九話 『醜悪な騎士と白銀の姫の本心』
不死王をあっさりと倒したコータは、乾いた息をそっと吐いて、鎖に囚われるエルフィオネに身体を向けた。
ロニエスは背中から降ろす。
「女王陛下……失礼を」
斬ッ!
鎖を切り裂き、力無く倒れるエルフィオネを受け止める。
……三年ぶりのエルフィオネの身体はとても、弱々しかった。
それでも、違わぬ気品のある甘い香りと神々しさすらある白銀の髪。
懐かしい想いを胸に感じながらエルフィオネに、上着を一枚羽織らせて、シロに回復魔術を掛けさせる。
「ユグドラ……ッ」
そんなコータにエルフィオネは抱き着いて、
「……全て、……思い出しました」
「っ!」
「ユグドラ……ッ」
「……」
ギュッ……
エルフィオネはコータの醜い顔など気にもせず、強く、強く抱きしめる。
……抱きしめる。
かつての恋人を愛おしく抱きしめる。
「わたくし……わたくし……貴方に、なんて事をッ! どう償えば……わたくし……は……どうすればッ……あッぁぁぁ……ッ……ユグドラぁ……ユグドラァ……許してぇ……許してぇ……ッ!」
そして、ポロポロと泣き出してしまう。
……許されざる事だと、わかっていながら、エルフィオネはコータに縋ってしまう。
救いを求めてしまう。
「……」
そんなエルフィオネに、コータは静かに瞳を閉じて、幸せだったエルフィオネとの過去を思い出す。
そして、
「ユグドラは死にました」
「……ぁっ。どうしても……どうしても……許してはくれませんか? どうしても……わたくしは、わたくしは……」
子供のように滂沱するエルフィオネを見て、
「でも、姫」
「っ!」
「……今だけは、貴女の騎士として話しましょう」
……エルフィオネの騎士に戻ることにした。
ハイエルフの王女、世界三大美女が一人。エルフィオネ・フィンラネル。
その婚約者、勇者ユグドラ・クラネルは言う。
「姫。貴女が生きておられた事に至上の感謝を。おかげで、貴女との『必ずお救いします』という約束を、果たす事が出来ました」
「っ……ユグドラ。ユグドラぁぁっ! わたくしは……ずっと……ずっとッ!」
そんなユグドラに、エルフィオネは貪るように抱き着いて、乱れて、言葉にならない気持ちを伝えようとする。
それを、ユグドラは、エルフィオネの唇に人差し指を当てて止めると、首を横に振った。
「姫……私は、もう貴女を恨んではおりません」
「っ! 本当、ですか!? こんな愚かなわたくしを、貴方は許してくれるのですか?」
「ええ……もちろんです」
「どうして!?」
「私が貴女を守る騎士だから」
「……ッ!」
エルフィオネには、そう言ったユグドラの瞳に、誇らしさすら覗き見えた。
だから分かる。これは、ユグドラの本心なのだ、と。
「じゃあ……じゃあッ! ユグドラ、わたくしの元に――」
「姫」
ユグドラはエルフィオネにそれ以上は言わせない。
何もかも言わせずに、飲み込ませて、首を左右に振る。
「貴女はその命、尽きるまで、生き抜いてください……私の代わりに」
「……っ」
「お幸せに。それが、唯一無二。私が、ユグドラ・クラネルが、敬愛するエルフィオネ・フィンラネル姫殿下に求める贖罪ですので」
「……ううっ……うああっ……ぁぁぁ……ユグドラぁぁああ」
エルフィオネは泣く。
泣いて、泣いて、泣いて……首を縦に振ったのだった。
ここまで、ここまでで、
「では、女王陛下。畏れ多いので離れてください」
「……ユグドラ? そんな畏まって……何故ですか? もっと……ユグドラに甘えさせ――」
「女王陛下。この醜いオーク顔が見えませんか? 俺は、ただの流浪の冒険者コータです」
「……ッ!」
そこにいるのは、ユグドラではなく、コータ。
「そんな……ぁっ! お願い致します。ユグドラ。ユグドラ! どうか、わたくしの元に……戻ってきて……わたくしを支えてください。許してくれると言うのならば! お願い致します。お願いですッ! わたくしの全てを掛けて償いますので! わたくしには、貴方が必要なのです。どうか、どうかぁ!」
しかし、エルフィオネにそれを受け入れる事は出来なかった。
それほどまでに、エルフィオネはユグドラを、愛していた。
……そんな、熱く激しいエルフィオネの気持ちに、コータが答えようとしたとき。
「アンちゃん! 大変でぇい!!」
血相を変えたアレクサンダーが飛び込んできた。
されど、抱き合うコータとエルフィオネを見て、にんまりと笑う。
「おっ? お嬢と和解したのか!? 流石はアンちゃんでぇい。婚約者のオレの前で、イチャイチャと……妬けるゼェ。ドちきしょー」
「黙れ。そんなんじゃない。……それより、何か、あったじゃないのか?」
コータは、エルフィオネから離れながら、話を戻す。
アレクサンダーの様子に、何かとてつもなく嫌な予感がした。
「あ、そっだったぜ! アンちゃん。今は、女ぁに腑抜けてる場合じゃねぇゾ!」
「ああ?」
アレクサンダーはそういって、地上を指差し、
「《海神王リヴァイアサン》のお出ましだ」
そう、言ったのだった。
フィンラネル王国近海に、全長約十キロの島が出現していた。
いや、島ではなく生物。
外に露出している……ヒトデの様な腕、足、頭。五望星。
そして、身体全体を覆う円状の甲羅。
スケールが違いすぎて、島に見えるそれは――超巨大なモンスター。
そう、その超巨大なモンスターこそが、魔王四天王が一柱……《海神王リヴァイアサン》であった。
《海神王》は、名の通り、『海神』の力を宿し、海水を意のままに自在に操る事が出来る。
その力で、フィンラネル王国全土を覆う程の巨大な津波を形成し、次々と国土を飲み込んでいく。
フィンラネル王国を怒涛の勢いで、海神王は、ゆっくりとフィンラネル大陸を侵攻する。
……いや、進行する。
そうやって、抵抗すらさせずに、フィンラネル王国全土の半分を海に沈めた海神王だが、それは、ただ歩んでいるに過ぎない。
海神王の道程に、フィンラネル王国という小石があった。
だから蹴り飛ばして、前に進んでいる。
海神王にとっては、それくらいにしか思ってはいないのだ。
ただの歩みだけで、国一つ、大陸一つを地図から抹消してしまう存在。
それが、魔王四天王が一柱、《海神王リヴァイアサン》なのである。
そのリヴァイアサンの犯侵をアレクサンダーの調べで、王宮の外に出てきたコータも確認していた。
七百人の戦士達も固唾を呑む。
……コータ達が不死王と闘いに行ったのに気づいて、追いかけてきたのだ。
コータが不死王と一対一で闘えたのには、彼らの奮戦も大いに影響していたのであった。
「まさか、本当に《海神王》が再びこの国に現れるとはな……」
「「「……」」」
コータの声は、この最悪の状況で昔を懐かしむかの様な声だった。
しかし、そんなコータの配慮に欠けた言葉を注意できる者は居なかった……
……絶望に呑まれて思考が止まっているのだ。
「にゃーにゃーっ!」
「ああ……そうだったな」
……相棒のクロを除き。
おかげで、コータの思考は真面目な物に戻っていく。
「さて、どうするか……」
「「「……」」」
しかし、それでも、コータの言葉に返答出来る者は居なかった。
クロも、アレクサンダーも、エルフィオネも知っている。
《海神王》を前に、どうするかを考える意味はない。
……どうにも出来ないのだから。
「え……? 倒すんじゃないんですか?」
「「「……」」」
だから、そんなことを平気で言ってしまったロニエスに全員の視線が集まった。
まるで、痛ましいものでも見るかの様に……
「え? え? な、なんですかぁ? なんですかぁ? ……私、何か変なこと言いましたか?」
ロニエスは、あたふたしながらコータの背中を盾にする。
「……フ」
そんなロニエスを鼻で笑ってから、
「その通りだな」
そういって、ロニエスの肩を引き寄せた。
結果、コータに抱き寄せられる形になったロニエスの顔が、真っ赤に染まるも……仮面の下。
魅了の力も弱まっている。
「だが、だ。我が愛しの姫君。俺は、《海神王》をどうやって倒すかを考えてるんだ」
「我が愛しの姫君……我が姫君……我が君!? はわわっ♪」
ロニエスがコータの言葉に隠された意図に気づき、浮かれて何も耳に入って無いのを承知で続ける。
それは、ロニエスの為ではなく、《海神王》を知らない者達の為でもある。
それを知らなければ、作戦を考える事も出来ない。
「良いか? 《海神王》を倒すには、あの馬鹿でかい身体の中心部にある、核を壊す必要がある」
先ずは、弱点の説明。
これだけ聞くと、案外簡単に倒せる気もするだろう……
「だが、《海神王》の身体は、『超硬鉱石』級の硬度を持つ、《超硬甲羅》によって護られている。亀みたいに、な。これは無敵属性をもつ不死王の《不死黒衣》よりも厄介だ」
「アダマン……? デス……? アン!? ナンだってぇ?」
コータの説明にアレクサンダーが引っかかる。
……が、アレクサンダーは三年前、勇者や魔神と共に海神王を打ち倒した一人……知っている筈だが、
「《超硬甲羅》だ。ま、名前なんかどうでもいい。要は、あの甲羅には、ほぼ全ての攻撃が効かないと言うことだ。……剣聖。寝ぼけてないで、思い出せ。死ぬぞ?」
「……ああ!! そうだった! 確かに、そうだったな。うん、アンちゃん。ちゃんと覚えてるぞ」
……疑わしい。
コータはそう思うが、口を開く前に、スッと武神アレス・ラクレスが前にでて、
「ん。コータ。あれ、攻撃効かないの?」
「あ、ああ……。ラクレスは初見か、流石に武神の拳でも効かないと思うぞ?」
「……ん? わからないの? じゃ、試してみる、ね?」
「あ……?」
と、コータが言葉を脳に入れる前に、アレスが地面を爆散させて、翔けた。
そのまま、ぐんぐんぐんぐん。
速度を上げて瞬く間に数十キロの距離を駆け抜け、海神王に接近。
その巨大な身体の上に飛び乗った。
……途中、海上を走っていたのは、気のせいか?
とにかく、海神王も規格外だが、武神アレス・ラクレスも、規格外。
その拳が、海神王の甲羅に打ち付けられる。
ダァアアアアアンっ!
衝撃が海越え、空気に伝染し、コータ達の所まで響く。
まさに、人知を越えた神の一撃。
コータが神剣又は聖剣を使っても、アレクサンダーがファルシオンを使っても、その威力には届かないであろう。
「……ん」
しかし、それでも、海神王の《超硬甲羅》は、微かに凹むだけであった。
その凹みも、アレスがニ激目を打ち込む前に、完全修復してしまう。
「……これは、ムリ」
再び、超速で、コータの元に舞い戻ったアレスはそう言った。
(いや、その前に、素手でアダマンタイトを凹ます威力とその速度。もはや人間じゃないな……)
コータがアレスに戦慄を覚えていると……
「コータ。アレ、ムテキ? 倒せない、よ?」
珍しく脳筋な武神が、建設的な事を言っていた。
それに、コータは首を横に振ってから、アレスの頭を撫でる。
「確かに《超硬甲羅》は、物理的にも、魔術的にも、硬い甲羅だが……《無敵》って程でもない。弱点はある」
「っ! 弱点っ! 弱点ってなんですか!? お色気ですか!? お色気ですね!!」
そんなコータの手をロニエスが掴んで奪い、自分の頭に載せる。
ロニエスの対コータ用秘技《強制奪取》ナデナデナデ……
「……」
一瞬、コータは、ロニエスの顔を窺ってから、
(嫉妬か……)
正確にロニエスの心情を把握し、頭を数回なでてから、その小さい身体を抱き上げた。
「ひゃぁあっ!? コータさま!?」
驚くロニエスは無視して話を続ける。
「弱点は、電撃・雷属性が一番有効、二番目に神聖属性だな。だが――」
「ん。電撃!! エルフィー!! やってみて」
まだ、続くコータの言葉を遮って、アレスが人類最強の魔術師に頼み込む。
余談だが、武神アレス・ラクレスは勇者ユグドラ・クラネルの次に、魔神エルフィオネ・フィンラネルと仲が良かった。
「え? ……ですが」
「エルフィー……ダメ、なの? ワタシの事、キライになった、の?」
「……」
そして、エルフィオネもまた、アレスの事を妹の様に可愛がっていた。
そんな可愛い義妹からのお願いに、チラリとコータに視線を送る。
「……好きにしろ。固体差は見ておきたいしな」
「ハイ。では、《雷神の精霊よ――》」
エルフィオネが詠唱を始め、『神杖ヴァナルボルグ』を掲げると、魔術文字が浮かび上がり、魔方陣を形作る。
通常、魔術使用時の魔方陣は最大でも半径一メトル。
しかし、エルフィオネの魔方陣はその十倍、半径十メトルの規模だった
「《――神の怒りがなすがままに・裁き与え給え》」
魔神の神子、エルフィオネ専用、神雷属性魔術。名を《雷神の裁き》。
起動し、魔方陣から全長百メトルの雷槍が射出。
ドゴウウンッッ!
雷の速さのままに撃ち出された雷槍は、ラクレスよりも速く海神王まで距離を詰めていく。
その際、射線上にあった全ての物質が焼き消える。
海水すらえぐり取りながら、海神王に直撃した。
《雷神の裁き》と《超硬甲羅》が激突。
「グギャアアアアアアアアアア――ッッ!」
雷槍は確かに海神王の『超硬甲羅』を砕き、肉を焼いた。
その痛みで、海神王が絶叫をあげる。
……しかし、一秒と掛からず、海神王の甲羅は再生を始め、次の瞬間には傷一つ無いものとなっていた。
「やはり……超自動回復(S・リカバリー)、ですね」
呟いたのは、魔術を撃ち込んだエルフィオネ本人。
「ああ。……海神王の守りは無敵じゃない。だが、種族個性で、海に居る限り、奴は致命傷でも一瞬で全快する。あくまでも海水に海神王が触れている限り……だがな。もちろん、アレは繁殖に異性を用いない《魅了》は効かないぞ」
「あうぅ……また、私、役立たず……」
そして、《S・リカバリー》と《超硬甲羅》は、正しく区分すれば、能力ではない。
ただ、装甲がとてつもなく硬く、とてつもなく回復力が高いだけ。
つまり、能力ではないものを聖剣エクスカリバーは打ち消せない。
……不死王の《無敵属性》や《魔術》は打ち消せても、種族個性である《不死属性》を打ち消せないのと同じこと。
そういう意味でも、コータにとっては、海神王は不死王より闘いにくい相手ということだ。
「「「……」」」
加えて、海神王は、津波を操り、大陸を海に沈めてから侵攻する。
そのため、海神王が自分から、海を出る事はない。
「だから、先ずは……なんとかして、海神王を海から陸に引き上げる必要がある」
そして、それこそが、対海神王戦で、海神王を討伐するため最低限越えなければいけない壁であり、一番大きな壁である。
「ああっ! そうか。だから、アンちゃんとお嬢は、三年前、海を消したンか!」
そう、今更ながらに、アレクサンダーも気付いたが、三年前は、大勢の魔術師を使って、海水を蒸発させる荒業で討伐した。
されど現状、それと同じ事するには魔術師が足りない。
「それと。ロニエス。当然だが、うっかり海には落ちるなよ?」
「ううぅ……寒そうです」
「それもあるが、海神王は海を支配する。落ちれば二度と上がれない。つまり、死ぬ」
「……ううぅ。そんなのばっかりだよぉ~」
「ま、俺から離れなければ、守ってやるさ」
言いながら、コータはしっかりと、ロニエスの肩を抱える。
ロニエスも、力一杯、コータの肩に掴まった。
「にゃーっ!」
「クロちゃん!? 痛い……痛いですぅ」
そして、そのロニエスの手を、クロがかじるのはお約束。
「さて、と。大体そんな感じだな……」
ふぅ~っ。
久しぶりに長くしゃべったコータは、息をついて、唇を濡らす。
(つまりだ。海神王、相手に、海上戦は悪手。海中戦は必死。……だが、海上・海中から海神王が出る事はない。そして……なにより)
「ギャアオオオオオオオ――ッッ!」
海神王は津波で、海を拡大出来る。
エルフィオネの雷撃魔術で、海神王も遂に戦闘状態に入ったのだ。
……手をこまねいていれば、陸上の安全地帯すら、無くなってしまう。
「ロニエス。掴まってろよ?」
「……怒られたって、離したりしませんよぉ!」
コータはロニエスとクロを背中で背負い、津波に向かって走り、聖剣を振るう。
《絶対能力解除》
海神王の支配を打ち消して、津波をただの海水に戻す。
海水に変わった津波が雨となって降り注ぐ中、コータは、魔眼を開眼し、海神王を観察した。
「さて……本当にどうするか……」
そんなコータの背中で、
「うう……びちょびちょですぅ~。(……しょっぱい)」
ずぶ濡れになり、寒そうに身体を震わせるロニエスの声。
「……」
コータは瞳を閉じて、一度、王宮に後退した。
……まだ、海神王との距離はある。
本格的な闘いは、海神王が聖剣の効果範囲に入ってからだろう。
そう、コータは判断し、ポーチからハンドタオルを取り出して比較的ゆっくりと、ロニエスの濡れた髪を拭きはじめる。
「はわわぁ……。気持ちいい……♪。はっ……って! そんな、いいですよぉ。いいですよぉ。私のことなんかより、他にすることが……」
ロニエスがボソボソと、恥ずかしそうに身をよじる。
そして、その視線をチラチラと、エルフィオネへと向けていた。
すると、エルフィオネの方も、
「ユグドラ。そういえば先程から、気にはなっていましたが、その少女はどなた、なのでしょうか?」
コータに背負われるロニエスの事を問いただす。
「……ヒーラレルラ王国王女、ロニエス・ヒーラレルラ」
「ロニエス・ヒーラレルラ……っ!? では、その少女は《黄金の姫》!!」
コータは、刮目するエルフィオネ達に、それ以上、ロニエスの事は言わなかった。
その、代わりに……
「一つ。海神王を倒す。作戦がある」
「「「っ!」」」
そう言ったのだった。
その言葉で、エルフィオネ含めた英傑達が顔色を変えた。
「……聞きましょう」
海神王リヴァイアサン。
その倒し方は一つ。
海水から引き離すしかない。
そのために、
「海神王を空間魔術で、亜空間に強制転移させる」
ただし、作戦の鍵となるのはコータではなく、
「魔神と美神で協調すれば出来るはずだ」
「「っ!」」
そう、エルフィオネとロニエスの二人。
コータは、『お姫様を守る騎士』として、お姫様に戦わせるの事は、屈辱以外の何物でないのだが……
魔王四天王が一柱……《海神王リヴァイアサン》を討伐する為とあらば、やぶさかでもない。
「ま、魔神に関しては、自業自得だからな。嫌でも協力してもらうが……」
「……」
問題は……ロニエス。
冒険者になったとはいえ、まだまだ素人。
そんなロニエスに、この作戦は大役過ぎる。
「……さて。どうする? 選ぶのは――」
「やりますっ!」
「……別に逃げても――」
「やりますっ!」
「フッ……そうか」
コータは、ロニエスの眼光に、強い意思を見て……
その成長に少しだけ表情を崩した。
同じく、リゲルまた強い眼光で、ロニエスとコータの二人の姿に、表情を崩していたのだが、それには誰も気付かない。
……なぜなら、
「待ってください。ユグドラ。その作戦には致命的な欠点が……二つあります」
エルフィオネが、コータの作戦に待ったをかけたから。
「俺はコータだ。……で?」
作戦の欠点……
それを伝える前に、エルフィオネは大きく息を吐いて、《神杖ヴァナルボルク》をコータにみせた。
「まず、一つ。今のこの神杖では、《海神王》を亜空間に転移するほどの大規模魔術には堪えられません」
「……」
エルフィオネの魔術は《神杖ヴァナルボルク》によって起動している。
しかし、今のヴァナルボルクには、魔力を循環させる《魔石》が喪失している。。
宝珠がないヴァナルボルクの力では、エルフィオネが本気で魔力を使えば、砕け散るであろう。
「ユグドラ……婚約の証として渡した。フィンラネル王国の国宝。宝珠は、どう致しましたか?」
「……」
……金に困って売った。
「にゃーん♪」
「……」
その事実を知っているコータはそっと視線をそらし、クロが、嬉しそうに鳴く。
エルフィオネは、そんなコータとクロを見て、一瞬、眉を寄せたが、すぐに頭を横に振り、
「まあ、それ以前の問題がありますので……」
二つ目の欠点を話す。
「ユグドラ。分かっていますか? 《魔神の力》は《破壊の力》……いくら、美神の神子でも、受け止めれば、身も心も廃人と化すでしょう」
「……っ」
エルフィオネは、まだまだ拙いロニエスやマリアと違って、神の力を完全にコントロールしている。
だから、特別な何かをしなくても周囲に影響を与えない。
……が、その本質は、ロニエスの《魅了》や、マリアの《浄化》と同じ。
常人がその力を受ければ死に至り、神子であっても心身が喪失してしまう。
「確かに……致命的だな」
「わ、私はそれでも――」
「黙ってろ」
「……っ!!」
コータは、ロニエスの口を手で塞ぎ、言葉を止めたが……その先が続かない。
「……」
「……」
「……」
無言で固まる英傑達。
……海神王を倒すには、海水から引き上げる策が必要。
そして、コータが見出だした唯一の策は、欠陥品。
使えば、ロニエスの命が消えることになる。
(そうか……エルフィオネ姫が杖の話をしたのは、策を強行させないため。ロニエスの命をおもんばかってくれたか……流石だな)
「だとしたら……後はもう、消耗戦か……」
諦めた様なコータの呟き。
それもそのはず、ただの消耗戦では絶対に海神王を討伐することは出来ない。
後はもう、滅亡を待つだけ……
「……にゃ~」
沈黙を裂くクロが、コータの頬にほお擦りをして、鋭い瞳を開こうとしたその時……
「わんわんっ!」
聖獣シロが猛々しく吠えると、
ピカーンッ!
突然、まばゆい光に包まれた。
すると、光から凛とした声が響く。
「勇者様……並びに義姉様。《レッドクリスタル》なら、コチラにありますよ?」
「「っ!!」」
その声が響くと、途端に空気が冷やされた。
……いや、空気を冷やしたのは声ではない。
輝く光の中心点。そこにいる人物。
「え? せ、せいじょさまっ!?」
「ふふ。これは、これは、ロニエス様。この姿では、久し振りですね。……迷いは晴れまたしか?」
「っ!!」
ロニエスが目を見開いて驚く様に、そこに居たのは紛れもなく……
『世界三大美女』が一人、奇跡の体現者、『純白の聖女』マリア、その人であった。
「なぜ!?」
マリアの出現に、誰もが言葉を失う中、ロニエスが最初に理由を聞く。
「ふふ。先ずは落ちつきましょう。ロニエス様。私の事よりも先に、考えるべき事があるのではないですか? ここに《レッドクリスタル》があるのですよ? 勇者様」
「……」
確かに……マリアの手には、ヒーラレルラ王国でコータが売ったはずの《レッドクリスタル》が握られていた。
それを見たコータは、ゆっくりとレッドクリスタルに手を伸ばしながら、
「……マリア」
「……ハイ」
「シロは?」
先ずは、マリアと入れ代わるように姿を消したシロの身を安じていた。
それに、マリアはクスクスと笑い。
「シロは、私の変化した姿ですよ? わんっ。わんっ。クーン……。ずっと偽っていたことをお許しくださいわん」
「……」
てへへ。
悪戯大成功~っ。と、無邪気に笑うマリア。
……クロとシロの仲の良さはこのあたりから来ていたのだろう。
コータは、無言でマリアから《レッドクリスタル》を受け取り、そのままエルフィオネに手渡した。
「エルフィオネ……姫。時間がない……話は後にしよう」
「そう……ですね」
「これで道具は揃った。神子も三人いる。聖女は壊れてもいい……出来るな?」
問いに、エルフィオネはコクリと頷いた。
今、フィンラネルの地にて、『世界三大美女』全員が一同に会したのである。
歴史的な瞬間であった。
《行間》
「よし。……全員、作戦通り行くぞ」
「「「おおおお――ッ!」」」
海神王が、聖剣の効果範囲内に入ったのを確認したコータ達が動き出そうとした。
……その時。
「待て」
背後から、スッと首筋に神剣アスカロンを押し当てられた。
「……芸が変わらないな、リゲル。今は、お前と遊んでやる時間はないんだが」
「り、リゲルさん。私は……平気ですよぉ?」
出鼻をくじかれたコータが足を止め、コータに背負われているロニエスが首を傾げる。
……今、このタイミングで、リゲルがコータに剣を向ける理由がわからない。
「分かっているのであろう? 貴様の作戦、一手足りない事を」
「……っ」
(……流石だな)
いや、一つだけ、リゲルが怒る理由はある。
それは、コータが巧妙に隠していた作戦の欠陥。
エルフィオネも気付かなかったそれに、リゲルだけは気づいていたのである。
……コータの作戦を勇者としてではなく、英傑としてでもなく、ただの冒険者として聞いていたリゲルにだけは、隠すことが出来なかった。
しかし、
「……それくらいの誤差、俺がなんとかする」
「無理だ」
「……」
即答したリゲルは、神剣アスカロンをコータの首に当てたまま、
「一つ。貴様に聞くべき事がある。正直に答えろ」
一問。
「貴様は、本当に姫様を最後まで護ると誓うか?」
聞かれていないロニエスの肌がピリピリするほどの殺気が、リゲルから発っせられている。
……この問い。下手に答えれば、リゲルの剣は必ずコータの首を落とすであろう。
それを、コータが防ぐ術はない。
「……フッ」
コータはそんな状況にも関わらず、鼻で一笑し、言う。
「言っただろ? 何時だって、俺は……俺の中にある義に従って剣を振る。それだけだ」
「ふん……そうであったな」
同じく、リゲルも笑うと、アスカロンを引き、コータに手渡した。
代わりに、神剣グラムを抜刀すると、ロニエスの手にそっと握らせる。
そして、ロニエスの耳元に口を近付け、コータに聴こえないようにコソコソと話す。
「姫様……。《グラム》と《アスカロン》は夫婦の剣。……それを姫様とその騎士が持つ意味。わかりますね?」
「……っ。それは……ハイ。でも、なぜ? 今、なのですか?」
「姫様……誰よりも、敬愛しています。お幸せになってくださいませ」
リゲルは、そう言って優しく笑うと、ロニエスの背中をそっと押した。
そして、コータが何も言わずに走り出した。
その背中を、リゲルは瞳を伏せて見送ったのであった。




