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『羽川こりゅう作品集』

『羽川こりゅう作品集』11.「おとなに なれない ぼくへ(未公開)」

作者: 羽川こりゅう

「べんきょうは しなさい」


 そんな てがみが とどき はじめたのは、まだ ゆきの ちらつく はる まえの ことだった。

 てがみは いつも まっしろな かざりけの ない ふうとうで おくられて くる。

 しらない あいだに ゆうびんぽすとに はいって いて、さしだしにんはーーぼく。

 そんな おかしな てがみは、きまって ぼくが たとえば 「べんきょう したくないなあ」 って おもって いる ときに おくられて くる。

 だから、どこかで ぼくを みているんじゃ ないかと うたがっている。



「いやな こと ほど、そっせん して やりなさい」


 また けさも てがみが とどいた。

 ほんとうに だれが こんな てがみを おくって くるんだろう。

 ぼくは けれども、その てがみを どうしてか よんで しまう。

 みたくも ないし、ききたくも ない ことが かいてる てがみを、きょうも ふうとうから とりだして しまうんだ。

 もしかすると ぼくに なにかを つたえたい ことが あるんじゃ ないか って。

 でも かかれている ないようは あいかわらず ぼくへの せっきょう だ。



「そろそろ、この てがみにも あきて きた ころ だろう」


 でも つぎの ひに とどいた てがみは、いつもとは ちがう ないよう だった。

 いつもは きれいな おとなの じで かかれて いる のに、きょうの てがみは どこか こどもの ような きたない じ だった。

 まるで かきなぐった ような じ。

 ぼくは ちょっと おこられた ような きが した。

 だけど、なんだか すてる きに なれなくて、いつもは よんだら ごみばこに すてて しまう てがみを つくえの ひきだしに しまった。



「もうすぐ、てがみは おくれ なく なる」


 てがみは たいてい いちぎょう しか かかれて いない。

 もっと たくさん かいて くれたら、もしかしたら へんじ だって かけるのに。

 ぼくは だんだん その てがみが とどくのを、いまか いまかと まつ ように なった。 

 けれども、それから てがみは とどかなく なった。


 ひざしが たかく なって、あたたかい ひが つづく きせつに なっても てがみは ついに おくられて くる ことは なかった。

 そのうち、ぼくは てがみの ことを わすれて しまった。


 そうして ぼくは おとなに なった。


 ぼくには きっと ゆめが あったと おもう。

 なりたかった ものが あったと おもう。

 だけど ぼくは きょうも まいにち かいしゃに いって、つかれて ねむる ばかりだ。

 どうして こんな ことに なったんだろう。

 しんやに なっても ぼくは ねむれずに なぜだか なみだが でて きた。

 むかしは たのしかった。

 ともだちと おそくまで あそんで げーむを して。

 けれど、ぱぱも ままも ぼくを おこらなかった。

 ぼくが おとなに なるまで だれも おこらなかった。

 そうして おとなに なったとき、ぼくは まいにち おこられて いる。


「なんで、こんな ことも できないんだ」

「いままで なにを やって きたんだ」


 ぼくは いままで なにを やって きたんだろう。

 きっと なにも して こなかった。

 あのとき がんばれば。

 あのとき もうちょっと べんきょう していれば。

 

 そのとき、こどもの ころに おくられて きた てがみを おもい だして、ふとんから とび だした。

 あちこち ひっこしを して、もう どこに いったかは わからない。

 ぼくは その ひの しごとも わすれて おしいれの だんぼーるを さがした。

 ぼくの へやは じまんじゃ ないけど きたない。

 ものを すてられない せいかく なんだ。

 だから、きっと あの てがみも すてて いない はず。


 あった。

 にまいの てがみ。

 ほかは きっと すてて しまった。

 むかしの ぼくは ものを すてられたんだっけ。

 いつから すてられなく なったんだっけ。

 なんで これだけ のこして いたんだっけ。

 もう ずっと むかしの こと だから、おもい だせない。


「そろそろ、この てがみにも あきて きた ころ だろう」

「もうすぐ、てがみは おくれ なく なる」


 きたない じ だ。

 まるで こどもの ころに かいた ぼくの じの ようだ。

 さしだしにんはーーぼく。


 このときに なって、ぼくは ようやく この てがみが なん なのか わかった。

 ぼくは おちていた ちらしの うらに、ぺんで おなじ ぶんを かいて みる。

 まったく おなじ じ だった。

 まったく おなじの きたない じ。

 この てがみは おとなに なった ぼくが かいた もの だったんだ。

 

 きょうは さんがつ ついたち。

 さいごに おくられて きた てがみも さんがつ ついたち。

 いまの ぼくが きっと かいた てがみ。

 どうして つぎの てがみを おくる ことが できなかったのか。

 ぼくは なみだを こぼした。

 

 まいにち あさ はやく から よる おそく まで はたらいて、まいにち おこられて。

 ぼくは もう つかれて いた。

 いきてる いみも わからなく なった。

 だから みらいの ぼくは もう てがみを かく ことが できなかったんだ。

 みらいの ぼくは そんな かなしい みらいを つたえたくて、だから こどもの ぼくに おくったんだ。

 だれも いわなかった こと。

 ほんとうは いって ほしかった こと。

 それを まいにち、つかれて なきそうに なっても よる おそくに かいて。

 こどもの ぼくに みらいを かえて ほしい と。

 こんな おとなに なっては いけない と。


 ぼくは もう おおごえで ないて いた。

 そうして ぼくは てがみを おくる ことに した。

 

 おとなに なれない ぼくに。


(了)


※2016年7月の結果発表を受けて、正式に選考外の通知を受け取ったため、更新しました。(代理人2016.07.19)

※応募当時、長谷川百合子名義。

※当文章は、当時のデータそのままを掲載していますが、一部、誤字脱字がございましたため、修正いたしました。

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