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異世界で料理人を命じられたオレが女王陛下の軍師に成り上がる!  作者: すずきあきら
第五章 ベジタリアンの濃厚メニューと、新たな敵
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6 別れ

両国は和睦し、ケルスティンは解放され、帰国することに。

お別れであります。


「どうしても行くのか」


 衝太郎の言葉に、ケルスティンがうなずく。


 館の城門を出たところ、跳ね橋の前に衝太郎、ケルスティン、そしてアイオリアがたたずんでいた。

 朝の陽ざしがまぶしく降って来る。

 そよ風と、ほとんど雲のない青空。


「ああ。出立するには申し分のない天気だ」


 ケルスティンが空を仰ぐ。

 金色の長い髪が、風に小さく揺れた。


「なぁ、ケルスティン」


 衝太郎が身を乗り出す。

 アイオリアにも視線を送ると、またケルスティンに戻し、


「ドルギアに戻ったら、またリュギアスを攻めるのか。東の砦をまた」


 尋ねる。

 ケルスティンは首を振った。


「そのつもりはない。アイオリアと、国と国との約定を交わした。身代金……もとい賠償金の残りも支払わなくてはならぬ。その担保にトルドの森も明け渡したことだ」


 トルドの森とは、リュギアスの東の砦に近い、ドルギア領の森のことだ。すでにリュギアス軍が進駐していた。


 身代金はすでに半額が支払われている。残りを支払えば、トルドの森からリュギアスは兵を退く。

 この和睦案も衝太郎が口出しして合意にこぎつけたものだった。


(遺恨は残さないようにしないとな。金さえ払えば領土も返す。責任者を処刑するとか、そういうのはナシだ)


 アイオリアはしかし、


「信用できないのよね。だってケルスティンはあのガンティオキアの皇帝に直属して、派遣されて来たわけじゃない。帝国の領土を広げろって、使命を受けてのことよね」


 ケルスティンに言葉を投げるが、


「それなのだが……どうやら、なにかが変わったようだ。いつからなのか、たったいまか。それとも衝太郎の料理を味わい、美味しいと感じた、あのときからなのかもしれぬ。……それまで、畏れがあった。帝国と、皇帝陛下の存在はつねに吾の頭の中にあって、もっとも大きく、すべてを占めていた。使命を果たす。果たして、帝国に戻る。そうすれば吾は……吾はどうなるのだ。栄光に包まれて、栄達を遂げる? いったいなにが、どのような。いまはわからぬ。すべてが遠く、もやのように包まれて見えなくなった」

「それって……」

「洗脳みたいなものが解けたんじゃないのか。ケルスティン、キミはもう自由なんだよ。帝国とも皇帝とも関係ない。新しい自分さ。いや、取り戻したんだ。自分を!」

「そうかもしれぬ。だが……」


 どことなく、行き場を失ったような、そんな寂しさを乗せた表情を見せるケルスティン。


「なぁ、アイオリアも、ケルスティンも、国と国の代表として署名したんだ。それは間違いないんだよな」


 衝太郎がうながすと、


「衝太郎の発案だけど、わたしはちゃんと納得して同意してる。もう約定にも署名したし。アイオリアと誇り高きリュギアスの名において、約束は守るわ」


 約定を記した羊皮紙をかざして、ちょっと嫌そうに、けれど自信ありげに口の端をわずかに持ち上げる。

 それを見たケルスティンは目を伏せる。が、笑って、


「いずれ、また相まみえることもあろう」

「相まみえる……って、なによ、もう約束を破る気!?」

「そうではない。吾もまたドルギアと、何より光栄ある帝国の威光を身に浴する者。約定は吾が身を賭しても守る。が、その先はお互いまた対等の立場。何があるかはわからぬということだ。平和が続くやもしれぬし、また……」


 吹っ切ったように言うのを、衝太郎が遮った。


「それなんだが、なぁ、ケルスティン」

「なんだ」

「ケルスティン、オレといっしょに、オレたちといっしょに戦ってくれないか」


 ケルスティンを見上げ、衝太郎が言った。その青い瞳をしっかりと見つめる。

 いっしゅんの間のあと、


「なん、だと」

「えええ!」

「俺たちの仲間になってほしい。オレとアイオリアと、ケルスティンで、いっしょに戦うんだ。オレはそうしたい。そうするべきで、だからオレがいるんじゃないか、って思う」

「衝太郎……」

「ちょっとちょっと! ちょっと、待ちなさいよ! なに勝手に、仲間にするとかいっしょに戦うとか! あたしがどうしてケルスティンといっしょに戦わなくちゃならないわけ!? 何度も命を取られそうになったんだから! そんな相手を信用できるわけないじゃない!」


 やはり、猛然と衝太郎に詰め寄るアイオリア。

 しかしアイオリアの言い分もまた、理屈がとおっている。


 どれだけ変心したとはいっても、ケルスティンは何度もリュギアスを攻めて来た敵将。

 疑い出せばきりがなく、全幅の信頼を置けるのか、と問えばアイオリアの不安、反対もうなずける。


「そのとおりだ。吾であっても、つい数日まえの敵に背中を任せることはできぬ」


 ケルスティンが言えば、


「そうよ。ドルギアの脅威は当面なくなったんだから、戦いだってなくなるはずじゃない」

「ほんとうに、そう思うか?」


 別の見方からも、アイオリアが反対する。だが衝太郎は違った。


「ケルスティンは、「王族」として帝国から送り込まれた。帝国の諸邦は皇帝の意を汲んで、グレナグラ=ビラ王国に攻めてくる。同じことが起きると思わないか」

「じゃあ、また新たな「王族」が攻めて来るってわけ!?」

「他の王族が、だと」


 だが言われてみれば、もっともありそうなことではある。


「だからだ。オレたちは力を合わせたほうがいい、じゃない、合わせなくちゃならないんだ。この間の戦いの損害もある。奇策でなんとか勝ったが、そう何度も通じるものじゃない。もっと、戦いに精通した指揮官が必要なんだ」

「それで、ケルスティンを」

「うん。ケルスティンなら不足はない。あれだけ何度も、オレたちを苦しめたんだからな。その戦闘力もセンスも、折り紙つきだ!」

「吾が、衝太郎とともに……」

「ああ、頼めるか!」

「だが……信頼はすぐに結べるものではない。アイオリアの言は正しい。裏切りを恐れては、全力で戦えまい」

「だったら、オレがケルスティンに乗る!」


 衝太郎のひと言に、こんどこそ広間の中が凍りついた。

 というより、いっしゅんふたりとも、意味がわからなかった、と言っていい。

 だがすぐに、


「はぁぁあああ!? なにそれ、なに考えてるの? 衝太郎、おまえ! バカじゃないの!」


 アイオリアが叫ぶ。


「乗る……吾の背に乗る、跨るというのか。なんという恥知らずな! な、なんという屈辱! この吾が、人間を背に乗せる、など……!」


 ケルスティンも声を震わせる。

 なぜかふたりとも、真っ赤に顔を赤らめていた。


「は? なんでダメなんだ。いちばんいい方法だと思うぞ。いままでアイオリアの馬に、いっしょに乗っていたんだから、それがケルスティンになるだけだ。もしケルスティンが裏切るようなことがあれば、オレが刺し違えてでも後ろから止める」


 たしかにそれなら、つねに背中に剣を突きつけているようなもの。裏切り防止にはもっとも即応性がある。


「で、でも、ケルスティンは荒馬……荒武者よ。振り落とされたら」

「そうならないよう、縄でふたりを縛りつけておけばいいだろ」

「し、縛る。縄で、だと。吾と、そなたを」

「だ、ダメダメダメー!」

「だから、なんで」

「そ、それは、そうだけど。だったら! ちゃんと鞍を置いて、轡をケルスティンの口にかませるのよね! 鞭でお尻を叩いて……」

「なんだと! 吾は馬ではない! あたかも馬を操るように扱うなど、吾に対する最大の侮辱!」

「やめろって、アイオリア! ケルスティンも、オレはそんなこと言ってない! する気もないよ」


 ともすればおかしな方向に紛糾しそうな場を、なんとか衝太郎が押さえた。

 ケルスティンを見る。


「考えておいてくれ。いますぐでなくともいい。ドルギアに戻って、また連絡をくれ。月に一度、三人で会合を持つのはどうだ? またオレが腕を振るうよ。いずれはリュギアスとドルギアが同盟を結んで、いっしょの国になることだって」

「衝太郎……そんなに、吾に」

「ちょとぉお! なにまた勝手に会合だの、いっしょの国になるだの! ここはわたしの生まれて育った、アイオリアの国なんだからぁあ!」


 アイオリアの言葉には、悲痛なトーンも混じる。


(たしかに、一足飛びに同じ国に、はない、か)


 その点は衝太郎も納得せざるを得ない。

 ケルスティンも、


「吾も合邦は無理だと思う。いまは……。だが、月に一度の会合ならば、よろこんで参加しよう。正直、ササニシキの料理もまた、味わいたいしな」

 そう言うと、小さく笑った。

 ほんのりとその頬が、薄く染まっている。


「な、なによ。衝太郎はあたしの! アイオリアの料理人よ! ……そうね、月に一度くらい、いいわよ。付きあってあげるし、そのくらいなら衝太郎の料理を食べさせてあげる。アイオリアは毎日だって、食べられるんだから、ね!」


 アイオリアの、奇妙な強がり。

 しかし退くところは退いている。


「よし、これで決まりだ!」


 衝太郎が声を上げる。

 今日のところはこれでいい。

 いや、最上のい成果がもたらされたと言ってもいいほどだ。


「うむ。吾はゆく。世話になった。衝太郎、アイオリア!」

 ケルスティンが馬首を巡らし、跳ね橋を渡っていく。

 その向こう、空堀の対岸にはドルギア軍の精兵五百名が、これも出立の準備を整えて整列していた。

 いっせいに旗を上げる。

 鑓を天に向け、声を放った。


「おおおおおおお~~!」


 ケルスティンも応える。

 従卒の少女たちが騎馬で寄り添う。

 隊列を整えながら、ドルギア軍はやがて、丘の向こうへと整然と消えて行った。


「……行っちゃった、わね」

「ああ。でもまた会える」


 衝太郎が言うと、アイオリアは口を尖らせて、


「なによ、いいこと? 言っておくけれど、衝太郎はアイオリアの料理人で」

「軍師でもある。だろ?」

「救世主、もね。もちろんアイオリアだって平和なほうがいいし、ドルギアともう戦争がなくなればって、思うけど」

「オレは……」

「えっ」


 見ると、陽を受けた衝太郎の顔が晴れ晴れと輝いていた。


「……この国をどうするか、この世界でオレがどう生きていくのか。なんだか方向が分かった気がする」

「衝太郎……」

 思わず見とれるアイオリア。だが、ハッ、と我に返って、

「でもケルスティンと……なんだか納得できない。なんだかやっぱり納得できなぁぁああい!」


 どうにももやもやと落ち着かず、自分の感情を押さえきれないようだった。


次回新展開、なのか。

よろしくであります。

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