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異世界で料理人を命じられたオレが女王陛下の軍師に成り上がる!  作者: すずきあきら
第四章 東の砦の決戦
22/34

7 決着

ついに勝敗が決します。

今回、ちょっといつもより長めです。


「ぅああ!?」


 本隊の騎士のひとりが叫び声を上げる。

 アイオリアの護衛の騎士だ。

 見ると、


「敵だぁ!」


 別の騎士も叫ぶ。敵の騎兵が迫って来ていた。その数、およそ二十騎!


「まだ敵の騎兵がいたのか!」


 衝太郎も叫ぶ。アイオリアを抱いた腕に力がこもる。

 しかし敵の騎馬隊はまだ距離があり、本隊の護衛の騎士たちがすぐに向かっていく。

 騎兵どうしの衝突は、衝力がすべて。

 スピードを得るため、こちらからも駆け出していったのだ。

 これでアイオリアと衝太郎のほか、本隊は護衛の騎士が二騎だけになる。

 衝太郎はなぜか、しゃくぜんとしないものを感じた。


(あの騎馬隊はなんだ。どこから来た? 後半に出てきた敵の騎兵も、鑓兵とともに包囲されている。じゃあ、どこから……)


「本隊か! 敵の本隊……ケルスティン!」


 思い当るのと、気付くのが同時だった。

 背後に空気を感じた。

 振り向くまでもなく、視界に入る。それほど近い。


「……っ!」


 ケルスティンの顔が兜のスリットを通して見える。瞳がまっすぐに衝太郎をとらえていた。


(なぜこんなに近づかれた! そうか、前から来たのは囮だ……!)


 ケルスティンの本隊の騎兵が戦場を迂回し、リュギアス軍の本隊、つまりアイオリアと衝太郎に迫る。

 これとは別にケルスティンは単騎、さらに迂回して背後から襲撃して来たのだ。


 敵騎兵集団に気を取られ、気付くのが決定的に遅れた。

 じつはケルスティンは、蹄の音をほとんどたてず、それでいて高速で駆けることができる。

 ケンタウロスだけにできる技だった。


 さらにアイオリアを守るはずの本隊の騎士たちが、ほとんど出てしまっている。だが、残りふたりでも間に合わない。

 ケルスティンの騎兵鑓は、その穂先までもはっきりと見えるほど、近くにあった。もういまから馬首をめぐらすこともできない。

 残りの二騎が身を捨ててアイオリアを守ることもできない。


「っぁ!」


 アイオリアが叫んだ。


 おそらく悲鳴を上げたのに、衝太郎の耳に入って来ない。

 そこからはスローモーション映像のように、周りの音が消え、すべてがゆっくりと動いて見えた。


 ケルスティンの馬体がぶつかるように迫る。

 兜をかぶっているのに、ケルスティンの表情がはっきりわかった。

 その眼差しがまっすぐ衝太郎を見つめている。


「さらばだ。異国の者よ」


 ケルスティンがつぶやいた。

 鑓先が伸びて来る。

 狙っていたのはアイオリアだ。

 まっすぐ、アイオリアの背中を刺し貫く軌道にある。なのになぜ、ケルスティンは衝太郎を見つめ、つぶやいたのか。

 わからない。わかるわけもない。

 衝太郎は自分にできることをやるしかない。その時点で衝太郎にかろうじてできること。


(アイオリアを!)


 守る。

 しかし武器を持たない衝太郎に反撃は不可能。持っていても、ケルスティン相手では不可能だ。

 だがもうアイオリアを突き飛ばして馬から落とす、そんなことさえできない。コンマ数秒後に迫った死を回避するには動作が大きすぎる。


(やっぱり……)


 これしかない。

 衝太郎は身をよじって、アイオリアをかばう。

 鑓先の前に身を投げ出した。


(きっとケルスティンなら、痛みを感じるまえに殺してくれるよな)


 そんな余裕があるのかわからないが、可能なら、身体を貫いた鑓もろとも馬から落ちる。あとは、アイオリアがうまく逃げてくれれば……。


「うぅ……!」


 わかっていても、怖くて目を閉じてしまったのだろう。

 鑓先が身体に触れる感触があった。

 軽装の甲冑も身につけていない衝太郎だ。そのまま穂先は、ほとんど抵抗なく肉を貫く。

 はずだった。


「ぅ、んっ!?」


 ケルスティンが不意にうなった。


 その脚が、崩れていく。

 馬体の前足二本が、地面をとらえたと同時に、落ち込んだ。

 引きずり込まれるようにケルスティンが、どうっ! と倒れる。

 土埃が舞い上がった。


 最初に声を上げたのはアイオリアだった。


「なに!? やった、の!?」


 目の前に、ケルスティンが馬体ごと倒れていた。あまりに急に、激しく崩落れたせいか、すぐには動かない。

 鑓はもう、手から離れていた。


「ケルスティン!」


 衝太郎が馬から飛び降りる。

 ケルスティンに駆け寄ると、


「だいじょうぶか!」


 助け起こす。

 衝撃で頭を打ったのか、まだ焦点の定まらない目でケルスティンが衝太郎を見る。わずかに抱き起こすと、兜がぬげ落ちた。

 長い金色の髪が広がり出る。


「なにしてるの、衝太郎! 早く……!」


 とどめを! アイオリアはそう言おうとしたのだろう。

 自分でも馬を下りると、腰の短剣を引き抜いてケルスティンに突きつけようとする。それを衝太郎は、


「よせ! ケガをしているかもしれないんだ!」


 腕を取って制する。


「なぜなの!? あたしも衝太郎も殺そうとしたのよ! 許せない! 生かしておくなんて、おかしいわよ!」


 激するアイオリア。

 しかし衝太郎は冷静に、


「それは合戦だからだ。戦いなんだから、相手を討とうとするのはとうぜんだ。でもいま、彼女は無防備だ。戦意もない」

「だって、あたしたちを殺そうとして失敗して……!」

「吾は、どうしたのだ」


 ケルスティンの声がした。


 衝太郎が見ると、腕の中でケルスティンが目を開けていた。だがまだ満足には動けないらしい。

 青い瞳が見つめる。

 衝太郎が答えた。


「落とし穴だ」

「なに? では吾は」


 鑓を突き通す最後のしゅんかん、ケルスティンは脚から崩れた。踏みしめた地面が不意に失せて、落ちたのだ。

 落ちた距離は三十センチもない。

 しかしケルスティンの姿勢を崩し、その場に転倒させるにはじゅうぶんだった。


「あれが、うまくいったのね! もうホントにダメだって、思ったのに、すごい! やっぱり衝太郎はリュギアスの……アイオリアの救世主よ!」


 瞳を潤ませるアイオリアに、


「ああ、間一髪だった、がな」


 落とし穴、と衝太郎は言ったが、穴を掘って、その上に壊れやすい薄い板などを敷き土をかぶせる、いわゆるふつうの落とし穴とは違っていた。


 穴を掘るところまでは同じ。

 掘った地面に、空の甕を逆さにして大量に埋め込んだ。

 甕は、水を運んでいた水がめだ。

 陣を布いてしまえばもう必要ない。勝てば砦で新鮮な水が飲める。負ければ、水を飲む身体がないだろう。

 そこで衝太郎は、空の水がめを逆さにして並べさせた。甕の高さが地面の高さになる。その上に軽く土をかけた。


 そうして、衝太郎とアイオリアのいる本隊。その背後を、円の半分を描くように空の水がめの落とし穴を作った。

 幅は五メートルほどもある。

 地雷原、と衝太郎は心の中で呼んでいた。


 甕は、人が歩く程度では割れない。そのくらいの重さは支えることができる。

 しかし騎馬は、三百キロから五百キロほどもある。

 かんたんに割れて、馬の脚を落としこむ。馬が倒れれば乗った者は振り落とされる。本隊を襲われたときの、最後の最後のそなえだった。


「なんと、そんなもので、吾は……!」


 ケルスティンの顔が険しくなる。衝太郎をにらみ、眉間にしわが深く刻まれた。

 だがすぐに、


「ふっ……」


 表情がゆるむ。

 それどころか、口の端に笑みさえ浮かばせた。


「やられた、のだな。あの陣立てもしかり。いちど前進してわが鑓隊を吸引し、後退して包囲する。采配もまた見事。さらには、砦に対する兵を呼び寄せた我に対して、追いかけるように砦から兵を出撃させるとは」


 ケルスティンの声には、素直な賞賛の響きがある。


「オレも、驚いたしドキドキしたし、心底、怖かった。もっとかんたんに勝てるはずだった。けど、そんなわけにはいかないよな。これはほんものの合戦なんだ」

「それでも勝ったのはおぬしだ。最後に、このような罠までしかけてあるとはな。だが、あっぱれだ。最後の最後まで手を抜かず、工夫をこらしたおぬしの勝ちである」


 そう言うとケルスティンは目を閉じる。

 その顔はおだやかで、どこか楽しそうでもある。


「……どうした。もはや思い残すことはない。早くとどめを刺すのだな。ひと思いに頼む」


 衝太郎が言おうとするより先に、そう言うケルスティン。


「ほら、言ってるじゃない! この世界の戦の作法なのよ。戦いで負けた者は、生きていることはできない。まして指揮官なら、王族なら、なおのこと」


 アイオリアの言葉に、


「そのとおりだ。おめおめ敵の手に落ちて虜囚の身をかこつことこそ屈辱。情けがあるならば、苦痛なく吾を送ってくれ。それが吾のゆいいつののぞみだ」

「ダメだ!」


 おだやかにうなずくケルスティン。しかし衝太郎は言葉を放つ。


「負けたからだまって死なせろとか、ぜったいにダメだ!」

「なぜだ。吾をいたずらに辱めたいのか。それとも吾をいたぶり、恨みをはらすつもりか、異国の男よ」


 異国の男、そうケルスティンには見えるのだろう。無理もない。


「ああ。オレは異国から来た。正確にはもうちょっと遠く、異世界からだ。まぁそこんとこはいい。けど、よくないのが捕虜を殺すとか、負けて囚われたから死ぬとか、そういうのだ。ぜったいダメなんだ!」

「なぜ」

「なぜって、死んだらなんにもならないからだ。あ、言っておくが、オレはそういう趣味はないからな。女騎士をつかまえて、縛りつけて拷問とか、エロゲーだけでじゅうぶんだっての」

「えろ、げー」

「なによそれ、衝太郎」

「あー、ごめん! そこんとこはスルーでたのむ。それよりケルスティン、脚はだいじょうぶか。骨折とか」


 衝太郎が気遣う。

 落とし穴を踏み抜いたケルスティンの前脚を、やさしくさすった。


「だいじょうぶだ。少し、ひねったようだからしばらく走ることはできぬが。が、もうそれも必要ないだろうからな」

「必要あるっての! 死なせたりするもんか。生きてもらうぞ、ケルスティン!」

「だからなぜだと問うている。情報なら、どんな拷問でもしゃべる気はない。手足を落とされても、生皮を剥がされてもな」

「手足を……うぇえ、そんなことするかよ。捕虜虐待はジュネーブ条約違反なんだぞ。っと、いまのもスルーでな。とにかく、オレは武器もない、戦う意思もない者は殺さない。戦うときは全力で戦う。全力で正々堂々戦えば、勝つことも負けることもある。すぐれていたから勝ったとか、劣っていたから負けたのじゃない。勝負の境目はもっと、神さましか知らないような微妙なところだからな。だからだ。オレは負けた者をさげすんだり、虐待したりはしない」


 そこまで言うと、真顔でケルスティンに告げる。


「いますぐ、ドルギアの全軍に降伏するように言ってくれ。まだ戦ってる者がいる。逃げようとして命を落とす者も」


 前線では、完全に包囲されたドルギア軍に対して、リュギアス軍の一方的な殺戮となっていた。

 だがケルスティンは、


「無理だ。戦いを止めるかどうかは、戦士の意思による。まして降伏を吾が命令することはできない」


 そう言って首を振る。


「だけどあれじゃあ、みんな死んでしまう!」

「戦いって、そういうものよ。死ななくても奴隷にされたり売られたり。だから覚悟をもって戦うものなの」


 とアイオリアも。


 負ければ領主や王族といえど、過酷な運命は逃れられない。

 アイオリアが売られたり処刑されたりすることだって、例外ではないのだ。


「そうじゃない! 合戦が終わったらノーサイドだ! 少なくとも、ふつうの兵に戦いの責任はないはずだ。いますぐ、リュギアスも戦いを止めるんだ。ドルギアは降伏する。その身柄の安全は保障する。これならいいはずだ!」

「つまり、お互いを信用するということだな」

「いままで戦っていた相手を?」

「いままで戦っていた相手だから信用するんだ。相手の力量を認めて、ていちょうに扱うんだよ。真の戦士なら、それができるはずだ!」


 衝太郎の言葉を尽くした説得に、ついにケルスティンもアイオリアも、心を動かされる。それはふたりがお互いを認め合い、信じあうことでもあった。


「承知した。全軍に命令しよう」

「わかったわ! 戦いを止めるように、命令するわ!」


 それはケルスティンとアイオリアが、見つけ合ってうなずきあった末の決断だった。

 まずアイオリアが伝令を呼ぶ。信号旗に、


「いますぐ武器をおさめるように。これは命令よ! リュギアス軍は全軍部隊ごとに整列すること!」


 伝える。

 すぐに伝令が馬で走りだす。信号手もさかんに旗を振って合図する。

 しだいに戦場が静まり始めたころ、


「ぅむ」


 すっくと立ち上がったケルスティンが、胸を張り、息を大きく吸いこむと、


「ケルスティンである! いますぐに武器を捨て、投降せよ! 繰り返す! いますぐ身近なリュギアス兵に身をあずけよ! おまえたちの身の安全は、吾、ケルスティンの名において保障する!!」


 響き渡る大音声。

 驚きを顔に浮かべてこちらを見つめるドルギア兵。

 やがて、


「ケルスティンさま!」

「おおおお! ケルスティンさまが生きておられた!」

「従え! 姫殿下の命令に従え!」


 つぎつぎ、ドルギア兵の間にケルスティンの言葉が伝わって行く。武器を捨て、涙を流してケルスティンに向かい、両手を上げた。


「すごい! ケルスティンの命令で全軍が」

「約束は守ってもらうぞ。我が兵たちをいたずらに損ずることはこの吾が許さぬ。たとえ武器はなくとも、必ずおぬしの命、もらいうける!」

「うん。約束だ。ありがとうな、ケルスティン、オレとアイオリアを信じてくれて」


 衝太郎が感謝を伝える。


 前線の兵からは、誰ともなく勝鬨が起こった。


「ぉぉぉおおおおお!」

「万歳、勝利ばんざぁい!」

「リュギアス、リュギアス!!」


 熱狂と興奮が広がる中、ドルギアの兵は肩を落とし、地面に座り込む。絶望に顔を覆ってしまう者もいた。


「ケルスティン……」


 喧騒の中にあって衝太郎はケルスティンを気遣う。

 ケルスティンは前線のドルギアの兵たちを遠くながめながら、表情を崩さない。長い髪を風になぶられながら、しかしなにかをじっと堪えているようだった。


お読みいただきありがとうございます(^-^

次回から最終章です。

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