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異世界で料理人を命じられたオレが女王陛下の軍師に成り上がる!  作者: すずきあきら
第二章 メシマズ! この世界の料理はどうなってる!?
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4 あの晩の

回想シーンです。

いわゆるダレ場かもですが、かなり好きなシーンになりました。


 その晩、衝太郎は夢を見た。


 いつのまに眠っていたのか、目をこすると、薄ぼんやりした灯りの中、台所に母親の気配がある。

 帰って来たのか、と安心する。

 身を起こそうとすると、膝から本が落ちた。

 擦り切れた畳の部屋は六畳ほどだが、まだ小学校にも上がっていない衝太郎には異様に広く感じる。


 その向こうは四畳半ほどのダイニングキッチン。とはいえ、ふたり掛けのテーブルを置くと、それでもういっぱいになってしまう程度の狭さ。

 部屋はそのふたつだけだ。

 DKには流し台のほかに、冷蔵庫、洗濯機、戸棚が置かれ、小さな風呂とトイレへ通じる扉と、玄関扉が直接面していた。


 赤っぽい電球の灯りがゆらめいている。

 引き戸の隙間から、流しに向かう母親のエプロンをした背中が見えて、衝太郎はうれしくなる。


 けれど母親には話しかけず、読みかけの絵本をまた手に取る。

 もう何十回も読んでしまった、ボロボロの本だ。

 文章もほとんど暗記している。

 絵を見ながら、トントントントン……聞こえて来る、まな板を包丁が叩く音に耳をすませる。


 ときおり、コトン、カタン、カチャ、戸棚を開けたり、鍋や食器が触れ合う音が混じるけれど、基底にあるのはリズミカルな、トントントントン、包丁の音。

 やがて、ジャッ、ザッ! 油をひいた中華鍋の中へ具材がほうり込まれ、手際良く炒められていく音が響くころになると、なんともいえないいい匂いがただよい始める。コポ、コポ、シュー、と、ご飯の炊けた音と匂いも混じる。


 眠っていて忘れていた衝太郎の空腹が頭をもたげ始めるころ、


「もうできるわよ、衝太郎」


 呼ばれて、すばやく立ち上がる。


 台所の布巾を取ると、水で濡らし、硬く絞ってテーブルを拭く。盛りつけられた料理を運ぶ。

 すぐに、


「いただきます!」


 夜八時半。子供にしては遅い夕食が始まった。


 炒めものは回鍋肉。

 シャキシャキした食感を残したキャベツに、豚バラ肉がからみ、味噌とオイスターソースの甘みもあって、うまい。

 得も言われぬほどのうまさ。なぜキャベツがこんなにうまいのか。豚肉がこんなに味わい深いのか。


 噛むほどに、うれしさが口の中いっぱいに滲んで来る。

 サラダはブロッコリーに新玉ねぎ、トマトやベビーリーフ、それに白い短冊状のものは山芋か。

 ひと口食べて、


「わぁ」


 つい声が出る。

 市販の中華ドレッシングかと思ったら、梅肉、酢、砂糖、オリーブオイルをあえたもので、さわやかな酸味が回鍋肉の油気をたちまち消していく。


 小鉢はスナップエンドウの胡麻和え。

 昨日の残りだが、むしろ味がよく染みて、より白いご飯に合う。

 おかずを口にし、よく噛み、よく砕き、潰して、ご飯をほうり込む。よく混ぜる。また噛む。


 口の中いっぱいに、おいしさが広がる。

 鼻から抜ける、肉と野菜と米の味わい。満足の味がする。


 箸休めの小皿が炒り子を甘辛く煮たもので、もとは味噌汁の出汁を取ったものだ。これもいつも食卓にあって、衝太郎の好物だった。

 ふりかけのように、ご飯にかけてもうまい。

 ひとりの昼など、家で食べるときはいつもそうしている。


 そして味噌汁。

 ささがきにしたごぼうと人参がたっぷり入っている。

 汁とのバランスが少々悪いくらいで、衝太郎はごぼうやにんじんをおかずのように食べ、汁をすすった。


「ふぅー」


 すっかりたいらげてしまうと、自然に息が漏れた。

 満足のため息だ。

 テーブルの向かいの母親も、衝太郎よりはずっと少ない量をやはり済ませていた。


「ぼく、ココアが飲みたい!」


 お茶ではなく、ココアなのは、幼い衝太郎だからのこと。

 笑って母親が席を立つ。

 ふだんは自分でお湯を沸かし、淹れるのに、晩御飯のときは母親に甘えたくなる。そうして出てきた甘いココアをひと口すする。


「ぁー」


 こくんっ、喉をとおる甘くあたたかいココアが、心も身体もあたためてくれる。コクのある液体を飲みくだすたびに、しあわせみたいなものがこみ上げる。


「お母さん、明日は早く帰ってくる?」


 しかし衝太郎の問いに、母親は笑って首を振る。

 少しがっかりする。

 朝から早く出かけてしまうのだと言う。

 きっと衝太郎が幼稚園へ行くよりも、ずっと早く。


 だから衝太郎はひとりで幼稚園へ行かなくてはならない。周りの園児がみんな、母親や父親に送られてきているのに。

 車がひっきりなしに停まる幼稚園の正門を、ひとりでくぐる衝太郎。

 それでもいい。

 夜には母親が帰ってくる。

 もっともっと遅ければ、夕食だってひとりで作らなくてはならないのだから。


 そしてじょじょに、ひとりで食べる夕食の頻度が上がって行き、さらにはひとりで暮らすようになるころ、衝太郎は高校生になっていた。


回想シーンはこれで終わりです。

またリュギアの街に戻ります。

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