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異世界で料理人を命じられたオレが女王陛下の軍師に成り上がる!  作者: すずきあきら
第四章 東の砦の決戦
16/34

1 出陣

料理のあとはまた戦いへ

こんどの戦いはなかなか厳しそうです。


 翌々日。


 リュギアス軍はリュギアを出陣した。

 総勢は二千。一日かけて街道を東の砦を向って進軍する。


「こんなので、なにか変わるっていうの?」


 馬上、アイオリアが言う。

 あいかわらず、アイオリアとタンデム乗馬の衝太郎はその背後から、


「行軍隊形だよ。移動中を襲撃されることだってあるかもしれない。警戒するのに越したことはないだろう」


 それまでの、雑然と知り合いどうしが寄り集まって行軍するのを止めて、兵科ごとに固まって列を作っている。

 その結果、列の最前を騎馬が、その後ろに弓隊、鑓隊、このへんはほぼ歩兵部隊と言っていい。そしてアイオリアを含む本隊、また鑓隊、弓隊、騎馬、の順に長く列を作っての行軍になる。


 私語も基本、禁止だから、整然と隊列が進んでいく。

 本隊よりもはるか先を行くのは偵察部隊だ。

 さらに、五、六人の規模からなる部隊が本体の周りを並走している。もちろん周囲を見張るためだ。

 すべて、衝太郎の進言によるものだった。


(やっぱり軍はこういうもんだろ。戦場に着くまえから、戦いはもう始まってるんだ……って、たしか本にも書いてあったし)


 世界史副読本の、古代ギリシアやマケドニアの軍団のイメージイラストが衝太郎の頭の中に浮かんでいた。

 それまでもヒマを見つけては読んでいたが、一昨日の夜からはみっちり読みこんで、頭に全部叩き込んである。


「こんなことしなくたって、移動している途中を攻撃して来るなんてないのに」


 と、馬上、振り返ってアイオリア。


「どうして、そう言える」

「そんなの、卑怯だからよ。いい? 戦はお互い陣を構えて、どうどうと戦うの。日が暮れたら撤収。それを違える者は卑怯、卑劣の烙印を押されて信用を失うわ。信用されなくなったら、その下につく兵もいなくなる。いっしょに戦おうって騎士や武将もなくなっちゃうのよ」


 アイオリアの言葉を聞きながら衝太郎は、


(どうやらこの世界の戦ってのは、スポーツみたいなものなんだな)


 そう考えていた。


「見合って見合って、はっけよい、残った! って感じか」

「なによ、はっけよい、って」

「いや、こっちのことだ。けどな。戦いに作法があるのはいいよ。近代戦だってルールがあるしな」


(捕虜の扱いとか、BC兵器使っちゃいけないとか)


「でもな。いつ誰がそのルールを破らないとも限らないだろ? こっちから破る気がなくても、向こうがルール外のことをやってくるかもしれない。そのときルール違反だ! って叫んだって遅いだろ? ジャッジが止めてくれるわけじゃない」


(たしか、源義経ってそういうので勝ったんじゃなかったか。当時の常識破りって言えばかっこいいけど、ルール違反って感じだったのかも)


 戦争をスポーツのように闘ったとしても、真にスポーツではない


 ルールのこともそうだし、なにより勝っても負けても犠牲が出る。負ければ犠牲はいやがうえに増えるだけでなく、国が滅ぶこともある。


「でも……」

「こっちからルールを破る気はないよ。いまのところはね。でももし敵がルールを破って襲撃してきたときのために、備えておくのは悪いことじゃないさ」


 衝太郎の言葉に、ようやくアイオリアも納得する。


「そうね。なにごとも備えるのは無駄じゃないわ。でもあれはどうなの?」


 と、もうひとつアイオリアの疑問は、


「輜重隊だな。それも行軍隊形を作るためさ。家族や従者がいっしょにいたら、いざというとき戦えない」


 これも衝太郎の提案で作られた、輜重隊=補給部隊のことだ。


 それまでリュギアス軍では、戦いへおもむく兵は、めいめい従者なりを連れていた。

 自分の武器や防具を持たせたり、兵糧などを持参するためだ。

 兵糧は保存食を持ってくるだけでなく、現地での調達も含まれる。在陣が長くなればとうぜんそうなった。


 しかし各人の自弁では、組織的な補給ができない。

 まして、家族を連れてくる者では、女性や子どもまで加わって、統率の観点からも支障をきたす。

 また、経済レベルの低い者、単身者など、従者を持たず、家族も来れない者、ない者では、自分で食料を調達するために駆けずり回らなくてはならない。

 これまた、場合によっては戦いどころではなくなる。


 そこで衝太郎は、補給を一括して行うこととした。

 リュギアス軍の本部は、単に戦うだけでなく全将兵の補給にも責任を持つのだ。

 これなら兵は、戦うことだけに専念できる。

 軍団としても、無駄な従者や家族がいない分、機動力が上がる。補給も総体で節約できる。

 従者や家族も、けっきょくは飯を食うからだ。


 ただし、一足飛びに専門の輜重隊を作るのは間に合わなかったため、今回は各将兵の従者たちをまとめて輜重隊として分離した。

 女性や子どもは参加を禁止し、そうした者がいない兵には軍の本部が手当をする。具体的には、別の者の従者に、日当を払って他の兵の分を分担させている。


「でも、食事っていつものアレじゃない」


 アイオリアが言ういつものアレ。


「ああ、アレだ」


 干し肉、固いパン、煮た豆、蒸かしたジャガイモと人参。水。みごとなまでにアイオリアの館の常食だ。

 ただし分量や、食べやすいようあらかじめ決められた大きさに切り分けるなど、手配は衝太郎がした。

 また、各自が携行しやすいように梱包してある。


「オレだってうまい料理が食べたいし、料理したいさ。みんなにあったかい食事を食べさせたかった。次はなんとかするよ」


 それでも全員が同じ食事をすることで、携行量もコンパクトになり食事の分配なども捗る。

 食事に要する時間も把握できる。


 これまでだと、勝手に肉を焼き始めたりスープを作り始めたりする兵の一団がいたりして、準備を含め、どうしても食事時間がかさむことになった。


「砦のほうはどうなってる?」


 話題を変えて、衝太郎。


「ドルギアの三千の兵が遠巻きにしているみたい。まだ攻めては来ないようだけど」

「砦の兵の数は」

「けが人を除くと、戦えるのは五百人がいいところかしら。それも、包囲されて出てこれないなら」

「なんとかしないと、な」


 むしろそっちのほうが最重要だ。

 補給、兵站をしっかり整備するのは戦う環境づくり、サポートとして重要だが、肝心の合戦に負けては意味がない。


(敵は三千。こっちは二千と、砦に五百、か。けど、こっちの本体二千だって……)


 想像すると、胸が苦しくなる。

 重苦しくなる気持ちを振り払うように、衝太郎は顔を上げ、こぶしを握り締める。握りしめ……、


「きゃぁああっ!」


 とたん、アイオリアが悲鳴を上げた。

 どうやら背後から衝太郎が、そのわき腹を思い切りつかんだらしい。そういえば、


「ぁ……」


 手のひらになんともいえない弾力を感じたところだった。


「アイオリア、ごめ……!」


 あやまろうとする衝太郎に、アイオリアが振り向く。


「衝太郎~!!」


 満面の怒り。けれどなぜか目尻に涙も。


「つい、な。けっこう、こう、つかみやすくて……じゃない、キュッ、と締まってて、ウエスト、いい感じのプロポーションで……」


 言えば言うほど深みにはまる。

 アイオリアの、


「バカぁぁあああああ!」


 叫び声が響き渡る。

 同時に、ズシッ!


「ぐぇっ!」


 アイオリアの籠手が衝太郎のみぞおちに入った。ふんっ、とかぶりを振って、


「おまえは! 早く馬に乗れるようになりなさいよね!」


 また手綱を手にするアイオリアだ。


 そもそも衝太郎がこの陣立てを始め、今回の出撃にさまざま意見することとなったきっかけ。

 一昨日、アイオリアに料理を供したあとのことだ。


『オレに考えがある。こんどの出陣は、オレの言うとおりにやってくれないか』

『はぁ? 衝太郎、おまえは料理人よ。たったいまアイオリアが、あたし専用の料理人って、決めたんだから』

『いや、そうなんだけど。それはありがたく承ってマジがんばるけど……まえの戦いのとき、いくつか思ったんだ。それを試したい』

『試す、って、戦いなのよ。料理人の衝太郎が、戦えるっていうの? 馬にも乗れないじゃない。それは、このまえは、あのケルスティンを相手にうまく立ちまわったって思うけど』

『それだよ。オレは戦えない。弓も剣も鑓も、基本できないしな。だけど、いろんな戦は見て来てるんだよ。いろんな合戦、戦い、戦争のことは、ちょっとは知ってるつもりなんだ』

『どういうこと? 衝太郎、おまえ、向こうの世界でも合戦に参加していたわけ?』

『そうじゃない。うーんと、大河ドラマとか、黒澤映画とか! 司馬遼太郎の小説とかで、な。いちおう、歴史の教科書や資料本も持ってきてるし』

『たいが、ドラマ? しばりょうたろう?』


 いぶかるアイオリア。

 それはそうだ。

 現代日本において、地域紛争レベルだって衝太郎がその現場に居合わせることなんてない。

 大河ドラマが、某公共放送テレビ局の伝統的な歴史時代ドラマ枠だとか、巨匠映画監督の時代物傑作だとか、さらには国民的作家の時代小説なんかを、見たり読んだりしたことがあるだけ、とはさすがにアイオリアに説明できない。

 だいいち、説明して理解されるとも思えず。

『ま! とにかく、だ!』


(もっといっぱい見たり読んだり、しておけばよかった、って思うけど)


『どうだ。もしオレの言うことが間違っていたら、遠慮なく反論してくれていい。オレも別に軍を指揮したいとか、そんなんじゃない。ただ、オレの知ってる範囲で、もっとリュギアスの軍をうまく、効果的に動かしたり防御力を上げたりできるんだ。勝てるかはわからない。けど、負けない、負けにくい戦いができるようになる』


 衝太郎の言葉を、しばらく黙って聞いていたアイオリアだったが、


『わかったわ』


 そう言ってうなずくと、伏せていた目を上げる。


『つまり、戦に勝てるか、勝つかはわたしの役目。わたしの指揮にかかっている、それは変わらないのよね。おまえはそのための準備だったり、整備だったりをして、負けない軍を作る。それならいいわ!』

『ああ、それでいい』

『でもそういうの、なんて言うのかしら。馬に乗れないし戦えないから騎士じゃないし、隊長でもないわね』

『あるぜ、そういうのを、オレたちの世界じゃ「軍師」っていうんだ』

『軍師……』

『基本、戦わないし、それがメインの仕事じゃない。指揮官に仕えて、戦いを勝ちに導く。そうしてゆくゆくは仕える指揮官を、天下人に押し上げることだって軍師はできるんだ!』


 ここぞ、と衝太郎は強調する。

 が、


『やっぱり、おまえはあたしの料理人でいいわ』


 あっさりと、アイオリア。


『ほぁ!?』

『軍師は、そう、わたしがいいっていう範囲内でやること。いい? 衝太郎、おまえはわたしの、アイオリアの、料理人なんだから、ね!』


 と、アイオリアの鶴のひと声で、衝太郎の立場はあくまで料理人。ときどき軍師、となったのだった。


戦うまえの段階でもいろいろやることはあるはず。

補給問題。むしろそっちのほうが重要だったりしますよね。


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