五話 『醜悪な騎士と白銀の姫の海溝』
ロニエスと別れてから馬車で四日。コータは、北端の港町に来ていた……
目的は、此処から出ている貿易船に乗って、フィンラネル王国へと上陸することだ。
そして、それはコータだけではなかった。
港町には溢れ返る程の屈強な冒険者や戦士達が集まっていた。
「……他の国も動いたか」
そう、フィンラネル王国の窮地を知り、魔王大戦で盟友となり、平和を誓った同盟国達が、兵を派遣したのである。
コータの見知った顔も何人か見えるが、声をかけて昔の話をするような事は絶対にない。
かく言うコータも、冒険者ギルドの『フィンラネル王国救援』という、特殊依頼を受けて此処に来ている。
「クロ、シロ。正体に気付かれると面倒だ。隠れていろ」
「にゃ~」
「くぅん」
魔の者のクロと、神の獣のシロ。
呪いで、コータとユグドラが直接、結び付く事はなくとも、魔術を使う黒猫と、癒しの力を持つ白犬を連れていれば、話は別だ。
ロニエスには正体を語ったが、それは、ロニエスがコータのお姫様であるから故。
他の者達に一々、知られていては、コータがコータである意味がなくなってしまう。
それだけは、避けなければいけないかった。
(俺は……あくまで、コータとして、エルフィオネ王女を助けに行くんだ……例え、王女の命がなくとも、遺体くらいは回収する)
それが、かつて、愛を囁いたコータがしなくてはいけない事。
普通に考えれば、意味のない行動だろう、命をかける理由には足りないだろう。……大切なお姫様を泣かせてまでするべき事じゃなかっただろう。
だが、それがコータが決めた義。
誰でもないコータがコータであるためにするべき事。
「さ……行くか」
クロが腰のポーチに身を隠し、シロが別のポーチからスペアの仮面を装着……
「……おい」
「わぁん?」
「……」
数秒、漆黒の仮面を被った白犬をコータは、睨み。
「ま、……良いか」
「わぁん♪」
優しい手つきで、白い犬を撫でるのであった。
「にゃん……にゃん」
そんなコータの腰で、『コータはもふもふに甘いのにゃ~』……と言っているクロが、やれやれと尻尾を振っている。(気がする)
とにかく、と。
コータは船着き場で、人員を振り分けている獣人の男に話しかける。
「俺も乗せてくれ……」
言いながら、ギルドカードと、依頼書を男に見せた。
「おっ! アンタは最上級冒険者か!! 大歓迎だぞ。この一大事にひと山、当てるきかい?」
「……そんな所だ」
全く違うのだが、本当の事を話す義理もなければ、意味もない。
適当にはぐらかして、船に便乗させてもらえれば、それでいい……
「む? お前、『オークのコータ』か!?」
が、そう簡単にはいかなかった。
コータの悪名と呪いは、こんな時でも邪魔をする。
「なんだって! あの悪魔と名高い『オークのコータ』がきているのか!」
「ふざけんな! あいつは、勇者を殺して、フィンラネルから永久追放を食らった奴だって噂だぞ!」
「本当か!? あの英雄王を!! くぅーーっ。そんな奴と背中を合わせて戦えるか!」
「出てけ!」「出てけ!」「化け物」「此処は人間の居場所だぞ!」「ってか。捕まえたら賞金が出るんじゃねぇか!?」
ぞわぞわ……
一気に周囲が騒がしくなる。
普段のコータなら、素直に引き下がるところだが、今は一刻も早く、フィンラネル王国へと赴かなければならない。
そして、海を越える為には、どうしても船が居る。しかも、波に流されず、簡単にモンスターに壊されない大船が。
流石のコータも、大船を一人で操ることは出来ない……此処は何としても、引き下がることは出来なかった。
「頼む……乗せてくれ」
熱っする戦士達の前で、コータは頭を下げた。
プライドなど、目的の為にならいくらでも捨てられるのが、冒険者コータだ。
……だが、コータの頼みは、聞き届けられる事はない。
「コイツ! 玉無しかよ! 全員で捕らえて懸賞金を山分けにするぞ!」
「「おおー」」
そういって、コータに飛び掛かったのは、冒険者か、騎士か、傭兵か。
何にせよ、コータがしようとした話し合いは、彼ら自身が無下にした。
「……そうか」
何度も言うが、普段のコータなら自分より弱い人間に、武力を向けることはほとんどない。
だが、今回だけは、例え力ずくでも船に乗る!
そう決めて、コータが剣に指をかけた時。
ガシッ!
身長三メトル以上。巨大な体躯の獣人が、男達の頭を文字通り、鷲掴み、
「「「うわぁあああーーッ! やられたぁあああ!!」」」
投げ飛ばした。
「なぁーにやってんだ。オマエら。こんな大事な時に」
「「「「お頭ッ!!」」」」
獣人達に「お頭」と呼ばれた、大男をコータは二度見する。
常人の胴体程ある腕、そこに詰まった、逞しい筋肉。
男らしく低い声に、猛々しいタテガミと、金色の毛並み……百獣の王ライオン。
その因子を持つ、獣人だった。
「すまねぇな。アンちゃん。こいつらが迷惑をかけて」
ライオンの獣人は、無遠慮にコータの肩をバシバシ叩きながら、気さくに話しているが、その目は鋭い。
「アンちゃんは知らないと思うけどな。オレは、『獣王』アレクサンダーってもんだ」
「……」
知っている。
紹介されるまでもなく、コータはアレクサンダーを良く知っていた。
いや、そもそもコータでなくとも知っている。
獣人の国、アーニマレー王国の国王にして、かつて、勇者と共に、魔王と闘った大英雄。
「『剣聖』……アレクサンダー」
「ガハハハハハッ。なんだなんだアンちゃん。オレのことを知ってんのか、なら丁度良い。オレの船に乗りな」
バシバシバシバシバシバシッ!!
と、割と強めに肩を叩くのは、このオッサンの悪癖なので、悪意はない。
ポーチの中のクロと、仮面をつけたシロが、それぞれ嫌そうにアレクサンダーから身を隠すが、コータに取っては渡りに舟。
「ああ……頼む」
「ガハハハハハッ!」
船に乗れるなら、暴れる必要もないと、剣を納め……アレクサンダーの船へと向ったのであった。
……コータが去った後、
「お頭っ! 本当にアイツを連れていくんですかい?」
と、アレクサンダーの部下が、アレクサンダーに詰め寄った。
その部下の言葉は、その場に居る人間の総意だった。
それ程までに、コータの呪いは強く、勇者を殺したという悪名は重かった。
不満を向ける全員に、アレクサンダーは、神妙な声で、言う。
「オマエら。死にたくなければ、アイツには関わるな。オレが止めなかったら全員、殺されていたぞ?」
「「「……ッ!」」」
剣聖アレクサンダーの言葉に誰しもが息を呑んだ。
何故なら、勇者が喪に付し今、魔神・武神と並んで剣聖の武力は世界最強の一角。
その男が、鳥肌を立てながら言ったのだから……
「多分だが、オレより、つえぇぞ、あのアンちゃん……」
数千人以上の人間が居るにもかかわらず、そのアレクサンダーの声は、深々と響いたのだった……
その日の夜。百隻のキャラック船が、フィンラネル王国救援艦隊として、港町を出港した。
一つの船に、百~百五十人の戦闘員と、五十人前後の、作業員が乗っている。
男臭く、かなりごった返しては居るが、フィンラネル王国までの距離は一日で着ける距離。
そこまで、困迫することもないだろう。
何より、冬の海。
人間の熱で、凍える寒さが緩和されるので、丁度良い。
コータの乗る船では、乗組員達が集まって、夜の月を肴に酒を飲み交わしている。
もちろん、コータがそんな酒会に参加しても、場をシラけさせることが目に見えているため、参加するつもりもないが……
酒の入った騒がしい男達の声と、夜空に浮かぶ月は、いつかの光景を思いだし、悪い気分にはならない。
そんな、コータが独り、船の隅でしんみりと酒を舐めながら、月を眺める。
ロニエスが居たから、今まで酒を辞めていたが、コータは別に酒が嫌いな訳ではなかった。
……嫌なことを忘れる薬のようなもの。
「アイツがいないと、静かで良いな」
「にゃん♪」
コータの呟きに、肩に乗るクロが嬉しそうに肯定するが、
(いや、少し……寂しいのかもな)
直後、思った事は敢えて呟かず、飲み込む為に酒を舐めた。
その時、冷たい北風が吹いて、コータの肩をぶるりと震わせた。
すると……
「わぁんっ。わぁん♪」
脚に寄り掛かって寛いでいたシロが、起き上がり、コータのお腹にダイブ。
そのまま、服を鼻でめくりあげ、中に潜り込んでしまう。
「こらこら……」
「わんわん♪」
目的は分かる。
シロが入ったことで、シロの温もりがコータの身体を温めている。
ふさふさもふもふの柔毛も、気持ちが良い。
だが、ぺろぺろと肌を舐められるのが少しくすぐったい。
(そういえば、シロも大概、悪戯っ子だったな……)
そう思いながら、首もとから、すぽんっと顔を出したシロの頭を、わしわしと撫でて、
「好きにして良いが、べとべとするから舐めるのは辞めてくれ」
「くぅ~ん♪」
わかったワン♪
と、言って(気がする)再び、服の中に潜ったシロが、やはりぺろぺろと肌を舐めている。
……何も分かっていなかった。
訳でもなく、わざと駄目だと言ったことをやって、構ってもらおうとして居る。
それくらいシロは知能が高い事を、コータは知っていて、敢えて何も言わなかった。
「にゃ~っ!!」
そんなコータとシロが、『気に食わないにゃーッ!』(と、言っている気がする。以下略)と、クロが、コータの顔に飛び付いて、肉球をこすりつける。
ふにふにふにふに……
更に、身体もこすりつける。
もふもふもふもふ……
流石はコータの相棒、シロよりも、上手くコータにもふもふの毛並みを堪能させていた。
「こらこら……クロまで、張り合うなって」
「くぉーん!」
「にゃ~っ!!」
そこでいきなり、クロとシロが競い合うように、激しく動き始め、押し倒される。
もふもふしていて気持ちいのだが、摩擦で熱い。最早痛い位階。
「にゃにゃにゃにゃッ!!」(コータはクロの方が気持ち良いって言ってるにゃ~!)
「わぁんわぁんわぁん!!」(甘いワン。コータは、シロの方が温かいって言ってるワン!!)
「おいおい……何してんだか」
これにはコータも呆れて、少し叱ろうかと思いはじめていると……
「あのッ! 『オークのコータ』さん。ですよね?」
と、少年の声。
明らかに、コータに話しかけている。
(絡み酒か?)
「ああ!?」
少し、わざと機嫌が悪いように、返事を返し、声の主を見上げた。
そこにいたのは、見たことが有るような無いような、女の子っぽい少年。
持っている武器と身なりから、中級冒険者ぐらいと推測出来る。
「ちょっとぉお! おじさん!! 私のアルクくんをイジメないでよね!!」
更に、気の強そうなツインテールの少女が、少年の前にでて、睨みつけてきた。
同じく、中級冒険者くらいの装備。
「ああ!?」
仮面を外して……睨み返す。
「ひゃぁああっ……ちょっ! ちょっとぉお。あれくぅううう! コレ、化け物よ? 違うんじゃないの?」
コータの素顔をみたツインテール、アルクと呼んだ少年の後ろに身を隠して脅えてしまう。
よく見ると、アルクとツインテールの他にも、包容力の高そうな若い巨乳のシスター。無口で、巨乳シスターをチラチラ見ているトカゲの獣人の少年と、全部で四人もいた。
(ああ……なるほど、そういう関係性か)
瞬時に、四人が冒険者のパーティーである事と、その関係性を把握。
コータが鋭いというより、四人が解りやすい。
アルク←ツインテール(LOVE)
巨乳シスター←無口トカゲ(LOVE)
と、いったところか。
相互関係までは行っていなく、アルクも巨乳シスターも、気持ちに気づいていない鈍感系なのだろうと……
「イチャつくなら、余所に行け」
「わぁん♪」
少年少女にパタパタ手を振ると、コータの首もとから、シロが顔を出して、吠えた。
同意の声だろう。
……クロは、巨乳シスターが天敵の為、素早くポーチに身を隠している。
「イチャ? ……ち、違います!」
と、言ったのは、一番最初に声をかけてきた女の子っぽい少年、アルクだ。
アルクは、何か言いたそうにもじもじと指で遊びはじめる。
(絡み酒じゃない? ……と、なると、珍しいな)
仮面を外したのにも関わらず、コータに関わろうとする人間など、それ程多く無い。
ロニエスと、マリアぐらい……会う旅、会う度殺しに来るリゲルも、あれで、友好的な方。
「じゃあ、なんだ?」
お前も、マリアとロニエスみたいな人種なのか?
と、コータが冷ややかに質問する。
(ま、何にせよ。アイツみたいに関わる積もりはないがな)
「あ、あの……っ! この前はありがとうございました――ッ!」
「……」
(この前? やっぱり会ったことがあるのか……思い出せないが)
アルクの言葉に、コータは数秒沈黙。
その間に、アルクは語りつづけた。
「この前は、驚いて逃げちゃいましたけどっ!! オークさんは、ボクを助けてくれました! それが事実です!! あの時、ちゃんと謝罪出来なかったので――」
「……」
何故か、無遠慮に身体を寄せて来るアルクの顔を見ながら、言葉を聞き……
ポンッ!
思い出した。
「お前、ヒーラレルラで、テンプレ冒険者に絡まれていた、新米か!」
「にゃ~♪」
正解だにゃ~♪
と、クロが、ポーチの中で鳴く。
そう、コータは、ロニエスと会う前に、この少年を助けている。(一章第一話を参照……しなくても良い)
「ハ、ハイッ! 良かったです。覚えていないかと、少しヒヤヒヤしました」
「……そうか」
アルクは、コータと、相互理解を得られた事で、更に嬉しそうに、コータとの距離を詰めた。
(まるで、子犬だな。シロとだだ被りだが……いや、それよりもアイツか)
「クゥーン?」
「にゃ……」
しかし、クロとシロのパーソナルスペースに入る直前で、アルクを手で制し、近寄らせない。
パーソナルスペースとは、他人を不快に感じる距離だ。と、ロニエスがいたら、説明が必要になる……
『もうぅ~っ!! 知ってますよぉ~っ』
そんな声を想像すると言うことは、コータが、アルクにロニエスを重ねている証拠。
だからこそ、コータはアルクを近寄らせない。
(コイツはロニエスとは、違って《孤独の呪い》が効くはずだ。深く係わらないのが、お互いの為)
「で、……何か困り事か?」
ならば、さっさとアルクの問題を解決するのが吉。
どうせ、また、チンピラに絡まれて居るんだろうと、コータは聞く。
「え? いや、そうではなくて……少し。少しだけ……お話してみたいなと……思いまして」
「……あ?」
「もし、お邪魔じゃなければ……」
敢えて先を言わずに、コータに、問い掛けるアルク。
コータは、アルク。アルクの仲間。そして、最後に月を見上げた。
満月だ。
こんな綺麗な満月の日くらい、気が変わる事もある。
何より、今のコータは、少し、人肌恋しかった。
それは、この満月が、エルフィオネとの婚約した夜を思い起こさせ、むさ苦しい男達の喧騒は、かつての酒宴を思い起こさせる。
……そして、アルクにロニエスの陰を見る。
「クロ……」
「にゃ~」
一応、巨乳シスターに脅えてポーチの中で震えている相棒にも確認するが、「勝手にしてにゃ~」と鳴く。
「……好きにしろ」
「っ!」
だから、コータの口からそんな言葉が出たのであった。
終始。コータは無言だったが、その心の内では、穏やかにアルク達の話に耳を傾けていた。
「それでですね――」
子犬の様な少年アルクに、無遠慮なお姫様ロニエスを重ねる。
男と女で性別が違うが、比べれば比べるほど似ていた。
人懐っこい所や、心根で、人を信じている所。
フィンラネル王国救援クエストを、中級冒険者に関わらず受けたのも、名誉や金の為ではなく、ただの善意。
そんな、アルクの元に集う仲間は、濃いメンバーが集まっていた。
まず、ツンデレツインテール少女は、『炎系魔術師フレア』十五歳。
路地裏で暴漢に襲われていた所をアルクに救われたらしい。
……コータには、クロとの二人旅をしていた頃、南方の小国で、同じような顔と名前の皇女を見たことがあるが、敢えて何も言わない。
次に、巨乳シスターの少女。『神聖魔術師クララ』十六歳。
コチラは冒険者ではなく、ソフィア聖教の修道女で、このクエスト呑み、回復魔術師として、アルクのパーティーに参加している。おっとりお姉さん。
……コータには、さる高貴な血筋を引いたエルフに見えるが、敢えて何も言わない。
最後に、トカゲ獣人の少年。『弓使いディン』十五歳。
この少年に至っては、アルク達でさえ、アーニマレー王国出身という事以外何も、分からないと語るが、本人が無口なのだから仕方ない。
……コータには、何か圧倒的な力を隠している様に感じるが、コータよりは弱いので、やはり敢えて何も言わない。
(……キャラが濃いな。色々含む所もありそうだが……そこまで、世話を焼く義理はない。今は、エルフィオネ王女と、お姫様で手一杯だ)
最後まで責任を持てないのなら、最初から関わらない。
それがコータの信条。
だから、アルクにも何も告げることはしない。
「オークさん……」
突然、軽快に語っていたアルクが、声のトーンを落とした。
話半分で聞いていたコータが、それでアルクに視線を向ける。
「どうした? やっぱり困り事か?」
「いえ……そうではなくて。オークさんは、最上級冒険者ですよね?」
「ああ……」
その時、アルク以外の面々も押し黙り神妙な顔をしているため、コータにはアルク達の本題なのだと、すぐに分かる。
「あの噂……どう思いますか?」
「あの噂?」
どの噂だ? と、コータは聞き返す。
意地悪している訳ではなく、最上級冒険者として、魔女の情報を集めているコータには、様々な噂が耳に入っている。
一般冒険者の間で、何が噂になって居るのかが逆に分からないほど。
「『魔王』と『四天王』の復活です……知りませんか?」
「ああ……それか」
三年前、世界を絶望のどん底に突き落とした『魔王』と『四天王』。
勇者によって倒されたが、最近。『魔王信教』が復活させた。
という、『デマ』が、かなり前から出回っている。
アルクが言っているのは、恐らくそれで、『聖女』がコータに語った『海神王復活』の話とは別枠だ。
全く持って信憑性が違う……のだが。
(『不死王』も『海神王』も復活した今となっては、デマでもないのかもな……ま、『海神王』はまだ、可能性だが……)
「さあ……どうだろうな」
「「「「っ」」」」
最上級冒険者の重みある言葉に、アルク達が、唾を飲み込み顔面蒼白となる……が、
「ま、奴らが本当に、復活していたら、今みたいな平穏は無いと、個人的には思っているがな」
「……っ!」
海神王の復活だって、怪しいとコータは思っている。
船に乗った誰しもが、言葉には出さずに、その襲来に備えているが、出港してからもう二時間程。
夜の闇に紛れているとはいえ、それだけ長時間航海しているのに関わらず、敵襲がない。
コータが知る、海の王ならば、そんなことは絶対に有り得ない。
そんな、仮定からでたコータの言葉に、中級冒険者達は安堵の息を吐いて、眠そうに欠伸をし始めた。
(……少し、気を緩めさせすぎたか?)
そう思ったコータが釘を刺そうとした時だ。
ガクンッッ!!
全長六十メトルのキャラック船が大きく右に傾いた。
「っ! 全員っ! 床にしがみつけぇえええ!!」
反射的にコータが、叫び、クロとシロを抱えて、船体に掴まった。
そんなコータの指示を効いたアルク達や他の乗組員達も咄嗟に、しがみつく。
……だが。
「「「「うわわらわわわわわわわわわわわ――っ!!」」」」
反応に遅れたもの達が、船体から振り落とされて、海に落下してしまう。
真冬の冷たい海、何か特殊な耐性がない限り、落ちた時点で凍死は確定する。
助けようにも、二次被害の方が怖い。
コータは奥歯を噛んで落ちていく人々見送っていたが……
「きゃああああーーッ!」
「フレアさん! うっあああああっ!」
アルクの仲間の一人、ツンデレツインテールが、掴まっていた床ごと落下してしまう。
それを助けようとした、アルクも一緒に落下していく。
(流石に……見捨てられないか……ちっ。アイツか重なる)
「クロ!」
「にゃん♪」
決断は一瞬。
コータは、掴まっていた船体から手を離し、傾く船を駆け抜けて、跳んだ。
空中で船体から投げ出されたフレアとアルクをキャッチ。
「きゃああああーーッ! バケモノオオオオオオオオッ! 私のアルクくんに触らないでえええええええっ!」
「うわわわわわわ――ッ! オークさんっ――何で貴方まで!!」
「……だまってろ」
落下。落下。落下。
コータとて、冷たい水中に落ちれば、普通に凍死する。
かといって落下を止める術はない。
……だが。
「クロ……今だ」
コータの肩からクロが飛び出して、先に落水……
「にゃ~ん♪」
する寸前で、肉球に触れた海水を半径一メトル程、凍らせる。
コータはクロの作った氷の足場に着地。ニュートンの法則で、沈むより早く再び、飛び上がった。
「クロっ!」
「にゃ~」
同時にクロもコータの肩に跳び戻る。
コータは飛翔は、キャラック船よりも高く跳び、落下の時間で、海底に視線を落とす。
(船を傾けた。元凶が居るはずだ……)
『これは、まだ、世に公開されていない話なのですが……『海神王』が復活したそうです』
聖女の言葉を思い出し、嫌な予感を感じていると、
ズバシャァアアアアンっ!!
大きく海水を割って、八本の触手を囃した、大王タコ型モンスターが姿を現した。
その大きさは、キャラック船よりも一回り大きい。
「おいおい……マジかよ」
その正体に戦慄しながら、船に着地したコータは、アルクとフレアを投げ捨てるように手放した。
「痛っ!! なにすんのよ!」
それが気に喰わなかったフレアが、コータの背中をバシバシバシ。
「……」
「だ、駄目だよ! フレアさんっ。ボク達、助けてもらったんだから!」
「うるさいわ! 助け方ってのがあるのよ! この馬鹿!」
流石は中級冒険者。
最上級冒険者のコータが戦慄する状況にも関わらず、平常運転。
(いや、俺にデレないから、タチが悪いな)
そんな、ツンデレ少女に呆れて、次は見捨てるべきだなと、真剣にコータが思いはじめていると、
「オークさん……まさか、アレは、『海神王』ですか……?」
フレアとは違い、助け慨のあったアルクが、脅えた声で、大王タコを指差した。
それに――
「違うぜっ!」
と、ワイルドに答えたのは、コータではなく、剣聖アレクサンダー。
人類最強の肉体を持つ、身長三メトルの獣人だった。
「アレは、リバァイアサンの分体『クラーケン』だ」
「分体?」
アレクサンダーは、ガハハハっと豪快に笑いながら、首を捻るアルクの肩をバシバシ叩いて、
「ここは、オレに任せて、下がってな」
ミシッ!
踏み込みで船底を軋ませ、超加速。
真っ正面から『クラーケン』に突撃した。
「キャシァアアアアア――ッ!」
しかし、舐めるなとでも、言うように、クラーケンが吠え、十本の触手、全てで、アレクサンダーを絡めとろうとする。
その触手は極太で、掴まれたら、捕食されるか、喰われるか、海に引きずり込まれて……喰われるか、するまで、離れることはない。
……が。
「しゃらくせぇえええーーッ!」
斬ッ!
剣聖アレクサンダー専用《超超重量級超大剣(SSSS)ファルシオン》(重量五トン)を、一閃。
十本全ての触手を同時に両断した。
(相変わらずか……ファルシオンを片腕で振り回せるのなんか、人類じゃアイツだけだからな)
剣聖アレクサンダーの一振りは、たいして鋭いものでもない。
アレなら、リゲルの方がキレがあるだろう。
だが、アレクサンダーは剣を、他より圧倒的な腕力で振るうため、破壊力が尋常を越えている。
その大味な闘いに、呆れ笑いを浮かべるコータを後ろに、クラーケンの頭まで跳躍。
重量五トンのファルシオンを持ったまま、だ。
「オレの船を壊すんじゃねぇええええええええっ!!」
斬ッ!
クラーケンの頭蓋を両断した。
「グギュアアアアアアアア――ッ!」
頭蓋をカチ割られた『クラーケン』が、断末魔とともに、海底へ沈んでいき、アレクサンダーが船に着地した。
バギリッ!
と、船床にヒビが入るのは、ファルシオンの重みか……
「「「おおおおおおお――ッ!」」」
クラーケンの撃沈に、船員達が勝鬨の雄叫びをあげる。
……が、
「「まだだ!!」」
コータと、アレクサンダーは、同時に呟きながら、周囲の海を警戒していた。
直後。
ズバシャァアアアアン。ズバシャァアアアアン。ズバシャァアアアアン。ズバシャァアアアアンっ!! ズバシャァアアアアンっ!! ……
船団の近海、四方八方から次々と《クラーケン》が姿を現していく。
更に、人魚型モンスターが一斉に、船団に襲い掛かった。
大型モンスターのクラーケンに比べれば、人間サイズのマーマンは弱い……が、急襲したその総数は、コータがザッと見ただけで、数千体以上。
いや、現在進行形で、海中から現れ増加中。
その様は、百の船団を一瞬で、絶望のどん底に突き落とした。
そんな中、コータが乗るキャラック船は、四体の《クラーケン》に四方を囲まれていた。
触手が船体に絡まってミシミシと悲鳴を上げている。
「ちっ……剣聖じゃないが、船を壊されたら堪らねぇな」
「ギャアアアアッッ!」
「……アルク。お前らは下がってろ」
コータは、次々となだれ込み、襲い掛かって来る《マーマン》を返す刀に、ブロンズソードで、殴り飛ばすと、アルクから、中級片手剣、《シルバーソード》を奪って、クラーケンの一体に突撃していく。
「破ぁあああああああーーっ!!」
「「「ギャアアアア――ッ」」」
バサバサと、並み居るマーマンをブロンズソードとシルバーソードで、切り裂きながら、クラーケンへの道を無理矢理こじ開けて、船外に飛翔する。
(クラーケンの弱点は、頭蓋の奥……脳みそだ)
クラーケンの触手を二本、シルバーソードで切り裂いて、頭部に着地。
「舞闘流……真の舞。《演舞一閃》」
コータの得意技、超連激ではなく、鋭い一撃が、クラーケンの頭皮を、大きく切り裂いた。
「見えた。……逝け、タコ野郎」
ぱっくりと割れた頭皮の中に見える肥大化した脳みそ。
そこに、ブロンズソードを突き立てる。
「ギャアアアア……ッッ」
息堪えて、海底に沈んでいく、クラーケンの頭の上から、一刀百殺でマーマンを相手取っているアレクサンダーに向かって叫ぶ。
「剣聖ッ! 雑魚はほっとけ。クラーケンを倒せ!」
そうしなければ、船が沈み、結局全員が死ぬぞ! ……とまでは、言わずに、コータは次の標的を定める。
……目視百体以上のクラーケン。この状況、コータひとりではどうにもならない。
クラーケンを倒せる戦力は、マーマンから仲間を守るより、クラーケンを倒した方が、結果的に多くの仲間を救えると、コータは背中で語る。
そんなコータの意図を、歴戦の大英傑であるアレクサンダーは正確に把握し、マーマンに襲われている子分達を省みる。
(切り捨てる事で、仲間を救うか……仮面のアンちゃん。即断で、勇者のアンちゃんみたいな事を……)
「ああ~っ! 分かってるよ。胸糞ワリィなッ! 粉くそがぁあああ!」
剣聖アレクサンダーが、吠え。
ファルシオンを全力で薙ぎ払った。
それに巻き込まれ、吹き飛ばされたマーマンの間を、縫うように駆け抜け、クラーケンを一刀両断。
切り捨てる。
「ギャアアアアッッ――……」
「すまねぇ。オマエら……非常な決断もまた、オレはしなくちゃならねぇんだ」
クラーケンを倒し、船の負荷は軽減されたが、アレクサンダーがせき止めていた大量のマーマンが、怒濤となって、アレクサンダーの手下達とカチ合いはじめる。
アレクサンダーが、戦場を見渡せば、既に幾つかの船団が撃沈していた。
クラーケンとマーマンの血は青いが、海は紅く染まっている。
正に煉獄の海。
だが、それこそが、本物の戦場。
生き残れるだけの何かを持っている者だけが、生き残れるのだ。
冒険者も他国の救援部隊も、こういう事態を覚悟して、この戦場に馳せ参じている。
……ならば、アレクサンダーに出来るのは、仲間達の血を、無駄なモノにしないことのみ。
そんな、男達の戦場で、ツンデレ皇女フレアは、
(何々? 何なのよ! この状況……私はただ、アルクくんと仲良くなりたいだけなのにッ!)
「キィ――ッ! もうッ! 嫌ッ! 私とアルクくんの邪魔をしないでよぉお! 焼き殺してやる!」
「……」
と、高揚し、中級魔術杖レッドロッドを、クラーケンに向けた。
フレアの動きに、合わせて、トカゲ獣人ディンも、弓を引く。
(あの仮面の化け物が倒せるんだからっ! 私だって倒せるわよ!)
意気揚々とロッドに魔方陣を浮かび上がらせる。
「《灼熱の精霊よ》」
上級爆炎魔術
普通の中級冒険者の威力ではない、超高威力の上級魔術が炸裂。
ドガァアアアンっ。
クラーケンと同等の爆発が、命中した。
「ふんっ。私は天才魔術師フレア・グレネーラよ。タコ焼きになって出直しなさい」
ピシッと人差し指を、突き出して、ウインクを決めるフレアだが……
「グギュアアアアアアアア――ッ!」
「……え?」
クラーケンは無傷だった。
タコ焼きどころか、無駄に良い威力の攻撃だったため、クラーケンの敵対心が、フレアに集中。
瞬く間に、触手がフレアの身体を絡めとった。
「ギァアアアア――ッ! アルクくんんんんんんんんッ!」
「フレアさぁああんっ!」
フレアがアルクに手を伸ばし、アルクが掴もうとするも……寸前で、届かない。
「……っ!」
瞬間。
ディンが弓を射って、触手に命中させた。
……が。
カッ!
硬い音で、弾かれてしまう。
コータや、アレクサンダーは何も言わずに、切り裂いていたが、英傑クラスでなければ……斬ることも出来ないのだ。
抵抗虚しく、触手がフレアをクラーケン引き込んでいく。
「……まだッ!」
初めて喋ったディンが、目をカッと見開いて、足の筋肉を膨張させる。
ディンの祖先は、チータの血。
ダダンッ! 凄まじい速さで、フレアを掴む触手に追いつき、噛み付いた。
「ディン……なんで!」
「……俺……仲間……守る」
「ディン!!」
しかし、ディンの牙でも、クラーケンの触手には刺さりもしない。
「もう良いわ。離れて。私の代わりに、アルクくんを守ってっ」
「嫌だ……仲間……見捨てない」
「ディン!!」
フレアとディンの二人が、クラーケンの巨大な口の中に引きずり込まれる。
その寸前。
ダンッ!
世界一醜悪な冒険者が、フレアを掴む触手の上に降り立った。
「おいおい……下がってろって言ったよな?」
「……ッ!」
そう、最上級冒険者コータである。
コータは、面倒臭そうに呟いて、
斬ッ!
触手を切断。
フレアを片腕で、担ぎ、ディンを船体に向かって蹴り飛ばす。
「ぐふっ!」
「ディン!! あ、アンタねぇ!」
「悪いな。俺は、お姫様。以外には手荒いんだ。しかも、忠告を効かないクソガキじゃな……」
「……え? お姫様ぁ?」
吊橋効果か、コータの助けたタイミングが絶妙だったのか、或は、フレアの正体が皇女という立場が暴かれそうだからか、
ドキっと、フレアの心臓が高鳴りを上げた。
……が、直後、
「あ、俺のお姫様は、お前じゃないぞ?」
「ぇ?」
と、船体に投げ飛ばされる。
「ええええええええええええええええええっ!」
絶叫。
獣人でもない魔術師のフレアが今の高さから、落ちれば……死――
ぼふんっ。
「え? 柔らかい?」
「クォ~~ン」
ソコはシロがしっかりと受け止めた。
「さて……次は」
フレアが無事にシロに受け止められた事を確認した、コータが、クラーケンの頭に着地し、肩を回す。
「お前が狩られる番だ、な?」
「ギュウウウウン!!」
「……遅いっ!」
《舞闘流、真の舞・演舞一閃》
コータの実力を野性の本能で感じとったクラーケンが、水中に逃げようとするも、コータの剣が、頭部を切り裂き、脳みそを切り裂く。
「ギャアアアア――ッ!」
絶命……更に剣聖も、もう一体、切り伏せた。
これで、船を囲っていた四体全ての、クラーケンを討伐したことになる。
あくまで、船を囲っていたクラーケンを、だが……
(さて、ここからだな)
コータは船に舞い戻りながら、戦場全体の戦況を確認する。
船団の被害は、二割程。
コータの予測以上に生き残っていたが、もともと、フィンネラル王国の窮地に派遣された強兵達。
コータや剣聖の様に、一人で打倒することは出来なくとも、十人以上のパーティーで纏まれば討伐も出来る。
(と、なると、先ずは、混乱を収めないとな)
ガタン……
「……よぉ。仮面のアンちゃん。何か良い手は浮かんだか?」
「お前は英傑だろう。自分の頭で考えろ」
戦場を見渡していたコータの隣に、剣聖がたった。
かつての盟友と、拳を合わせたいのをグッと堪え、魔眼を開眼する。
……今のコータは、勇者ではなく、ただの冒険者。
何より、すこしでも早く、打開策を考案し、戦力を残さなければ、フィンネラル王国を救う事が難しくなる。
(マーマンの増援はまだまだ先が読めないが……クラーケンはそろそろ打ち止めだな)
そんなふうに、コータがポーチから仮面を取り出して、装置し、『識別眼』で、敵の戦力を読んでいると、
「昔、アンちゃんには言ったよな。オレは考えるより、動く方が得意だって」
「……っ」
昔……というアレクサンダーの言葉。
コータとアレクサンダーが会うのは、これが初めてなのだが……剣聖は続けた。
「だから、アンちゃんに作戦は任せるって、な? 勇者のアンちゃん。生きててくれて嬉しいぜ!」
「……ちっ。どいつもいこつも……人違いだ」
「……聖獣と魔獣を連れて、その剣技でか? そりゃあ無茶だぜ、アンちゃん」
「コータだ」
「……ナンか、アンのか?」
「……」
コータが何者に姿を変えようと、その隣で闘ったかつての盟友には、隠せない。
そして、コータが名を偽る理由の奥にも、感づける。
……だから、かつての盟友は、
「そおか……なら、コータのアンちゃん。一つ話しておくな……まだ公には、秘密ナンだが」
「……じゃ喋るな」
それ以上は深く追求しなかった。
だが、コータが作戦を考えるまで、その場も離れない。
剣聖アレクサンダー・アーニマレーは、心から勇者ユグドラ・クラネルを信用しているということ。
「勇者のアンちゃんが、ポックリと逝ったからか、オレの所に、エルフィオネの姐御との縁談が転がり込んできたンだ」
「……」
「だから、オレはここにいる。良いのか? アンちゃんが生きてるなら――」
アーニマレー王国の国王が、自ら戦場に立つ理由。
それは、未来の后を救うため……そんな事だろうと、コータも思っていた。
「良いも何も無い。知らないのか? 勇者はエルフィオネ様にフラれたんだぜ? あのお姫様。お前の事も毛深いとか嫌がってたし、相当面食いだな」
「アンちゃん……エルフィオネの姐御に限って……そんな事……」
「事実だ」
少なくとも、コータは、ソレを事実だと思っている。
「ソレが事実なら、オレも少し、考える必要があるが……じゃあ、アンちゃんは、なんで今更――」
「クラーケンは、三百体程度……か」
助けに来たんだ? と、アレクサンダーが言おうとした言葉は、コータによって遮られる。
「余談は終わりだ。アレクサンダー」
「お? 作戦が決まったか? どうする?」
「船を捨てよう」
淡々と言ったコータの無謀な言葉に、アレクサンダーはニヤリと口端を吊り上げる。
「なるほどな。また大胆なことでぇぃ……どれだけだ?」
「フッ……生き残りから逆算して、十もあれば十分だ。俺はクロとタコ狩りを続ける。アレクサンダーは、兵を統率しろ。……シロは回復部隊に回しとけば、勝手に命を救うだろ」
「おうよ」
コータが指示したのはそれだけ。
それだけで、アレクサンダーには十分にコータの作戦を理解した。
「ふん……さて、反撃と行こうか」
「にゃん♪」
言って、クロとコータは大海原に飛びしていく。
フィンネラル救援部隊の反撃が始まった瞬間であった。




