1 皇帝
新しい章が始まりました。
冒頭、いわゆる敵ボスの影、ってやつです。
そうとは言ってないけど、どう考えてもガンティオキア帝国の皇帝ですねw
光がまばゆく満ちていた。
白く染まった空間は上下の感覚を喪失し、質量や時間までも消えていくように感じる。
光に包まれながら、あたたかさや柔らかさはなく、あるのは氷のような冷たさだけ。
そのかわりのように、清浄と静謐だけがそこには保たれていた。
いま、その場にたたずむ白い影が、伏せていた眼差しを持ち上げる。
そこだけが血のように赤い唇を開く。
「……十三人目は、この世界を糺すか、壊すのか」
ゆっくりと、玉座から身を起こす。立ち上がる。
不意に、表情が崩れた。
楽しくてしかたがない、というふうに笑う。
「とても興味深いこと。あのときのように戦い、ふたたび相まみえることもあるでしょう。あの……に」
そこまで言うと、赤い唇を赤い舌がチロッ、となめた。
「いずれにせよ」
顔をあげる。
振り向くとそこにはさっきまではなかったはずの、いくつもの大きな透明なシリンダーが並んでいた。
シリンダーの数は全部で十二。絞り込まれた上部は白い光に呑まれるように見えないが、高い天井までも続いているようだ。
歩み寄る。
分厚いガラスが光を反射して眩しい。
しかし顔を近づけるとできる影から、中がうかがえる。
シリンダー内はびっしりと、薄青い液体で満たされていた。その液体の海の中、金色の長い髪をくゆらせた白い裸身が浮かび上がる。
おだやかに目を閉じた、おそらくは知的で凛々しい表情が今は、深い眠りに閉ざされている。
伸びやかな四肢がたゆたうたびに、かすかな気泡が浮かび上がった。
シリンダーに手を触れ、ガラスの上からその肌をなでるように、てのひらが滑る。ささやく唇が、
「ケルスティン、おまえの真の姿、ほんとうの身体はここに……ふふふ」
微笑みの形に変わる。
見れば、隣のシリンダーには赤い髪の少女が、さらに向こう、緑の髪をウエーブさせて、天地さかさまに封入された少女の姿も。
すべて少女の身体を内包しているのか。
不意にシリンダーが消える。
それまであたりを満たしていた光もじょじょに失われる。
まるで白く塗りつぶされるように質感を失っていく。
「待っていますよ、笹錦衝太郎。早く、早く、わがもとへ。早く、わが……この手の中に!」
謳いあげるような声が空間に反響する。
するとキラキラと星が降るように、小さな閃光がいくつも輝いた。
わずかに生じた影が、この空間をようやくにも立体的、現実的に写し出す。
大きな天窓は絶え間なく光りを降り注ぎ、天井も壁も床も、その広大な広間にたたずむひとりの人影も、すべてが白で塗られ、白をまとっていた。
白い闇ともいえる中、その人物の、フードの下に隠された顔だけが、わずかな陰りを帯びる。
東の砦は解放された。
衝太郎たちリュギアス軍は砦に入城する。
ドルギア軍主力は壊滅し、三千の兵のうち千しか残らなかった。
といっても二千人全員が戦死したわけではなく、半分以上は逃げ散ってしまったのだ。
ドルギア軍にしても、半数以上は農民兵で、正規兵は千人ほどしかいない。
それでも急ごしらえのリュギアス市民兵と違い、ふだんからよく訓練され、何度も戦場へ出るなど経験も豊富だったから、精強な戦闘力を持っていた。ほぼすべてが鑓隊。一部が弓隊を形成する。
アイオリアと衝太郎の許しを得て、ケルスティンはドルギア軍の残った一千のうち、農民兵の五百人に帰郷命令を出した。
「彼らにとっての戦は終わった。解放しても反撃してくるようなことはない」
「そうだな。そうしてあげてくれ。いいよな、アイオリア」
「わたしは……衝太郎がいいなら、いいけど」
帰って行く農民兵約五百人に、戦場の周辺に留まっていた従卒たちが同行する。
多くは兵の家族で、奴隷や騎士の従者たちもいた。
みんな、兵の食糧を調達したり身の回りの世話をするための者たちで、衝太郎が輜重部隊を編成するまえのリュギアスと同じだ。
残った兵は、騎士を中心に五百名。
しかし衝太郎は、粗末に扱うのを禁じた。
この世界では、捕虜は奴隷として売られるのがふつうだ。
身分の高い者は、国に残った家族や縁者に頼んで身代金を払ってもらう。そうやって解放された。
最高指揮官の王でも、捕えられたときはそんなふうに身代金を払って解放されることだってあった。
もちろん、王の身代金は莫大な額になる。
勝った側は、そうやって費やした戦費を補てんしていたのだ。戦いの賠償金といってもいい。
今回の戦いで、リュギアス軍は捕虜の半分を解放した。
残りの騎士たちも、身代金目当てに留めているわけではなかった。
「どうするつもりなの、衝太郎」
聞くアイオリア。
「いちどじっくり、ケルスティンに聞いてみたいんだ。話をしてみたいっていうかさ。敵の指揮官で騎士姫だ。興味あるだろ?」
そこまで言うとアイオリアは、
「まぁ!! 勝手にしたらいいんだわ! ケルスティンと話をするなんて、あたしはお断りよ!」
急に怒りだして、出て行ってしまった。
残された衝太郎。
「なんだ。なにを怒ってるんだよ。ま、いろいろやらなくちゃならないことが山ほどあるからな。忙しいのはわかるけど」
衝太郎の発案で、今後に備え、東の砦の防御力を大幅にアップする大工事が行われていたからだ。
それまで、砦といっても低い塀で囲まれている程度で、
(あれじゃ正直、敵が力押ししてきたら持ちこたえられないからな)
そこで塀を倍の高さに、頑丈につくり変え、その外側に空堀を掘ることにした。空堀の幅は五メートル、深さは二メートルにもなる予定だ。
ほどなくして、衝太郎はケルスティンを留めている部屋へ向かう。
外を守っている兵に、扉を開けさせた。むろんケルスティンは捕虜としてここにいるのだ。
「よォ! ……やぁ、ケルスティン、入るぞ」
ケルスティンは窓辺に立って、外を見ている。部屋はじゅうぶんな広さがある。壁際の片隅には乾いた寝藁がたっぷりと敷かれていた。
どれも、馬体のケルスティンへの配慮だ。
衝太郎が部屋に足を踏み入れると、護衛の兵も入って来た。
「いや、オレだけでいい。外で待っていてくれ」
と衝太郎。兵は一礼して部屋を出ていく。
背後で扉が閉まった。
囚われの身の姫騎士(ただし人馬)にああしてこうしてああもして・・
ええ、健全な展開です、たぶんw




