表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界で料理人を命じられたオレが女王陛下の軍師に成り上がる!  作者: すずきあきら
第四章 東の砦の決戦
21/34

6 逆転そして

戦いの趨勢が移り変わります。

実際の戦もこんなふうに、コロコロと局面が変わり、ほんのちょっとしたことで勝ち負けが分かれるのでは、そんな気がします。


「鑓隊は、ダメだな」


 ケルスティンは冷静に戦況を見ていた。


 自軍の鑓隊が包囲され壊滅していくのはもう免れえない。しかし、包囲が縮まるつれ敵の鑓隊は無防備な側面も背面も曝している。

 騎馬で攻撃するならいまだ。


「騎馬隊、突撃せよ! 我も出る!」


 残った騎兵を再編した二隊に檄を飛ばす。

 さらに自らも本隊を率いて前線へ出撃する。


 ガランガランガラン! 大鐘が打ち鳴らされる。

 三十騎ずつとなった二隊の騎馬隊が、戦場の右翼と左翼へ向かって疾駆する。それは包囲にために横を向いたリュギアスの左右の鑓隊の背後へと回り込む。



「来たな!」


 そう言って衝太郎が口をぐっと結ぶ。

 身体が震えだす。歯もカチカチ鳴りそうになるのを、けんめいにこらえる。


「どうするの!?」


 アイオリアにもわかる。

 楽勝ムードが一転、危機が訪れたのだ。

 本隊近くから発したドルギアのふたつの騎馬隊が、包囲の正規鑓隊と市民鑓隊の背後へ回り込むのは明らかだ。


「騎馬、出せ! 敵の騎馬隊を迎え撃て! 押し返すんだ!」


 衝太郎は決断する。

 リュギアスもたったふたつの騎馬部隊を投入する。ドルギアの騎馬隊と真正面から打ち合うためだ。


(騎兵に騎兵を当てるのは良策じゃないが、これしかない!)


 お互いに損耗するだけで、決め手には欠ける。

 しかしドルギアの騎馬隊を止めることは一時的にでもできるだろう。


 伝令が出て旗信号が上がり、こちらも本隊近くの最後方に控えていた騎馬隊が出撃する。ドルギアの三十騎一隊にくらべ、二十騎で一隊だが、


(敵の鑓隊さえ潰せば、こっちの勝ちだ!)


 それが衝太郎の勝算だ。

 だが、間に合うのか。


 ドルギアの騎兵がリュギアスの騎兵をあっという間に蹴散らして、まだ包囲攻撃中の鑓隊の背後へ殺到することもありうる。

 そうなったら、敵鑓隊をあと一歩で包囲せん滅できるどころか、いっきに負けへ転がり落ちる。


「楽に勝たせてなんてもらえない」


 こっちが攻めれば敵も攻めて来る。

 ごく微妙な指示のタイミングや、現場の趨勢などによってどちらへ傾くかまったくわからない。


 やれることはやったし、やっている。

 負けないための戦いを目指し、できたと思っていた。

 それでもこうだ。

 ケルスティンとドルギア軍を相手に、必勝など


「無理か、いや……!」


 まだ勝てる。勝てるはず。勝つ!

 衝太郎たちの見守る先で、リュギアスの騎馬隊がドルギアの騎馬隊へ突き刺さって行く。

 鑓隊を攻撃するため速度を落とし、方向転換しようとしたしゅんかんを衝いた。


「やったわ!」


 アイオリアが声を上げる。


「ああ! やった!」


 これも、指示のタイミングだけでは計り知れない現場の機微が戦いの趨勢に影響する例かもしれない。


 リュギアスの騎馬隊が一時的にドルギアの騎馬隊を圧倒したことで、数の有利不利はなくなった。

 しかしその後、混戦になると一進一退が続く。


「いいぞ、このまま……!」


 だがそれは衝太郎の望むところ。

 騎馬隊どうしが組み合っているうちに、鑓隊が包囲をどんどん縮めて敵の鑓隊を破砕してしまえばいい。

 ようはドルギアの騎馬隊を使えなくさえすればいいのだ。


(こんどこそ、勝ったか)


 だがなにか違和感がある。

 しっくりこない。喜べない。

 それをアイオリアも感じているのか、さっきまでのしゅんかんしゅんかんの歓声、よろこびはない。

 まだ最終的な勝利を測りかねていた。


 そのとき。


「なにか、来るわ!」


 アイオリアが指さすのは戦線の正面だ。そこに、


「なん、だって……まだ、ドルギア軍がいるのか!」


 見渡すかぎり、鑓を掲げた徒歩の兵が連なっている。いっせいに声を上げると、


「ぉぉぉぉおおおおおお!」


 戦場が揺らいだ。


「来る……!」


 新たなドルギア軍が駆け足で迫りくる。多くはないが騎馬もいる。

 土埃を上げながら殺到するドルギア軍。

 援軍が到着したのか。


「いや! あれは……砦を包囲していた、抑えの部隊だ!」


 東の砦を背後に陣を布くしかないドルギア軍は、後方に砦の抑えとして千人を置いていた。それを呼び寄せたのだ。

 本隊を追い越し、戦場へと駆け出していく兵たちを背後から見ながら、


「……さあどうする。これが最後だ、アイオリアよ」


 ケルスティンがつぶやいた。

 向かい風に、前髪を払う。

 長い金色の髪が風になびいて舞った。


「あのドルギア軍がこっちの鑓隊を突き崩したら!」


 アイオリアの声が悲壮に上ずる。

 言われるまでもなく、これまでの勝利が水泡に帰してしまう危機だ。


「くそ! あと少し、あと十分もあれば……!」


 包囲された敵の鑓隊は、もう武器を捨てて逃げ出す兵も出始めていた。もう少しで完全に崩れる。

 そう予想したところへ、ドルギアの砦包囲部隊が駆け付けて来た。

 戦線へ、達する。


「ぅぁぁあああああああ!!」


 双方の怒号が混じり合う。

 新たな増援部隊に、ドルギア軍が活気づく。

 いっきに盛り返してくる。崩れる寸前の鑓隊に、援軍が来る! あとわずかがんばれば勝てる! その希望が点ったからだ。


 逆にリュギアス軍は、攻撃力がみるみる低下していく。


 ドルギア軍は三千のうち包囲軍一千を抜いた二千が戦列を布いていた。

 対するリュギアス軍はもともと二千のすべてが戦列に連なる。

 ようやく敵二千を圧倒するというところへ、新たな一千が現れる。攻めかかってくる。すでに一時間以上戦い、疲労もある。

 敵一千はまっさらな援軍だ。

 見かけの数以上の攻撃力を持っていた。


「まずい! 左翼が……!」


 浮足立つ市民鑓隊。

 いちばんの懸念が表面化してくる。

 右翼の正規鑓隊はまだもつとしても、左翼が崩れたら。


「逆にこっちの戦列がガタガタになる。包囲されかねないぞ……!」


 ギリッ、歯を噛み合わせる衝太郎。

 だがもうリュギアスに兵はない。

 五十人にも満たない、アイオリアと衝太郎のいるこの本隊しか、ない。


「どうなるの! どうするの、衝太郎!?」


 またもアイオリアの顔が不安に曇る。

 必死に保っているが、いまにも泣き出しそうだ。


「まだ、まだだ……まだ!」


 アイオリアの手に、手を上から重ねて衝太郎が言う。声の震えをこらえる。全身の震えも。


(まだか、まだ……!)


「鑓隊が、全滅しちゃう!」


 アイオリアの声は悲鳴にも似ていた。

 衝太郎にも見える。

 前方に展開する鑓隊の戦列が崩壊すれば、この本隊まで一キロとない。いまから逃走に移っても遅いくらいだ。


 だがもちろん、衝太郎は逃げない。アイオリアも。


「……!」


 ふたりともに、息を呑む。

 アイオリアの手に重ねた衝太郎の手、その上にさらにアイオリアがもう片方の手を重ねる。衝太郎も同じようにするとお互い、ギュッ、と握りしめた。


「もうダメだ! 退けぇぇえええ!」


 声が聞こえてきた。

 正規部隊でさえも支えきれない。

 市民部隊はもはや崩れかけ、ひとり、またひとりと逃げ散る者が出始める。しかしその者もまた、ドルギアの鑓にかかって絶命する。


「押し込め! 進めぇえ!」


 ドルギアの部隊長が声を限りに叫ぶ。

 雄たけびが沸き起こる。

 もはや前線の崩壊を止める術はないのか。


「伝令を! いや、旗の信号だ! ううううっ」


 衝太郎は焦って伝令を呼ぼうとするが、なにを伝えていいのかも思い浮かばない。


(いますぐこの馬の尻を叩いて戦場から脱出するか!? アイオリアだけでもなんとか逃がして……)


 馬の鞭を手で探ろうとして、その手をアイオリアの手が止める。


「アイオリア」

「お願い、衝太郎! 放さないで!」


 アイオリアは振り返りながら半身になって、衝太郎に身をぶつけるように密着する。痛いほど抱きついて来る。


「ごめ、ん」


 衝太郎もまた、アイオリアを抱きしめる。

 アイオリアの髪に顔を埋めた。


(間に合わなかった。ダメだった、のか)


 衝太郎が目を閉じ得る。

 いよいよ、敵の雄たけびが間近に大きく聞こえてきた。


(ぅん?)


 ようすがおかしい。

 声がさらに遠くから響いてくるようだ。

 目を開ける。前線の、さらに先から……、


「アイオリア!」

「なに? もう逃げたりしないわ。そのときは、いっしょに」

「違うんだ! 来た! 間にあったんだ!」

「えっ!?」


 アイオリアもまた目を開け、馬首に向き直る。前線をひと目見て、


「なに? あれは! リュギアスの軍なの? いったいとこから……!」


 息を弾ませる。


 ドルギア軍の鑓隊が、逃げ出していた。

 新たに現れたドルギア軍千人の鑓隊。その背後にリュギアス軍が襲いかかっていた。秩序だった攻撃ではなかったが、それでも不意を衝かれ、薄い戦列がたちまち崩壊する。


 これで真に勝負あった。

 崩れかけていたリュギアス軍の正規鑓隊、市民鑓隊がたちまち盛り返す。その場に踏みとどまり、押し返した。


 これによって、包囲されたドルギア軍がついに算を乱して逃げ出す。

 もう止まらなかった。

 千人の増援も前と後ろから鑓を受ける形になり、戦うこともできず鑓を捨てて逃げるほかない。


「すごい! すごいっ! どうやったの、衝太郎っ!」


 アイオリアが抱きついてくる。

 こんどはうれしさのあまり、だ。笑顔さえ戻っていたが、その目に涙もある。


「砦の部隊だ。砦を出て、救援に来てくれたんだ!」


 衝太郎もまた、アイオリアを抱き寄せ、支えた。


(ようやく、間に会った!)


 じつは戦いのまえ、衝太郎はひそかに東の砦へ密使を出していた。

 その内容。


「ドルギア軍の包囲が解けたら、すぐに砦を出て戦いに加わるように、ってな。この平原に陣を布けば、オレたちの軍と砦の間にドルギア軍は布陣するしかない。挟まれるけれど、兵力に勝っているから、砦の包囲は残したままで来るだろうと思ってた」


 じっさいには、包囲こそ解いたが、砦を監視し、出撃してきたら迎撃するための兵を残した。

 しかし戦況の不利から、ドルギアはその兵も使った。

 砦の抑えのための兵、千人を転用。

 百八十度向きを変えて、戦場へ投入したのだ。そのせいでリュギアス軍は一転して窮地に陥った。


 だが砦の抑えがなくなったということは、砦からの出撃が可能になったということ。

 戦える五百の兵は、衝太郎の指示で準備して待っていた。

 砦から撃し、ドルギア軍の背後を襲ったのだ。


「じゃあ、これも衝太郎が考えてたの! すごい、すごい! すごぉおおおい!」


 抱きつくアイオリアが頬までも擦り合わせてくる。

 まるで犬のように。

 アイオリアの長い髪が、衝太郎の顔をくすぐった。


「ぅあ! アイオリア……!」


(でも、危なかったな)


 東の砦は戦場のさらに向こうだ。

 伝令も、旗の信号も届かない。

 のろしを上げる手もあったが、ドルギア軍が解囲しなければ出撃はできないのだから、タイミングは任せるしかない。


 すべてはその場その場のタイミング、機微にどう反応、対応するかが戦場の命運を左右する。


「よし、押し出すぞ!」


 最後の仕上げに出る。

 

すでにドルギア軍は完全包囲されている。

 降伏か、そうでなければ全滅しかない。

 もはや鑓を持って奮戦しているのは、死ぬまで戦うと決めた者だけになっていた。

 他の者は武器を捨て、集団で逃げ出そうとする。そしてリュギアス軍の鑓にかかって命を落とす。


 手を上げている者まで容赦しない光景に、


「ダメだ、降伏して来る者は受け入れるんだ! 捕虜を手に掛けちゃダメだ!」


 衝太郎が身を乗り出して叫んだ。

 そのとき。


これで勝敗はついた?

でしょうか。さて・・

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ