9 接近戦
戦いの備えのないリュギアス軍はどんどん押し込まれていきます。
跳ね返せるのか、衝太郎。
衝太郎の予想どおり、戦いは午前九時には開始された。
敵のいっせい攻撃によって。
「西の城壁が危ないって、連絡が! 衝太郎!」
アイオリアの言葉に、衝太郎がすかさずその方向へと駆け寄る。ベランダから見下ろすと、まだ未成の城壁にとりついた敵兵が、集団で乗り越えようとしている。味方の兵はけんめいに食い止めるが、劣勢は免れない。
「予備の部隊、百名を送るんだ! なんとかもたせろ!」
衝太郎が指示する。
けっきょくこの館のベランダが、もっとも街で高い位置にあり、四方が見渡せることから、衝太郎とアイオリアはこの場所に陣取って、次々と指示を飛ばしていた。連絡係の兵がひっきりなしに出入りする。
「どうなの、衝太郎」
アイオリアの不安そうな表情。
「正直、あと数時間てところだな、このままじゃ」
「数時間? じゃあ、どうなるの……」
負ける、という言葉は、返せずに呑み込んだ。衝太郎はアイオリアから視線を外すと、必死に考える。
(くそ! どうあっても兵が足りねえ! 東の砦から援軍が着くのが夜。戦えるのは明日の朝か。なんとか夜襲で……いや、やったこともないのに、できるわけねえ! 訓練もしてないんだぞ)
考えるだに、絶望的な状況。
しかしアイオリアに伝染してはまずい、と衝太郎は、
「ところで、あの手紙のハイドラって敵の指揮官のことは、知ってるのか」
話を変えた。
戦いのまえに届いた手紙。最後通牒。
そこには「ガンティオキア帝国 フィレンツァ公領 騎士姫 ハイドラ・オルナティア」の名で、ただちに街を明け渡すこと。アイオリアは投降すること、などが書かれていた。
履行までの猶予はたったの一時間。
もちろん応じるわけはなく、すでにもう数時間が過ぎている。
「ううん。聞いたことがあるだけ。ドルギアの向こうの国で、商人どうしの交易はあるけれど、直接会ったことも、手紙を交わしたことなんかもないわ」
アイオリアが答える。
「やっぱり、ドルギアとの戦いを横から見ていて、つけ入るすきを窺ってたんだな」
そして一気呵成に押し寄せた。
それも湖を押し渡って来るという奇襲戦法だ。
(このままじゃ必ず押し込まれる。城門を一か所突破されたら街はもうおしまいだ。あとはこの館にこもって戦うしかない、か)
頼みの東の砦の戦力が到着するまで耐えられるか。
時間との戦い。
「いや」
衝太郎はベランダから部屋の中へ戻る。
「どうしたの? なにか」
「城門、市の正門を開けるんだ」
「ええっ!? そんなことをしたら」
驚くアイオリア。
あっという間に敵兵が街にあふれ、負けは必至の自殺行為だ。
「このままじゃ、いずれ城壁は突破される。それも複数でだ。そうなったら収拾のつかないことになる。それよりも……!」
「なんと。リュギアの市門が開いた? おかしいでありんすねえ」
報告を受けたハイドラがいぶかる。
大天幕を出たあとも、湖の岸近くの水の中に腰から下を浸けている。左右に従者の少女騎士が鑓をもって控える。
周りには天幕が張り巡らされ、横や後方には本陣警備の騎兵や鑓兵が侍っていた。
「降伏の準備かもしれません」
「リュギアスの奴ら、腰抜けでありますれば」
少女従者たちが口々に言う。
しかしハイドラはまだ不審そうに、
「なにやら企んでありんすか。なれど……飛び込んでみなければわからぬの。よい。兵を進ませよ」
ぐーっ、と身を伸ばす。五メートル以上も伸びた胴体の上から街を見下ろし、
「街へ突入でありんす!」
下令した。
「来るぞ!」
衝太郎が言うのと同時に、敵兵が固まって突進して来た。
市門を開けても、敵はすぐには入って来なかった。警戒するように遠巻きにした。
だがハイドラの命令が伝わったいま、我先にと突っ込んで来る。
「よく引き付けて……放て!」
アイオリアの声が響き渡る。
衝太郎もアイオリアも、門の近くに降りて来ている。間近で指示するためだ。
市門の内部、その正面。構築された障害物の陰に隠れていた弓兵が半身をさらすと、いっせいに矢を放った。
距離は約五十メートル。直接に狙って当たる距離だ。
思ったとおり、
「うぅぅうあ!」
「ぐぁ!」
バタバタと敵兵が倒れる。しかし十人倒れても、その屍を超えてすぐ二十人が迫って来る。
「かかれえ!」
こんどは衝太郎が声を上げる。
「わぁぁぉぉぉおおお!」
掛け声とともに、左右から鑓兵が進み出る。もちろん、入って来た敵兵を突き崩すためだ。
案の定、二度、三度と鑓襖に突かれると、敵兵は倒れ、ひるみ、勢いを失って、とうとう後退した。
下がる敵兵のために、市門は閉じていない。
全滅させるのではなく時間を稼ぎ、敵を疲弊させるのが目的だからだ。
「よぉーし! 持ち場に戻れ! 矢を補充するんだ! 傷を受けた者は代われ!」
と衝太郎。
敵の最初の攻撃は撃退した。
しかし、衝太郎の心配は的中した。
三十分もしないうちに始まった敵の第二次攻撃は、最前列に盾を並べ、その間から鑓を突き出して整然と進んできた。
これには弓も跳ね返されてしまう。
だが衝太郎には策があった。
「いいこと? 始め!」
アイオリアの掛け声で始まったのは、
「わああああっ!」
投石だった。
敵の正面、それに左右からの投石。距離はないから、その分大きな石を、山なりに投げつける。
当然、石は敵の密集した中へ、上から落ちる。
「ぎゃぁ!」
「うご!」
雨のように降り注ぐ石に、兜をかぶった兵も倒される。一般兵は鉄ではなく革の被り物だから、被害はより大きい。
門の上からも大きな石を落とす。
敵の隊列が乱れたところへ、
「いまだ! かかれ!」
ふたたび鑓隊の突撃。
さんざんに突き崩され、またも後退する敵兵。
「よ、よし。まだいける。いけるぞ!」
周りを鼓舞するように、衝太郎が大きく声を上げる。
「おおおおー!」
鑓を振り上げ、兵も応える。
あえて市門を開け放ち、敵を誘いこんで四方から叩く。日本の城にある、升型虎口の発想だ。
(けど、どこまでもつか……)
このままではもたない
けど援軍も期待できない。
となれば……(;'∀')




