表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/11

006 帰還

 齢をとると髪の毛は誰しも細くなり薄くなるのに、髯だけはそうじゃない。しかも齢をとればとるほど皺が深くなって剃りづらい。ましてやシェービングクリームもまともな3枚刃4枚刃の安全カミソリ(死語?)もなく、ガラスの鏡すらない世界ではどうしようもない。まあ誰か知り合いに出会う訳もなくどうでもいいか、と諦めてザリザリとした感触の頬と顎を撫でた。


 ヤグファ3日目の朝。自分の身体をチェックする。特に魔力関係。昨日結構な魔力を消費してみた。どれほどの力が自分にあるのかを確認し、魔法の行使のリハビリをしてみたのだが、意識としてはこのヤグファを離れたのはほんの昨日のこと。しかし身体は地球生まれの年寄りで、九十数年間魔法のマの字も関係なく過ごしていた。なのでどれほど使えるのか、衰えているのかと恐る恐る魔法を使ってみると、あに図らんや(言い回しが古い?年寄りなんだから許してくれ)以前の身体より魔力が強く体内に保持している魔素量もとんでもなく多くなっていた。なので、懸念していたこととは逆方向により繊細なコントロールのためのリハビリが必要と感じたのだ。

ということで起き抜けの身体の中の魔素量がどれくらいあるのかを量ってみる。昨晩寝る前の状態で満タンの約半分量だった。で、現在は…回復している。いや、何かの機器で精密に測った訳じゃないので完全に満タンかどうかはわからないけれど。

ま、これだけ戻れば今日もあれこれリハビリが出来るだろう。精度を高めるリハビリなら魔獣狩りが丁度良いかもと今日の予定を組み立てる。


何度も言うが、リハビリは疲れる。

最大威力で魔法を使うのはそんなに疲れない。いや、疲れない訳じゃないけど、魔法の効果と身体の疲労度がリニアな関係なので納得が出来る、と言うのか。

精緻に魔法を使おうとすると身体はさほど疲労しないし体内の魔素量の減りも少ない。なのに精神的な疲労が凄いことになる。


三日目の夕刻近く、私はかなりの魔獣を狩り、その成果を狩人組合…じゃない、ハンターギルドに持ち込んでいた。昨日ギルド職員であろう女性から組合員…じゃないギルドメンバー以外からも買い取りはすると聞いていたのだ。ギルドメンバー以外からの買い取り額は若干安いらしいが。

買取窓口の職員は私が持ち込んだ魔獣の多さに驚いていた。けれど、実際に私が倒した魔獣はこの3倍に上る。じゃあこの数に倍する魔獣はどうしたのか、って?


爆散したのだ。皮も身も何もかもはじけ飛んでしまったのだ。

朝から魔獣狩りを初めて午後遅くになってやっと売り物になる程度の倒し方が出来るようになり、夕刻近くまで狩り続けた結果がこの数字、ってわけだ。

それなりの金額(多分)を手にし、疲れ果ててもいたのでどうしても風呂に入りたかった。風呂についてギルド職員のお兄さんに聞くとどうやら公衆浴場はあるようだ。だが、スチームバスらしい。湯に入りたいんだが、と言うとそのお兄さんは貴族様の家にはあると聞いたけど、と言う。困ったなと思っていると、話を聞いていた年かさのギルド職員が湯に入れる風呂のある場所を教えてくれた。高級娼館にあると言う。娼館…ああ、女郎屋ね。つまり売春宿だ。

生まれて初めての売春宿に入ったのは高校入学のお祝いに齢の近い叔父に連れられて行った赤線だった。最後に行ったのは売春禁止法が施行される直前、結婚直前だったか、直後だったか。友人に誘われて新宿にあった青線に行ったのだったか。ああ…東南アジア駐在の時バンコクの店にも行ったな。あの店のシステムは店で女性を選んでホテルにお持ち帰りをするタイプだったから、「女郎屋」ではあったけど、売春「宿」ではなかったな…。など益体もないことを一瞬思い起こし、頭を振ってからその情報をくれたギルド職員に礼を言ってから若い方のギルド職員に公衆浴場の場所を聞いた。


熱された蒸気で開いた汗腺から流れ出す汗と垢を擦り落として冷水で引締めればさっぱりする。さっぱりはするんだが。こう…湯に入って何か身体の中の固く絡まりあったものが解れていくような感覚は得られない…。

女郎屋に行って風呂に入るのは…、金については問題が無い。だが、敵娼あいかたを選ばずに妓楼に上がる訳にも行かず、妓楼に上がり選んだ敵娼(あいかた)に一指も触れずに風呂にだけ入って帰るのも気持ちとプライドの上で憚られる。いや、もう立たなくなって久しいのでプライドも何もこの齢になれば無いようなものだけど、それでもじじいでも男の子のプライド、ってあるのだよ。


相変わらず益体もないことを考えながら公衆浴場から昨日のレストランに行く。夜なので軽めのコースと軽い酒を頼む。そこそこうまい。時折視線を感じるが、多分商人のものだろう。剣呑な視線ではないので気にせず食事を続け、宿に帰って寝た。


四日目の朝、髯はそこそこ伸びている。真っ白なのでむさくるしさはさほどではない、と思いたいが、鏡が無いので良く分からない。そう言えば仕事をしなくなり、毎日が日曜日状態になっても朝のルーティンとしての髭剃りを欠かしたことは無かったな、なぜかな?と余計なことを考えた。


今日はまずいろいろな買い物をする。その上でこの街の周囲を探索する。合間合間に魔獣を狩って食い扶持を稼ぐ。と言う予定を立てた。


いろいろな買い物。まずは服だ。特に下着。次に武器。そして防具。その他のあれこれ。

中くらいの規模の商店主が着ている程度の服を買った。もちろん中古だが、それなりの値段がした。下着は新品。武器は片手剣の中の上程度のもの。防具は革鎧と小手。それらを購入し、一纏めに袋に入れて街を出た。しばらく街道を歩き人目が無くなったことを確認してから跳んだ。一昨日の朝この世界に渡って来た時に着いた岩に。


秘密基地、とでも言うべきか。基地と言うほど大仰でもないけれど。その岩の上に立ち、まず意識を岩の内部の空間に届かせて、次に身体を移動させた。


岩の内部の空間の空気を入れ替え、地球から着てきた服を脱ぎ、先ほど買った服に着替える。着心地ははっきり言って良くない。生地は麻で繊維が太く織物として粗い。下着もゴワゴワ。革鎧と小手を身に着け片手剣を佩く。靴は地球のもののまま。一応地元民らしき格好になった。言ってみれば小奇麗な若干懐に余裕のありそうな狩人…じゃなくてハンターに見えると思う。水筒に使う皮袋と貨幣の入った皮の巾着を腰に結び付けてから外に出た。

秘密基地の岩の上に立ち、これから行く方向を見定めてから跳んだ。


このアフトネヴァ原野(自分で言ってて恥ずかしいが、公式名称ならしょうがない)には盗賊が出る。原野の周辺諸国が女神さまのご意向で一切の軍の展開が許されないのだから盗賊はしたい放題である。もちろん街道を行く各国の商人は自衛をするので盗賊も自分たちの力との差を考えて襲撃をするかしないかを決めなければいけないのだが。そして原野の中には大きく3つの盗賊団があるらしい。今日はその盗賊団のアジトを見つけることにした。


したのだが、思うほど簡単にはいかず、なんとなくここらへんかな、とエリアの検討を付けた程度で夕刻になってしまった。一旦街に帰る。風呂に入り汗を流してから夕食を摂る。今迄の宿はもうデポジットの分は宿泊したので、改めて金を入れて部屋を押さえようとしたら今晩は既に満室だと言われた。大規模の商隊が入って来たらしい。仕方がないので街の外に出て秘密基地の大岩に戻った。


寝心地が良いわけではないが外部からの脅威が全くないという安心感は何物にも代えがたく、熟睡した。いつもよりもかなり遅い時刻に目が覚めたと思う。さて、今日も盗賊のアジト捜索か…と思っていると身体が自身の内部に引っ張られるような感じと共に転移した。


地球の元の部屋の中だった。岩の中で寝た時に来ていた服のまま、起きた時に魔素の補充のために握りしめていた魔石を相変わらず手に握りしめたままだった。そしてヤグファに持って行ったあれこれが部屋の中に散らばっていた。


どうやら帰宅したらしい。ただいま。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ