5 市場
街の市場へやってきました。
けどまだいろいろ見たり、発見がありそうですよ。
「こんなところがあるのか!」
衝太郎は声を上げた。
そこには朝日を浴びて、肉、魚、野菜、穀物、果物がところせましと並べられている。
「これは豚肉、こっちは牛か。鶏、それに、魚に、ウナギ? 根菜に葉物野菜に、リンゴにオレンジ! すごい、すごいぞ!」
(昨晩、妙な夢を見たんで、起きたら元の世界か、って思ったが、そんなことはなかった、か。にしても……)
興奮する衝太郎に、
「なにはしゃいでるのよ。ここはリュギアの街でいちばんの市場よ。そのくらいとうぜんでしょ」
冷ややかに言うアイオリア。
いちおうお忍びのため、いつもの衣装の上にフード付きのマントを羽織っている。
もちろん、侍女のジーベとフィーネが付き従い、護衛の城兵も付かず離れずついてきていた。
「それにしたって、こんなちゃんとした市場があって、それもけっこう人がいるじゃないか。食材の量も種類も、日本のスーパーにちっとも引けをとらないよ」
昨夜の夢がなんとなくフラッシュバックする。
食材を選び、吟味し、創意と工夫で料理という姿につくり変える。その過程もまた料理、調理であって、方法は無限で果てしない。
「だから言ったじゃない。リュギアはギード大街道一の街だし、ファーレン湖に面した港もあるわ。食べ物に限らず、あらゆる物が集まるのよ。人もね」
「それにしたってすごいな。この賑わいは、ちょっとした日曜のアメ横みたいだ」
「アメ、よこ? まえにも言ったけれど、商人たちは贅沢だし、食べ物も凝ったものを好むのよ。庶民にしたって、余裕があればなにを作って食べてもいいわ。別にそういうのを禁止してるわけじゃないんだから」
「それは聞いたけど、もっとごく一部の人たちだけかと思ってた」
(やっぱりアイオリアたち王侯貴族があんなものを食べてるのは……)
清貧をもって貴しとする。
先王の言葉らしいが、日本にもあるそんな考えが、なにも特別なものではなく、この世界の責任ある上流階級にはむしろあたりまえのことなのかもしれない。
(金銀や宝石に囲まれて、浮かれて騒いで、ってイメージあったけど、こっちの王さまや領主ってそうじゃないんだな。アイオリアのところが、かなり厳しいのかもしれないけど)
「ん? なによ、なにか言った?」
「あ、いやいやいや! ところでその、商人たちはじゃあ、何を食べてるんだ。こっちの贅沢料理ってのも知りたいんだがな」
確かに興味がある。
いちおうはこっちの世界、この街で食べられている料理なら、アイオリアも一度は口にしたことがあるかもしれない。
(同じものは作りたくないし、な)
「それなら、いいところがあるわ。こっちよ」
「どこへ行くんだ?」
「おもに商人たちを相手にした店よ。いろんな食事を出すから、衝太郎の参考になるんじゃない」
「そんな店があるのか!」
衝太郎が驚くと、
「もちろんよ。食事の店も、ひとつじゃないわ。庶民向けから、そういう商人向けのちょっと凝った店、店ではなくて、道端で食べ物を売ってる者とか」
「露店もあるんだ! 見てみたいよ。いや、食べてみたい!」
(こっちの世界にも、いろんな食べ物があるんじゃないか!)
ちょっと興奮して言う衝太郎に、なぜかアイオリアの表情は冴えない。というよりどこかうんざしたようで、
「そんないいものじゃないと思うけど。どっちにしてもいまから行く店の食事を食べて、判断したほうがいいわね」
「おお、すぐ行こう!」
同意し、向かおうとしたときだ。
街を通る街道を、多くの兵が通って行くのが見えた。
アイオリアと衝太郎たちはちょうど市場のはずれにいたから、そこから街道を見下ろす位置になっていたのだ。
「すごい数だな。また戦が?」
と衝太郎。
この世界への出現した際、戦いの真っ只中に放り出された形だったが、こうしてこの世界の軍が出撃、行軍するところを見たのは初めてだ。
「東の砦にドルギア軍が迫っているという報告があったの。小部隊のドルギア兵を見たという砦の者もいて」
アイオリアが答える。さっきまでの明るい表情に影が刺す。
「東の砦?」
「この街から、徒歩で一日の距離にあります。リュギアスの東の国境を守る、要です」
「そこは! ドルギアと境が接しているところなので、いつも、あの、五百人以上の兵がいて、守って、います」
ジーベとフィーネが付け加える。
「そうか。戦いってのは、つねに日常、あるんだな」
ふだん平和な世界にいた衝太郎には、未知の感覚だった。戦争、紛争は遠い世界の映像か、ネットのニュースとしてしか意識されない。
そんなことを考えながら、まだまだ続く兵の列を眺めていた衝太郎だが、
「ん、なんか変、だな」
気がついた。
見れば兵の鎧など防具がバラバラ。武器もそうだ。
鑓を掲げている兵がいるかと思えば、剣しか持っていない兵、それに騎馬の兵もごちゃごちゃに混ざっている。鑓の長さもまちまちだ。
軍隊の行軍といったら、
(部隊ごとっていうか、種類でまとまって行くんじゃないのか。鑓なら鑓、弓なら弓、騎馬は別、とか)
驚いたのはまだある。
列に混じって、明らかに兵とは異なる年寄りや女たちもいることだ。
たいてい大きな荷物を持ったり背負ったり、ときには大八車のようなものに乗せて引っ張ったり押したりしている。
二頭立ての大きな馬車が、荷物を山積みしているものまで。
「どうしたの? 衝太郎」
アイオリアが聞いて来るから、いま感じた疑問を伝えると、
「あれは、食糧を運んでいるのよ」
「食糧? じゃあ補給部隊、とかか」
「部隊じゃないわ。兵の家族とか、雇われた者たちね」
どうやら武器・防具が自弁なだけでなく、食糧などもそうで、それぞれの兵が各自、持参するのだという。
だから家族などがいっしょだったり、裕福な者は人を雇い、馬車いっぱいの荷物を持っていく。
戦いが始まるまえ、戦場で肉を焼くなど、調理を始める者もいるそうだ。そのために調理人を連れていく。また、現地で食材などを調達することもある。
逆に、それらのできない貧しい者は身ひとつで、食事も自分で持てる分だけ。それすらないこともあるとか。
「なんだそりゃ。いちばん大事な食事がおろそかにされてるじゃないか。それに、そんなのじゃいちいち行動するのも大変だし」
(子供までいる。女性に年寄りなんか、逃げるとき、どうするんだ)
シロウトの衝太郎でも想像できる。
「そういうものなのです。軍とは、兵とは」
「あの……ふだんはみんな、街で仕事をしたり、畑を耕したりしていますから、戦いのときだけ、なので、しかたないかな、って」
ジーベとフィーネ。
「そうなのか。でも」
(こんなのじゃ、とてもあのドルギアの、ケルスティンの軍には勝てそうにないような……)
衝太郎の心配をよそに、列の最後の兵が通り抜けて行く。それを見届けるまでもなく、
「ほら、行くわよ! 衝太郎」
アイオリアがもう、くだんの店へ向かって歩き出していた。
次はいよいよ、この世界の食べ物をいただきます。
お楽しみ?に。




