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007 考察

 自分の家の居間の真ん中にヤグファの街で買った服を着て呆然と突っ立っていた。自分で地球に帰るための魔法を使ったわけではない。誰かに魔法をかけられた感じもしない。大体あんな岩の中にいる人間をピンポイントで地球に送り返すような魔法を使う何者かがいるとは考えられない。


 靴を脱ぎ、風呂場に行って浴槽に湯を満たすべくスイッチを入れた。

 腹は少し減っている。冷蔵庫を開けてチーズとビールの缶を取り出して居間のソファに座る。チーズは六つのピースに分かれた丸い箱に入ったもの。ヨーロッパの穴の開いたナチュラルチーズも好きだけど、独り暮らしにちょうどいいこのチーズが我が家の常備品になっている。赤いテープを引いてチーズの包装を剥き、ビールの缶のプルトップを引いてグラスに注ぐ。缶のまま飲むのも嫌いじゃないけどゆっくり考え事をするときにはグラスで飲む。


 考えなければならないことはいくつもある。

 まず第一に、私がヤグファから地球(こちら)に戻ってきた理由。これは多分なんの根拠もないけれど直感で「質量保存の法則」が世界間で働いたのだ、と思う。世界と世界の間で質量のバランスをとるためにある程度の時間が経つと移動した物体を元の世界に戻す力が働いたのだろう。と言うことは私が着ているヤグファ産の服などもある程度の時間が経てば元の世界に戻っていくのだろう。一応今の時刻を記憶しておく。

 次に、今の私が魔法を使えるのか?使えるならば何をするべきか。


 「お風呂が沸きました」と機械音声が伝えてくる。

 グラスに残ったビールを飲み干し、風呂場に行き、服を脱いで風呂に入る。至福。

 ビールとチーズを風呂場に持って来ればよかったかな?と一瞬だけ思うも自分自身で否定する。独居老人だった知人が風呂場で死んでいたのを発見されたらしいが、結構後始末が大変だったと聞いた。肛門が緩んだ状態で風呂に入った状態のまま死後硬直とか…。

 いや、ヤグファに戻れるのであればこんなところで死んでいる場合じゃないし。


 風呂桶に寝そべりながら人差し指を湯の上に突き出しその先に炎を灯してみた。小さな炎が指先に灯った。どうやら魔法は使える。身体の中の魔素も満タンに近く詰まっているのが判る。


 最終的な私の目標はまず第一に私と私が愛した…私の愛する…どっちだろう?時制が良く判らない…。いずれにせよ(アフト・ネヴァ)とナヴァンを引き裂いた現イルアストの代王の一族に対しての復讐を行うことだ。代王の地位から引きずり落とし、それなりの目にあってもらおう。


 では、その最終目的のために何をすればいいのか?何が出来るのか?


 風呂から上がり、書斎にしている8畳間に行き、新品のノートと愛用のゲルボールペンをデスクの上に置く。ノートを開き、とりあえず思いついたことを脈絡なしに書き綴る。


 日付が変わりそうな頃になって基本の方針が決まった。


第一にすること。 若返る。 …魔法でこれは可能だが、地球の生活を捨てきれるのであれば何の問題もないが、地球に戻ることを余儀なくされるのであれば何らかの手を打たなければならない。 が、いずれにしても若返る。十代後半…十八・九ぐらいが望ましい。


第二にすること。 イルアスト王国の代王を引きずり落とすだけの力を手に入れる。国家の転覆とか国の体制をひっくり返すようなことは考えない。最悪代王の一族を皆殺し,でも仕方がないが、出来れば一般庶民以下の立場に引きずりおろして足蹴にしてやりたい。


第三にすること。氷の中のナヴァンを蘇生させること。今に至るもイルアスト王国の王権は氷の中のナヴァンにあるというからにはナヴァンは死んではいないはず。であるならば蘇生の方法もあると思われる。その方法を見つけてナヴァンを蘇らせる。


 具体的な詰めは明日以降にすることにして、寝ることにした。年寄りに夜更かしはつらい。



 次の朝ミルクティーにトーストとハードボイルドエッグとスライストマトとカリカリベーコンの朝食を摂りながらあれこれ考えてみた。


 まずは経済的な状態。残りあと10年も余命はないと思っていたし、特にしたい贅沢もなかったから、普通に生活して死んだ後は北欧の男に嫁いだ一人娘に残ったモノが行けばいい、と思っていた。なので今現在キャッシュにした場合にどれだけの金がこの手に残るのかを把握していなかった。そこそこ余裕はあるはずだが、例えばイルアスト軍とまた正面切って戦うような事態になった場合、そこそこの火力を手に入れることが出来るだけの財産が有るのか?

 経済的になんとかなったとして、ではそれらの火力を今のこの世界のブラックマーケットで入手できるのか? 私が現役の時であったなら、ブラックマーケットへの伝手は裏の仕事を任せていたルートから当たればそこそこまともなコネクションにはコンタクトできただろうと思う。では今は?私のもともとの仕事は中堅の総合商社の副社長で、70歳の時に退任し、関連の子会社の会長に滑り込み80歳でそれも辞めた。なのでほぼ30年近いブランクがある。実際には裏絡みの仕事は常務から専務になった時に手を引いたから、あれは60歳になるちょっと前だ。……40年のブランクということになるのか…。


 しかし、新興のグルジアマフィア…今はジョージアか…?などではなく、古い馴染の「(パン)」…チャイニーズマフィアなら私の知り合いの孫世代でも話は通りそうな気がする。

 まぁ差し当たりは大火力ではなくて個人用の小火器の調達あたりから始めようか。


 日本刀を左腰に差し、右腰には拳銃のホルスターを下げた正体不明の魔法使い。

なんだか大昔に三橋何某が歌っていたマレーの虎のようにターバンを巻いてサングラスを掛けてみようかという気になるな。


朝食を摂り終わり、シンクで食器をざっと洗って食洗器に入れる。


普段なら書斎でデイトレーディングを始めるのだが、今日は大雑把な値動きだけを見るにとどめ、昨日書き始めたノートに「小火器」の項目を付け加えた。ついでに私自身の「火力」という意味で「魔法」の項目も追加した。


「魔法」と書いているうちに気が付いた。「精霊術」は??


魔法使いとして再覚醒してからこの地球が魔素という点では空気の濃さを地表に比べた電離層なみに薄いということに気が付いた。で、ヤグファから帰って来て魔素の希薄さは相変わらずだが、精霊の密度の高さはヤグファの10倍以上だということに改めて気が付いた。


大きく括ると魔法はモノを動かす力だ。そして精霊術は物事のありようを縛る力である。


具体的にはヤグファにおいて魔法はモノを浮かせたり分解したりできる。ヒトを移動させることもできる。この世界からあちらの世界へも。精霊術は基本あれこれの契約に使われることが多い。例えば奴隷契約とか。


もともと私は転生以前には大魔法使いであった。そして今回ヤグファに戻って分かったのが以前に比して桁違いの魔力を持っていることが判明した。

そしてかつての私は精霊術については基本の一通りはなんとか使える程度だった。今の私はこと精霊術に関しては「超々大精霊術使い」と称しても誰からも指弾されないと胸を張れる。まぁこの地球でそのことを指弾する人物は一人もいないと思うが。


実際に精霊術で何が出来るか?ヤグファでは奴隷契約に使われるように契約に強制力を持たせることが出来る。金銭的なペナルティとかではなく「契約を破ることが出来ない」ようになるのだ。地球でも同じなのだろうか?


精霊術によって契約の強制が可能であるならば、火力以上に私の力になることは間違いがない。つまり『嘘ついたら針千本飲む』と約束したら嘘をついた場合本当に自分で針を千本用意しそれを飲むことになるのだ。


ブラックマーケットとの契約においてこれ以上の武器はない。


私はノートに「精霊術」の項目を書き加えた。

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