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異世界で料理人を命じられたオレが女王陛下の軍師に成り上がる!  作者: すずきあきら
第四章 東の砦の決戦
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4 開戦

とうとう戦が始まりました。

戦闘描写も、ボリュームも、今回ちょっと多めです。


「ほお。よい陣形だ」


 ケルスティンは眼前に広がるリュギアス軍の戦列を見上げながら漏らした。


「アイオリアめ、よくやる。いやもしかして、あの男か」


 ケルスティンの脳裏をよぎる、前回の戦いの記憶。

 とつじょリュギアス軍に起こった混乱を確かめようと、突出した。

 無謀にも見えたが勝算はあった。

 なにより、その場にリュギアスの王女アイオリアまでがいたことを思えば、絶好の好機だった。

 しかし衝太郎の機転で立場は逆転し、勝てる戦いを捨てなくてはならなくなった。


 そのとき、ケルスティンの心に深く刻まれた。

 衝太郎の存在が。

 見たこともない服装をし、異世界から来た、救世主だと名乗って、とんでもない戦い方をする。


「また戦えるのだな。あの者と。おそらく会える。そんな予感がする」


 場違いに楽しそうなケルスティンに、脇にいた鑓持ちが気づく。しかしケルスティンはかまわない。続けて、


「会える。きっとだ。吾の捕虜としてアイオリアとともに。あるいは屍として、か。いずれにせよ、すぐにあいまみえようぞ!」


 その視線の向こうにいるアイオリアと衝太郎に、言葉を放った。



 布陣したケルスティンの軍は、十個の部隊からなる。


 ひとつの隊は、騎馬が二十騎、弓兵が二十人、それに鑓兵がおよそ百人の塊だ。これが十個で約千五百人。

 ほかに、ケルスティンの本体が騎馬五十騎を含む約二百人。そして予備部隊がふたつで三百人。

 総じて二千人の軍となる。

 本体、および予備部隊を後方に、あとは横一列に、ある程度の間隔をおいて布陣していた。


 リュギアスとドルギア、両軍が布陣を完了してもすぐに戦いは始まらない。

 正午の少しまえ、昼食を取る。

 どちらも敵を前にしては、かんたんな携行食で腹を満たすしかない。


 リュギアス軍は、衝太郎の発案で全員が同じ食事を同じ量とる。そのため、分配も容易で、食事の時間も短くできた。

 メニューはあいかわらず、


「まあ、これ、だよな」


 干し肉、硬いパン、豆、蒸かした野菜、それに水だ。しかし分量はいつもの半分ほどの軽食となっていた。

 すぐに戦いが始まる、そのために空腹は満たすが、満腹になりすぎてもいけない。

 そうして腹ごしらえも終わった午後一時。


「行くわよ! 進めーーーー!」

「かかれ!」


 ついに戦端が開かれた。

 号令とともに、ドルギア軍はいっせい攻撃に移る。十の部隊が、騎馬を先頭に突撃し、リュギアス軍の陣地に殺到した。


「来るぞ、弓を!」

「弓、撃てーーーー!」


 衝太郎の指示でアイオリアが叫ぶ。その命令はすぐに旗の合図となって伝えられる。約一キロ先の右翼弓隊にも届いた。

 いっせいに弓が射られ、矢が放たれる。

 たわんで戻る弦の音と空気を裂いて飛ぶ無数の矢の音が衝太郎の耳まで届いた。


 この弓隊も、以前は各個勝手に射られていた。

 各部隊長の判断、と言えば聞こえはいいが、ようするに弓を射るタイミングも、部隊内での射方も、全部バラバラだったということだ。

 それが統一され、全弓兵二百人が号令一下いっせいに矢を射る。


 威力は数倍になった。


「ぅぉおおおお!」


 怒号を上げて迫るドルギア軍騎兵が、最初の矢の標的だ。

 彼らは小さな盾を左腕につけている。身体の上にかざして防ぐが、それでも矢を受けた何騎かが崩れた。


「おぅぐっ!」


 ブヒィィイイイイ!


 落馬し、転がる者。後方の騎馬に蹴散らされる騎兵もいる。馬に矢が当たって、馬ごと潰れる者もあった。


「やったわっ!」

「いや、まだ」


 しかし倒れた騎兵は二十騎にも満たない。

 弓は三射したところで下がる。そこからは、


「鑓隊、前へっ!」


 鑓の出番だ。

 アイオリアの声と合図で、鑓隊の前衛が鑓をかまえる。前へと突き出す。


「進め!」


 いっせいに前進を始めた。

 しかし前進するのは、衝太郎とアイオリアの前面に位置する、五百人の鑓隊だけだ。

 一列二十五人、二十段の分厚い塊。

 この部隊だけは全員が三メートルの鑓を装備している。


「ほんとうに、これでいいの? だいじょうぶなんでしょうね」


 ここへ来て不安になったアイオリアが衝太郎のほうを振り向く。

 アイオリアと衝太郎は、いつもの、一頭の馬にタンデムで騎乗するスタイルだ。

 本陣は周囲に天幕を張り、日よけの傘まで広げている。ふつうに床几などに掛けていてもいいのだが、


(いざというとき、すぐ逃げられるように、な)


 戦いはせいぜい数時間。その間、乗馬状態でも耐えられるだろう、という衝太郎の判断だった。


「だいじょうぶだ。きっと勝つ!」


 そう答えてアイオリアを安心させる衝太郎だが、


(うううううううう、どうなるんだ。ほんとうにこれでいいんだろうな。ほんとにほんとに……これが、戦場……!!)


 頭で考えるのと、机上でシミュレーションするのと、実際に兵を並べての戦いは違う。まったく、違う!

 頭で考え、机上のシミュレーションを何度も行って確信を得ていても、この戦場の空気だけはわからない。


 まして衝太郎には軍師初体験。

 なにが起こるかわからない。

 逆に、なんでも起きる。本物の戦場はそんな臨場感をみなぎらせている。


(戦場の魔物ってのが、よくわかるぜ!)


 ごくっ。唾液を無意識に飲み込む。衝太郎は思わずこぶしを握りしめ……、


「ふぁっ!? きゃぁあああっ! な、なにやってるのよ! どこさわって……揉んでるのよぉお、このぉ!」


 ドスッ! 例によってアイオリアの肘が衝太郎のみぞおちに刺さる。


「うげ!」


 力が入ったあげく、無意識にまたアイオリアのわき腹をつかんでいたらしい。


「振り落とすわよ!」

「ごめ、ん! わざとじゃないんだ。つい……来たぞ、ぶつかる!」


 言い訳する衝太郎だが、前方の状況にいっしゅんで真顔になる。

 突出した右翼鑓隊に、ドルギア軍の騎兵が突っ込んで来たのだ。

 ついに激突する。


「ぉぉぉおおおおおおお!」


 両者の気合いが迸る。

 騎馬が鑓隊の前衛を蹴散らす。突入する、というところ。


「たのむ、もってくれ!」


 衝太郎が思わず漏らす。

 その期待を裏切らず、鑓隊は全員が三メートルの鑓を前方へ突き出したまま、どっしりと低くかまえる。


 迫りくる騎馬集団は土砂や石をはね散らかし、地響きを立てて、空気までも震わせる。

 馬に乗った騎兵の頭の高さは三メートル以上にもなるし、その物理的な運動エネルギーはそうとうなもの。

 止めようとしても徒歩の人間の数人などかんたんに蹴散らしてしまう。

 馬の蹄にかかるか、突き出された騎兵鑓に射し貫かれるか。

 これに対して、恐怖を抱かない者はいない。


 だが鑓隊は耐えた。

 耐えて陣形を崩さず、密集した槍先を突きつけ続ける。

 この鑓衾に、ドルギアの騎兵のほうが怯んだ。

 あろうことか、敵前で止まろうとした。

 手綱をいっぱいに引き、急制動をかける。


 ブヒヒヒヒヒィィイ! ギヒィィイイイッ!


 馬のいななきが交錯する。

 ある馬は脚から崩れ、ある馬はのめって倒れた。

 止まりきれずに槍衾の前面へ突っ込む騎馬。もとより突っ込もうと、スピードを緩めなかった騎馬もある。


「うぉぉぁああああ!」

「ごぁああああ!」


 悲鳴、怒号、うなり声が戦場に響く。

 その結果は、


「ダメ、か!?」


 衝太郎の心にいっしゅん絶望が走る。何騎かが鑓隊の隊列に突っ込み、喰い込み、突き破るように見えた。


「いいえ、見て! やったわ!」


 しかし、歓声を上げるアイオリア。

 その指さす先で、


「止めた。敵の騎兵を……!」


 敵騎兵は何騎かが突入したが、数が足りなかった。

 たちまち衝力を失って、取り囲まれる。半分も突き破らないうちに、鑓隊の中に呑み込まれて見えなくなった。


 鑓隊の手前で崩れた騎兵は、前進して鑓で刺し貫く。

 逃げられない馬も容赦なく刺した。

 右翼正面の敵部隊、二個が攻撃の中心たる騎兵を失って敗退したしゅんかんだった。


「やった、やったぞ!」


 衝太郎の興奮は、そのまま前線の兵とも共有されていた。


「おおお! おおおおおお!!」


 右翼鑓隊の集団が鑓を天へ向けて突き出し、まだ少し早い勝鬨を上げる。

 それを見た他の部隊も鑓を突き上げ、弓、剣を鳴らし、大声で吠える。


「勝ったの!?」


 アイオリアが振り返る。


「いや、まだだ。むしろ」


(ここから、だ!)


 最初のピンチは乗りきった。だがすぐに次が来る。

 リュギアス軍の左翼へも、敵騎兵が届き、突っ込んで来るからだ。


(もたせろ! もってくれ!)


 心の中で叫ぶ衝太郎。

 それには理由があった。

 騎馬四十騎と合わせ、分厚い右翼の鑓隊五百人は、リュギアスの正規兵だ。リュギアに残っていた、最後の戦力のすべてと言ってもいい。

 これに対して、残りの約千人は、


(臨時に徴兵した寄せ集めの部隊だからな。訓練だって半日とやってない。オレが頼んで、全員に鑓の持ち方と突き方を教えさせた程度だ)


 なかば強引に、それに法外な日当を払うことで街から人数を集めたのだ。

 そのせいで、兵の実態は商人、工人、農民など。歳も、十五歳から六十歳までと幅広い。ふだんは剣も握ったことがなかった。

 そんな連中を集めて鑓を持たせ、戦列を形成させている。

 それほどにリュギアス軍は、度重なる敗戦で数を減らしていたのだ。


 これは賭けだった。

 一歩間違えば、あっという間にドルギア軍騎馬隊に突破されるだろう。

 そうでなくとも、臨時兵の隊列はたった三段だ。横へ伸ばして見かけを大軍に見せている分、縦深はまったくない。

 どれほど縦深をたっぷりとっても、けっきょく全員がパニックになって逃げ散ってしまえば変わらない。

 だから正規部隊のように分厚い陣形はとらなかった。


 かといってドルギア軍のように、いくつかの部隊が塊になって突進するスタイルはもっと向いていない。

 これまでがそうだったが、けっきょく部隊長単位で独自に戦う、なかば勢い任せ運任せの合戦になってしまう。


(そうはしない。野球だって選手を活用する監督の策で勝つんだ。……って、野球やったことなかった)


 衝太郎には勝算があった。

 迫りくるドルギア騎馬隊にも、一般市民部隊は一歩も退かない。鑓を斜め上方へかまえて槍衾を動かさない。

 本来なら、ここで逃げても少しもおかしくないところだ。

 しかし全員が踏ん張った。


 その闘気の源泉は、さきほど右翼の正規部隊が勝ったことだ。

 ドルギアの騎馬隊を三つも引き受けて、すべて撃退した。それを目の当たりにして、高揚感がみなぎっているのだ。

 市民部隊の意識は、ほんとうにやれるのか? から、自分たちもやれる! 勝てる! と自信に変わっていた。


 果たして、


「ぅんっ、おおおおお!」

「どぉぁああああ!」


 左翼一般兵部隊に、ドルギア騎馬隊が突入する。

 と思われたその直前。やはり一部の騎兵が突貫を思いとどまった。

 急制動をかける。バランスを崩して倒れる。馬ごと潰れる。


 そこへ鑓の雨が降った。

 うまく止まれた者も、鑓に追われる。

 半分以下の騎馬が突っ込むが、もはや数の衝力は失われていた。

 たちまち薄い隊列を突き破るものの、多くの鑓に突かれ、貫かれ、打たれ、斬り付けられている。

 それでも残った敵騎兵には、


「アイオリア、騎馬隊を!」


 衝太郎に言われて、


「は、はい! 騎馬、出せーー!」


 アイオリアが我に帰る。

 本体の側にいた騎馬隊を向かわせる。たった二十騎の二隊だが、生き残りで手負いの敵騎兵を討ち取るにはじゅうぶんだ。

 このために、衝太郎は騎馬隊を最後段に拘置しておいたのだった。


「やれる、やれるぞ!」


戦闘がどんなふうに推移していくか、が描写したいので、結構長く続きます。

ぜひお付き合いいただければ~。

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