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005 リハビリ2

 商人組合から出てユファールに教えて貰った「そこそこ美味しい普通の店」に向かう。


 食堂と言うには少し気取っているが「高級レストラン」と言うには店構えに格が足りない。朝入った店は肉体労働者をメインターゲットにしていたほとんど底辺に近い店だったが、この店は…もう数段階上の店だ。商店主連中が普段遣いするような。時によれば商店主が気心の知れた相手とざっくりした商談に遣うような店だった。

 

 メニューを渡され、「お奨めのセットを」と頼んでから先ほど商人組合の幹事八社の一つであるユファール商会の商会長殿から得た情報を整理する。


1.イルアスト王国とイサカ帝国は現在国交を断っている。

2.その理由はほぼ100年前のイルアスト王国が引き起こした周辺諸国に無断でのシューファ近郊での軍の展開と戦闘行為がこの世界を統べる女神の不興を買ったため、イルアスト王国は近隣諸国との断交を余儀なくされている、

3.結果イルアスト王国とイサカ帝国その他4国との国境を接するこの原野は女神の直接支配する領域となり世俗のいかなる王権・帝権も関与することが出来ない場所となった。

4.その為街道の整備、中間駅の設置、軍の配備等が一切できず、魔物が跳梁跋扈するエリアになっている。ただし軍が入れないためこの原野に面する土地での防衛線が不要となり、その分各国は防衛費の面で財政的には楽になっている。

5.整備された街道こそないが踏み分け道が発展した形でこの原野に面する5か国からイサカ帝国の西部辺境都市シューファへの道がかろうじて維持されている。

6.その為この原野に突出した形のシューファの街が原野に接する6か国間の貿易のハブ機能を担っている。

7.結果としてこの街はこの百年ほどでイサカ帝国において帝都に次ぐ経済規模を持つ都市となった。

8.この街を出てイサカ帝国内部に向かおうとするのであれば官憲のチェックも厳しいが、原野方面の出入りに関してはかなり安い税を支払いさえすればほとんどノーチェック。同時に門衛も袖の下がらみでトラブルを起こすと簡単に首が飛ぶので無体な要求はほとんどしない。

9.この国の西に広がる原野はその昔名前が無かった。女神の領域でこそなかったが、このエリアにおける王権を誰も認められることが無かったから。がアフト・ネヴァの乱以降誰ともなくアフトネヴァ原野と呼ばれるようになった。イルアスト王国が大反発しているが国交のない国の主張を受け入れる国もないために、国際公式名称としてすでに定着している。ただしイルアスト王国においてはこの名称は使わず、自国の東に広がる原野であるため『東原野』と呼んでいる。

10.イサカ帝国とイルアスト王国の間に正式な国交は無いが貿易自体は続いている。なので民間の噂話としての情報は入って来る。

11.稀代の魔法使いアフト・ネヴァにさらわれた王女ナヴァンはイルアスト王国軍の必死の努力が実を結びアフト・ネヴァの悪の手から奪還されたもののアフト・ネヴァの執念ゆえかナヴァン・グ・イルアストは氷に封じ込められてしまい、今に至る百年をうら若き姿のままでいる。ナヴァンの父王が無くなった後王位継承権第一位のナヴァンが氷の中にいるため継承権第二位のナヴァンの叔父にあたる公爵ガリスバ・グ・イルアストが王権を継承しようとしたが女神の認証を得られなかった。神託の結果は氷の中のナヴァンにこそ王権がある、というもの。従って現在イルアスト王国を実質的に統べているのはガリスバのひ孫にあたるゴロール・グ・イルアストだが、彼もいまだに「代王」でしかない。


 そのほか経済に関することなどいくつか聞き、現在の情勢についてある程度の知識を得ることは出来た。

 ちなみに私が商人組合で話を聞いた女性が「商人組合の幹事八社の一つであるユファール商会の商会長殿」であることは商人組合の建物を出る時に走り回っている小僧の一人を捕まえ小銭を握らせることで得た情報だ。


 得られた知識について考察を…と思っているところに皿が来た。コースと言うほど大仰ではないがワンプレートということも無く、まずスープ、メインディッシュの肉、簡単な口直し。値段に比してどうこうは判らないが悪くなかった。


 基本香辛料の類はそんなに普及していないようで、塩となにがしかのハーブでの味付けのようだ。胡椒とか唐辛子とかスパイス系の味付けは感じない。それでも食材そのものが滋味豊かなのでまぁまぁ満足できる。食後の飲み物は薬草茶だった。ハーブティーと言うには薬臭い。でも不味くはなかったが。


 情報も得た。腹もくちくなった。あとは寝場所を確保してから自分の力の検証か。


 勘定を払う時にお奨めの宿を聞いてみた。いくつかの候補の内一番繁華街に近い宿に行くことにした。朝のスタートが早かったし商人組合での情報収集もスムーズに行えた。遅めの朝食とでもいうような時間に食事を摂ったのでまだ昼にはすこし時間がある。ゆっくりと街の中を歩いていくことにした。


 街の様子は商人組合の建物の中よりはまし、と言う程度に騒がしく、活気のある様子だった。なるほどこれなら早朝から人足共が腹ごしらえをガッツリしておくのも無理はない。あちこちで荷が積み下ろされ、荷車が忙しなく往来し、怒声が飛び交っている。

 90歳を過ぎてからというもの休日の新宿や渋谷の雑踏を歩くことが億劫になっていたが、この街の雑踏も新宿や渋谷の人ごみに負けてはいない。いや、むしろ私がこのカオスの裏に流れるルールを理解していない分、シューファの街の雑踏の方が歩きづらい。どことなく大戦前夜の東南アジアの国の雑踏に似ている気もする。…そう、私がまだ二十代前半の海軍中尉だったころのマレーの街マラッカの雑踏に似ている気がするのだ。

 何十年ぶりかの感慨にふけっていると懐に手が伸びて来るのを感じた。懐に伸びて来た手首を捻る。パキと乾いた音がした。


私の傍らに10歳前後の子供が右手首を抱えて蹲っている。スリなのだろう。多分手首を骨折している。あの様子では暫く稼ぐことも難しかろう、相手が悪かったな。


 レストランでお奨めされた宿は中くらいの程度の商人宿だった。現代日本で言うならチェーン展開のビジネスホテルと言うところか。きちんと清潔に眠れてそれ以上でもそれ以下でもない。さしあたり二泊分の宿賃を前払いして領収書…と言うほどでもないがいわゆる「受け取り」を貰っておいた。後になってから払った、払ってないのトラブルは避けたい。これもその昔のアジアや、いろんな国が宗主国からの独立を模索していたころのアフリカでの経験から得たものだ。

宿屋のおかみに狩人組合の場所を聞く。

 「ああ…ハンターギルドね。」

 「ハンターギルド?」

 「そう。今じゃ誰も狩人組合なんて言わないのよ。ハンターギルド。ま、中身は一緒だけど。」そう言って大きな声で笑う。


ちなみに『ハンターギルド』というのは、イサカ王国の東国境に接する大国マハフリーク教国の言葉である。 

 でも、商人組合は『商人組合』のままで『マーチャントギルド』なんて言ってなかったけど、とおかみに言うと商人たちは流行に敏感なので、かつて10年ほど前までは確かに「マーチャントギルド」とマハフリーク語を使っていたが現在は一周して戻り「商人組合」と称しているそうだ。狩人は脳筋だからまだ横文字がかっこいいと思ってんのよ。ま、あと五年もすれば狩人組合に戻すんじゃない?とおかみが言う。


 宿のおかみが言うところの「脳筋の巣」である狩人組合ならぬハンターギルドに来た。私が朝入って来た門にほど近いところにある大きな建物であった。


 今日の私の目的は「リハビリ」である。こちらの世界でどれほどの時間が経ったか正確なところはまだわからないが、どうもほぼ百年と考えて良さそうな感じがしている。その「感触」を確かなものにして自分自身の記憶ではほんの昨日のこととして覚えている記憶を「現在」のモノにきちんと変えておく必要がある。その為の情報収集が自分自身のリハビリでもある。

 ということでまずはハンターギルドに入った。扉は大きくひらかれている。外から見る中は薄暗かったが、建物の内部に入ればそれなりに照明は灯されており事物の判別に不自由はなかった。

 ロビーと言うか、エントランスと言うか。建物の最初の空間は言ってみれば大きなホテルのレセプションが多少殺気立っているような感じ、か。


 人の数は少ない。まあ昼前と言う時間はハンターギルドにとってはちょうど人のいない時間帯だろうし、私もそれを狙ってやってきた。人の数は多くはないが、どことなく剣呑な気配が漂っている。それは部屋の壁面に雑然と置かれた椅子に身体を預けている男たちのどこかしら値踏みをするような視線から来ているのだろう。

 値踏みもするだろう。私はハンターにしては爺に過ぎる。かと言って何らかのクエストの発注者にしては腰に長物を差している。その上に見慣れない奇妙な格好をしている。ある意味正体不明だ。

 仕事にあぶれたのか、それとも早朝の仕事を片付け終えたのか、酒の匂いをさせながら数人の男達の好奇心にまみれた視線が私に刺さる。


 「すみません、ちょっといろいろ教えて頂きたいんですが…」私がそう声を掛けたのはカウンターの向こうに座っている女性だ。たまたまその人が私が入って来る時から視線をはずさずにどことなく面白そうな表情をしていたからだ。


 「どのようなことをお知りになりたいのでしょうか?」ほんの少しかすれた声に本人も意図していない色気が滲んでいる。年齢は現代地球の欧米人標準で言って30代前半。キツそうな美人さんだ。

 「このギルドへの登録の方法とそれに関するあれこれを教えて頂ければ、と思います。」


 小一時間いろいろ話を聞き、当面知りたいことは知ることが出来た。

 「有難うございました。大体分かりました。」

 「それで、今日当ギルドにご登録なさいます?」

 「いえ、少し様子を見ようと思います。…ああ、それとこの建物および街中での暴力の使用に関する制限をお分かりになる範囲で教えて頂ければ有難いんですが。」私の背中方向で何やら蠢く不穏な気配を感じながら女性に聞く。

 「基本は街中も当ギルド内も暴力は禁止されております。特にギルド建物内での攻撃の動作を行った場合、ギルド員であれば罰則が適用されます。ギルド員でない場合は罰則はありませんが、ギルド員がその防御のための行動を採ることに制限が無くなります。ちなみに攻撃の動作とは武器であれば鞘なりカバーなりをはずす行為。魔法であれば詠唱の開始です。」

 なるほど、と頷いて少し考え眼の前の女性にお願いをしてみた。女性は苦笑しながら立ち上がり私と一緒に建物の外に出てくれた。

 「ここまではご一緒出来ますが、この先はさすがに…」少し眉を顰めながら小さな声で言う女性に礼を言う。

 「いや、ここまで来て頂けただけで大変助かりました。この先は…逃げますので大丈夫です。それではどうもありがとうございました。」そう言って私は突然走り出した。

 ちら、と振り向いて見た女性の顔はポカンと小さく口を開けていた。まあそうだろう。見た目の年齢と大きくかけ離れたスピードで爺が走り出したのだから。

そう、一時的に身体を魔法で「押した」のだ。私の体そのものは相変わらずのもうすぐ百歳の老いぼれの身体でしかない。が、魔法で少しだけ「押す」ことでかなりのスピードも出せる。実際には自分で思っていた以上のスピードだったので、あちこち骨折しかねないほどではあったが。


 ともあれ一気に走り出すことでトラブルを回避し、いくつか角を曲がって追っ手が来ないことが確信できてから徐々に「押す力」を緩め、ゆっくりと歩きだした。


 宿に入るには早すぎる時刻。昼飯はもう食べた。知りたいことの糸口はつかめた。 では次は? 

 

 一旦町の外に出る。またこの街に入るには入境税を払わなければならないが、必要経費だ、仕方がない。街の外に出てしばらく歩く。人目が無いことを確認して道を逸れ藪の中に入って行く。藪を漕ぎながら自分の中の力と自分の外の力を把握するべく努める。 そう、リハビリの次の段階は自分の能力を以前の水準に戻すことだ。でも、もしかすると現状で魔力の総量は過去の自分を上回っているような気がする。先ほどの「押す」力もこの街にはいる時に使った「跳ぶ」力も以前の私以上の強さがあると思われる。なので人目のないこの場所であれこれしてみることにしたのだ。


 あれこれしてみて分かった。今のこの力があれば私はイルアスト王国軍に負けてはいなかった。私たった一人で一国の軍に勝てていた。いや、あの時でも勝てない、とは思ってはいなかったが。でも負けないとも思えなかった。しかし今は負けるはずがない、と思う。

 が、私が何故だか分からないが強くなったようにイルアスト王国軍も今ではもっと精強になっているかもしれない。なので断言はしないでおく。


 ひととおり自分の力を確認できたので街に戻ることにする。そろそろ夕刻が近い。身体からかなりの量の魔素が抜けている。


 街に帰って食事をしてゆっくり休んで、明日は情報の細かいところの穴埋めと自分の力の細かいコントロールを試すか…。


 やっぱりリハビリは疲れるぞ。


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