5 ごちそうさま
ケルスティンとの食事はここまで。
菜食メニュー、工夫がんばってました。
衝太郎が腕をかざすと、身を寄せるように人の半身をもたれさせるケルスティン。衝太郎の腕の中でケルスティンの身体は、小さくけいれんするように震えている。肌がひどく熱く、泡立っていた。
「ケルスティン……」
(アイオリアのときと、同じ……?)
「すまぬ。もう、大事ない。少し眩暈が。この身が、この場所にないかのような錯覚があった。だがもう平気だ」
そう言って身を起こすケルスティン。あっという間に熱が引いていくのがわかる。
そこへ、
「ちょ、っと! なにふたりだけで盛り上がっちゃってるのよ!」
と、そこへ割り込んで来るのは、向かいの席のアイオリアだ。
なぜかすごく、眉がつり上がっている。
「アイオリア? いや、いまケルスティンは」
「あたしだって! すごく美味しいんだから! 美味しくいただいてるんだから! おもてなし、されてるんですからね!」
「わ、わかった」
「だいたい! アイオリアがこの場を設けてあげたから、衝太郎もケルスティンも美味しい料理に、その、感謝に! 気付いて、おもてなしとか、そういうことよね! ええ、そうよ。アイオリアも、衝太郎におもてなしされて、おもてなしを受けて、感謝の気持ちを伝えるわ!」
後半はなんだかしどろもどろになりながら、アイオリアもまた不器用ながら衝太郎に感謝を伝えたつもりらしい。
衝太郎はケルスティンを見るが、もうだいじょうぶ、との目のしぐさを確かめて、
「おう。ありがとうな、アイオリア。うれしいよ。……じゃあ、次の料理だ!」
次のメニューへと進める。
「えっ、まだあるの、料理が」
「まだ、楽しめるのか。衝太郎の料理を」
驚くふたりに、
「あったりまえさ! かんたんだし、イタリアンかフレンチかわかんないけど、ちょっとしたコース料理になってるんだ。だから、ゆっくりたっぷり、楽しんでくれよな!」
「ま、待って! まだこのお肉……大豆の、ステーキ、食べてない。食べるから……んっ、んくっ」
「吾もだ。残したりなぞせぬ。ぅんっ……んっ、こくっ、ん!」
衝太郎が告げる。
急いで皿の残りをたいらげようとするアイオリアとケルスティン。
「あわてなくていいんだぞ。じっくり味わってくれよ!」
そうして次の料理は。
「ええっ、なにこれ、美味しそう!」
「ほぉ! これは」
「ラザニアだ。トマトソースに小麦粉の皮、オリーブ、アボカド、ほうれんそう、じゃがいも、それにマッシュルームだ」
味付けには、黒コショウとセージ、コリアンダーやクミンシードなど、スパイスをうまく効かせている。
オーブンでじっくり焼き上げた。
色もそうだが、ミルフィーユのような赤と白、緑といった色とりどりの食材の層が見た目にも楽しい。
それでいて全体には、トマトソースの赤が鮮やかに目を惹く。
ひと口食べて、
「お、美味しい! なんなのこの、野菜ばかりなのにこってりしていてボリュームがあって!」
「ひとつひとつの野菜も、一度に食べても、口の中で甘み、酸味、かすかな渋みが弾ける。そのうえ腹もちもよさそうだ!」
アイオリアとケルスティンのフォークは止まらず、たちまちたいらげていく。
「いいな。気持ちいい食べっぷり。こっちまで気分がよくなってくる。じゃあ次を食べてくれ!」
ラザニアの次は、スープだ。
「えっ、これ……冷たい。美味しい!」
「これはなんでできているのだ。とてもなめらかで、いい匂いがする」
冷製スープはオーソドックスなかぼちゃのポタージュだ。
「かぼちゃは茹でて、皮と種を取る。たまねぎはみじん切りで炒める。油も植物性の菜種油だから心配はいらない。かぼちゃとたまねぎを徹底的にすりつぶす。それから裏ごしして、牛乳のかわりに豆乳でのばす。大豆はいっぱい買ったからな。作り置きしてあるコンソメを入れたら、またすりつぶすみたいによくかき混ぜる。あとは川で冷やせば完成だ。盛りつけは、パセリを散らしてな」
そうして、色鮮やかな黄色のポタージュに、細かな緑のパセリが、星が浮かぶように鮮やかなコントラストを見せる。
「知らなかった。かぼちゃって、生のままだとなんていうの、甘いんだけどちょっとエグ味があるのよね。でもこれは」
「とてもまろやかで、コクがあって、そのうえさわやかだ。大豆のステーキとラザニアでこってり温まった身体を涼しく冷やしてくれる」
アイオリアもケルスティンも、どこか夢見るような心地になって、それが表情を内側から明るく照らしていた。
かぼちゃの冷製ポタージュスープは、あっという間に皿から消える。
「どの料理もきれいに食べてくれて、気持ちがいいな。オレももっとしあわせになる。じゃあ、今日の料理の最後だ」
衝太郎が言うと、アイオリアが目を輝かせた。
「もしかして、デザートなの? またあの冷たい、甘い! フルーツたっぷりのパフェが食べられるのね!」
「なんだ。パフェ、とは。ずいぶんよいもののようだが」
アイオリアはもう口の中が甘いものに満たされたように、表情まで甘くとろけさせているし、ケルスティンはまだ経験していないだけに期待に頬を染めている。
「残念だな。今回はパフェじゃないんだ。生クリームは牛乳や卵を使うからな。そのかわり……」
衝太郎が合図して、侍女たちがデザートを運んでくる。
アイオリアとケルスティンの前に並べられた皿は、
「黒い……茶色い。これはなに?」
「それと白い。冷たいこの玉のようなものは」
デザートを覗きこむふたり。
それがなんなのか。なにでできているのか。どんな味なのか。知りたくて、はちきれそうなのだ。
衝太郎の料理を何度か食べているアイオリアはともかく、ケルスティンがこんなふうに料理に興味を示す。
それだけで、すっかりケルスティンが変わった、その証拠のようなものだ。
「ブラウニーだ」
「ぶらう」
「にー。それで茶色い、煮しめたような色をしているのだな」
すぅ、っと匂いを吸い込み、甘い香りに唇をほころばせるケルスティン。はっ、と気づいて、はしたない、と首をひっこめる。
「かんたんなんだ。小麦粉、砂糖。ふくらし粉なんてものも市場にはあったから、思いついたのさ。これでいつでもスポンジケーキだって作れるってな。あとは豆乳と、水、くるみと、カカオの実をすりつぶしてして作ったココア、だな。とにかく混ぜてこねて、型に入れて、オーブンで焼けばいい。焼き上がったアーモンドの粉を……」
「お、美味しいぃ!」
「硬いかと思ったら、しっとりとして舌に馴染む。濃厚な甘さと香ばしさ。少しの苦みが、また甘さを惹き立てる!」
衝太郎が作り方を話し終えないうちから、もうアイオリアとケルスティンはブラウニーを口へ運んでいた。
ひと口食べて、よろこびの声を上げる。
「おいおい。まあいいか。よろこんでくれてうれしいよ。そっちのは、ココナッツミルクのアイスクリームだ」
ブラウニーの横に添えられていたのは、半球形に盛り付けられたココナッツミルクアイスだった。
「ぁ、あ、ああぁ! 美味しいのぉ! 冷たくて、甘くて!」
アイオリアが目を細める。
ポォ、っと酔ったように頬を赤らめる、その表情はもはや夢見心地だ。
「え、アルコールは入ってないぞ」
「わかってるわよ、そんなこと。……ほんと、美味しい。こんなの、初めて! 衝太郎って、どうしてこんなに美味しいものを作れるの? アイオリアの、好きなものを作ってくれるの?」
「いや、それはほら、オレはアイオリアの、料理人で」
「衝太郎……」
アイオリアの瞳がうるんで、見ている衝太郎もドキッ、とする。そこへ、
「ココナッツというのか。香ばしくて甘い。あたたかな南の気候の、太陽と空気を感じる……!」
ココナッツミルクのアイスクリームをひとくち食べたケルスティンが、つぶやいた。
「だろ! 牛乳とは違う甘さが、さ」
「ちょ、っと! 衝太郎!」
「アイオリアも食べろよ、もっと、ほら、さ」
「それは、食べるけど……んっ、ぁあ、美味しい!」
こうなるとどこからどう見ても、領主、武人というよりは、ただの甘い物好きの女子だ。
「市場にココナッツがあったのは驚いたよ。ココナッツから種を取りだしたら、割って、中にびっしりついてるミルクのもとを掻きだす。胚乳って言うんだ。同時にジュースも採れる。それさ」
衝太郎が言うと、グラスに入った透明の液体が運ばれて来た。
ひと口飲んで、
「ふぁっ! すごくさわやかなのね。ほんのり甘くて」
「うむ。甘いデザートのあとで、口の中が清浄にリセットされるようだ」
目を細め、口元をほころばせるアイオリアとケルスティンだ。
「そうそう。ブラウニーもココナッツミルクのアイスも甘いからな。甘さの違いはあるけど。あえてココナッツジュースには砂糖やハチミツは加えないで、プレーンな味を楽しんでもらった。で、さっきの続きだけど、ココナッツの種から胚乳を取り出して、水を加えて煮込む。布で濾して絞るんだ。そうしてココナッツミルクができたら、豆乳を入れてまた弱火でよく似る。メープルシロップを加えてかきまぜる。コーンを乾燥させて細かい粉にしたでんぷんをくわえてとろみをつける。すっかり混ざり合ったら、鍋ごと川で冷やすんだ。丸い型にはめて盛り付けて、ミントを添えるとかわいいだろ?」
さらっ、と衝太郎は言うが、こっちもまたかなりの手間と時間がかかっているのは間違いない。
大豆肉と異なって、分量や製法などが最初から確からしいのがまだ救いとはいえ。
「すごい。そんなふうに作るなんて」
「感謝と愛情。おもてなしの心。それが料理なのだな。あたたかい、ボリュームのあるメインの料理も、宝石のようなデザートも、どれも衝太郎の心が満ちている」
スプーンを止めて、アイオリアが感心すれば、ケルスティンはさらに衝太郎への感謝を口にしてはばからない。
「ちょっと! 衝太郎はあたしの料理人なのよ。まぁ、たまにはあなた、ケルスティンにも料理を作ってあげてもいいかもしれないわね。こんなにステキな料理なら! あ、言っておくけど、あたしがぜったい同席するのが、条件よ。ぜったい!」
デザートを食べ終わったふたりには、温かい紅茶が出される。
ティーカップを両手でくるむように持つと、ケルスティンはどこか夢見るような眼差しを浮かべた。
「案ずることはない。吾は敵、ドルギアの領主であり騎士姫。このような料理を味わえたこと、幾重にも感謝する。衝太郎に、それに、アイオリア、そなたに、な」
「な、なによ。わかってるんじゃない」
「もうこのような至宝の料理を口にすることもあるまい。吾は、どのような処分でも受けるつもりだ。身代金ならば、用意させよう。可能な限りリュギアスの意に沿うようにしたいと思う」
ケルスティンの言葉も表情もおだやかで、そこにもう激しい敵意はとうてい存在しない。いまがそうだ、というのではなく、料理とともに溶けてしまったかのようだ。
すべての料理が済み、ココナッツジュースも飲み干したあと、だった。
「……ごちそうさまでした」
そう言うとアイオリアが目を伏せ、軽く顔の前で手を合わせる。
そのしぐさ、そして言葉で、すべてを察したのだろう。
ケルスティンもまた、
「ごちそうさま、でした」
同じように手を合わせる。
瞑目したように、その双眸はしばらくそのまま開かれなかった。
でもちょっと肉も食べたい気もw




