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六話 『醜悪な騎士と白銀の姫の仲間達』

《ソフィア聖教聖都》


「しかし……姫様。追い掛けるとは言っても、あの不届き者が聖都を発ってから、既に五日」


 勇者ユグドラ・クラネルの長い追憶から目覚めたばかりのロニエスに、自称騎士リゲル・ウォークレアは進言する。


「今から追っても事が終わった後になるでしょう。それに、航海の旅とあらば、姫様が想像するより遥かに過酷……それでも追いますか?」

「つまり、リゲルさんに、そうまで言わせる過酷な旅路に……あの人は独りで向かわれたのですね……」

「姫様っ!」


 そうではないと、リゲルはロニエスの足元に頭を擦りつける。


「姫様の意思は私の天命です。この命、果てても必ずや叶えましょう。ですが――」


 たとえ、命を全て使っても、リゲル一人では、航海の旅で、ロニエスを守り切ることは出来ないだろう。

 そんな言葉は、意地でも口にはしないリゲルだが、無策で、ロニエスと航海に出る訳にもいかなかった。

 聖女の話では、《海神王》も復活しているという。

 真偽はともかく、このままでは、自殺行為だと。……それだけは、敬愛するロニエスに、リゲルは、伝えておきたかった。


 そんな、忠義に厚いリゲルの頭を、ロニエスはそっと包むように引き上げて、


「ふふふ、大丈夫ですよ? リゲルさん。……私に秘策ありです♪」

「本当ですか!?」

「ハイ。コレなら、すぐにでもあの人に追いつけます。……もう、あの人を独りになんてしてあげませんよ」


 ロニエスは、自信満々に、転移クリスタルを取り出した。


「ソレはッ!」


 コータが奪って行った筈。

 と、驚くリゲルに、ロニエスはどや顔で、ネタばらし。


「ふっふっふっふ。聖女さまにお会いに行く前日の晩。嫌な予感がしたので、一つ貰っておいたんです」

「……ああっ……やはり、あんな輩に、姫様を預けた私が愚かだった。姫様が人の物を盗る様になってしまわれたぁあ……っ」


 清廉潔白で、純真無垢だったロニエスの悪行に、リゲルがおろおろと、泣き崩れる。

 五日前までのロニエスなら、それで自分の過ちに気づき、懺悔しただろう。

 だが、記憶の中とはいえ、五年間もの間、コータを追っていたロニエスは、もう無垢なお姫様には戻れない。

 コータの歴史はそれ程までに、血に塗れ、絶望と苦痛の連続だったのだ。

 そして、八歳の少女にとって、五年という歳月は、性格を変えるには十分過ぎる時間。

 ……ロニエスは、もう、何も分からないただの子供では無いのである。


「リゲルさん。こういうのは『備えあらば憂いなし』と言うらしいですよ?」

「……?」

「それに……選ぶのは私です。私の知るコータさまなら、これくらいでは怒りませんよ」

「姫様……わかりました。このリゲル。汚れた姫様でも構いません、何処までもお供いたしましょう」

「ううぅ……汚れてはないですよぉ~~っ」


 やっぱりちょっと後悔しながら、クリスタルを掲げる。

 そして……光に包まれて……転移!!

 ――しなかった。


「あれれ? なんでぇええ~~?」

「姫様……やはり、普通に船で向かいましょうか……」

「リゲルさぁ~ん。そんな残念な子を見るような目で見ないでぇ~っ。ううぅ……どうしよう? これじゃあ、あの人の元に駆けつけられないですよぉお~」


 ロニエスとリゲルの旅立ちは、まだまだ時間が掛かるようであった。


《フィンネラル王国近海海上》


 最初のクラーケン襲撃から、数時間。

 コータが、三十体目のクラーケンを倒し、地平線の先から太陽が昇ってきた時だ。


「にゃん?」

「クロ。どうした?」


 首輪に何時もの《クリスタル》をはめていないクロが、唐突に遠くを見たが、


「にゃんっ♪」


 気のせいだにゃん♪

 と、コータの肩から飛び降りて海上を凍らせる。

 そして、


「クロ、そろそろ良いだろう。一度、船に戻ろう」

「にゃにゃん♪」


 コータの指示を聞き、何もなかったように、キャラック船団まで氷の道を作る。

 そんなクロの作った氷道を駆け抜けながら、コータは、戦況を俯瞰ふかん


 コータが、『船を捨てよう』と言ってから、アレクサンダーは、十船残して全ての船を放棄した。

 その代わり、一つ一つの船に戦力を集中、大戦力で、一体一体確実にクラーケンを屠っていったのだ。

 また、船を連結し、船ごとに、回復部隊・魔攻部隊・対人魚マーマン部隊・対大王鮹クラーケン部隊。遊撃部隊・支援部隊・予備部隊……等など、役割配分をすることで、乱戦を回避し、大幅に戦況が好転したのである。


 その全ての指揮をとったのが、剣聖アレクサンダー・アーニマレー。

 戦い方は大味な男だが、統率者としては、コータも認める英傑。

 故に、弱肉強食の国、アーニマレー王国を一つにまとめ上げ、国王となっている。


(ま、一代限りにならなきゃ良いが……今は、後継もいないらしいしな)


 そんな無駄な事を考えられる位には、今の戦況は優勢だった。

 もう、二百体のクラーケンもほぼ全て制圧し、後は、勢いの弱まったマーマンを処理するだけ……


「アンちゃん。お疲れだな」


 そんな戦況の中、コータが、船に戻ると、剣聖に、声をかけられる。

 もう、アレクサンダーがファルシオンを振るう必要もないということ。


「被害は?」

「……七割って所だな。アンちゃんのお気に入りの童貞連中アルクたちは生き残ってるぞ」

「そうか……」


 七割ということは、生き残った兵は三千人といった所。

 そんなもの、普通の戦闘なら潰滅したと言っても良い……


「ま、海神王の端末に襲われた割には結構、生き残ったな」

「……ああ。アンちゃんの機転のお陰だ」


 ……だが、アレクサンダーとコータは、それでも、最良だと語る。

 もちろん、犠牲になった人間達がいる前で、口にはしない。


「で、……本体リヴァイアサンは居ると思うか?」

「あれだけ分体が居たんだ。何とも言えねぇが……まだ、オレ達が生きてるって事は……いないだろう」


 そして、二人は失った者達を尊ぶ事もせず、次の厄災を想定する。


「……そうだな。魔王信教が復活させたのは、海神王の端末。そう想定するべきだ」


 今、リヴァイアサンの襲撃に打てる手はない。復活を想定して動いても、身動きが取り辛くなるだけ……

 という意味での、コータの言葉。

 更に、


「とにかく。この海戦は前座だ。雑魚を払いながら、兵も休ませろ」

「ああ……アンちゃん。分かってるよ……アンちゃんも少し休んだらどうだ?」


 剣聖に言われて、戦場をもう一度見る。

 皆、一致団結して闘っている。

 あそこにコータの剣は必要ない。むしろ、コータが居る方が不協和音になってしまうだろう。


「……そうさせて貰う」


 短く言ったコータは、ママーンと闘ってる戦場に背を向けて、後方に下がっていく……


「勇者アンちゃん」

「……」


 剣聖にそう呼ばれ、振り返らずに無言で足を止めた。


「ここにはオレしかいねぇ。それでも……ナンも……言えないンか?」

「……」


 少しだけあった間に、コータが、何を思ったか?

 しかし、結局……


「俺はコータだ」


 そういって立ち去った……

 そのコータの背中に、剣聖は叫ぶ。


「オレは良い……が、姐御とはちゃんと……話すンだぞ……」

「……」


 無言。

 それが、コータの返事だった。


 一方その頃……

 中級冒険者アルクのパーティーも……《クラーケン》、《マーマン》との激戦で傷付いた身体を休めていた。


「う……ぅ……ぅ……ぁあっ」


 もちろん、そこにいるのはアルク達だけではなく、戦闘で傷を負った負傷者達も雑魚寝している。

 そして、

 

「意識をしっかりと……すぐに、楽になりますよ。ふふふ」


 そんな負傷者の一人に近付いて、優しく微笑むのは、アルクの仲間の一人、巨乳シスター、クララだ。

 クララは、年上お姉さんの様な妖艶なエロチシズムを醸し出しながら、そっと両手を組んだ。


「《かしこみ、かしこみ、願い奉る――」


 聖女にも引けをとらない優しい声音で、祈りのことば)

 一言、一言、丁寧に、ゆったりと、聴くものにまどろみを与えるほど……


「――我等が慈悲深き大いなる母よ・その御力で、無垢なる民に安らぎを……》」

「……」


 神聖回復魔術リカバリー


 その光が、負傷者の傷を癒していく。

 すると、先程まで、苦痛にもがいていた負傷者が穏やかな表情になったのだ。


「ふふふ……ゆっくりとお休みくださいね」


 クララはそう言って、負傷者の汗や血を拭き取ると、次の負傷者を治療するために、新しい水を貰いにいく。

 ……しかし、水と言っても、傷の手当をできる様な真水は、海上では、陸上より貴重なもの。

 海水は塩水、魔術の水も、色々と問題が多い。


 ならばどうしているのかと言えば……ツンデレ皇女フレアが得意の爆炎魔術で、海水を蒸留して真水を精製し続けていた。


(なんで、この私がこんなことしなくちゃイケないのよ! 私は、アルクくんの看病をしたかっただけなのにぃ!!)


「べ、別に、アルクくんの為だけじゃないんだからね!」

「……え? ボクがどうかしましたか?」

「ヒヤアアアッ!」


 海水を樽に入れて運んできたアルクに、フレアが驚きの声をあげた……その時。


「ふん。相変わらず煩い皇女様だな」


 戦闘を終えてきたコータが、姿を現した。


「あ、アンタ!」

「あ、オークさん」


 そんなコータに、フレアとアルクは声をハモらせる。

 但し、ハモったのは声だけで、そこに秘められた感情は真逆。


「オークさん。先程は、フレアとディンを助けて頂いてっ」

「なんで居るのよ! アンタなんか、大嫌いなんだからね!」

「……」


 コータは、とりあえず、ツンデレになっていない、ただのツンだったフレアの事は無視して、アルクに『シルバーソード』返した。


「悪かったな。勝手に使って。一応、手入れはしといたけど……弁償した方が良いか?」

「い、いえいえ! オークさんの獅子奮迅の活躍は見ていましたから!」

「……そうか」


 目をキラキラ輝かせているアルクの頭を、わしわしと撫でて、次に、殺意に近い敵意を向けて来るフレアに視線を向けた。


「長居するつもりはない。剣を返して、水を貰いに来ただけだ……」

「アンタに水なんてあげるわけないじゃない!! ディンと私に何をしたか忘れたの!?」


 空中から蹴り飛ばし、投げ飛ばした……


「……そうか。ならいい。シロは居るか?」

「……え?」


 コータに悪意あっての行動でないことは、命を救われたフレアが一番分かっている。

 だから、水を普通に渡すのは釈然としなかっただけで、本当に渡すつもりがなかった訳ではないフレアが、罪悪感で言葉を詰まらせ……


「お水ならコチラを……聖じ……シロ様は、誰よりも怪我人を治して下さっていますよ? お呼びしますか?」


 その……代わりに、クララが、さらっと水を手渡し、次々と怪我人を癒しまくって居るシロを手で示す。

 

「いや……もう暫くは、シロの好きにさせてやってくれ。但し、疲れるまでだ。と、言っておいてくれ」


 そういって、背を向けようとしたコータに、


「貴方も、治療を受けていかれませんか?」

「……」


 言われて、自分の身体を改めると確かに、結構な怪我を負っていた。

 コータも少し無理をして、闘っていたということだ。


「いや……オレは良い。自前でなんとかするさ。シロの事だけ頼む」

「……わかりました」


 コータは、そういうと本当に行ってしまう。

 命を救われたフレアも、愛嬌のあるアルクも、聖母の優しさを持つクララも、その、コータの背中に、それ以上、声をかけることも、追いかけることも、出来なかった……


《フィンネラル王国王宮地下》


 謎の儀式が始まってから、もう何日経ったかもエルフィオネには解らなくなっていた。

 それ程までに、身体の中に入った無数の虫がうごめく)く苦痛は、想像を絶するが……


「……ぁ……ぁ……ぁ……ぁっ……」


 それすら麻痺して来た。

 不快感は薄れ、エルフィオネの声は掠れ……気力は削れ……意識は断続的に途切れてしまう。


(まだ……希望は……あります。……諦めては……いけま……せん……きっと……きっと……ユグドラが……来てくれます……)


 もう死んだ人間に縋るくらいしか、エルフィオネは心を保つ事が出来なくなっていた。

 そんな時。


 ビギリっ。


 エルフィオネが拘束されている部屋全体に、浮かび上がっていた四つの魔方陣。

 その内の一つが、ひび割れた。


「フッフッフッ……一つ目だ」


 それを見てわら)うのは、エルフィオネを逝贄にし、儀式を施した張本人。黒服の男だった。

 男は、手に持っている禍々しい両手杖で、地面を、


 カツンッ!


 突く。

 

「さあっ蘇れ……我が眷属よ!!」


 すると、ひび割れた魔方陣の中心から、ザクリと白骨の五指が突き出した。

 更に、もう一つ。

 そして、一気に、地面から這い出したのは……


「■■■■■■■■■■■■――ッ!」


 黒衣を纏った骸骨の巨人。魔王四天王が一柱。不死王ノーライフキングだった。

 

「クックックっ……」

「……っ!?」


 不死王の復活に、黒服の男は嗤う。そして!

 いよいよををもって絶望に顔を覆うエルフィオネに、


「さぁ! 魔神の姫よ! 今に、残り全ての眷属を蘇らせてやるぞ!! クハハハっ。それまで死でないぞ。くっはははははっ」

「……ぁぁぁっ」


 エルフィオネは今になって、気付いた。

 自分が何の逝け贄にされたのか……そして、何を復活させられてしまったのか。


(こんなことなら、私は……私は……自ら死するべきでした……ッ。卑しく生きようとした私のせいで……世界が再び……)


 しかし、もう、自ら舌を噛み切る力も残っていない。

 だから、エルフィオネは願った。


(誰か……私を殺してください!)


 その時……だ!


 バカァアアン。


 固い扉が壊され、月明かりの光が差し込み……そして、そして、そして、そして! そして!! 



 ……時は一日前に遡る。


「うぉりぃやぁあああああああああああ――ッッ!!」


 フィンネラル王国に到着した十船のキャラック船。

 その先頭船から、身長三メトルの巨漢が、飛びおりて……上陸。


 脚の踏み場もないほど、犇めく魔物をファルシオンで吹き飛ばす。

 そして、


「蹴散らせぇええッ!」

「「「うおおおおおお~っ!!」」」


 キャラック船の戦士達が一気呵成に飛び出して、モンスター達を駆逐していく。


「フッ。流石は海戦で生き残った猛者達だな。間引いた甲斐はあったか」


 そんな風に言ったのは、遅れてアレクサンダーに居並んだコータだ。


「間引いた訳じゃねぇ~だろう。わざわざ罪を被ンなくて良いンだぞ?」

「結果的にそうなってるなら一緒だ。良くも悪くも指揮した奴が責任をとる。戦場ってのはそういうところだ」


 冷たい風が、コータとアレクサンダーの外套を揺らした。

 まるで、八千人の死者を出した二人を罰するかのように……


「って! 指揮したのオレじゃねぇーか!? さらっと責任を押し付けるんじゃねぇ!!」

「……」

獣人ウチ)は、弱肉強食。死んだ奴は弱かった。オレが思うのはそれだけだ」

「……そうか」


 二人に短い沈黙。

 そこで、アレクサンダーは「そんな事よりも」と、話を変える。


「コレからどうすンだ? ……オレには、この国がもう、終わっているように見えるんだが」

「……」


 あくまで、アレクサンダーはフィンネラル王国の救援に来た。

 しかし、付いて見れば、フィンネラル王国は滅んでいた。


「流石に、滅びた国は救えねぇぜ」


 ……王国中に跋扈する魔物達。

 それによって無残にも殺されたであろう、フィンネラル人たちの死体がそこかしこに転がっている。


 抵抗した形跡が、余計に見るものに虚しいモノを感じさせた。

 更に、魔物と同時侵攻したという、魔王教の狂信者達の死体まであった。


「ケッ。こうなっちまったらもう、女も子供も敵も味方もありゃしねぇな」


 そう言ったアレクサンダーの言葉に宿る気持ちは何なのか……コータには解らなかった。

 それを、落ち着いて考えられるほどの余裕がないからだ。

 

「帰りたいなら、帰れ。大英傑。俺は行く」

「……どこに? 何をしに?」


 かつて、コータは、ユグドラとしてだが、エルフィオネを守ると誓った。

 その……


「約束を守りにだ。アイツの死体を見るまでは、俺は、止まれないからな」

「姐御か……」


 アレクサンダーの呟いた言葉に、コータは馬鹿馬鹿しいなと、自分で自分を笑って、


「それに、だ。この国には、英傑達が揃っていた筈だ。こんな状況でも、生き残りだって居るかも知れないだろ?」


 かもしれない。と、言うだけあって、コレは気休め。

 フィンネラル王国が陥落してから既に十日以上……もはや廃墟となった国で生き残っている者が居る可能性は限りなく低かった。

 そして、それは、ユグドラのお姫様も同じだろう……と。


 そんな事をコータが思っていた時。


「「「うわぁああ~っ。や~ら~れ~た~ッッ!!」」」


 突如、出現したクラーケンに、前線の戦士達が吹き飛ばされた。

 海戦を生き残った猛者達が、今更、普通のクラーケンに、吹き飛ばされることはない。


 つまり、クラーケンの強化種。

 

「ちっ……」

「まて、アンちゃん。オレがヤル!」


 一般戦力では相手にならないと、コータが《ブロンズソード》を引き抜こうとするも、それよりはやく、アレクサンダーが飛び出した。


「アンちゃんッ! オレだってなッ! 股間が疼いた女の為に来たんだぜ! てぶらで、帰れっかよ!!」


 ファルシオンの一閃。


「ギャオアアアアアアア」

「ッ!」


 剣聖の腕力と、一トンの重量で殴りつけたのに関わらず、クラーケン強化種は、耐えていた。

 ……強い。コレでは、確かに猛者達が吹き飛ばさる筈だと、アレクサンダーは思い。


「ガッハハハッ! まだまだまだッ!」


 伸びてきた三本の触手を両断し、今度は両手で、ファルシオンを握った。

 そして、


 《全力斬りフルスイング)


「ギャアアアアア――ッッ……」


 クラーケン強化種を真っ二つに切り裂いた。

 コレが、神の加護を持たずに人類最強の名を持つ男。剣聖アレクサンダー・アーニマレー。


「ガハハハっ。アンちゃん。オレは、久し振りに暴れてぇ。指示を出せ。この国を魑魅魍魎から救うためのな!」

「……そうか、なら、殲滅しろ。王宮に向かうぞ」


 生き残りが居るなら、魔神エルフィオネの聖域であるそこしかない。

 と、コータはそういった。


「おうよ。行くぜ。てめぇら!」

「「「おおおおおおーっ!!」」」


 ここから、フィンネラル王国の解放が始まる。

 ……と、誰もしもが予感したのだが……


「「「うわわわわわ。また。や~ら~れ~た~!!」」」


 再び、猛者達が有象無象と吹き飛ばされる。

 犯人は、現れた、クラーケン強化種が五体。


「オイオイ……どうなっちまってるんだ。こりゃあ……流石に」


 剣聖の武勇で上がった士気が、剣聖の引き攣った声で下がっていく……

 しかし、それも仕方がない。人類最強アレクサンダー)が、全力を出さなければ倒せないモンスターが五体も同時に襲ってきたのだから……


 魔王と闘い、打ち破り、英傑が集った国が陥落した。

 その意味を改めて、コータ達は思い知らされる。


 ……その時だ。


 バーン! バーン! バーン!!


 遠くから、連続した爆音が響いてきたのは……

 

「ちっ。更に新手か……シロ。クロ。嫌な予感がする。警戒しとけ」

「にゃ~ん♪」

「くぅ~ん」


 ここで、コータもブロンズソードを抜き、構える。

 クロがポーチから肩に飛び乗って、音の方向に視線を向け、怪我人を癒していたシロが、コータの足元に駆け戻る。


 直後。

 ……ソレが物凄い素早さで、襲来した。


 びゅんッ!


 獣の様な鋭い殺気と闘気。

 最上級冒険者コータが全力で警戒していたのにもかかわらず、目で追えたのは影だけ。

 その影は、上空から真っすぐ、コータに飛来して、


 ズブリ……


「……ぁ?」

「ギャアアアアア――ッッ」


 コータの背後を狙っていたモンスターを、踏み潰した。

 そのまま、影だけ残して、再飛翔。

 今度は、クラーケン強化種を踏み潰し、その反動を利用して、別のクラーケン強化種を蹴り飛ばし、跡形も無く粉砕した。


 一瞬で、三体のクラーケン強化種を殺したところで、コータはやっとソレの姿を目にすることができた。

 だが、ソレは、留まる事無く、更に別のクラーケン強化種を蹴り飛ばす

 最後のクラーケン強化種も、拳を突き出し、貫いた。


「て、てめぇは……!!」


 アレクサンダーも、ソレに気がつき戦慄する。

 しかしかし、ソレは、そのまま、アレクサンダーに襲い掛かった。


 ソレとは、四肢を持つ人間。

 性別は女。歳はマリアよりも一つ幼い十五。

 かつて、勇者とともに世界を救った一人にして、努力呑みで神の力を、その身に体現してしまった人造神子じんぞうてんし)


 《武神》アレス・ラクレス。本人だった。


「って! なんで、オレを襲って来やがるンだ! アレスの嬢ちゃん!?」

「……ん?」


 アレクサンダーの顔を殴りつけ様とした直前で、アレスの拳がピタリと止まった。

 そして、何度か、紅い瞳をぱちくりさせて、


「人間? モンスター? どっち?」

「人間だよおおおおおお~ッッ!! 嬢ちゃん。オレだよ、オレ! 忘れたのか? アレクサン――」

「――ん。悪魔の囁き。聞いちゃダメ。だった」


 結局。殴り飛ばした。


「ぐふぅううう――ッッ!?」

「「「お頭ぁあああーーっ!!」」」


 ファルシオンを持ったままのアレクサンダーが、魔術攻撃の様に、


 びゅんっ!!


 と、コータの身体を掠めて跳んで行き、キャラック船に激突。半壊させた。

 剣聖撃沈……死亡――


「痛てぇええええーーっ!!」


 していなかった。


「ん? 仕留め損なった? アイツ、強い?」


 しかし、アレスが首を傾げながら、追撃に入る。

 超速で、呻くアレクサンダーに直進した。


「ラクレス。止まれ……」

「――ッッ!?」


 その直線にコータが立ち塞がり、ブロンズソードで迎え撃つ。


「人間は、でて来ちゃダメ! 急に止まれない……よ!」

「……っ!」


 ガシンっ!!


 武神の拳とコータの剣が激突した。

 結果は……コータの不利。


 地面ごと後ろに身体を運ばれ、足が浮きそうになる。

 浮いてしまえば、軸を失ったコータも吹き飛ばされる。

 ……が、


「わぁん!!」


 シロが身体でコータの足を地面に縫い付け、


「にゃん♪」


 クロが、武神の頭に飛び乗って、氷結した。


「ッッ!!」


 頭部を凍らされた武神の全神経が切断。

 ぐらりと、脱力し気絶して、コータの胸にもたれ掛かったことで、事なきを得たのだった。

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