4 任命!姫殿下の料理人
デザートです。
美味しそう(*´ω`*)
そして出て来たもの。
「……わぁぁあああ! これ、なあに!?」
アイオリアが目を輝かせる。
思わず椅子から立ち上がってしまっていた。
その目の前、テーブルの上に置かれたものは、
「スイーツ、って言ったらいいのかな。フルーツパフェって、オレたちの世界じゃ言ってる。果物は数日は平気でもつからな。市場で買って来たものを冷やして、生クリームといっしょに盛りつけた……て、おい、聞いてる?」
衝太郎の説明が耳に入らないほど、アイオリアの目はフルーツパフェに釘付けだった。
ガラスの器に盛りつけられた、色鮮やかなフルーツ。
そのフルーツにたっぷりとかけられた、雪のような、雲のような生クリーム。
ただ白く横たわるだけでなく、生クリーム絞り器を即席で衝太郎が作り、さまざまにデコレートされている。
ある部分は高まる波のように。
ある部分はバラの花のよう。
ある部分は教会の屋根のようだったり、木の葉のようでもあり、また川の流れのようでもあった。
いつまで見ていても飽きない。
「こんな……かわいい! これが料理なの? こんなのステキできれいで楽しくて、食べられない!」
本気でアイオリアが困った顔を向ける。
「そう言わないで、さあ食べてくれ。あったまらないうちに、な」
衝太郎に言われて、改めて席に着くアイオリア。
まだ名残惜しそうにフルーツパフェを見つめていたが、
「えいっ!」
掛け声とともにフォークで生クリームとオレンジをすくう。
パクッ、と口に入れると、
「……っ!!!」
アイオリアの目が驚きに丸くなり、顔じゅうがよろこびにあふれる。
すぐに口を開く気にもなれない。ずっとこの小さな宝石を味わっていたい。別の意味で涙が滲み、無意味に相好が崩れる。
ようやく口を開くと、
「な、なに!? なにこれ! こんな甘くて、冷たくて、口の中です~っ、って溶けて! フルーツがキラキラしてて、おいしくて、おいしくて!! 衝太郎っ、なんなの、これ!?」
つかみかかりそうな勢いで、アイオリア。
「ははは、フルーツパフェ、って言ったろ。パフェはデザートっていう意味さ」
「デザート?」
「ああ。食事のあと、ちょっとした甘いものを食べて〆る。お茶といっしょにな」
衝太郎がそう言うと、ジーベがポットに淹れた紅茶を持って来る。ティーカップに注ぐと、こぽこぽと心地よい音と湯気が立つ。
紅茶もまた、この街の商人たちが一部たしなむほか、他国へ送られて売られるのだと言う。
「紅茶くらい、まえにも飲んだことがあるけど。しぶいだけでおいしくなかったわよ。あたたかいのは、冬にはいいけれど……んっ!?」
ひと口飲んで、アイオリアが顔色を変える。
もうひと口、飲んで、
「おいしい! なぜなの。渋みが甘味みたいで、おいしいの!」
「甘いパフェといっしょなら、ちょうどいい清涼剤にもなるよ。渋いならふだんはミルクを入れるといい。ミルクといっしょに煮出すとコクがぜんぜん違うしな」
衝太郎の言葉にアイオリアがうなずく。
またパフェのスプーンを口に運んで、
「冷たい! でもおいしい! この冷たいクリームは……」
「アイスクリームだな。卵、牛乳、砂糖で作るんだ。市場には氷も売ってたから、作るのはそう難しくなかったよ」
「アイスクリーム……それに、この、香ばしい硬いパンみたいなのは」
「シリアルだな。小麦にオオムギ、米も売ってたから、うまく作れた。あとは砂糖が少し。まぜて固く焼いて、醒まして砕くだけさ」
「すごくよく、合ってるわ! やわらかいアイスクリームと、生クリーム、フルーツは、オレンジ、バナナ、キウイ、それに」
「ストロベリー、ブルーベリー、チェリーだ。アーモンドやナッツを入れることもあるけどな」
この世界では、氷菓というものはたいへんなぜいたく品で、アイスクリームもあるにはあるが、小さな皿にひとつが、衝太郎の感覚で一万円近くもする。
商人たちがたまに食べる程度で、ぜいたくを好まないアイオリアが口にすることはなかった。
また、果物を冷やして食べるという習慣がないため、アイスクリームや生クリームと合わせ、全体を冷やした菓子は前代未聞の味わいだ。
「……おいしかったわ! ごちそうさま」
すべてを平らげ、紅茶を喫すると、アイオリアはもう一度そう言った。
目を伏せ、合掌する。
「おそまつさま、だ。オレもうれしいよ。こんなにアイオリアによろこんでもらえて、さ。作った甲斐があった。料理人冥利に尽きるってもんだ」
「冥利……」
「これに勝るしあわせはない、ってことさ」
「しあわせ……それなら、わたしもしあわせよ! 食事をするのがこんなに楽しくてしあわせな気持ちになるなんて、初めて! これがほんとうの「料理」なのね!」
「うん。感謝の気持ちがそこにあるから、しあわせなんだよ」
「素材に感謝。この街に、人に、世界に、感謝……でも、わたしはいま、衝太郎に感謝したい! 料理のすばらしさを教えてくれた衝太郎に、いちばんの感謝を!」
そこまで言うとアイオリアは急に立ち上がった。
衝太郎を指さす。
「お、おい、なにを」
「決めたわ!」
「えっ」
「衝太郎! おまえをわたしの、アイオリアの料理人にする!」
「料理人? オレが。いや、でも」
「そうよ! 救世主は、続けなさい! けど笹錦衝太郎、おまえはアイオリアの料理人になるの! これからもずっと、料理を……おいしくて楽しい、ステキな料理を、アイオリアのために作りなさい!」
宣言するアイオリア。
「オレが、料理人……アイオリアの」
思っても見なかった。
ただ自分を試したくて、この世界の居場所がほしくて。そしてアイオリアに恩返しがしたくて、一心に料理を作った。
それが、
(向こうじゃ大嫌いだった料理を……オレがこの世界で、作るんだ)
衝太郎にとっても、あきらめかけていた何かが開けた。
この異世界に道が開けたしゅんかんだった。
そのときだ。荒々しく広間のドアがノックされた。
「かまわないわ、入りなさい!」
いっしゅんで、アイオリアが領主の顔を取り戻す。よく通る声で言い放つと、ドアが開き、城兵のひとりがそこに立っていた。
「申し上げます! 東の砦からののろしの合図が届きました。ドルギア軍に包囲されたとのことです。その数、およそ三千!」
「なんだって!」
先に口を開いたのは衝太郎だ。
「アイオリア」
見ると、アイオリアは表情を硬くして動かない。さっきまでのしあわせな表情、空気がすっかりどこかへ吹き飛んでしまっていた。
「……行かなくては、ならないわ」
「行く? 戦争、合戦か、また」
城兵の報告によると、東の砦の近くでもう合戦があったらしい。だが戦いは一方的で、リュギアスの部隊はドルギア軍に待ち伏せされ、壊滅。
ちょうど衝太郎たちが街で見た、出征していったあの部隊だ。東の砦を救援に行くはずが逆に、さんざんに撃ち破られた。
もしかするとすべてがドルギア軍の策略、罠だったのかもしれない。
多くの兵が犠牲となり、また逃げてしまった兵も多く、残った兵がかろうじて東の砦に逃げ込んだのだという。
「それでも、行かなくちゃ。砦を見捨てるなんてできない。それに、ほうっておけばいずれこの街にもドルギア軍が押し寄せてくるはずよ」
「しかし……」
東の砦を見殺しにしたら、この街も大混乱に陥るのは必定。
街を逃げ出す市民が続出するだろう。
そうなったらもう街を守るどころではない。リュギアスの国自体が、なくなるかもしれない。
(砦ががんばっている間に態勢を立て直して、ってのは無理なんだな)
領主たるものは、純粋に戦術的な勝ち負けよりもときとして民心を優先してことをはこばなくてはならない。
それが衝太郎にも、この場に身を置いてよく理解できた。
(なら、どうする……!)
衝太郎はひとつの決心をする。
それは責任をともなうものだ。
ただ自分が損や惨めな思いをしたり、将来が閉ざされるとかそんなものじゃない。他の人の生死にかかわってくる。
それでも、やらなくてはならない。
自分にできることを。できることならば、なんでも。
この世界で生きるなら。
このリュギアを護り、アイオリアにまた、
「うまい料理を食べさせるに、な」
「えっ?」
「アイオリア、聞いてほしいんだ」
そしてまた戦場へ。
厳しい戦いになりそうです。
この戦いはちょっと長いです。
 




