1 出会い
続きです。異世界に転移してきました。
「ぅぁぁあああああああああああああああああああああっ!」
長く尾を引く悲鳴が、自分の口から洩れているのに気付くのと、空気に緑の匂いを感じるのが同時だった。
と思うのもつかのま、
「ほぐっ!!」
衝太郎は乱暴に地面に叩きつけられた。
顔を上げる。
まだかすむ視界に、雑草を通して空が見えた。
「ぅっ、うう、痛たたたたた! なん、だよ、ったく! ……よかった。まだ生きてるな。手も……足もある」
身を起こした。
立ち上がると、身体中が痛い。思わず膝を付きそうになるが、こらえるうちに痛みは遠のいて行った。
見ると、
(んぁ?)
辺り一面の草原。ところどころに木々があり、遠くには鬱蒼とした森がはるかに広がっている。
「こんなところにデカい公園なんかあったっけか」
じつに広大で、どこにもビルや、車など見えない。そもそも人が、
「いや……いた!」
森の中から、現れた。
歩いて。あるいは馬に乗って。
「どんどん人、ってか兵隊、か。出てくるぞ。手に、剣、いや鑓だ。長い鑓を持ってる。盾と、それに鎧を着て、あれって、中世ヨーロッパってやつか」
日本の鎧兜ではない。金属や革で作られた西洋甲冑だ。
「すげえな。映画の撮影か。いつからこんなとこで……」
気配を感じて振り向くと、
「おわっ!」
そちらにも兵がいた。
ほとんどが徒歩の兵士だ。馬に乗っているのは数名だけ。やはり鑓を持ち、全部で、
「百……二百はいるぞ。さっきの騎馬の部隊のほうは、せいぜい五十人くらいか」
ふたつの部隊が向かい合う、その真ん中に衝太郎がいる。
だが、高みの見物とはいかないようだ。
隠れもせず、どうどうと突っ立っている衝太郎に、両方の兵たちが気づいたからだ。
「あ、まずいかな。そうだよね。撮影できないよね。はいはい、いますぐどきますから。にしてもカメラ、どこだよ。ドローンでも飛ばしてる? 監督、誰だ。うんっ?」
(来る、ぞ)
近づいて来たのは、徒歩中心の部隊のほうの兵だ。
ふたり、鑓をかまえながらゆっくり近寄って来る。
その顔。
(日本人じゃないな)
「あのー! 日本でロケしてるんですか? ハリウッド? ヨーロッパの映画? お! ちょ、っと、その鑓、本物じゃないよね」
気が付くともう、鑓の穂先がリアルな金属色、というよりおそらく金属、ちょっと汚れて錆びている、とわかるほどに近い。
(雑兵役なのかな)
一般兵士とみえて、彼らの装備は革の帽子に近い兜と、やはり革のベストのような胸当てだ。金属の鎧ではない。
「えっと、外人さん? 日本語わかる?」
ふたりの兵が顔を見合わせる。衝太郎に向き直ると、口を開いた。
「おまえは何者だ。なぜここにいる。その服装はなんだ」
その言葉を聞いたとき、衝太郎はなんとも不思議な感覚にとらわれた。
(なんだ……吹き替え映画みたいな)
男の言っていることはわかる。日本語に聞こえる。
なのになんとなく、唇の動きと発音が合っていないような気がする。
「オレは、高校生で……」
驚いた。自分の言葉も変だ。日本語をしゃべっているのに、口から出た言葉に違和感がある。
ところが、
「コウコウセイ? 学生か」
次に聞こえた相手の声と言葉は、少しも変ではなかった。唇も言葉もぴったり一致している。少なくとも、もうちっとも気にならない。
「学生っていうか、そうだけど。で、何の映画? 広告かなんかの撮影?」
(こんどはオレの言葉もふつうだ。でも、待てよ。だいたいここって……)
どこなのだ。
「……ええっと、学校終わって帰る途中に街出て歩いてたら」
ブツブツつぶやきながら衝太郎が考えていたところへ、
「わかったの!? なんなの、そいつ!」
新しい声が飛んで来た。
顔を向けると、馬に乗った、
「女のコ……?」
長い髪の少女がこっちへ駆けて来る。
少女とわかったのは、声もそうだが、顔までも目深に包む兜をかぶっていないからだ。代わりに、豪華な銀の髪飾りが目を惹く。
馬の駆け足に合わせて少女の身体も弾む。
長い髪が揺れ踊った。
「女優さんて、やっぱり超きれいだな。意外と好みな顔立ちかも。ハーフとかなのか」
考えているうちに、少女が馬をすぐそばまで乗りつけて来た。馬は、栗毛というのだろうか。明るい色の毛並みが陽に光る。
「やぁ、どうも! ……ぉほっ?」
愛想のいいところを見せようと笑顔を向ける衝太郎だが、改めて騎乗の少女を見て気づいた。
鎧が、ない。
いや、鎧は着ている。胸当てや腰、それに肩や肘など、肝心のところはしっかり金属製の、アーマーで覆われていた。
が、それ以外はずいぶん軽装で、脚などその付け根近くまで剥き出しだし、まるでドレスか舞台コスチュームのようだ。
金属部分の一部は繊細なレリーフの飾りが付けられている。
(お、おぅ! 確かにちょっと暑いけど)
が、そんな少女の刺激的なコスチュームに、関心したり赤面したりしているヒマはなかった。
「おまえ、誰なの!」
衝太郎の首筋に、彼女の鑓が突き付けられる。
尖った切っ先は、いますぐ衝太郎の喉元を掻っ切ることなど造作もない、というふうだ。こっちはむろん、錆びや汚れなど微塵もないピカピカ。
「ちょ! ちょっと、待った!」
(おかしい。こんなに迫力……殺気って、あるものなのか、芝居で)
どっと冷や汗が噴き出す。
異様な臨場感だ。
矛先の向こうに、少女の顔がある。
栗色の髪が陽に透けて赤く燃え立つ。
海のように青い目。高すぎないが、小さくツンと尖った鼻。気の強そうな顔が馬上から衝太郎を見下ろしている。
「姫さま、危のうございます!」
「お下がり下さい、アイオリア姫殿下!」
少女を追って、騎乗の兵士が次々駆けつけて来た。
兜の庇は開けているが、こっちはフル装甲だ。ただの徒歩の兵よりも位が高いに違いない。
(姫殿下……お姫さま、なのか。アイオリア?)
騎兵をぴったりと従え、戦場の先頭を駆けるさまは、さながら、
(勇敢な姫騎士か、無鉄砲なじゃじゃ馬姫って設定かな)
まだ撮影の線を捨てきれずに、衝太郎がそんなことを考えていると、
「なによ! なに見てるのよ、アイオリアのこと! おまえ、無礼よ!」
鑓先がビュッ、と動いて威嚇する。
「っとと! 待てよ! オレはさっきから言ってるとおり、怪しい者じゃなくて、日本の高校生だってば! さいたま市中央区、山の上学園の高等部二年で! ぁ、ほら! そこにカバンもある! 中に学生証だって……」
「二ホン? そんな村、この近くにはないわよ!」
「だから村じゃなくて、国だよ、国!」
「国ならなおさらよ!」
らちがあかない、とはこのことだ。
それに、衝太郎にもしだいにわかって来た。
(映画の撮影なんかじゃない。どこにも撮影クルーが見えないし、それに、なんといったって……!)
じわり、制服の下を汗が流れた。
この場の全部が、なんともいえない空気が、それと告げて来る確信。
「ふぅ……」
衝太郎はため息して、
「異世界だな」
顔を上げた。
まっすぐアイオリアを見る。
「は?」
こんどはアイオリアが戸惑う番だった。
だが衝太郎はかまわず、
「ここ。この世界だよ。異世界なんだろ。ついに来ちまったか! びっくりしたけど、悪くはないな。むしろウェルカムだ! ……ドッキリって線も捨てきれなかったけど、オレなんかハメても少しもおもしろくないし、誰の得にもならないしな」
「なにを、言っているのかしら」
「わかってるって! 異世界から来た戦士を探してるんだよな? こっちから見ればオレの地球や日本やさいたまも異世界。そっから来た超絶能力の戦士が、この際、オレってわけだ。わかる、わかるよ。うん。正直、向こうの世界へ帰りたくないわけじゃない。けど! 仕方ない! この世界の平和のために戦おうじゃないか!」
ぐっ、と握りしめた拳を突き上げて、
「そうか、まぶしい光に目がくらんだと思ったら、ふわっ、って身体が浮いて、どさっ! でここ。それってワープかタイムリープかって……」
しかし、そんな衝太郎のテンションが通じるはずもなく、
「姫さま、おさがりを! なにかたくらんでいるかもしれません」
「どう見ても、異国の服をどこかで仕入れた街の遊び人風情でしょう。みょうに顔や髪がさっぱり小ぎれいですが」
と遮るのは、男の騎兵ふたりだ。
「ぁあ? なんだその、街の遊び人ってのは。まぁ、ちょっと当たってないこともない気がするけどな」
衝太郎は反論しようとして、
「待てよ。百聞は……って言うからな。とにかく見せてみればいいんだろ。あのさ、ちょっとでいい。この鑓を下げてくれ」
そう言うと、アイオリアと騎兵たちに見えるように、両手をかざした。
「ぅー! ぅぅぅ……!」
力を込める。汗が出るほど目を見開き、歯を食いしばって力んだ。が、手からは何も出なかった。目からも。
(やっぱりビームや光線系は無理か。なら……!)
衝太郎はその場で軽くジャンプしてみる。二度三度と助走をつけるようにしながら、
「とぁっ!」
大ジャンプ! しかし、せいぜい五十センチも飛び上がれない。これではバスケットボールのダンクシュートも決められないだろう。
「おっかしいな、じゃあ、素早く動けるとか、重いものが持ち上げられるとか……」
どっちもダメだった。
「はぁ、はぁ、はぁ……フィジカル系もダメか。となるとあとは、未来がわかるとか、人の心が読めるとか」
どんどん、無理そうなほうへ入っていく。
少なくともいま、それと証明できるような超能力は衝太郎に備わっていないようだ。
ばかりか、
「さっきから何をやっている! 姫殿下の前で怪しい動き、控えよ!」
騎兵のひとりが、鑓の矛先を再び向けて来る。
「待て! そうじゃないって、オレは……」
衝太郎は後ずさりしながら無意識に、落ちていたカバンを拾い上げる。が、その動きがまずかった。
「こいつ、動くなと言ったものを!」
騎兵が馬ごと衝太郎に迫る。
馬の大きさ。背の丈。その上にまたがる甲冑姿の兵の、殺気まんまんの、
「ぅああっ!」
(もう……無理!)
すさまじいい圧迫感に、衝太郎は背中を見せると、一目散に駆け出した
また明日投稿します。
よろしくお願いします。