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四話 『醜悪な騎士と白銀の姫の追憶・二』

 ユグドラが、エルフィオネの騎士になってから、丁度一年。

 ついに、最悪の魔王が異世界から、侵攻してきた。

 後に『魔王大戦』と言われる事になる、一年続く、大戦の始まりである。


 魔王は、『空』『陸』『海』『死』を司る四体の四天王を率いて、世界を瞬く間に侵略して行った。

 世界中が魔王に侵略されるまで、半月とかからなかっただろう。

 それほど、魔王と四天王の力は強力無比なのものだった。


 しかし、北海の島国フィンラネル王国は、島国だったために、魔王軍四天王の侵略の対象にならなかった。

 そのお陰で運よく、最初の半月を生き残る事が出来たのであった。

 それが、人類が反撃する契機となる。


 まず、暗澹たる絶望が支配し、生きる気力を失った国々の前で、《妖精王女(ハイエルフ)》エルフィオネ率いる、ユグドラが魔王軍四天王『海神王』を倒したのだ。


 海神王とユグドラ達の血で血を洗う闘いは、それを見ているだけだったロニエスが、何度もあきらめてしまう程、壮絶で、凄絶で、絶望的な闘いだった。

 だが、フィンラネル王国は、『海神王』打ち倒し、『海』の支配を魔王から脱却。

 世界に希望という光を燈した。


 そんな、フィンラネル王国を後押しするように、ソフィア聖教の聖女マリアが、聖都から遥々海を渡り、ユグドラに勇者の剣を託したのである。


 こうしてフィンラネル王国に、『魔神(エルフィオネ)』『聖女(マリア)』『勇者(ユグドラ)』という、解りやすい三つの希望の光が輝いた。


 その光に、生き残っていた各国の英雄達も集いはじめる。

 人類最強の肉体を持つ、『剣聖(アレクサンダー)

『世界三大美女』と同じ、神の力を、鍛練のみで後天的に身に宿した『武神(ラクレス)』等など。


 他にも様々な英傑達が集い集まった。

 そんな英雄達を連れて、ユグドラとエルフィオネは世界中を回り、侵略された国々を解放して行く。

 神の国『ソフィア神聖教皇国』・美の国『ヒーラレルラ王国』・獣人の国『アーニマレー王国』武士の国『ヤマト皇国』……

 そうやって、国々を救っていく勇者達の元には、更に沢山の戦士達が集まっていった。


 そんな闘いの最中、ユグドラとエルフィオネの仲も、加速度的に深まっていた。


 犠牲の減らない闘いに苦しむ、ユグドラと、それを献身的に支えるエルフィオネの姿は、もう、ロニエスが止める気力も湧かないほどお似合いだった。

 ……この頃から、クロとユグドラの関係も悪化するが、それも、ロニエスの立場から見れば仕方のない事だと言える。


 ユグドラはそれ程までに、傷ついていたのだ。

 そんなユグドラにとって、唯一の癒しであったエルフィオネに、縋った事を誰が責められよう?


 とにかく、ユグドラは一心に闘った。闘って闘って闘って……ココロも身体も傷だらけにしながら、全ての四天王を打ち倒し、遂に魔王との決戦までこぎつけたのだ。


 決戦前夜……闘いの終わりを想いながら、月を眺めていたユグドラの元に、エルフィオネが足を運んだ。

 その様子は、なぜか、ロニエスだけではなく、ユグドラとともに、闘っていた英雄達も隠れて見守っている。

 あの、マリアでさえ右に同じ。


『ユグドラ。眠れないのですか?』

『……エルフィオネ様。ええ、ようやく闘いが終わると思うと――』


 話している途中のユグドラに、エルフィオネは、ぷくっと頬を膨らませてえいっ!

 抱き着いた。


『エルフィオネ様っ!?』

『もうっ。ユグドラは、固いですよ? いまさら、(わたくし)に『様』は要りません。今や貴方は、王族の私より重要な立場なんですから』


 その通り、あくまでユグドラは、エルフィオネの騎士だが、対魔王軍としてみるなら、勇者ユグドラ・クラネルが大将で、魔神エルフィオネは、その補佐という認識が一般的だった。

 ……しかし、


『「戦争(いま)」だけですよ。明日、闘いを終わらせれば……また、エルフィオネ姫様は、姫様に戻ります』


 戦争が終われば、魔王に対抗する勇者は必要なくなる。

 そろそろ、未来のことも考えるべき時であった。

 未来の事を考えられるという事自体が、どれだけ希望に満ちているか、ユグドラは微かに笑いながら、月を眺める。

 ……もう、敬愛するエルフィオネの騎士は辞めなくてはいけないと……そう思って。


『ユグドラ……一献、致しませんか? 前(茶会)みたいに、わたくしに酌を取らせてくださいませ』

『……フフっ。ハイ。姫様。喜んで』


 ユグドラは、エルフィオネが予め用意していたであろう、酒瓶を見て、苦笑しながら、杯を持つ。

 そこに、コココココ……っと、エルフィオネが酒を注いでいく。


『どうぞ?』

『失礼します』


 酒の満ちた杯に口をつけて、一口舐める……


『美味いっ!』

『ふふふ。アーニマレー王国の宝酒だそうですよ?』


 対して、酒を飲まないユグドラにも、そう言わせる程、美味い酒だった。

 ユグドラは、杯の酒を煽る様に飲んで、空にする。


『ささ、どうぞ、もう一献』

『……?』


 トトトトト……


 これほど美味い酒を、一口も口にしないエルフィオネを不思議に想いながらも、ユグドラは注がれる度に空にしていった。

 そうして、酒瓶を三つほど、空にした時、ガクンっと、あろう事かエルフィオネにもたれ掛かってしまう。


『すみません。エルフィオネ様……少し……いえ、かなり、飲み過ぎました。今日は、もうお許しを』

『ふふふ』


 そこで、お開きにしようとするユグドラの杯に、エルフィオネは微笑みを称えたまま、無言でトトトトト……注ぐ。


『どうぞ?』

『エルフィオネ様……』

『どうぞ?』

『……』


 これはとことん付き合わないと、解放されないと、ユグドラも諦めて、腰を据える。

 しかし、座り直そうとユグドラがしても、倒れかかった身体を掴むエルフィオネは、離そうとしなかった。

 すでに頭の働きが鈍いユグドラは、『仕方ないと思い』そのまま酒を再び舐めはじめる。

 そんなとき……唐突に、エルフィオネが口を開いた。


『ユグドラ。今夜は添い寝をしてあげても良いですよ?』

『いえ、結構です』

『……』


 エルフィオネが、ピクッと眉を吊り上げたがユグドラは気付かない。

 まだ入っている杯に無言で注がれる酒を見ながら、いい加減にしなければ明日に触ると肩を落としている。


『ユグドラは、私の騎士ですよね?』

『ハイ……』


 しかし、騎士が君主に逆らうことも出来ず、その酒を飲むしかない。


『……この先も変わりませんよね?』

『……』


 ピタリ。

 ユグドラの酒を煽る手が止まった。


『ユグドラは、私の騎士は嫌ですか?』

『そんなことはありません!』


 普段のユグドラなら、こんな即答はしなかっただろうが、酔いが回っていたために、口が軽くなっていた。

 そんなユグドラの本心を聞いて、ぎゅっと腕を抱きしめるエルフィオネは、大きく安堵の息を吐いた。

 でも、まだまだここから……


『ふふふ……ユグドラ、コレを』

『コレは……《レッドクリスタル》? フィンラネル王国の国宝じゃないですか!? ソレに姫様の力を引き出す貴重な……』


 どうして、こんな大事な物を?

 と、エルフィオネの顔を見る……と、エルフィオネは、見たこともないほど真剣な瞳で、


(わたくし)の覚悟です』

『……っ』


 そういった。

 そして、踏み込む。

 

『ユグドラが私に何かを隠していて、そのせいで、私の言葉を信用していないのは分かっています』

『……』

『ユグドラが話したくないのなら、聞き出す積もりは有りません。が……それで、私の想いと言葉を信じてくださいませ』

『……』

『私は本気なのです。本気なのですよ? 私のレッド・クリスタル)をユグドラに預けます。共に生きるという証として』

『……』


 言って……


『ユグドラ。私と婚約してくれませんか? 私はユグドラが愛おしいのです』


 愛……それが、剣聖とエルフィオネの結婚に欠けていたもの。


 ……ユグドラは、月を眺めながら、酒を一口。頭でいろいろな事を考える。

 そうして、


『私も……エルフィオネ姫様が愛おしい』

『っ!』


 エルフィオネの肩を抱きしめた。

 それが騎士として出過ぎた事であるのは分かっている。

 それでも、国宝『レッドクリスタル』まで持ち出した、エルフィオネの気持ちには、ユグドラも本心で答えるべきだとそう思った。


『ユグドラっっ!』

『姫様……』


 エルフィオネも、ユグドラの言葉が嬉しくて、ユグドラに、身を預ける。

 二人は、身を寄せ合いながら、どちらからともなく、唇を交わし夜月を見上げた。


『うふふ。ユグドラ……婚約してくれますね?』

『ハイ……喜んで』


 こうして、二人は未来を約束し、決戦の夜を明かした。


 エルフィオネと婚約したユグドラは、その喜びも糧に、翌日の魔王との闘いも、激闘の末に打ち倒し、魔王大戦を終結に導いた。


 ここで、世界各国を救い、魔王大戦を終わらせた勇者ユグドラ・クラネルと、その闘いを常に傍で支え続けた魔神エルフィオネの婚約と共に、世界中の国々が永久に争わない事を誓う条約、『永久世界平和条約』が結ばれた。


 ここまで。

 ここまでは、勇者ユグドラ・クラネルの英雄潭として、世界中で語られており、ロニエスも知っている公認の歴史。


 そして、ここからが、勇者ユグドラと魔神エルフィオネすら含めて、誰も知らない裏の歴史である。


 ロニエスは、ユグドラとエルフィオネの仲睦まじい様子を見守りながら、二人がこのまま幸福になることを願っていた。

 ……だが、ユグドラが、コータである限り、エルフィオネとユグドラは結ばれることはない。

 それを、悲しいと思える程、ロニエスは、既に、二人の歴史を知ってしまっていた。


 事が起きるのは……


(……結婚式。前夜ですね)


 そして、ロニエスが追体験している過去も、ユグドラとエルフィオネの『結婚前夜』まで来ていた。

 つまり、ユグドラがユグドラとして、生きる最後の夜が始まったのだ。


 コータが言っていたように、その夜、ユグドラの元には、『魔王軍残党』の情報が流れ込んできていた。

 結婚を控えた身とはいえ、勇者であり、騎士であるユグドラに、その情報を放置することは出来なかった。

 一人で向かったのは、その方がユグドラが闘い易いため。


『うふふ。来たのね。ぼ~や♪』


 何処の宗教かもわからない、寂れた教会の女神像。

 その真上に、黒髪の女が浮いていた。

 そう、浮いていたのである。

 ……空中浮遊。


 そんなことが出来るのは、お伽話の中に語られる魔力に愛されるという『魔女』だけ。

 そして、『魔女』という、存在は、『世界に災厄を運ぶ者』と、ソフィア聖教の分厚い聖典に記され恐れられている。

 目の前の黒髪の女がその……


『魔女……なのか?』

『そうよ♪ うふふ。怖いのかしら? あらあら、そんなに怯えないで欲しいのだけど……ぼーやには特別に、本当の姿を見せてあげるわね』


 ボンッ!


 黒い煙りがいきなり魔女の身体を包み、覆い隠した。

 ユグドラは、聖剣を抜き放ち、最大の警戒をして構える。


 魔女が魔女である限り、警戒をしない訳にはいかないのだ。

 魔王とは別枠の脅威がそこに居るのだから……


『っ!?』


 しかし、黒い煙りから再び姿を現した魔女は、ロニエスと背丈の変わらない子供の姿になっていた。


『それが? 本当の……姿? それじゃあ君は……子供っ――!』

『ん? 私の年齢? ふふん。三千歳よ』

『っ!』


 三千歳!?

 魔女の言葉が余りにぶっ飛んでいる。

 長寿で知られる、エルフですら、千年生きれば最長老と言われる。

 エルフィオネの特異種族であるハイエルフは自質、老化することはないが、三千年の時を生きることは出来ないだろう。

 生物の死因は何も老衰だけではない。


 歳を聞いただけで、目の前の魔女が、ユグドラ達とは違う次元の存在だと言うことが、分かる。

 人類滅亡の危機を迎えた魔王よりも、高次元であることは間違いない。


『まあ。生まれたのはもーーっと昔。三万年以上前ね。でも、最初の千年以外、眠っていたから知らないわ』

『三万年……』


 ゴクリとユグドラは唾を飲み込み、震える手を抑え、剣を強く握り直す。


『例え、例え。貴女が魔女でも、貴女がここから速やかに去るのなら、私は見なかった事に致しましょう』

『うふふ。おかしな話ね。私は、ここに住んでいるだけなのに、ぼーやは出て行けって言うの?』

『それは……』

『私が、ぼーや達に何かしたかしら? 静かに此処に居ただけよ? ねぇ、ぼーや。静かにここで暮らしたい。それはそんなに悪い事なのかしら?』


 ……ユグドラは、魔女の言葉の方が正しいと、思ってしまった。

 だが、魔女という災厄の存在が、フィンラネル王国に居るのは、折角、平和になった世界が再び戦乱の世界に変わる程の爆弾。


『そう……居るだけで。悪なのね……』

『くっ……間違って居るのは私だと、分かっています。ですが、どうか……どうか……この国を離れて頂きたい』

『ふふふふんっ♪』


 苦々しそうなユグドラの懇願を聴いて、魔女は愉しそうに笑い。


『嘘よ』

『……え?』

『私は、黒魔女クロエ。『世界に災厄を運ぶ者』 こんな寂れた教会で、静かに暮らす訳ないじゃない。ぼーや、ったら、馬鹿ね』

『クッ!』


 明らかな敵意。悪意。害意。

 それで、ユグドラの心は決まった。

 魔女を斬る! そうしなければ、何か良からぬ事が起きる。そんな直感があった。


 最強の武器。聖剣エクスカリバーを魔女に向け、斬りかかる。

 大戦で鍛え抜かれた神速の一閃が、


『《止まりなさい♪》』


 ピタッ。


 魔女の一言で、止まった。


『魔術っ!? 聖剣があるのに!?』


 それだけではなく、ユグドラの全身が、石にでもなったかの様にピクリとも動かない。

 そんなユグドラに、魔女はふわふわと空中を浮遊しながら、近づくと、ユグドラの顎を細く冷たい指で、掴んだ。


『聖剣の力は、効かないわよ? だって、《魔術》じゃなくて、《魔法》だもの。私が生まれた時代には汎用されて居たのだけど……そういえば最近、見ないわね』


 やはり、スケールが違う。

 魔女は、けして人間が、敵対していい相手ではなかった。


『目的は何だ!? 何をしようとしている!?』


 せめて、それだけは聞きだそうと、ユグドラが聞くと、


『……の絶望よ』


 魔女は、前半を敢えて言わずに、後半だけ囁いて……


 ちゅっ……ちゅっ……ちゅるるっ……ちゅるるっ……ちゅる……


 ……ユグドラに、ねっとりと、口づけした。


『……っ!!』


 その瞬間。

 ユグドラの全身が痛みで悲鳴を上げる。

 その痛みは、炎で炙られ、氷で凍らさせるような痛み。


『ぐぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――』


 片腕を切り落とされても、悲鳴を上げないユグドラですら、絶叫を上げた。

 それほどまでの痛覚。


 まさしく、生き地獄を味わうユグドラの絶叫を聴いた魔女は、


『うふふ♪』


 愉しそうに、本当に、愉しそうに笑っていた。

 そして、


『《孤独の呪い》よ。私が三千年以上味わった孤独を、ぼーやも味わいなさい』

『ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――ッ!!』

『良い? 世界から嫌われてしまうのよ? うふふ……全てを失った時、この黒魔女が、ぼーやを優しく抱きしめてあげるわ♪』


 魔女は、聖剣を奪うと、まだ苦痛に苦しむユグドラの前から忽然と姿を消した。


(……え?)


 そして、ロニエスが見ていていた景色も、切り替わる。


 切り替わった場所は、ロニエスが一番最初に、この過去を体験した場所。

 妖精王エルフィオネの寝室だった。


 そこにいるのは、明日の結婚式に備えて、ウエディングドレスに身を包み、移し鏡を見ていたエルフィオネと、ユグドラの元から転移した魔女。


(どうして……コータさま、は?)


『何者です!!』


 首を捻るロニエスに向かって、エルフィオネが神杖ヴァナルボルグを向ける。

 ただし、向けたのは、ロニエスの真後ろに浮かぶ、魔女にだ。


 エルフィオネは、魔女の姿に、少しだけ眉を動かして、


『……貴女が今更、何の用でしょうか?』


 と、知り合いにでも話しかけるように、問い掛けた。

 神杖も下げている。


 そんな、エルフィオネに、魔女は妖しく微笑み。


『もうすぐ、此処に、この世の者とは思えない醜悪な男が来るわ。《その男は、ぼーやを殺した人間よ》』

『……ッ! ユグドラを殺したッ!? では! ユグドラはッ!?』

『ふふふっ。《死んだわ》』

『……ぁぁぁッ!!』


 キラリと、魔女の瞳が光っている。

 その光が、尋常の者ではない事は、コータに魔術を教わったロニエスには分かった。

 ロニエスに分かると言うことは、エルフィオネにも分かるはずだが……エルフィオネは、怪しい光を見ると瞳から生気を失い、瞳孔を開く。


 洗脳……


 ふと、ロニエスの頭に、そんな言葉が浮かんだのは、ロニエスも、《魅了》という、同じような力を持っていたからか……


『《ぼーやは死んだ。男が殺した》』

『……そ……んな……ぁあっ。ユグドラが……何故……何故……折角、明日……ユグドラぁああ。ユグドラぁああああッッ!』


 あまりのショックにポテンとお尻を付き、泣き叫ぶ、エルフィオネ。

 そのタイミングだった。

 エルフィオネの寝室の扉から《魔女の呪い》を受け、姿を変貌させたロニエスのよく知る、コータが姿を現したのは。


 最悪なタイミングだった……


 黒の魔女はくすりと笑うと、再びその姿を消してしまう。

 部屋に取り残されたのは、泣き崩れるエルフィオネと、変貌したユグドラ。


 ユグドラは、ゆっくりと、エルフィオネに手を伸ばす……


『エルフィオネ姫様。ご無事ですか! 申し訳ございません。姫様にまで……』

『化け物……化け物ぉおおおッ! ユグドラを! ユグドラを! よくもぉお!』

『姫様?』


 しかし、伸ばしたユグドラの手は、強く弾き飛ばされた。


『待ってください。姫様! 私がユグドラです!』

『よくも! そんな嘘を! ユグドラは貴方みたいな、化け物じゃない! もっと綺麗な顔をしていますッッ! 私のユグドラを汚さないでください!』

『化け物……』


 愛するエルフィオネに言われた冷たい言葉に、ユグドラは、よろよろと後ずさり、自らの顔を触る。

 そして、移し鏡に映る自分の顔を見た。


『うあああああああああああああああっ!』


 絶叫。

 更に、激しく動揺するユグドラに、エルフィオネは止めを刺してしまう。


『あなたみたいな化け物! ユグドラなんかじゃない! 消えて! 化け物!! 私が貴方を殺したくなる前に! 早く! 私の前から消えうせなさい!』


 叫び、魔術で作り出した泥を投げつける。

 何度も何度も投げつける。


『そんな……なんで。姫様は本気だって……だから……なのに……そんな……ッ! クッ! クソオオオオオオオオオオオオオオオオオーーッ!』


 二人は擦れ違う。

 片や恋人を殺されたと思って、憎しみをぶつけ。

 片や恋人に裏切られたと思って、絶望を膨らませ。


 その全ての元凶は、涙を流すロニエスの隣で嗤っていた。

 そして、ユグドラの本当の絶望は、ここから始まった。


 勇者を殺した大罪人として、フィンラネル王国を追われ、かつての仲間達に命を狙われつづけた。

 途中、黒猫のクロと再開するも、ユグドラの、コータの苦しみは続いていく……

 

 どこの町、どこの国にいっても、その呪いのせいで、誰もコータを受け入れる事はなかった。

 コータとクロの悲しい二人旅は淡々と続いていく……


 その間、何度かコータの元に、人が集まりかけたが、理由はどうあれ、最後は全員、コータを裏切った。

 ……そんな旅が、三年近く続き、コータは、美の国ヒーラレルラ王国で、『黄金の姫』ロニエス・ヒーラレルラと出逢ったのだった。


 そこから、コータとロニエスが救われる光景まで見て……聖女の見せた、剣の記憶は終わりを告げた。


 意識が戻ると、そこは、コータとロニエスが使っていた宿屋のベッドの上だった。


「姫様ぁあああ~~」

「……この声は」


 ロニエスの体感時間では約五年ぶりの、リゲルの声を懐かしく思いながら、ユグドラとエルフィオネの記憶を改めて、消化する。

 そして、ロニエスが今、何をすべきなのかを、考える。


「ご無事ですか! 五日も眠ったままだったんですよ! お身体に異常は? 姫様」

「五日……っ。コータさま……選ぶのは私ですよね?」


 ……決めた。


「リゲルさん。コータさまを追いましょう!」

「……姫様」

「それが今、私が成すべき事なんです!」


 ロニエスのその瞳に、リゲルは見たこともない強い光を見て、言いたいことを全て飲み込んだ。


「はっ! 御心のままに。行きましょう。あの不埒者を叩き斬りに」

「ええ……そうですね。今回は、あの人にも反省して貰います! 勝手に私を置いて行くなんてぇ! そんなんだからぁ、エルフィオネさまと溝が出来るですよぉ! ばかぁああ」

「姫様?」

「私は……私の……選んだ事をするだけです」


 ロニエスの瞳は、遠い北の島国。

 行ったこともないが、馴染んでしまったフィンラネル王国をしっかりと向いていたのであった。

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