7 決着
ついに勝敗が決します。
今回、ちょっといつもより長めです。
「ぅああ!?」
本隊の騎士のひとりが叫び声を上げる。
アイオリアの護衛の騎士だ。
見ると、
「敵だぁ!」
別の騎士も叫ぶ。敵の騎兵が迫って来ていた。その数、およそ二十騎!
「まだ敵の騎兵がいたのか!」
衝太郎も叫ぶ。アイオリアを抱いた腕に力がこもる。
しかし敵の騎馬隊はまだ距離があり、本隊の護衛の騎士たちがすぐに向かっていく。
騎兵どうしの衝突は、衝力がすべて。
スピードを得るため、こちらからも駆け出していったのだ。
これでアイオリアと衝太郎のほか、本隊は護衛の騎士が二騎だけになる。
衝太郎はなぜか、しゃくぜんとしないものを感じた。
(あの騎馬隊はなんだ。どこから来た? 後半に出てきた敵の騎兵も、鑓兵とともに包囲されている。じゃあ、どこから……)
「本隊か! 敵の本隊……ケルスティン!」
思い当るのと、気付くのが同時だった。
背後に空気を感じた。
振り向くまでもなく、視界に入る。それほど近い。
「……っ!」
ケルスティンの顔が兜のスリットを通して見える。瞳がまっすぐに衝太郎をとらえていた。
(なぜこんなに近づかれた! そうか、前から来たのは囮だ……!)
ケルスティンの本隊の騎兵が戦場を迂回し、リュギアス軍の本隊、つまりアイオリアと衝太郎に迫る。
これとは別にケルスティンは単騎、さらに迂回して背後から襲撃して来たのだ。
敵騎兵集団に気を取られ、気付くのが決定的に遅れた。
じつはケルスティンは、蹄の音をほとんどたてず、それでいて高速で駆けることができる。
ケンタウロスだけにできる技だった。
さらにアイオリアを守るはずの本隊の騎士たちが、ほとんど出てしまっている。だが、残りふたりでも間に合わない。
ケルスティンの騎兵鑓は、その穂先までもはっきりと見えるほど、近くにあった。もういまから馬首をめぐらすこともできない。
残りの二騎が身を捨ててアイオリアを守ることもできない。
「っぁ!」
アイオリアが叫んだ。
おそらく悲鳴を上げたのに、衝太郎の耳に入って来ない。
そこからはスローモーション映像のように、周りの音が消え、すべてがゆっくりと動いて見えた。
ケルスティンの馬体がぶつかるように迫る。
兜をかぶっているのに、ケルスティンの表情がはっきりわかった。
その眼差しがまっすぐ衝太郎を見つめている。
「さらばだ。異国の者よ」
ケルスティンがつぶやいた。
鑓先が伸びて来る。
狙っていたのはアイオリアだ。
まっすぐ、アイオリアの背中を刺し貫く軌道にある。なのになぜ、ケルスティンは衝太郎を見つめ、つぶやいたのか。
わからない。わかるわけもない。
衝太郎は自分にできることをやるしかない。その時点で衝太郎にかろうじてできること。
(アイオリアを!)
守る。
しかし武器を持たない衝太郎に反撃は不可能。持っていても、ケルスティン相手では不可能だ。
だがもうアイオリアを突き飛ばして馬から落とす、そんなことさえできない。コンマ数秒後に迫った死を回避するには動作が大きすぎる。
(やっぱり……)
これしかない。
衝太郎は身をよじって、アイオリアをかばう。
鑓先の前に身を投げ出した。
(きっとケルスティンなら、痛みを感じるまえに殺してくれるよな)
そんな余裕があるのかわからないが、可能なら、身体を貫いた鑓もろとも馬から落ちる。あとは、アイオリアがうまく逃げてくれれば……。
「うぅ……!」
わかっていても、怖くて目を閉じてしまったのだろう。
鑓先が身体に触れる感触があった。
軽装の甲冑も身につけていない衝太郎だ。そのまま穂先は、ほとんど抵抗なく肉を貫く。
はずだった。
「ぅ、んっ!?」
ケルスティンが不意にうなった。
その脚が、崩れていく。
馬体の前足二本が、地面をとらえたと同時に、落ち込んだ。
引きずり込まれるようにケルスティンが、どうっ! と倒れる。
土埃が舞い上がった。
最初に声を上げたのはアイオリアだった。
「なに!? やった、の!?」
目の前に、ケルスティンが馬体ごと倒れていた。あまりに急に、激しく崩落れたせいか、すぐには動かない。
鑓はもう、手から離れていた。
「ケルスティン!」
衝太郎が馬から飛び降りる。
ケルスティンに駆け寄ると、
「だいじょうぶか!」
助け起こす。
衝撃で頭を打ったのか、まだ焦点の定まらない目でケルスティンが衝太郎を見る。わずかに抱き起こすと、兜がぬげ落ちた。
長い金色の髪が広がり出る。
「なにしてるの、衝太郎! 早く……!」
とどめを! アイオリアはそう言おうとしたのだろう。
自分でも馬を下りると、腰の短剣を引き抜いてケルスティンに突きつけようとする。それを衝太郎は、
「よせ! ケガをしているかもしれないんだ!」
腕を取って制する。
「なぜなの!? あたしも衝太郎も殺そうとしたのよ! 許せない! 生かしておくなんて、おかしいわよ!」
激するアイオリア。
しかし衝太郎は冷静に、
「それは合戦だからだ。戦いなんだから、相手を討とうとするのはとうぜんだ。でもいま、彼女は無防備だ。戦意もない」
「だって、あたしたちを殺そうとして失敗して……!」
「吾は、どうしたのだ」
ケルスティンの声がした。
衝太郎が見ると、腕の中でケルスティンが目を開けていた。だがまだ満足には動けないらしい。
青い瞳が見つめる。
衝太郎が答えた。
「落とし穴だ」
「なに? では吾は」
鑓を突き通す最後のしゅんかん、ケルスティンは脚から崩れた。踏みしめた地面が不意に失せて、落ちたのだ。
落ちた距離は三十センチもない。
しかしケルスティンの姿勢を崩し、その場に転倒させるにはじゅうぶんだった。
「あれが、うまくいったのね! もうホントにダメだって、思ったのに、すごい! やっぱり衝太郎はリュギアスの……アイオリアの救世主よ!」
瞳を潤ませるアイオリアに、
「ああ、間一髪だった、がな」
落とし穴、と衝太郎は言ったが、穴を掘って、その上に壊れやすい薄い板などを敷き土をかぶせる、いわゆるふつうの落とし穴とは違っていた。
穴を掘るところまでは同じ。
掘った地面に、空の甕を逆さにして大量に埋め込んだ。
甕は、水を運んでいた水がめだ。
陣を布いてしまえばもう必要ない。勝てば砦で新鮮な水が飲める。負ければ、水を飲む身体がないだろう。
そこで衝太郎は、空の水がめを逆さにして並べさせた。甕の高さが地面の高さになる。その上に軽く土をかけた。
そうして、衝太郎とアイオリアのいる本隊。その背後を、円の半分を描くように空の水がめの落とし穴を作った。
幅は五メートルほどもある。
地雷原、と衝太郎は心の中で呼んでいた。
甕は、人が歩く程度では割れない。そのくらいの重さは支えることができる。
しかし騎馬は、三百キロから五百キロほどもある。
かんたんに割れて、馬の脚を落としこむ。馬が倒れれば乗った者は振り落とされる。本隊を襲われたときの、最後の最後のそなえだった。
「なんと、そんなもので、吾は……!」
ケルスティンの顔が険しくなる。衝太郎をにらみ、眉間にしわが深く刻まれた。
だがすぐに、
「ふっ……」
表情がゆるむ。
それどころか、口の端に笑みさえ浮かばせた。
「やられた、のだな。あの陣立てもしかり。いちど前進してわが鑓隊を吸引し、後退して包囲する。采配もまた見事。さらには、砦に対する兵を呼び寄せた我に対して、追いかけるように砦から兵を出撃させるとは」
ケルスティンの声には、素直な賞賛の響きがある。
「オレも、驚いたしドキドキしたし、心底、怖かった。もっとかんたんに勝てるはずだった。けど、そんなわけにはいかないよな。これはほんものの合戦なんだ」
「それでも勝ったのはおぬしだ。最後に、このような罠までしかけてあるとはな。だが、あっぱれだ。最後の最後まで手を抜かず、工夫をこらしたおぬしの勝ちである」
そう言うとケルスティンは目を閉じる。
その顔はおだやかで、どこか楽しそうでもある。
「……どうした。もはや思い残すことはない。早くとどめを刺すのだな。ひと思いに頼む」
衝太郎が言おうとするより先に、そう言うケルスティン。
「ほら、言ってるじゃない! この世界の戦の作法なのよ。戦いで負けた者は、生きていることはできない。まして指揮官なら、王族なら、なおのこと」
アイオリアの言葉に、
「そのとおりだ。おめおめ敵の手に落ちて虜囚の身をかこつことこそ屈辱。情けがあるならば、苦痛なく吾を送ってくれ。それが吾のゆいいつののぞみだ」
「ダメだ!」
おだやかにうなずくケルスティン。しかし衝太郎は言葉を放つ。
「負けたからだまって死なせろとか、ぜったいにダメだ!」
「なぜだ。吾をいたずらに辱めたいのか。それとも吾をいたぶり、恨みをはらすつもりか、異国の男よ」
異国の男、そうケルスティンには見えるのだろう。無理もない。
「ああ。オレは異国から来た。正確にはもうちょっと遠く、異世界からだ。まぁそこんとこはいい。けど、よくないのが捕虜を殺すとか、負けて囚われたから死ぬとか、そういうのだ。ぜったいダメなんだ!」
「なぜ」
「なぜって、死んだらなんにもならないからだ。あ、言っておくが、オレはそういう趣味はないからな。女騎士をつかまえて、縛りつけて拷問とか、エロゲーだけでじゅうぶんだっての」
「えろ、げー」
「なによそれ、衝太郎」
「あー、ごめん! そこんとこはスルーでたのむ。それよりケルスティン、脚はだいじょうぶか。骨折とか」
衝太郎が気遣う。
落とし穴を踏み抜いたケルスティンの前脚を、やさしくさすった。
「だいじょうぶだ。少し、ひねったようだからしばらく走ることはできぬが。が、もうそれも必要ないだろうからな」
「必要あるっての! 死なせたりするもんか。生きてもらうぞ、ケルスティン!」
「だからなぜだと問うている。情報なら、どんな拷問でもしゃべる気はない。手足を落とされても、生皮を剥がされてもな」
「手足を……うぇえ、そんなことするかよ。捕虜虐待はジュネーブ条約違反なんだぞ。っと、いまのもスルーでな。とにかく、オレは武器もない、戦う意思もない者は殺さない。戦うときは全力で戦う。全力で正々堂々戦えば、勝つことも負けることもある。すぐれていたから勝ったとか、劣っていたから負けたのじゃない。勝負の境目はもっと、神さましか知らないような微妙なところだからな。だからだ。オレは負けた者をさげすんだり、虐待したりはしない」
そこまで言うと、真顔でケルスティンに告げる。
「いますぐ、ドルギアの全軍に降伏するように言ってくれ。まだ戦ってる者がいる。逃げようとして命を落とす者も」
前線では、完全に包囲されたドルギア軍に対して、リュギアス軍の一方的な殺戮となっていた。
だがケルスティンは、
「無理だ。戦いを止めるかどうかは、戦士の意思による。まして降伏を吾が命令することはできない」
そう言って首を振る。
「だけどあれじゃあ、みんな死んでしまう!」
「戦いって、そういうものよ。死ななくても奴隷にされたり売られたり。だから覚悟をもって戦うものなの」
とアイオリアも。
負ければ領主や王族といえど、過酷な運命は逃れられない。
アイオリアが売られたり処刑されたりすることだって、例外ではないのだ。
「そうじゃない! 合戦が終わったらノーサイドだ! 少なくとも、ふつうの兵に戦いの責任はないはずだ。いますぐ、リュギアスも戦いを止めるんだ。ドルギアは降伏する。その身柄の安全は保障する。これならいいはずだ!」
「つまり、お互いを信用するということだな」
「いままで戦っていた相手を?」
「いままで戦っていた相手だから信用するんだ。相手の力量を認めて、ていちょうに扱うんだよ。真の戦士なら、それができるはずだ!」
衝太郎の言葉を尽くした説得に、ついにケルスティンもアイオリアも、心を動かされる。それはふたりがお互いを認め合い、信じあうことでもあった。
「承知した。全軍に命令しよう」
「わかったわ! 戦いを止めるように、命令するわ!」
それはケルスティンとアイオリアが、見つけ合ってうなずきあった末の決断だった。
まずアイオリアが伝令を呼ぶ。信号旗に、
「いますぐ武器をおさめるように。これは命令よ! リュギアス軍は全軍部隊ごとに整列すること!」
伝える。
すぐに伝令が馬で走りだす。信号手もさかんに旗を振って合図する。
しだいに戦場が静まり始めたころ、
「ぅむ」
すっくと立ち上がったケルスティンが、胸を張り、息を大きく吸いこむと、
「ケルスティンである! いますぐに武器を捨て、投降せよ! 繰り返す! いますぐ身近なリュギアス兵に身をあずけよ! おまえたちの身の安全は、吾、ケルスティンの名において保障する!!」
響き渡る大音声。
驚きを顔に浮かべてこちらを見つめるドルギア兵。
やがて、
「ケルスティンさま!」
「おおおお! ケルスティンさまが生きておられた!」
「従え! 姫殿下の命令に従え!」
つぎつぎ、ドルギア兵の間にケルスティンの言葉が伝わって行く。武器を捨て、涙を流してケルスティンに向かい、両手を上げた。
「すごい! ケルスティンの命令で全軍が」
「約束は守ってもらうぞ。我が兵たちをいたずらに損ずることはこの吾が許さぬ。たとえ武器はなくとも、必ずおぬしの命、もらいうける!」
「うん。約束だ。ありがとうな、ケルスティン、オレとアイオリアを信じてくれて」
衝太郎が感謝を伝える。
前線の兵からは、誰ともなく勝鬨が起こった。
「ぉぉぉおおおおお!」
「万歳、勝利ばんざぁい!」
「リュギアス、リュギアス!!」
熱狂と興奮が広がる中、ドルギアの兵は肩を落とし、地面に座り込む。絶望に顔を覆ってしまう者もいた。
「ケルスティン……」
喧騒の中にあって衝太郎はケルスティンを気遣う。
ケルスティンは前線のドルギアの兵たちを遠くながめながら、表情を崩さない。長い髪を風になぶられながら、しかしなにかをじっと堪えているようだった。
お読みいただきありがとうございます(^-^
次回から最終章です。




