉に呼応して、クロはロニエスの肌に、爪を食い込ませ、ドレスから露出している肩に牙を突き立てる。


「痛いっ。あの、私、食べられてるんですけど……た、助けてください」

「じゃれてるだけだろ? クロは人を食べたりしない」

「い、いえ。何故か分かりませんが、このケダモノから強い憎悪を感じます。鋭いナニかが食い込んでます。食い込んでます!」


 割と深く肉に突き刺さっているクロの爪と牙は、ロニエスの肉をえぐり出血させているが、コータは逃走の準備で振り向かない。

 そして、爪と牙を持つ猫を初めて見るロニエスには、言葉で説明が出来ない。

 その上、身体を動かせないため抵抗も出来ない。

 それを良いことに、クロは更に深く爪を出し、ロニエスの顔を引っ掻きまくる。


 ザクザクザク。

 

「痛いっ。痛いです。酷いです。や、辞めてください。た、助けてください」

「……ん? クロ。何かやってんの?」

「にゃ~~♪」


 可愛い声。

 振り返る必要もない。

 時間が一刻も惜しいコータは、そう判断した。

 そして、荷物を纏め終わり、振り向いた頃には、ロニエスが血の海に沈んでいた。


「クロ!?」

「にゃ~~?」


 我関せずと、顔を背けるクロだが、その牙と爪に着いた血液は隠せていない。

 

「全く……仕方ないな」

「にゃーーっ!!」


 コータは慌てず騒がず、ポーチから《万能薬(エリクサー)》を取り出して、ロニエスに振りかけた。


「はっ! 私……今。この色と同じ綺麗なお花畑にいました」

「それ、近くに川が流れてたりしたか?」

「『川』?」

「ああ……いや、知らないなら良い。クロ!」

「にゃ~~ッ!!」


 コータに呼ばれたクロが全身の毛を逆立てる。


「……」

「にゃ~ん」


 ここで初めて悪びれた声を出したクロを、コータは笑って抱き上げるとその頭を撫でた。


「別に怒りはしないさ。ただ、もう辞めてくないか? アイツはこれから暫く、一緒に過ごす事になるんだから」

「にゃ~!!」


 一緒に過ごすと言われ、クロは再び爪を出し、ロニエスを睨んだ。


「クロ!」

「にゃ~ゃ~にゃ!」

「あんなガキに、なに嫉妬してるんだ。大丈夫。……前みたいに、お前をのけ者したりしないさ。約束する」

「にゃ~にゃ?」

「ああ。本当さ。俺にとってクロが世界一可愛い相棒さ」

「にゃ~~♪」


 クロは顔を赤くして、コータの腕から飛び降りると、シーツに包まってジタバタし始める。

 

「あの……アナタは、あのケダモノの言葉がわかるんですか?」

「……」

「あの……?」

「いや、全く解らない。そんなことより、お前。次にクロをケダモノなんて言ったら八つ裂きにするからな?」


 ギロリ。

 

「っ!」


 コータが時折見せる、肉食獣のような瞳に、ロニエスは死を感じる。

 その重さに、ロニエスは言葉を発せず、首を縦に振るしかなかった。

 コータはそんなロニエスを見て、ため息をつくと、視線を外し、再び大きな袋を漁り始めた。


 ……それが、ロニエスには堪らなく疎外感を覚えた。

 そして、気付く。

 ロニエスはコータにとって、ただの他人でしか無かったということに。

 光を与えてくれた人とはいえ、初めて外の世界を見るといえ、はしゃぎ過ぎてしまった。

 そして、もし、コータに愛想を尽かされ、捨てられてしまったら、一人で歩くことも出来ないロニエスは、どうなってしまうのだろうか?


「申し訳ありません……」

「別に俺は怒ってない。酷い事を言われたのはクロだ。『醜いケダモノ』なんて言われたら、誰だって嫌なものだ。だから、クロも怒ったんじゃないか?」

「っ!」


 コータに言われてから、ロニエスは自分の愚かさにハッとして、悶えて居るクロに頭を下げた。


「クロ……さま。平に、平に謝罪いたします。どうか、ご温情をおかけください」

「にゃ~?」

「お願いします」

「にゃ……にゃ~♪」


 猫より頭を低くして謝る態度に、クロは、シーツから顔を出し、慎重にロニエスの様子を窺ってから、


 ぷにぷに♪


 肉球をロニエスの頬っぺたに当てた。


「あっ……。気持ちい」

「にゃ~♪」


 そんな温まる光景を見て、コータが安心して視線を外した瞬間。


「にゃ~ん♪」


 爪を出して、ロニエスの横顔をひっぱいた。


「あんっ!」


 クロは簡単に、懐かないのである。

 暫くして、ロニエスの傷に、気づいたコータが……


「おっ? クロと少し仲良くなったのか」

「どこがです!?」


 キレのあるツッコミだった。


 ……それから、『暫く待っていろ』と言って、外に出ていたコータが戻って来ると、ロニエスに、


「脱げ」


 と、迫った。


「……っ!」


 普通の八歳児には意味の解らない命令。

 しかし、王国王女であるロニエスは、そっちの教育が行き届いていた。


(冒険者は……そういう欲が強いと聞きます。……初めてですが、上手く出来るでしょうか? 不安です)


 不安だが、助けてもらっている身のロニエスでは、ここで断る事は出来ない。

 これがパワハラというもの。


「……っはい」


 ロニエスは小刻みに震えながら、ドレスをスルリと脱ぎ捨てて、


「ふつつか者ですが……末永くお願いします」

「にゃ~~ッ!!」

「ひゃーーッ!!」


 再び、クロに刻まれるのだった。

 コータは呆れながら、《万能薬(エリクサー)》を振りかけて、ボロボロの布のドレスと帽子を投げ渡した。


「馬鹿やってないで、早く着ろ」

「あの……えっと。これは?」

「お前が普通の格好をしていたら、綺麗過ぎて目立つんだよ」

「綺麗……っ。 (赤面)」

「にゃーーッ! (怒)」

「ひゃーーッ! (驚)」

「良いから!! 早くしろ!!(怒)」


 一喝すると、ロニエスとクロが、ビクンと身体を振るわせて、じゃれつくのを辞めたのだが……

 結局。

 コータの前では着替えたくないと、ロニエスがゴネて、時間がかかったのだった。


 その後、夕方、行商に行来する商人達に紛れ、王都を早々に離脱したコータ達が、街道を歩いていると、


「うっ……あっ! ゴホッ……ゴホッ……ゴホッ……」


 突然、ロニエスが苦しみ始めた。


「どうした?」

「いえ……ゴホッゴホッ。なんでもありません」


 急激に高熱になった体温と、大量の汗、コータが一歩動く度に、ロニエスが呻き声を抑えている。

 明らかに身体に異常が起きている。


「身体が痛いのか?」

「そんなこと……っありません」


 ……嘘にしか聞こえない。


 コータは魔石時計と、後ろ見て、予定の半分も進んで居ないことにため息をつく。

 おそらく、ロニエスもそれを知って、嘘をついて居るのだろう。


「クロ。ここで、夜営にする。準備してくれ」

「にゃ~♪」


 言いながら、草原にシートを敷くと、そこにロニエスを降ろす。


「なっ! そんなっ。私なら平気です。今日は峠の村に行くと言っていたではありませんか!」

「そうだな。ここまで進行速度が遅くなるとは思ってなかった。二人旅に慣れすぎてたか? それとも荷物が大きすぎたか。どちらにせよ。『俺』の予測が甘かった。それだけだ」

「ッ!」


 あくまでも、自分の責任だと言いながら、コータはバックパックから薪を綺麗に並べていく。

 更に、仮設テントを組み立て始めた。

 クロも、魔法で、薪を点火、氷壁を造る。


「ぐぅ……ッ! ゴホッ……ゴホッ……」


 そんなことをしていると、いよいよロニエスの体調が悪化した。

 コータは夜営の準備の手を止めて、ロニエスの額を触り、熱を確認。

 異常な高熱に顔をしかめて、ポーチを漁った。


「で? 薬が切れたんだろ? 何時もは何を使っていたんだ?」

「……」

「おい。余計な気を回すな。倒れられる方がめんどくさいってのが解らないのか?」

「……っ」


 ロニエスは全身の激痛より、自分が何をどうしようと足手まといでしかないことに、胸の痛みを感じた。

 ……コータと共に行くということは、その痛みに耐えつづけないといけない。

 悔しさ、恥ずかしさ、情けなさ、そんな感情を全て心の奥底に閉じ込めた。


「薬師さまには『万能薬(エリクサー)』を処方されていました」

「『万能薬(エリクサー)』……ね。暗殺されてた割には、随分と可愛がられたようだな。……暗殺は思い違いかもな。失敗ったか? いや、今更か」


 万能薬は非常に高価な薬。

 延命措置とは言え、それを常用させていたなると、一国で賄う事はかなりの負担になっていた筈。

 可能性として、ロニエスの暗殺は、やはりコータの勘違いだった。そんなことも有り得る。

 そうなるとコータは、言い訳の余地もなく、『黄金の姫』を誘拐した極悪人になる。


 そんな最悪な予測を、一言で切り捨てると、『万能薬』を取りだし、ロニエスに渡した。


「自分で飲めるな?」

「……この液体は?」

「さっきから、お前に掛けてただろ? 『万能薬』だ。今度は口飲するんだぞ?」

「……はい」


 ロニエスが薬を一口飲むと、身体の倦怠感が劇的に改善された。

 普段飲んでいた『万能薬』よりも飲みやすく、効果も高い。


「……っ。これが『万能薬』?」

「あ? 疑ってるのか!? 嫌なら飲まなくても良いぞ?」

「いえ……そうではなく」


 不機嫌になったコータが、取り上げようとしたのを見て、慌てて飲み干してしまう。

 すると、コータは瓶を回収し、もう一度、ロニエスの額を触った。


「ふんっ。効いてんじゃねぇーか。それじゃ、寝ながら少し待ってろ。後でその汗を拭いてやる」

「は……い……」


 身体に羽が生えたと錯覚するほど、楽になったロニエスはコータの言葉を聞くまでもなく、瞳が勝手に閉じていた。


 すーっすーっと、寝息を立てるロニエスに、コータはシーツを掛けて、再び夜営の準備に取りかかった。




 夜営の準備を終え、夜も老けてきた頃。

 ロニエスは再び、身体に痛みを感じて、目を覚ました。

 眠れない夜がまた始まる。


「ん?」


 その時、ロニエスは、垂れ幕で分けられたテントの奥に明かりが灯っている事に気がついた。

 好奇心で垂れ幕をたくしあげ覗いてみる。

 すると、そこには、机に向かって何かをしているコータと、その手元で、コータを眺めるクロがいた。


「にゃーーッ!」

「ん? なんだ?」


 そんなロニエスに気づいたクロが威嚇し、コータも気付く。


「にゃーーッ!」

「クロ! 待て」

「にゃ」


 今にもロニエスに飛び掛かろうとするクロを、コータは(いさ)め、


「お前か……どうした? 薬が切れたのか?」

「い、いえ……あっ。はい。少し……すみません」


 ここで、嘘をついても、コータに迷惑が掛かるだけ、ロニエスはソレを学んでいた。


「謝らなくていい。それより、我慢は出来ないか?」

「出来ますっ!」

「そうか。なら、ちょっと待っててくれ」


 ロニエスにそういったコータは、クロの毛並みを撫でながら、ゴソゴソ何かをやっていた。

 草と土と水の香り。

 ……好奇心。

 まだ、八歳のロニエスは堪らなく気になった。


 コータは、そんなロニエスのもじもじしている動きを、背中で感じて、軽く笑い、


「別にコッチに来て良いんだぞ?」

「……あっ。良いんですか?」

「にゃーーッ! (威嚇)」

「クロ。悲しいな。そんなに俺が信じられないとは」

「にゃ~~ん!!」


 コータの言葉に慌てたクロが、ロニエスのシートを噛んで引きずりコータの隣に座らせた。


「あ。クロさま。ありがとうございます」

「にゃん!」


 クロはそのままコータの肩に飛び乗って、尻尾を振った。

 そんなクロをロニエスも微笑ましく思えて来る。


「アナタは何をなされて居るんですか?」

「薬作り。今日、誰かさんのせいで、大量に消費したからな」

「にゃ~~ん」「すみません」


 クロとロニエスが同時に声を上げた。

 コータはロニエスの額にデコピン。


 ぺしんっ!


「あぅッ!?」

「ずっと思ってたが、悪くもないのに謝るな。お前は襲われただけだろ。将来安い女になるぞ?」

「す、すみません」

「おい……」

「っ! 申し訳ありませ……あれ? どうすればよいのでしょうか?」

「俺に聞くな」


 コータは作業に戻り、朝、取った何種類もの薬草を混ぜ合わせ、すり潰していく。


「もしかして……『万能薬』を自分で作成しているのですか?」

「まあな。普通に買うと高すぎるし、効能の微調整が出来ない。結果、自分で作るようになった」

「凄いです。……だから」

「いや、地味で時間がかかってめんどくさい上に、回復魔術の方が効果が高いから、誰もやらないだけで、やろうとすれば、誰だって出来る」


 っ! それだ! ロニエスは天啓とばかりに瞳を開け、


「なら、私にもやらせてください!」

「は? まともに四肢が動かない奴に出来る訳ないだろう」

「ううぅ……アナタはっ!」

「それより、さっきの薬はどうだったんだ? なにか思うことはあったか?」

「ありません!!」


 プイッとロニエスが顔を背けたのを見て、


「そうか……なら良いんだ」

「……っ」


 コータが、淋しそうな声を出した事に、ロニエスは驚いた。


(あっ。そうだ。この人も、ずっと独りだったって……)


 生まれた時から何も持っていなかったロニエスと、全てを失ったコータ。

 その近い境遇に、胸の内が熱くなるのを感じて、コータの腕を掴みたくなった。


「にゃーーッ!」

「っ!」


 しかし、それはクロが許さない。

 コータに触っていいのは自分だけだと、爪を出す。

 ロニエスが驚いて、腕を引くと、クロは爪をしまい何もなかったように、コータの肩に戻った。


 そして、しばらく無言の時が、流れた後。

 コータの薬が完成し、ロニエスが服用する。

 すると、再び、ロニエスの苦痛は和らいでいく。


「よし。薬はそれで良いみたいだな。だが……根本的な解決にはならないか」

「すみません」

「……」

「す、すみません! つい、癖で」

「つまらない癖だな」

「すみません……あっ」


 ロニエスは、何度も謝る口を抑えるが、そっちもそっちで、なんの解決にもなってない。

 ため息をついて、ロニエスを抱える。


「まさか! 捨てる気ですか!」

「汗くさいから、身体を拭いてやる。飯も食うだろ?」

「臭いんですか!?」

「いや……極上の雌の匂いだ。俺の正気が持たない程の」

「……ぇ。(赤面)」


 ロニエスの汗の匂いは、禁断の蜜の香り。

 嫌でも男の本能を刺激し、悩殺(チャーム)する。

 世界三大美女の名は伊達ではないのである。


 コータに子供を襲う趣味はないのだが、ロニエスは別。

 その香りで悩殺される前に、汗を拭き取らなければ、何をするか自信がなかった。


「あの……別に良いんですよ? 殿方(アナタ)についていくと決めた時から、覚悟はしていましたから」

「は? なんで、俺が好きでもないガキに、悩殺されなきゃいけないんだ」

「……好きでもない」

「にゃ~♪」


 コータは淡々とロニエスの服を脱がせて、水に濡らしたタオルで、汗を拭き取っていく。

 それだけだった……

 そして、


「お前もさ。その無意識な魅了(チャーム)。コントロール出来るようにならないと、そのうちひどい目にあうからな?」

「は……はい。コントロール出来るようになるものなのですか?」

「あ? ……ああ。そうか、そういことも教えてないのか。コントロールされたらされたで厄介だからな」


 ロニエスの魅力は、確かに本人の生まれた持った才能である。

 だが、ロニエスが振り撒く『魅了』は、異性を悩殺し、思い通り操る能力(スキル)

 本質的にはコータの持つ『識別眼』と同じもの。


「教えてやろうか?」

「良いんですか!?」

「暇な時にな」

「……っ。お願いします」


 ロニエスの身体を拭き、服を着せ、作っておいた夜食を渡す。


「あの……これは?」

「肉だ」


 食べてみる。

 ……とてつもなく苦かった。


「美味しいです」

「そうか? 俺はまずいと思うがな」

「~~っ!! アナタって人は~~っ!」


 食事後、色々な事が有りすぎて興奮してしまったせいで、眠れないロニエスは、薬作りをしているコータと背中合わせで、夜空の星を眺めていた。


「キラキラしています」

「綺麗か?」

「……これが綺麗なもの、ですか?」

「お前が綺麗だと思ったなら、綺麗なんじゃないか?」

「アナタは綺麗だと思いますか?」

「さあ、星より綺麗な奴が近くに居るしな」

「……もうっ! 知りませんっ!」

「……あ?」


 いきなり不機嫌になったロニエスに、首を傾げるコータだが、その理由は解らなかった。

 暫くして、クロがうつろうつろし始め、コータが作業を終えようとした時。


「アナタは……何故、私を助けてくれたのですか?」


 ロニエスがか細い声で呟いた。

 

「さあな。お前が美少女だったからじゃないか?」

「嘘ですね」

「おいおい……バッサリだな」


 コータの言葉を即否定したロニエスは、


「そういえば、アナタのお名前を教えてください」

「言わなかったか? コータだ」

「嘘ですね」

「っ!」


 ピタッ。


 コータは全身が凍りついたように固まってから、ロニエスに振り向いた。

 

「俺の何を知ってる?」

「何も。だから聞いてるのではありませんか」

「……嘘がわかる。か」


『嘘探知』そういうスキルが無いこともない。


「別に、『アナタ』の過去を聞き出したいのではありません。ただ、私を救ってくれたアナタの本当の『お名前』と、『理由』を知りたいだけなのです。ソレを知らなければ、アナタを勘繰ってしまいます。初めてあった私に、ここまで至れり尽くせりなのはなぜですか? 何故、私を救ってくれたのですか?」


 ロニエスは自分が『黄金の姫』であることも、その立場も分かっている。

 だからこそ、名前を偽るコータを信頼できない。

 裏があるのではと思ってしまう。

 でももし、ソレが――


「『運命』だった」

「っ!」

「って、ロマンチックな話じゃないぜ?」

「もうっ!」

「俺がお前を助けたのはただの『偶然』で『気まぐれ』だ」

「……嘘ですね」

「おい! その能力。否か可しかないだろ。中間を読め。中間を」


(仕方ないか。別に隠すことでもないしな)


 コータは諦めて、星空を見上げた。


「まず、俺はコータだ。そこは譲れない。魔女に呪いを掛けられ、全てを失った時。俺は俺を捨てた。ソレを嘘だと言うのなら、お前は王国に戻れ」

「……では、これから先、アナタはずっとコータさまなのですね? コータさまで良いのですね?」

「ああ。何があっても、な」

「分かりました」


 確かにコータという名は、本当の名前ではないが、コータがコータであることに変わりはない。

 絶対に昔の名前には戻れない。戻れたとしても戻らない。

 コータが、『昔』から引き継ぐのはクロだけで良い。


「で、お前を助けた理由だが。よくわからん」

「……え?」

「泣いてるガキを放って置けなかったのもあるし、たまたま『聖女の涙』を使わずに持っていた、ってのもある。気まぐれだろ?」

「そうですね」

「ただ……」


 コータは、星を掴もうとするように、手を伸ばした。

 だが、夜空の星が掴める人間などいない。


「ただ……俺は『お姫様を守る騎士』になりたかった……」

「っ!」


 ソレはもう無くしたもの。

 そして、コータは護りたかったお姫様に捨てられている。


「お前に救いを求められた時、応えたいと思ったのは、捨てきれなかった過去の思いなのかもな」

「……」

「アナタはそんなにも……その方が『好き』だったんですね。そして、まだ――」

「ガキが! マセた事を言うな。そんなんじゃない。きっと俺は、アイツの立場と顔が好きだっただけなんんだ……」


 言い切ったとき、コータの涙腺から雫が一滴流れ落ちた。

 そんなコータをロニエスは見つめることしかできなかった。


 そして、


「つまり。私を、昔の婚約者さまに重ねたから助けたと。そういことですね」

「おい。言い方ってのがあるだろう」

「違うんですか?」

「ああ、ああ……ああっ! そうだよ! ソレの何か問題あんのか?」

「大ありです。私の初めてを返してください!!」

「まて、何も奪ってないぞ?」

「奪われたんですッ!」


 プイッとロニエスが、顔を背ける。

 ……が、すぐにコータの肩に頭を預け直す。


「最後に、アナタの目的というのは『魔女』を探して、そのお顔を変えてしまう事ですか?」

「にゃーーッ!」


 ぺちんッ!


 コータに触るニャーッ!

 

 と、寝ていたクロが起きて、ロニエスのほっぺたをひっぱたいた。

 二度目はないと爪を出して威嚇する。

 

 コータは、そんなクロを撫でながら、


「魔女を探してるのは事実だが、ソレは危ない魔剣を盗まれたからで、復讐するつもりも、呪いを解いてもらうつもりもないんだ」

「何故です? 恨んではいないのですか? 呪いのせいで、全てを無くしたのですよね?」

「いや、クロが居るだろ?」

「にゃー♪」


 クロは嬉しそうにコータに甘える。


「顔を失って、一瞬、皆を恨んだけど。クロだけは、俺の顔なんて気にしなかった。その時、分かったんだ。顔だけで、失ってしまう縁なんて本物じゃなかったって」

「にゃーにゃーにゃ~~ん♪」

「だから、俺は誰も恨んでない。恨む必要がない。ソレに気付かせてくれた『魔女』には感謝すらしているね」

「にゃ~?」

「もちろん、クロが一番だけどな」

「にゃ~~♪」


 コータとコータに甘えるクロを見ながら、ロニエスは、そっと二人に手を伸ばした。


「にゃーッ!」


 触らない。

 だが、


「これで、ようやく、アナタの事が少し分かった気がします。分かりましたよ?」

「そうかい。じゃ、もう良いだろ。寝るぞ?」

「はい! そうですね。では、肌寒いので一緒に寝てください」

「にゃーッ!」

「もちろん。クロ『ちゃん』も、ですよ」

「にゃーッッ!!」


 結局、クロと、ロニエスの謎の格闘大会が開かれ、二人は朝まで眠れなかった。

 ……当然、コータはゆっくりと安眠した。

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