一話 『醜悪な冒険者と黄金の姫の邂逅』
「えッ!? あの魔王を倒した勇者……ユグドラ・クラネルが死んでいたのか!?」
「ああ……間違いない」
流浪の冒険者であるコータが、冒険者ギルドに入ると同業者の馬鹿でかい秘密話が聞こえて来る。
……これで隠しているつもりなのだから、冒険者は質が悪いとよく言われる。
「勇者と婚約していたハイエルフの王女。エルフィオネ様はどうなるんだ?……」
「ぐへへっ。『ハイエルフの王女』って言えば、この国の『黄金の姫』。ソフィア聖教の『白聖女』と並ん『世界三大美女』と言われてる奴だろ? 引く手数多じゃねえーか。俺もフィンラネル王国に移ってみるか」
「やめとけ、やめとけ。お前はその辺の花売りで手を打っとくべきだ」
「なんだとぉおーーッ!」
元々、ゲスな会話が、更にゲスな方向へ向かおうとしているのを見て、コータはわざと大きく音を立てて扉を閉めた。
バンッ!
「「……ッ!」」
その音に、ギルドにいた冒険者や職員を含めて全員の視線がコータに集まると、
「……『オーク』のコータ!? このヒーラレルラ王国に来てていたのか!? ……薄気味悪い」
「『オーク』のコータ?」
「知らないのか? ここ最近、最上級冒険者になった謎の男だよ。あの顔を見ろ。魔物のオークにそっくりだろ?」
「おっえ……本当だ。あれでも人間なのかよ」
その言葉は、コータに聞こえていたが、何時もの事なので取り合わず、漆黒の仮面を装置し、ギルドのカウンターに脚を運んだ。
そのまま、受付嬢にギルドカード見せる。
そこには、コータがこなした幾つかのクエストが記載されていた。(ギルドカードの記載は魔法による完全自動記述の為、偽装が出来ない仕様になっている)
「……ハイ。コータ様。クエスト報酬ですね。どうぞ」
受付嬢から硬貨の入った麻袋を受け取り中身を確認する。
一万ミスルとちょっと……
不備はない。
それをそのまま受付嬢に渡し返し……
「三食付き十日間。二人部屋を貸してくれ……」
宿代にする。
「二人……ですか?」
「一人部屋でも構わないんだが……」
冒険者ギルドに泊まれるのは冒険者だけ遊女を連れ込むことは規則違反。
受付嬢はコータを刺激しないように、確認した。
「……ああ。クロ」
「にゃ~」
その意図に気付き、名を呼ぶと、足元にいた黒猫のクロが、コータの肩に飛び乗って姿を見せた。
「相棒なんだ……ダメか?」
「にゃ~~」
コータに相棒と言われたクロが、嬉しそうに尻尾を振りながら、毛並みの滑らかなほっぺたを、コータの横顔にこすりつける。
「可愛い……」
「え?」
そのあまりの愛くるしさに、受付嬢が悩殺。
醜悪なコータへの警戒心を忘れ、クロを撫でようとした……が、
「シャーーッ!」
クロは尻尾を逆立て、牙を向き出し、威嚇した。
「あ、悪い。クロは俺以外に懐かないんだ。特に触られるのは嫌がる。……やめてあげてくれ。それで? 部屋は?」
「はっ! ハイ。小型ペットなら問題ありません。二人分の食事を用意します。どうぞ……」
我に返った受付嬢から、部屋の鍵を受け取り、ギルド奥の扉をくぐって部屋に向かった。
……到着。
部屋に入り、仮面を外し、水樽の水でクロの身体を洗おうとしたとき、水面に映った自分の顔に吐き気を覚える。
豚の顔が崩れたような醜悪な顔……
コータはよく、醜悪な魔物の代名詞、オークと言われるが、それより悪い。
自分で気持ち悪いと思うのだから相当だ。
「世界三大美女の反対は俺だろうな……いや、世界一か」
その醜悪さは、外を歩くとき仮面を付けてないと騒ぎになるほどだった。
普通、冒険者は仲間とパーティーを組んでクエストをこなすが、コータの素顔の前に、誰一人、仲間になるものはいなかった。
「にゃ~」
「悪い……悪い。クロがいたな……ゴメンな」
「にゃ~」
主が落ち込んだ事を敏感に察した、クロが、ザラザラの舌でほっぺたを舐める。
「よし。暫くは、このヒーラレルラに腰を据えるからな? 明日からは忙しくなるぞ?」
「にゃ~~」
コータの言葉が余程嬉しいのか、クロの鳴き声が高くなる……
「……だから身体を洗おうな?」
「にゃ~~ッ」
……が、コータが、水樽にクロを沈めようとすると、クロの声は低くなった。
猫は水が嫌いなのにゃ~っ
それでも、クロはコータにされるがままで、身体を洗われていた。
翌日。
「にゃ~ん」
と言う、クロの声と、ぷにぷにしている肉球に踏まれ、コータは目を覚ました。
「クロ……ありがとう」
「にゃ~~♪」
早く起きたかったコータは、クロの頭を撫でながら、お礼を言った。
その後、クロと少し戯れてから、素早く出掛ける準備を整え、ギルドへ向かった。
コータの様な、流れの冒険者が、一番最初にやらないといけないのが、その国の王への謁見。
つまり、ヒーラレルラ王に謁見し、冒険者活動を認めてもらわなければならい。
という暗黙の了解がある。
それを怠れば、徐々に仕事が回って来なくなってしまう。
だが、王への謁見には謁見料として、十万ミスルという安くないお金が必要となる。
なので、普通なら、謁見が月単位で遅れようが構わないことになっている……が、コータは最上級冒険者。
「お金がないから、謁見出来ません!!」
なんて言う、言い訳が通じる立場ではなかった。
しかし、一つの国に長居せず、放浪してきたコータには、本当にお金がない。
旅の途中で、こなしたクエストの報酬も宿代に全て溶けてしまった。
だから、早起きして、めぼしいクエストを受けに行く。
ランクF 薬草の採取……報酬は歩合。
ランクF 鉄鉱石の採取……報酬は歩合。
ランクE 街道に出没するゴブリンの討伐。……報酬は歩合。
ランクE ……
すると、
「おいおいおいっ。最上級冒険者様が、こんな低ランククエストばかり受けるのかよ?」
如何にも小物そうな風貌の冒険者に、難癖を付けられた。
コータは容姿が醜い分、こういう輩にはよく絡まれる。
(経験上……こういう冒険者は、無視をしたら付け上がって余計に、めんどくさい事になるんだよな……さて)
「最上級冒険者が、低ランククエストを、受けちゃいけない決まりはないだろ?」
そんな決まりがあったら、誰も低ランククエストを受けなくなってしまう。
「そ、そいうことを言ってんじゃじゃねぇ! てめぇーが、それを受けたら低ランク冒険者の受けるモノがなくなっちまうだろうが! 俺は皆の為を思って言ってんだ!」
「「「そうだ! そうだ!」」」
確かに、幾ら決まりがないといっても、高ランク冒険者が、低ランククエストを受けるのは良くない……事もある。
……が、コータはもう一度、受けたクエストを確認し、溜息をついた。
コータが受けたのは、何時でも、誰でも、何人でも、受けられる採取系クエスト。
そして、一般人に被害がでそうな低報酬討伐クエスト。
……そんなクエスト、初心者すらやることは少ない。
そういうことまで、考えてクエストを選んでいた。
だからコータに絡んでいる冒険者は、『皆の為』なんてかっこいい理由ではなく、ただよそ者のコータが気に食わないだけ。
(俺に絡んで来る奴は、何時もこんなのばかりだ……)
「おい! 何とか言えよ!」
バンッ! とテンションが上がった冒険者に突き飛ばされた。
置いてあった酒樽に、背中から直撃し、酒を頭から被り、仮面が外れた。
……酒を被った醜い豚の顔。
直後、盛大に嘲笑が巻き起こった。
昨日、接待してくれた受付嬢も含めてコータを嘲笑う。
コータの容姿を嘲笑う。
「ガハハハッ! この醜い豚が! どうせ最上級冒険者にも、低ランククエストばかり受けて成り上がったんだろうよ? 雑魚冒険者!」
コータの人生はいつもこうだった。
容姿が醜いというだけで、裏切られ、騙され、けなされ、おとしめられ、奪われてきた。
「……」
過去、こういう理不尽な暴力の前に、全員を叩きふせた事があった。
……が、結果は、ただコータが怒りに任せて、暴れ回り、弱い冒険者達を負傷させたという事になり、そのギルドからは永久追放を受けた。
そして、コータは知っている。
世界三大美女と、他国の冒険者達にまでも噂されるほど美しい、ハイエルフの姫……エルフィオネと婚約していたイケメンの勇者が、同じ状況でコータと同じ事をした時……
秩序を護った英雄として、高待遇を受けた事を。
……ここで暴れても損しかない。
それに、こんな低俗な輩に裂く時間が惜しかった。
「キィーーッ!」
「……いい。クロ。俺は気にしてない」
「にゃー?」
「……ああ。本当だ……ありがとう」
「にゃ~ご♪」
だから、コータは、怒ってくれるクロを宥めてから、外れた仮面を付け直し、半笑いの受付嬢の元にクエストを持って行った。
ヒーラレルラ王都の城壁を一歩、外に出ると緑豊かな街道が続いている。
その街道に生える、なんでもない野草は、『見る人』が見れば、通常、山奥にしか自生しない希少な薬草が、擬態して生えている事に気が付ける。
そんな場所で、コータは擬態している薬草を次々と見破り、手持ちのポーチに入れていた。
それをクロも尻尾や口で摘みとって手伝いながら、
「にゃ~お?」
「え? なんで、もっと割の良いクエストを受けないのかって?」
「にゃ~お」
「それは――」
コータが答えようとした時、薬草の匂いに釣られたゴブリンが集団で現れた。
「十体か……一体千ミスルとして、一万ミスル……足りないなぁ」
コータが擬態する薬草を見分けられるのは、《識別眼》と言う、魔眼を開眼させているからである。
その魔眼を流用し、即座に敵の数を把握した。
「クロ……危ないからおいで」
「にゃ~」
言葉とは裏腹に、のんびりとした口調と動きで、コータは腰に装置しているクロ専用ゆりかごにクロを入れ、片手剣を抜く。
《ブロンズ・ソード》
何処の国にでも武器屋になら必ずある、初心者冒険者用片手。
お世辞にも最上級冒険者が使う武器ではないのだが、コータはこの《ブロンズ・ソード》を愛剣として多様している。
その愛剣を神速で横凪に振るった。
斬ッ!
一瞬で、地面までえぐり取りながら、ゴブリン十体の首を纏めて捩り斬っていた。
断末魔さえ許さず殺したゴブリンの死体を手早く解体し、食べられる部位を、
「クロ。冷凍」
「にゃっ」
クロが肉球で触り、凍り付けにする。
それを、保温性の高い特別なポーチに詰めて……
「クロ。焼却」
「にゃ~♪」
死体をクロが睨みつけると発火した。
コータの唯一無二の相棒クロは実は、ただの黒猫ではなく、キャット・ウィザードという魔物の希少種。
コータの少年時代、傷ついて倒れていたクロをコータが治療し、匿った。
それ以来、クロはコータに懐き、どんな時もずっとコータと共に生きてきた。
本来、魔物はどんな調教を行おうと、本能的に人間を襲うものなので、ペットしては飼えない。
だからコータは、クロを黒猫として、正体を偽っている。
「にゃ~おん」
「人間はすぐに裏切るけど、クロは裏切らない……クロだけは何時も一緒に居てくれる」
一仕事終えたクロが、コータの手で、器用に毛並みを整えている。
「可愛い奴だよ。お前は……」
「にゃ~」
あまりにも可愛いから、王都に戻ったら何か買ってあげることを心に決めた。
そのまま、お昼頃まで《識別眼》を使い、希少な薬草や鉱石を集めながら、寄ってきた魔物を倒しつづけ、切りの良いところで切り上げた。
王都に戻ると、朝や夜と違い活気と人に溢れ、商人達が出店を出す繁華街になっていた。
コータは仮面を深く被り、繁華街を歩きながらクロに買ってあげるものを見繕う。
(仮面を被ってれば、何も起こらないんだよな……)
目についた魚型の飴細工のお菓子(千五百ミスル)を、買って、クロ専用ゆりかごの中に置いてあげると、ペロペロとクロが飴を舐める。
……癒される。
「さあ。ギルドに戻るか」
「にゃ~」
あまり、人通りの多いところに長居したくないコータは、何度も仮面がちゃんとついていることを確認しながら、ギルドへと戻った。
「おいおい! てめぇ今! 誰にぶつかったと思ってんだ!? コラ!? 俺は上級冒険者だぞ!? オラ!」
「す、すいませんでしたーっ!」
「すいませんで済むなら、独房なんていらねんだよ! ああ!?」
ギルドに戻ると、やはりというか……朝方コータに絡んでいた小者冒険者が、今度は見るからに新米冒険者の若造に絡んでいた。
歳は十八・十九……コータが冒険者になったのと同じくらいの年頃。
……コータが低ランククエストで、最上級冒険者に登り詰めたと言っていたが、それは小者冒険者の方なのかも知れないと、コータは思った。
ギルドでは新人潰しと言われる行為はよくあることだが、見ていて気持ちいいモノではない。
「おい! 聞いてんのか! この野郎!」
頭に血が上るタイプなのか、小物冒険者は、新米冒険者に対して獲物を抜いた。
……そんな所も小者くさい。
「やめておけ」
「なっ!」
新米冒険者に対して、アックスを振り下ろそうとした時、コータがアックスの刃を掴んで止めていた。
「お、お前はっ! 腰抜け野郎じゃねーか。何のつもりだこの野郎!」
「腰抜け……か」
「ああ!?」
意味ありげにボソッと反趨したコータに、小者冒険者が、凄む……が。
バリンっ!
コータは、素手で握っていたアックスを砕いた。
「お、おい。嘘だろ、金庫にだって使われる超合金製だぞ!? それを素手で?」
「……さて、と、ギルド内での暴力行為は御法度なんだが……先に武器を抜いたのはお前だよな?」
「ヒィ!」
コータはアックスを砕いた手で、小者冒険者の首を掴み、脚が付かなくなるまで持ち上げる。
「足掻いて見ろよ? 腰抜けじゃないんだろ? ……ただ、動いたらちょっと、力が入るかも知れないがな」
「お、おい。上級位冒険者が、下位冒険者に手をあげるなんて、恥ずかしくないのか!?」
「……お前にだけは言われたくないな」
しかし、そう言われてしまえば、コータも少し味気なさを覚える。
何より、王への謁見を控えている今、問題を起こすのは少々まずい。
「ちっ。……仕方ないか」
コータは小者冒険者を投げ捨てて解放すると、
「失せろ」
「ヒッ! お、覚えてろ!」
「……ああ。絶対に忘れない事にしよう」
「ヒッ! わ、忘れてくれぇ~ッ!」
……どっちだよ!
最後まで小者だった冒険者が、去ると、
「あの……助けて貰いありがとうございました!」
「……今度は感謝か」
今度は、小者に絡まれていた新米に絡まれ、
カチャリ……
試しに仮面を外してみた。
「ヒッ! ば、化け物!!」
「……」
素顔を見ただけで、怯える新米冒険者に、コータの心は一気に冷めた。
……こんなもん。世界なんて容姿が全て。
薄っぺらい感謝など、コータは求めていないのだ。
綺麗な顔か、醜悪な顔かで、生き易さ百八十度違うもの。
それをコータは人よりよく知っている。
いまさら、こんなことで、腹立てることもない
「クロ。行こう」
「にゃ~」
失禁している新米冒険者を置いて、ギルドの受付嬢の所へ向かう。
今朝方笑っていた冒険者達や、受付嬢が、青ざめならコータの一挙手一投足に注目する。
(……ちっ。また悪め立ちしたか? ……まだこの国には用があるから、自重しないといけないな)
冒険者業界で、コータの悪評は多い。
気に食わない人間を喰らった。
街中で年端も行かぬ少女を襲った。
実は魔王の配下で、魔王復活を目論んでいる……等、まだまだ沢山の噂がある。
が、実際は、暴漢に襲われていた人を助けた所を、人間を喰っていると思われたり、
街中で食い倒れていた少女に、食べ物与えようとして、襲っていると思われたり、
本当に魔王復活を企む闇組織《魔王信教》の人間と戦えば、魔王信教の仲間だと思われる。
コータはただ、困っている人を助けたかっただけなのに、なぜか全て裏目に出る。
もし、それをやったのがあの秀麗な勇者ユグドラだったら……
コータは思考をそこで止め、それ以上は考えない。
(こんなのは、ただのやっかみと同じ。俺はユグドラじゃなくて、コータなんだから……)
受付嬢から、報酬を貰い、借り部屋に戻る。
もう少し、この国の情報を集めたかったが、そんなことが出来る空気でもなかった。
部屋に着くと、すぐにヒールレルラ王との謁見の準備を始める。
まずは、水樽の水とタオルで体を拭いて、汚れを落とす。
冒険者だからといって、泥やモンスターの血を付けたまま謁見に向かうのは失礼というもの。
普段よりも丁寧に拭き取っていく……
「にゃ~」
クロも嫌いな水に浸かって身体を清めている。
……全身入水が気持ち良さそう。
(俺も、クロくらい小さければ、全身を水に浸かることもできるんだけどな……清水は貴重だし無理か)
「そんなに頑張ったって、クロはお留守番だからな?」
「にゃ~! にゃ~にゃ~!」
コータのお留守番宣言に、クロが不服とばかりに、尻尾で水をバチャバチャ叩く。
「いや、駄目だって。城には魔物避けの結界やら、察知魔法やらがあるだろ? クロが魔物だってばれたら退治されるぞ?」
「にゃ~にゃ~にゃ~にゃ~!!」
「ダメ! ……というか、クロの分の謁見料がない」
「にゃ~……」
今日、クエストで稼いだ、二万ミスルの麻袋を見せると、クロはそこはかとなく憐憫の眼差しを向けて来る。
それはまるで、
『それじゃ、コータの分も足りないニャン』(コータの想像)
とっ言っている様に見える。
そんな、クロにコータは、旅の道具を入れている大きな袋から、手の平サイズの紅い水晶を取り出した。
《レッド・クリスタル》
高難度ダンジョンの奥深くで採られる希少な魔石。
炎の魔力が宿っているため、魔剣や杖の核となる事が出来る。
コータの持っている《レッド・クリスタル》は巨大で、その価値は計り知れないものがある。
コータは職人ではないが、何時か使い道が有るかもしれないと、とっておいたもの。
「コレを売る!」
……で、道具屋に持っていくと。
「こんな上物。買いとれねぇ~よ! 国が買えるお金が必要だわ! 宝自慢なら他行け、他!」
と、あまりに貴重な物のせいで、買い取って貰えなかった。
……国が買えるは、言い過ぎだろう。
実のところ、コータが《レッド・クリスタル》を売らずに持っていたのは、これが原因。
売らなかったのではなく、売れなかったのである。
……だが、今回は、
「八万で良い」
「ハ? おいおい仮面の兄ちゃん。正気か?」
正気に決まっている。
「何処でも同じなんだよ。誰も買い取らない」
「そりゃあ~そうだろう。買い取らないじゃなく買い取れねぇからな」
「つまり、高価な物に見えて、俺にとってはゴミ同然と言うことだ」
本当は、少しだけ思い入れのあるものだが、それも今は昔の話。
今となっては感傷を呼び起こすものでしかない。
コータが持っていても、害しかないのである。
「で? どうなんだ? 買い取るのか? 買い取らないなら、別の店に持っていくが……」
「そ、それは……ッ!」
……買い取った。
これで、謁見料が賄える。
コータは道具屋をでると、その脚で王宮へ向かった。
……クロはお留守番。
王宮に到着し、がたいの良い門兵にミスルを渡して中に入る。
……コイツ……出来る!!
みたいな展開は、もちろんない。
ここから先は王族のいる空間。
それは、もはや別世界と言っても良い。
王族は、立法・司法・行政の全ての権力の最高位。
最悪な話、ヒールレルラ王族が、気分が悪いと言ってコータを殺しても、何も言えないし、逆らえない。
そういう世界。
そしてそれは、何処の国でも変わらない。
コータは少しだけ緊張しながら、黄色い花が咲き乱れる中庭を通り、王宮の扉へ向かう。
……不意に、嫌な気配感じ取り、上を見上げた。
コータの視界に映るのは立派な城の外壁と、その壁に取り付けられている数個の窓。
……なにもない。
そう判断し、王宮の扉をくぐろうとする寸前。
バンッ!
一番高い場所の窓が、勢いよく開け放たれた。
更にそこから、キラキラと輝く黄金の髪の少女が顔をだす。
……美しい。
コータは、自分より、一回り以上、歳が離れているであろう少女に、一瞬で目を奪われた。
そして、すぐに理解する。
その少女コソが、『世界三大美女』と、世界中に名を轟かせているヒーラレルラ王国の王女《黄金の姫》なのだと。
……一目見ただけで、脳が蕩け、瞳が幸せになる。
(だけど、珍しい。《黄金の姫》は他の『世界三大美女』と違って滅多に人前に姿を現さないのにな)
コータの思う通り、《黄金の姫》の世間への露出は極端に少なく、ヒーラレルラの民ですら、その姿を見たものは居ない。
……目撃者が居なさ過ぎて、《黄金の姫》の存在を疑うものまでいる程に。
ずっと見ていたい程、美しい姫だが、相手は王族。
『見られた』なんて理由で、殺されることも十分にある。
……この国で健やかに暮らすためにも、王族とはできる限り関わらないようにした方がいい。
コータは、幸運なものを見れただけで満足し、その場を後にしようとする。
……が、《黄金の姫》が、窓から身体まで乗りだした所で、仮面の下の表情を厳しくした。
「おい……まさか……っ!」
コータの嫌な予感は、最悪な形で現実になる。
《黄金の姫》が、そのまま窓から身を投げ出したのである。
「チッ!」
コータの他に中庭に人は居ない。
この最悪な事態を知っているのはコータだけ……
王族とは関わりたくない。
助けた所で、その身体に触れれば不敬罪で処刑され、怪我でもしていたら、問答無用で処刑。
(今、王族とは関わりたくない! 関わりたくない……けど!)
「クソ!」
コータは叫びながら、礼服を脱ぎ捨て、城の壁を垂直に駆け登った。
タッタタタタタタタンッ!
重力に身体が下に引かれる……が、それ以上の推進力で百メトル程、駆け登り、壁を蹴る。
空中に身を投げたコータは、仰向けで腕を広げ、落ちて来る《黄金の姫》を……キャッチ。
ポンッっ
と思ったよりも軽い身体を、抱えて、一回転。
脚を地面に向けて、膝を曲げ……着地した。
成功。
「おい! 大丈夫か……じゃなくて。大丈夫ですか?」
「……んっ」
《黄金の姫》の身体に怪我が無いことを確認しつつ、冷や汗を抑えながら声をかけるが、落下のショックで意識が混濁している。
とりあえず、触って居ることを咎められないように、お花畑を観賞するためであろう長椅子を見つけ、寝かせてみた。
(……で。この後、どうする? 意識がハッキリする前に姿を消すのが懸命か? ……いや、それだと、このお姫様が目覚めた時に、もし、覚えていたなら責任を問われて結局処刑される……かもしれない。それに――)
「ん……っ。ん……? あれ? 私……生きて……います? ……どうして」
コータの考えが纏まるより早く、《黄金の姫》の意識が戻ってしまう。
……もう、逃げることは不可能。
ならばと、コータも覚悟を決めた。
「私が助けたからです」
「っ! ……誰、ですか?」
「……」
……脳みそが蕩ける程、甘い声。
「あの……もしもし?」
「……ハッ!」
(『魅了』された!?)
《黄金の姫》は容姿だけではなく、声まで魔性の魔力があった。
凄まじい魅力にコータは一瞬、我を失いかけたが、《黄金の姫》にその気が無かった事が幸いし、すぐに自我を取り戻す。
(これ……天然な上に、天性の魔性の《魅了》を振りまく……か。コレ、制御できてない分、他の『世界三大美女』より、凶悪だな。外に姿を見せないわけだ)
コータは、コータが居る場所とは違う場所を見つめながら、首を傾げている《黄金の姫》の魔性に戦慄しつつ、言葉を選ぶ。
「私は、ヒーラレルラ王へ謁見に参った、流れの冒険者。コータです」
「……コータ様ですか?」
そこで初めてお姫様がコータを見た。
「ハイ……それで。貴女は?」
先ずは、相手が本当に《黄金の姫》なのかを確認する。
それには、この少女に直接名乗ってもらうのが手っ取り早い。
この後の対応は、相手が誰なのかで違ってくる。
……さて。
「私は、ロニエス・ヒーラレルラと申します」
「ッ!」
ロニエス・ヒーラレルラ……間違いなく《黄金の姫》の名前。
ヒーラレルラ王国の王族中で、一番厄介な相手だった。
……相手の情報がないのはもちろん。
無駄に高貴な立場のせいで、コータが命を救った理由に、くだらない野次がついてしまう。
例えば、王女に取り入る為の自我自演……等。
(ま、取り入った所で、この顔じゃ……な)
仮面のツルツルとした感触を触りつつ、方針を決定。
「では、ロニエス様……私は謁見に向かいますので」
……全力で、立ち去る。
ロニエスは目覚め、義理は果たした。
ここで、コータが立ち去っても後から後ろ指を刺されることはない。
逆に、これ以上関わろうとすれば……どうなるかは考える必要も無かった。
コータは別に、王族に取り入るつもりも、恩を売って権力を手に入れるつもりも、欲しいとも思っていない。
そもそもの話、恩を売ったところで、ヒーラレルラ王国に永住するつもりのないコータには、意味がないのである。
早々に立ち去るのが吉。……だが。
「お待ちください」
「……」
勅命が下った……
本人にその気はなくとも、王族の言葉に所詮、冒険者であるコータが逆らう事はできない。
……これは、めんどくさい事になる。
そう思ったコータに告げられた、ロニエスの次の言葉は、
「お願いします。私を……殺してください!!」
だった。
そんな突拍子もない上に、従うことが出来ない勅命を聞いて、コータはボソリと呟いた。
「……だと、思った」
「え?」
逆にポカンと口を開けたロニエスに、コータは言い直す。
「さっきの身投げ。事故じゃなく、自殺だったんですね?」
「っ! わかっていたなら何故……死なせてくれなかったんですか……?」
「無茶を言う。理由はどうあれ、王族の、いや、ロニエス様のお命を救えなかったら、私は殺される……死にたいなら、日を改めてくれ」
「っ!」
語尾を強く言って釘を刺した。
不敬だが、自殺しようとしている人間に、敬意も何もない。
コータは今度こそ、その場を離れようとした……が。
「うっ……うっ……うっ。だって……だってぇ! 今日みたいな日しか! 自殺なんて出来ないんですよ! それなのに!! うっ……うっ……うぇぇーん」
号泣。
「お、おい。嘘だろ!? やめてくれ!」
「死にたいよ~ッ。死にたいよ~ッ。死にたいよ~ッ」
「チクショー! 俺は死にたくねぇんだよ!」
王女が泣いている状況を誰かに見られてしまったら、命はない。
「チッ! もうどうにでもなれ」
「……っ!」
コータは、慌ててロニエスの口を抑えて、王宮の奥へ姿を隠した。
そして、背の高い花に囲まれた場所にロニエスを口を塞いだまま、乱暴に降ろす。
「おい……言ったよな? 俺は流れの冒険者。この国に忠義はないし、お前に乱暴だって出来る。死にたく無ければ騒ぐなよ?」
「……ッ! う~ッ! う~ッ! う~う~う~ッ!!」
「おいッ! そこでなんで暴れるんだ!? 死にたいのか!? ……あ」
……死にたいのか。
「……騒いでいたら絶対に殺さない」
「……」
シーン。
ロニエスが静かになった。
……それを見て、口から手を離す。
「うっ……うっ……うっ……殺してください」
しかし、ロニエスはすぐに啜り泣きながら、コータの服の袖を弱い力で、引っ張った。
「そんなに死にたいなら、舌を噛み切るなり、首を吊るなり、すれば良いだろ? 巻き込まないでくれ」
「……出来ないんです」
「……ハ?」
死ぬのが怖いから、出来ない……なんて理由ではない事は、飛びおり自殺を奸行したロニエスに限って有り得ないと、回りを警戒していたコータは、ロニエスに振り返った。
「うっ……うっ……」
「っ」
そこで、コータは初めて、ロニエスの姿をまっすぐ見た。
……見るだけで男の本能を目覚めさせる美しい顔立ち、光をキラキラと反射する黄金の髪、艶のある真っ白な肌。
確かに『世界三大美女』と唄われる事だけはある。
……が、まだまだ、あどけなさが残る……
「おい……君、歳は?」
「……八歳です」
「やっぱり……か」
ただの年端も行かない子供だった。
コータとは、十三歳も離れている。
……そんな子供が泣いている。
(死にたいと言っている……か)
「ハ~~ッ」
コータは諦めるように長くため息をついて、腰を降ろした。
「なんで死のうとしている? まだまだ人生はこれからだろ? その容姿もあるんだ、むしろ普通の人間よりも生きやすいと思うぞ?」
コータにはわからない。
それだけの綺麗な容姿を持っていて、死にたくなる理由が、
「……容姿なんて、言われても」
「持っている人には解らないか……」
それがどれだけ、凄いモノなのか。
それは、無くしてみてから初めて気づくもの……
「いえ、持っていないから、解らないんです……私には何もない。だから……死にたいんです」
「は? 持っていないって……? 何もないって? そりゃあ……ちょっと――」
否定しようとしてから、ロニエスが一度も瞳を開けていない事に気がついた。
よくよく観察して見てみれば、白い肌は美しいが、病的なまでに白過ぎる。
……病的。
「……まさか!? ……そういうことなのか?」
「私は何も持っていないんです。光を見る目も、味を楽しむ舌も、身体を動かす四肢も、未来を生きる命も……何もかも、生まれたその時からありませんでした」
「おい……観るぞ?」
まさかと思いつつ、《観察眼》を開眼し、ロニエスを見る。
《観察眼》には、対象の状態を観ることが出来る力もあった。
……バッドステータス。『盲目』『成長疎外』『全身麻痺』『味覚障害』『体力激減』『短命』『不治の呪い』『黄金病』『魔力病』『喘息』『機能不全』『神経毒』『全身激痛』『筋力低下』『……』『……』『――
夥しい数の状態異常。その数は百を越えていた。
……何も無いというロニエスの言葉もあながち嘘ではなかった。
(殆どが、先天性の病だが……『呪い』や『毒』まであるのか……生きているのが奇跡だな)
「何もないからせめて、自分の『死』を手にいれたいのです。『死』だけは唯一……私が手に入れられるモノですから」
「そうか……」
「わかったのなら、殺してください。王宮の方に見つかれば、蘇生されてしまいます」
「そうか……」
気持ちはわかった。
「でも、ま、嫌だけどな」
「……っ! どうしてッ!? 生きている事がどれだけ辛いか……」
「辛いから、逃げるのか?」
「……っ!」
コータは仮面を撫でながら、ロニエスの顔を触った。
その接触だけでも、ロニエスの全身は激痛という名の悲鳴を上げる。
「一つ。昔話をしようか」
「……」
コータは、ロニエスから手を離すと、ゆっくりとした口調で言って、快晴の青空を見上げた。
「あるところに、少年がいました。その少年の夢は、お姫様を守る騎士になることでした。
少年は努力して、努力して、努力して、やっとの思いで、お姫様を守る騎士になりました。
少年は騎士になった後も、お姫様を必死に守りました。
そんな少年に、お姫様はいつしか想いを寄せ、結婚の約束をしてくれます。
お姫様の事が好きだった少年は、それはもう、たいそう喜び、騎士としての役目に更に励みました。
……。
さて、ロニエス様は、この後、少年とお姫様はどうなったと思いますか?」
「え? えーっと……お姫様と騎士様は幸せに暮らしました……ですか?」
「それを今、このタイミングで話したら、ロニエス様に対する嫌味でしかないだろ? ……まあ、そうだったらどんなに良かったか……」
「……どうなったんですか?」
騎士とお姫様の昔話は、子供が好きと、相場が決まっているが、本当のお姫様であるロニエスも例外ではなかった。
光を通さない瞳をキラキラと輝かせているロニエスに微笑して、続きを話す。
「お姫様との結婚を控えていた少年の前に、『悪い魔女』が現れ、姿を世界で一番、醜悪にする呪いをかけたのです。
呪いかけられ、この世のものとは思えない程、醜悪な姿になった少年を見て、お姫様は『化け物』といって、泥を投げつけ、婚約を解消、国外に追放しました」
「……ぇっ?」
「少年の仲間も、家族も、友人も、少年の世界を作っていた全ての人間が、少年を攻撃しました。
家族も、地位も、名誉も、仲間も、友も、恋人も! 全てを無くした醜い姿の少年は、どの国に行っても受け入れられることはありませんでした……終わり」
話が終わり、冷たい風が、肌を叩いた。
「……悲しい。お話ですね。私と同じです」
「まあな。でも、その少年は、まだ、必死に生きてるんだぜ? 例え全てを失っても、これから先、誰とも結ばれることがない、一生孤独でも、『俺』は自殺なんてしない!!」
「っ! では、『少年』とはっ!?」
何かに気付いたロニエスを見て、
「さて、『少年』がかけられた『呪い』は、『魔女』じゃないと絶対に解けないけど……君はどうかな?」
徐に、ポーチを漁り、透明な液体の入った小さな小瓶を取り出した。
蓋を外し、ロニエスに握らせる。
「『聖女の涙』だ。昔……『聖女』に貰った聖薬さ。傷だろうと病だろうと万病に効き、一口飲めば、たちまち治す効能がある。……死ぬ前に足掻いて見たらどうだ?」
「……薬など、『秘薬』『万能薬』まで、もう何度も試した事はあるのですが……フフフ。藁にも縋る希望ですね」
ロニエスは小さく笑って、小瓶をゆっくり持ち上げ……
「出来れば、手伝ってくれますか?」
「そうだったな」
『全身麻痺』な上に、『筋力低下』、小瓶を持ち上げるだけでも一苦労。
コータは、そんなロニエスの薄ピンク色の唇に小瓶をのせる。
トトトトトト……
コクん。
「……」
「……どうだ?」
「……っ!」
「……おい。仕方ない。観るからな?」
目を開く反応を見せて固まるロニエスに、《観察眼》を使用。
……バッドステータス。『成長疎外』『全身麻痺』『味覚障害』『体力激減』『短命』『不治の呪い』『黄金病』『魔力病』『喘息』『機能不全』『神経毒』『全身激痛』『筋力低下』――
(あれ? 治って……ない? いや、少し減ったか? 状態異常がこれだけ多いと、治ったかどうかも分かりずらいな)
「……あっ……あっ……! ああ……っ!」
焦るコータに対し、ロニエスは呻き、涙を流した。
そして、震える手で、コータの仮面を外した。
「っ! おい! ん……?」
「……」
……仮面を外した?
「まさか! 見えている……のか?」
「……はい……ハイ! ……見えています。初めて……こんなっ。色とは……鮮やかとは……滑らかとは……」
ぺたぺたとコータの醜悪な顔を触りながら、呟いていく。
「おい……辞めろ。俺を……見るな!」
「貴方のお顔は……こんなにも――」
「辞めろ!!」
もう、何度も醜いと言われてきた。
それで、芽生えそうだった友情は壊れてきた。
いままで、ロニエスがコータと普通に喋れていたのは、盲目だっからに他ならない……
「――美しい。ではないですか」
「……は?」
……が、ロニエスにとっては、コータの醜悪な顔こそが初めて見たもの、それを美しいと思うのは自然な事だった。
「醜悪と言うから、どんなものかと想像していたのですが……とても、凛々しく美しいでは有りませんか」
「馬鹿……俺を基準にするな。美的感覚が確実に歪むぞ?」
コータの忠告に、ロニエスは穏やかに笑って、
「なら、これから、貴方が私に色々教えてくださいね?」
そう言ったのだった。