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異世界で料理人を命じられたオレが女王陛下の軍師に成り上がる!  作者: すずきあきら
第二章 メシマズ! この世界の料理はどうなってる!?
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6 メシマズ!

この世界の料理を見て、食べて、衝撃を受ける衝太郎。

レシピで再現したら、きっとまずいと思うw


 ついた店は湖に面した、もとは船の格納庫のような施設を改造したものらしかった。


 ファーレン湖は、日本でいえば琵琶湖ほどの大きさがあるらしいが、行き交う船はそう大きくない。

 嵐のときなど、船を陸に引っ張り上げて屋内へ仕舞う。そのための仕掛けや名残が、建物のあちこちに残っていた。


「へえー、すごいな!」

「いまはもっと新しい、屋根つきの船着き場を作ったから、陸へいちいち船を上げなくてもよくなったの。それでこのあたり全部が払い下げられて……って、ちょっと! あたしの話、聞いてる?」


 アイオリアがそう言うほど、店に入ったとたん、衝太郎はさまざまな匂いや、テーブルの客が食べている物に鼻や目が釘付けになっている。


 店自体も大きい。


(ちょっとした体育館くらいあるな。天井が……)


 高い天井は、放射状に木を組んで梁とした、幾何学的な造作が美しい。

 この構造で大きな天井を支えているのだろう。その分、柱は少なかった。

 もともとは船が多く入るところなのだから、柱がやたら林立していては困る、というのもある。


 もちろん、この大食堂だけでは全部を使いきれるわけもなく、ほかは、別の市場だったり、職人の工房などに利用されていた。


「アイオリアさま、こちらです」


 ジーベがアイオリアをうながす。

 どうやら事前に連絡が行っていたようで、すでに奥に席が用意されていた。

 他の客たちとはやや離れた、特別席だ。


「なんだ。みんなといっしょがよかったな。食べ物も見られるし」


 てっきり、いらっしゃいませ! と迎えられ、席へ案内されるものとばかり思っていた衝太郎はちょっとがっかり。

 だがどうやら、そうしたサービス自体がないようだ。

 客はめいめい勝手に席につき、ウエイターをつかまえてはなにやら注文している。

 衝太郎たちの席には、責任者らしき服装の男が飛んで来た。


「何があるの」


 アイオリアが聞く。


「おいおい、メニューがあるんじゃないのかよ」

「メニュー? なによそれ」


 食品サンプルが店の前のケースに並び、ビジュアルたっぷりのメニューを見ながら選ぶ。そんなのはこっちの世界にはない。


「肉か魚、ウナギがありますが」


 店の男が言う。


「うなぎ!? ウナギがあるのか!」


 衝太郎が驚くと、


「あるわよ。湖は海とつながっていてウナギが獲れるし、昔からウナギは食べられていたわ」


 平然としてアイオリア。店の男に向けて、


「いろんな料理が食べたいみたいだから、肉、魚、ウナギ、どれも持ってきて。ひとつずつよ」


 注文してしまう。


「え、それでいいのか」

「たぶん、この店のいま出せる食事の全部よ。まあ、見てなさい」


 アイオリアの言ったことはほんとうだった。

 しばらくして、食事が運ばれてくる。


「うわぁ!」


 皿が来るごとに衝太郎は興奮したが、その高揚がやがてじょじょに醒め、失望へ変わって行くのにそう時間はかからなかった。


「……この肉料理、なんなんだ」


 衝太郎の目の前には、焼け焦げた肉の大きな塊があった。


 それはいい。

 表面を硬めに強くローストして、中にジューシーな肉汁を閉じ込める。そんな調理法もふつうにある。

 しかし、ちっとも肉の香りがしない。肉の肉らしい、焼かれた脂の匂いがまったくないのだ。

 そのくせ、妙な臭みだけはあって、


(なんだ、これ)


 その懸念はナイフを入れると確信に変わった。

 とにかく硬い。

 その硬い肉を切り分けると、中身はぱさぱさしてまったく脂分がない。赤味の肉をただ焼いても、ぜったいにこうはならない。


「いちどボイルするのよ。それから焼くの」

「なんだって。そんなことをしたら、肉のうまみが全部出ちまうぞ。それから焼いたって、ただの硬い肉……だからこれか」


 納得だ。しかし納得できない。


「肉汁って言ったわね。獣の肉から出る汁や脂なんて、とても食べられないわよ。だからいったんゆでて、そういうのを全部落とすの」


「えええ!」


 アイオリアの言うとおり、この世界では肉汁は不快で不味いもので、そんなものを食べるのは野蛮な異国人くらいとされているらしい。

 あるいは街でもかなり下の階級の者か。

 だから衝太郎が館で食べた干し肉も、こんなふうに一度茹でて肉汁を全部落としたものだったのだ。


「そうなんだ。しっかし硬いな。そのうえこの量。ほんとに一人前なのか」


 料理がそうだから、なのかわからないが、とにかくひと皿が大量だ。

 食べる者=客を満足させるというのは、分量による、と考えられているらしい。

 大量の肉と苦闘しながら、衝太郎が顔をしかめるのはもうひとつ、


「それにこのソース、なんだか辛いような甘いような……」


 どろっ、としたなんともいえない土色の液体が肉にかかっているのだが、かなり強烈な味だ。

 たとえていえばコショウと唐辛子とニンニクがこまかく刻まれ、あるいは摺り下ろされてたっぷりと。


 さらにターメリックやナツメグ、リカリスなどのエスニックスパイスも感じる。

 口に入れたとたん、七色の虹が頭にかかるような、複雑かつ刺激的な味。

 肉の味が単調(というよりほぼ、ない)分、こんなソースをかけて食べるのが本式なのだろう。

 しかしその味は、


「すげえ……まずいとかひどいとか、もうそんなんじゃないな、これ。食べる者を驚かせようとしてるだろ」


 辟易して言う衝太郎に、


「そうよ。たっぷりスパイスが使われてるでしょう。商人たちは交易であちこちのスパイスを手に入れられるわ。場所によっては通貨みたいにも使えるのよ。スパイスって富の象徴みたいなものだから、食べる人を驚かせるためにいっぱい使うの。それが高級料理の証拠なのね」


 アイオリアが説明してくれる。

 もっとも庶民のほうは、そんな高級スパイスてんこもりと無縁だから、ただ肉を茹でて焼くだけらしい。


 さらに過酷ではある。


「アイオリアのも食べて見る?」


 ぐったりしている衝太郎に、アイオリアが自分の皿を差し出す。ほとんど手をつけていない、それは、


「ウナギ、だよな」


 衝太郎が見ると、白っぽいスープの中に白く変色したウナギがでろん、と入っている。


(ウナギ、三枚におろしたりしないんだな。まるごと煮込んである……)


 ごくっ。食欲とはまた別の意味で喉が鳴り、


「い、いただきます」


 衝太郎はスープをひとくち。

 そしてウナギの身をフォークで切り分け、口に運んでみる。


「んぐ、んぐ、もぐ、ぅぐ……やわらかい、ていうか、身がどろどろに溶けてる。これ、牛乳に……」

「そうよ。牛乳漬けのウナギを白ワインで煮込んだもの。ウナギを使った食事ではいちばん有名なものね。ほかに……」


 ジーベやフィーネたちのためにたのんだ皿を指さし、


「そっちのは油で揚げたウナギを砂糖とワインで煮込んだものね。パンといっしょに食べるわ。それからこっち、細かく切ったウナギに、赤ワインとシナモンとパンとショウガのソースをかけたもの、だったかしら」

「うへえ……」


 つぎつぎ紹介される料理のトンデモぶりは、もう衝太郎を驚かせない。

 しかし食べずに判断するのもよくない。

 と思ってひと口……。


「……ごちそうさまでした」


 見た目どおり、の味だった。


(なんっだ、こりゃ! これじゃ、アイオリアが食事を楽しめないってのも無理はないっつーか。すごいわ)


 ちなみに、ウナギを油で揚げた料理は、純度の低い、しかもおそらくは何度も使いまわされた油のせいで、もったりベタついて、本来のウナギの味がまったくわからない。

 もうひとつのほうは、生のウナギをたたきにしたような料理だが、ソースがやはりドロッ、と強烈で、ソースの味しか舌に残らない。


 じつはこれらのリュギアスふうの料理も、衝太郎のもといた世界、地球の中世ヨーロッパでも標準的な料理だった。

 というのは、衝太郎が館へ戻ってから、わかることだ。


「ほ、ほかには」

「ニシンの酢漬けはどう?」

「いただきます……ごちそうさまでした」

「ローストビーフ」

「ぜひ! ……ごちそうさま」

「プディングもあるわよ」

「……ごち」


 つぎつぎ、料理を試してみた。


 後半の三つは、別にまずいとか強烈だったわけではない。強いていえばふつう。衝太郎の世界で食べられているものとさほど違いはなかった。


 ニシンの酢漬けは、甘酢につけたニシンそのもの。トマトやピクルスを添えたり、それをニシンの身で巻いたりするアレンジもあるらしい。


 ローストビーフは今回、衝太郎が食べた料理の中ではもっとも、まともなものだ。

 表面を硬く焼き、あとはオーブンでじっくり中まで火を通す。例によって塊でどんと出て来るので切ると、中はピンク色で、比較的肉汁が残っている。比較的、なのは、やっぱり焼くまえに、さっとボイルしてあるのだろう。


 プディングは、これもそのまま。小麦粉と牛乳、卵などをまぜてオーブンなどで焼いたものだ。

 焼き立てではないが、柔らかく、パン代わりにどんどん食べられる。


(なんだ。柔らかいパン……プディングもあるんだ)


 衝太郎は思うが、アイオリアはきっと、もっとずっしりと詰まって硬いパンが好みなのだろう。


「……ごちそうさま、でした」


 こんどこそほんとうに、空いた皿に向かって一礼。手を合わせる衝太郎。いちおう自分の皿の、スパイスソースかけ肉塊はなんとか完食した。


「なんなの、それ?」

「それ、って」

「手を合わせて。なにかのサインなの」

「ああこれは、合掌って言って、ほんとは仏教の……いや、感謝の気持ち、をあらわす形だよ」

「感謝の?」

「うん。食事へ、料理へ、食べ物への感謝さ。植物も動物も、みんな生きているものだろ。食べさせてくれてありがとう、ってこと」


 衝太郎が言うと、アイオリアは意外な顔をする。


「じゃあ、牛や豚にありがとう、って感謝するの? ウナギやニシンに? 小麦や卵に? なによそれ。変!」

「変、かな」

「だって、牛や豚は食べられるためにいるのよ。小麦やトマトだって。あたしたちが食べなければ、死んだり枯れたりするだけじゃない」

「うーん、そうか。そういう考えもまあ、あると思うけど」


 ここは争う気はない。

 争う気はないが、


(やっぱり、食に関する考え方も違うんだな。これは気に留めておかないと)


 考えさせられることではある。

 どちらにしろ、


「よくわかったよ。今日はありがとうな。この世界、この街の食がちょっとはわかった気がするよ」


 礼を言って、衝太郎が席を立つ。


「そう。それなら、あたしもよかったわ。……それで、なにを作るつもりなの」


 アイオリアの問いに、衝太郎は考えていたことをようやく口にする。


「それなんだけど……」


じつはこれらの料理、実際の中世ヨーロッパで食べられていたもの。

ローストビーフがいちばんのご馳走だった、とか。

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