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異世界で料理人を命じられたオレが女王陛下の軍師に成り上がる!  作者: すずきあきら
第三章 タンシチュー、かぶときのこと牛乳のスープに、フルーツパフェ!
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2 ごちそうさま!

料理が出た!

食べます。

ごちそうさま!(*´ω`*)


「お待たせ!」


 広間に衝太郎の声が響く。


 ドアを開けて入ってくるその手に、小さめの鍋を抱えていた。衝太郎の後ろ、ジーベとフィーネが、それぞれ皿を手にしている。


 テーブルのアイオリア。


「ほんと、待ったわよ。いつもならとっくに自分の部屋で食事を済ませているところ。なんで食事なんて待たなくちゃいけないのかし、ら……」


 文句を言うその唇が、途中で止まる。

 近づいてくる衝太郎の手の鍋から、早くも香ばしい匂いが届いたのだ。


「ごめんごめん。予想よりずっと時間がかかっちまった。でももうだいじょうぶ。これからはブイヨンやフォン・ド・ヴォーを作り置きしておくから、ずっと料理もスピードアップするよ」


 ことっ、鍋がテーブルに置かれる。アイオリアの前で蓋が取られると、


「ぁ!」


 ふわっ、と湯気が立ち上る。

 たっぷりと香気を含んだあたたかく湿った空気が、アイオリアの鼻孔を直撃する。


 そんな湯気を通して見下ろす鍋の中。

 とろとろに蕩けたチョコレート色のソースにたっぷりと浸って、肉の塊が顔を覗かせている。


 ごろっ、と大きく切られたじゃがいもとにんじん。面取りするまでもなくすっかり角を丸くしている。

 玉ねぎは半ば溶けて、甘みをソースに染み出させていた。

 緑色のブロッコリーが、鮮やかに目を惹く。


「どうかな。がんばってみたんだけど」


 それとなく衝太郎がうかがうと、


「そ、そうね。なんだか、ずいぶんいい匂い……変わった匂いね。でも熱くないかしら、少し」


 なぜか動揺するアイオリア。声がかすかに震えている。


「だいじょうぶ。金属じゃなくて、この木の匙ですくえばいい。少し熱いけど、息を吹いてさましながら食べるんだ。少しずつなら、口に入れても熱くないよ」


 衝太郎の言葉は、二歳児に言い聞かせるようだ。


 これまでアツアツの料理などほとんど口にしたことがないのだと思えば、アイオリアの戸惑いも理解できる。


「なるほどね、それはいいわね。きゃぁ!」


 なぜかアイオリアが小さく悲鳴を上げたのは、続いて侍女の手で置かれた皿のせいか。

 やはり湯気を立てるスープ。それに、緑豊かなサラダが皿に山盛り、盛りつけられている。


 そしてパン。


「パンは焼いているヒマがなかったから、市場で毎日焼いている店から取り寄せたんだ。ただし、いくつか注文をつけて、店にはないパンになってる。フィーネがさっき取りに行って来たばかりだから、こっちもまだあったかいよ。いっしょに食べてくれ」


 衝太郎の言葉に、フィーネがわずかに頬をあからめながら、コクッ、とうなずく。


「い、いろいろ指図するのね。わかったわよ。それに、いくつも皿を使ってたいそうなものね。まあ、おまえとの約束だし、ずいぶん待たされて正直お腹も空いちゃったから、食べるけど……」


 ちらっ、と衝太郎を見て、アイオリアはようやく木のスプーンを手に取る。

 シチューの小鍋に浸し、まず肉の塊をすくおうとした。


「ぇ……きゃっ!」


 また悲鳴。しかしこれにはわけがある。

 スプーンで丸ごと持ち上げようとした肉の塊が、ぐじっ、ぼろっ、と崩れたのだ。スプーンに残ったのは、ひと口大の肉片だ。


「こんなに、やわらかいの」


 ひとり言のように、つぶやくアイオリア。視線はスプーンの中の肉塊に注がれて離れない。


「食べてくれよ。料理は見てるだけじゃなくて、さ」

「わ、わかっているわよ。なんなのかしら、この匂い。肉の匂いでもない。もちろん、混じっているのでしょうけど、甘そうで濃厚な……」


 そこまで言って、好奇心と食欲に勝てなくなったのか、アイオリアがスプーンを口へ運ぶ。


 肉を口に入れて、


「……!」


 噛み砕いて、咀嚼する。

 ほとんど力は必要ない。口の中で肉がほろほろとほどけていく。それでいて、しっかりと肉の味を残す。

 けっしてドミグラスソースに負けていない。


「な、なんなの。なんなの、この、肉……」

「牛タン。牛の舌だよ」

「牛の、舌!? そんなもの、食べられるところじゃな、ぃ……」


 食べられない、と言いつつ、いまアイオリアは確実に食べたばかりだ。味わい、噛みほぐし、呑み込んだ。

 その味に驚き、楽しみながら。


「野菜も食べるといい。シチューの野菜も。サラダの野菜もうまいぜ」


 こうなると、衝太郎の言うなりにアイオリアはスプーンを口へと運ぶ。


 ごろっ、としたじゃがいも。とろける玉ねぎ。ほっこりと崩れるにんじん。ゆいいつ、シャキッとした食感を残したブロッコリー。


「んっ! ぅん……んっ、こくっ、こくんっ!」


 アイオリアはつぎつぎ手を付け、ソースもたっぷりとすくって飲む。

 濃厚なドミグラスソースにちょっと疲れたら、別の匙でスープを飲む。


「かぶときのこの牛乳のスープだ。胃もたれを防いでくれる」


 言われたとおり、胃にやさしい味わいは、アイオリアにもわかる。


「ぁあ、なんだか安心する。なんていうのかしら。癒される……気がするの」


 サラダは一転、鮮烈だ。


 葉物野菜を中心に、ベビーコーンやミニトマトの冷製サラダ。ドレッシングはオリーブオイルとビネガーを混ぜて。


「酸味がすごくさわやかなの! 胃の中がリフレッシュされるみたい! またもっとお肉だって食べたくなっちゃう!」

「パンも食べてくれよ。シチューのソースをつけて食べるのもうまいんだ」

「ほんとう! パンがこんなにやわらかくて、このシチューっていうのとすごく合ってる。ふたつでひとつの味ね!」


 いつのまにか、アイオリアの表情が輝いていた。


 あたたかい食事で血行がよくなり、赤味の射した頬やひたいには、ほんのり汗が浮かぶ。


「あったまるだろ。身体の中から。それも料理の味わいのひとつだって思うんだ」


 衝太郎が言うと、


「それは、こんなにあったかいから。ん、んぐ……最初ヤケドするのかって思ってくらいだもの。もぐ、ごくっ……熱くなるのはとうぜんでしょう。んっ、ん!」

「食べるかしゃべるか、どっちかでもいいんだぜ。ゆっくり味わってくれよな」

「なによ。食べるわよ。このくらい……もぐもぐ、こくっ!」


 アイオリアはすべての皿をきれいにたいらげた。


 シチューの小鍋についた、スプーンではもうすくえないソースは、衝太郎に言われてパンでなめしとる。

 洗ったように、小鍋がピカピカになった。


「ふ、ぅ……」


 スプーンとフォークを置いて、アイオリアはつい吐息を漏らした。いけない、と、居ずまいを正す。


「完食、だな。きれいに食べてくれて、うれしいよ」


 衝太郎が笑う。アイオリアは、顔を赤らめて、


「食べたことのないものばかりだったから、めずらしいな、って。それだけよ、それだけなんだから!」

「それにしては、夢中で食べてたような」

「衝太郎が作ったんだし、せっかくだから食べてあげなくちゃ、って。だいたい、こんなに手間かければ、おいしいのだって当たり前じゃない!」

「えっ、なに?」

「だから! 手間もかかってるし、おいしいのは当たり、ま、え……」


 そこまで言うと、さっきから赤かったアイオリアの顔が、こんどこそ真っ赤になる。ドギマギするように視線をさまよわせたあと、


「ぁああああ! もぉお! わかったわよ! おいしい! おいしいわよぉ! こんなにおいしいものなんて、食べたの、初めてなんだからぁ!」


 まるで泣くように、アイオリアが声を上げる。

 それだけでなく、


「お肉が、ふつうのじゃなくて、牛の舌だって聞いて、そんなのありえない、バカじゃない! って思ったのに、口の中でほろほろ溶けて、からみついて! 野菜も甘くておいしくて、ほっこりしてとろとろで、ソースが、あんなに濃厚なのに、もっともっとって、食べられちゃうし、スープはほっとするくらいやさしくて、胃の中をなでられているみたい。サラダはさわやかで、シチューで少しだけくどくなった口の中も身体も清めてくれて! パンもふかふかで、ああ、もぉ、ぜんぶ! ぜんぶぜんぶ、おいしいんだものぉおお!」


 じっさい、アイオリアの目尻には涙が滲んでいる。

 ギュッ、と目を閉じると、その涙の粒が頬をころころと伝い落ちた。


「そんな、泣くほどに感激しなくても」

「ううん。味だけ、気持ちだけじゃないの! この身体の……アイオリアの身体の全部が、中から変わっていくみたいな……!」


 不意にアイオリアは席を立つと、のけ反るように伸び上がる。ガクガクッ、と大きく身を震わせ、


「ぁぁっ! ぁぁああああっん!」


 天に向けるような、悲鳴を放った。と思うと、


「お、おい!」

「姫さま!」


 衝太郎が思わず伸ばす、その腕の中に、事切れたように崩れ落ちた。駆け寄るジーベ。それにフィーネが、水に浸した手ぬぐいを差し出す。


「姫さまになにを!」


 ジーベが衝太郎をにらむ。胸元へ片手を差し入れているのは、中の短刀を抜こうとして、だ。


「違う違う! 毒なんか入れてないぞ!」


 あわてて否定する衝太郎。

 が、


「負けよ」

「アイオリア?」


 目蓋を開いたアイオリアは、なんでもなかったかのように身を起こす。

 立ち上がって、


「わたしの、アイオリアの負けね。衝太郎の作った料理。とってもおいしかった。料理って、食事って、おいしいのね。これがほんとうの料理なのね」


 アイオリアの瞳がきらきら潤んでいた。

 艶やかな唇が、しあわせそうな微笑の形を作る。


「だいじょうぶなのか、もう? さっきのは……でも、オレもうれしい。わかってくれて。料理のうまさ、楽しさ、尊さを知ってくれて。オレの料理を味わって、おいしく食べてくれて。感謝するよ、アイオリア」

「姫さま……」


 ジーベとフィーネも、アイオリアの無事、異常のないことに納得したのか、胸をなでおろして、一歩下がった。

 いっしゅん緊張した空気が、もとへと戻る。

 そんな中、


(そう、か)


「衝太郎? どうしたの」

「わかったんだ。いや、まえからわかってると思ってたはずなのに。いま改めて、腑に落ちたっていうか……料理って、感謝だったんだ。感謝のかたまりだ。食べてくれる人をもてなしたいと思う気持ち。もともとの素材に、その命に感謝して。こんなにも素材をおいしくしてくれた調理人にも……」

「料理は、感謝……」

「だから、せいいっぱい美味しく食べるのが、素材への恩返しなんじゃないのかって。料理って、豊かでやさしい、みんなを繋ぐもので……」


 衝太郎の手に、アイオリアが自身の手を伸ばし、重ねる。

 はっとする衝太郎に笑いかけると、アイオリアはその手を胸の前で合わせる。

 目を伏せて、言う。


「ごちそう、さまでした」


 感謝の形。


 素材への感謝。料理人への感謝。そもそも「食」への感謝。食によって生かされている自分への感謝も。

 衝太郎も自然に、同じく手を合わせていた。


(オレも、この世界で生きていくんだ……)


 アイオリアは「負け」と言ったが、勝ち負けではむろんない。


 認められたことがうれしい。

 おいしいと認められ、食や料理の価値を認めてくれた。この世界で、衝太郎の存在が認められ、居場所ができた。


「……どうして」

「ん?」


 ようやく目を開けたアイオリアが、真っ先に衝太郎に尋ねたこと。


「どうして、衝太郎はこんな食事が作れるの? 日本の、高校生はみんなそうなの? どうやっておいしい食事……料理が作れるようになったの?」


 矢継ぎ早の質問に、衝太郎はちょっと面食らいながら、


「そうだな。話しておいたほうがいいかも、だ」


 話し始める。口を開こうとして、


「あ、言っておくけど、日本の高校生男子がみんな、オレみたいに料理ができるわけじゃない。むしろ、少ないと思うよ。食べることは好きだと思うけど、な」

「じゃあ、衝太郎はどうして」

「ああ、うん。……オレの母親は、料理研究家なんだ」


次回はちょっと過去話。

鬱展開ではないのでご安心めされませー。

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