2 ジーベとフィーネ
メイドさんです! メイドさんですよ!
はっ! すいません。第二章の2話目、まだちょっと地下牢ライフ、続きます。
「アイオリアさまは、この館におられません」
言葉が返って来た。
衛兵と同じく、てっきり完無視かと思っていただけに、意外な驚きが衝太郎を包む。だが答えは失望というより、疑問符の付くものだった。
「いない? ほら、昼間の戦いのあと、この館に戻って来てるはずじゃないか。とにかく伝えてほしいんだ。オレは笹錦衝太郎。キミは、えっと……」
「……ジーベ、と申します。アイオリアさまの侍女です。そちらはフィーネ」
黒髪のメイド少女=ジーベが言う。
軽く顔を向けて示す、金髪の少女のほうがフィーネらしい。名を呼ばれて、わずかに会釈する顔が強張っている。
ジーベのほうは、黒髪を短いボブカットのように切りそろえて、髪型に似合う端正な顔立ちをまっすぐに向けて来る。
四角い黒ぶちの眼鏡もよく似合う。
(この世界にも眼鏡ってあるんだ)
つい衝太郎はマジマジと見つめそうになる。
いっぽうフィーネは、ジーベの背後でどこかおどおど気後れが隠せない。長い金髪は、アイオリアと違ってオレンジ色に近い感じだ。
「ジーベさんか。とにかく話ができる人が来てよかった。アイオリアはなんでここへ来ないんだ。昼間の戦で、オレはアイオリアを助けて、感謝されてるって思うんだが、どうしてこんなところに入れられなくちゃならない」
いっきに疑問をぶつける。
「アイオリアさまは……命を落とされた方々の弔問に行かれています」
「あの、戦いのあとは、いつもそうするのが……」
ふたりのメイド少女がかわるがわる答える、その内容に、
「あ……」
衝太郎は少なくない衝撃を受けた。同時に、自身の間近で倒れた騎士や兵たちの姿がまざまざと脳裏に浮かび上がる。
「そうか、そう、だよな。……ぁ、でも! オレは今日来たばかりで、なんでこんなところに閉じ込められるのかな、って」
本来の疑問を口にすると、
「衝太郎さまは、アイオリアさまに鑓を向けたのではないですか。それが問題になっています」
「鑓を、オレが? アイオリアに……ぁっ!」
思い出した。
ケルスティンに襲われたとき、とっさに彼女の注意を惹くべく、アイオリアの喉元へ鑓の穂先を向けたのだ。
とにかく必死、決死の行動だった。
アイオリアはもちろん、ケルスティンも完全に意表を衝かれ、その後の逆転劇へと繋がる。
「あれは! やむを得ないことだったんだ。守るはずのアイオリアに鑓を向けるなんて確かに変だしどうかしてる。でもそのせいでケルスティンの集中が途切れて、隙ができたんだ。オレも無我夢中だったし、結果は助かったわけで」
「存じております」
「じゃあなぜ!」
衝太郎の問いに、ジーベの眼鏡の向こうの眼差しが、
「複数の兵が見ていたのです。そのために、アイオリアさまを襲おうとした暴漢だ、と」
「はぁ? オレが?」
「評議会に伝わり、捕えて審問にかけることになってしまったのです」
「衝太郎さまが、異世界? から来たとおっしゃっていることも、その……」
申し訳なさそうな伏せ目になる。
「評議会、って」
「この館や街の平穏を守る組合のようなものです。兵のうち、古参の者がなります」
「警察、みたいなもんか。……なんてこった」
驚き、呆れる衝太郎。完全な誤解だ。
だが、結果はいまこうして現れている。なんとしても誤解を解かなくては。
「あ、あの! アイオリアさまが、いずれ評議会にかけあってくださいます! 衝太郎さまは勇敢にアイオリアさまを守ったばかりか、リュギアスの軍を救ったんですよねっ!」
不意に新たな声が。もうひとりの侍女、フィーネだ。
両手を祈るように胸の前で合わせながら、潤んだ目でけんめいに衝太郎を見る。
「リュギアス?」
「この国です」
とジーベ。
「なのに、こんなところへ閉じ込めてしまって、申し訳ありません。ほんとう、ごめんなさいっ!」
頭を下げるフィーネ。ほとんど腰が九十度折れ曲がるほどで、長い金髪がバサッ、と弧を描いて床へ垂れ落ちた。
「ぉう、まぁ頭を上げ、て」
「でもっ!」
腰の角度はそのままに、フィーネは顔だけを衝太郎に向けて上げる。案の定もう涙がこぼれていた。
「アイオリアさまが評議会に証言して、処分を取り消してもらいますから。そうしたらすぐにここから出られます。ごめんなさい、それまで……ごめんなさい」
そこまで言うと、また顔を突っ伏すように頭を下げる。まるで、衝太郎を苦しめているこの処分が自分のせいであるかのようだ。
「……わかった! うん、わかったよ。アイオリアを信じて待つ。まぁ、ダラダラ寝て待ってるよ。ちょうど、寝るのにジャストな部屋だしな!」
強がりも混ぜて衝太郎が言うと、
「そういうことですので。申し訳ありませんが、少々お待ちいただきます。評議会の決定が覆りしだい、すぐにお迎えにまいりますので」
ジーベも頭を下げる。こっちは腰の角度三十度だ。
「ああ、わかった。とりあえず危険はなさそうだし、待たせてもらう」
「それでは、私どもは失礼いたします」
ジーベがもう一度会釈すると、背を向ける。フィーネも身を起こし、けれどまた浅く何度もお辞儀をしたあと、ジーベに従った。
地下室を出て行くふたりを目で見送ったあと、
「いまいち納得できないが、この世界の流儀、郷に入ればなんちゃらってやつか。しかたない。……さてと、ちょっと安心したら急に腹が減って来た。朝からなにも食べてないんだよな。寝るまえに腹ごしらえでも」
石の床に腰を下ろし、衝太郎は侍女たちが持ってきた食べ物に手を伸ばす。
手桶からまず出したのは干し肉だ。冷え切っていて、硬く、それに少々、
「臭い……まさか、傷んではないんだろ。この世界の囚人食かよ。牢屋なんだし、そのへんは仕方なかったんだろうけど」
口に入れる。噛む。噛み……
「うぐぐ、噛みきれねえ……。ここまで硬い肉は初めてだ。こっちのパンは、これも硬い! 豆、まずい! ジャガイモみたいな……味ねえ!」
けっきょく、
「うまいのは水だけか。くそ! 早くここから出すよう言ってくれ、アイオリア!」
うめきが叫びとなって噴き出す。
「うぐぐ……ぅん?」
そこで気付いた。
牢の石の床の上に、カバンが放置されている。いま着ている衣服を除けば、衝太郎が向こうの世界から唯一持ってきたものだ。
カバンを開ける。
(教科書とノート、筆記具くらいしか入ってねー! オレってけっこう真面目だったんだな。スマホでも入ってれば、この世界でチートできたかもしれないのに……ダメだ、すぐバッテリーなくなるだろ。wifiも入らないし)
「今日、世界史だったんだな」
世界史の分厚い教科書、それに大判の副読本もある。
表紙を開くまでもなく、
「うえっ! なんでこんな異世界へ来てまで勉強しなきゃならないんだよ。だいたい歴史とか大嫌いだっての!」
投げ捨てる。
「もっとなんか、役に立ちそうな本はないのか。火のおこし方、とか……それはいらないか。そうだ! 日食を言い当てて神だとあがめられる、これだ! えっと、科学、地学か? 教科書は、っと」
しかしすぐに気付いた。
「てか、ここ地球じゃないんだから、日食の周期なんか同じわけないじゃん! あああああー!」
頭を抱える。残りの干し肉を、ムギッ! 歯でむしり取った。
「ふぐ、ほぐ……けっきょく、使えるものはなし、か」
噛み切れないスジ肉を無理やり噛んでいるうちに、気付いた。
(そういや、昼間の戦いって、鑓を持った徒歩の兵……歩兵ってのか、それと弓、馬に乗
った騎馬、の戦いだったんだよな)
銃や大砲はないし、魔法も、空を飛ぶ竜もいない。
「てことは、日本の戦国時代……は、火縄銃があったっけ。鉄砲伝来のまえで、中世ヨーロッパっていうより、古代ギリシアなんかに近いのか」
いつのまにか衝太郎は、さっき投げ捨てた世界史の教科書を拾い上げ、ページを手繰っていた。
教科書のほうは大まかな歴史の流れを追うもので、これはこれでいいのだが、より興味を惹いたのは大判の副読本のほうだ。
イラストや図解がたっぷり、古代からのさまざまな戦争が取り上げられている。兵の装備や編成、戦いの経過なども載っていて、
(そうそう、こんな感じ。ふーん、鑓が長いといいのか。なんだこれ、この密集した槍ぶすま、すごいな)
なんといっても、本物の合戦を経験したのが大きい。
それまで、ただ単に受験のための暗記科目だった歴史が、衝太郎の中でがぜん、なまなましく立ち上がってくる。
「馬にも鎧みたいなのをつけてる。へえー、弩「いしゆみ」って読むのか……」
いつのまにか衝太郎は、夢中で紙面を追っていた。
鬱っぽいことは起こりません。
戦いのあとのクールダウン。地下牢でお勉強タイム、ですね。