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004 リハビリ

 門衛に教わったとおりに街の中を歩き、食堂を見つけた。予想していたとおり朝早くから働く肉体労働者をメインターゲットにした店だった。店員と客の応対を店の外から眺めると、メニューの基本は具沢山の汁と芋を蒸かしたものの組み合わせのようだ。席を立った人足らしき男の後に座ると店の娘が注文を取りに来る。「なんにします?」と聞かれたので「あれと一緒で」と隣の男が掻き込んでいる汁椀と蒸かし芋のセットを指さす。3リアルマです、との返しにコートから先程の門衛が釣としてくれた10リアルマ銀貨をわたす。はい、お釣りと渡された7枚の銅貨は表面に1と刻まれ、裏面に知らない顔の王らしき男の横顔が刻印されていた。いや、普通は王の顔が表か。ジャラン、とジーンズのポケットに釣銭を落とし込む。

 一分もしないうちに眼の前の卓に、トレイ、というほど立派なものでもなく雑に作られた長方形の板の上に、湯気を上げる汁椀と芋の皿と先割れスプーンもどきが乗せられて置かれた。

 汁の中の肉は固く、菜は筋張っているが、味は良い。滋味に溢れた、と言えば良いのか、身体に沁みてくる感じがする。空腹が最良のソース、と言うが自分の空腹度合いを差っ引いても雑な料理の割に美味い。芋もヤム芋…ではなく、キャッサバ系の味で結構繊維質が舌にさわるが、そこそこいける。塩と洋辛子があればいいのに、と思ったところで無いものねだりではある。

 あっという間に食べ尽くした。

 肉体労働者の一人前なのでそれなり以上のボリュームがあったのだが、しっかり食べ切った。?身体が若返った? ご馳走様、と日本語で言いかけてこの国の言葉で「旨かった」とだけ言い置いて席を立った。


 門から入って今の食堂で飯を食い終えるまでに自分の知識とのズレをいくつも突きつけられた。隣国の名称。貨幣の改鋳。現在の貨幣価値。キャッサバみたいな知らない食材。そして極めつけは他者からの私への視線に尖ったモノが無かったことだ。どう考えても今の私の格好はこの街の標準的なスタイルからほど遠いものであるはずが、人足共も何も言わない。食うのに一生懸命すぎて他人のファッションに興味が無い、とも思えなくもないが、私の知るシューファの街の住人であれば何らかの興味を示したと思うのだが。

 異国のファッションがそれなりに受け入れられる、ということなのか?


 あれやこれやの疑問を解消しなければ私が思い描く復讐がどこかで躓きかねない。知識と体力と魔法力を隣国イルアスト王国と戦えるレベルに持って行くまで出来るだけ早いリハビリが必要だと強く感じた。


 まずは知識だ。


 記憶は鮮明だが、この記憶は地球時間で97年経過する前のもの。現状のヤグファの実態に即したものではない。あれこれ確認をして知識をアップデートすることがまず第一に必要だ。

 次が体力。この先私が復讐を果たすべき相手を確定し、実際に復讐を果たし終えるまでにどれほどの時間が掛かるのか。そして復讐そのものをどのような形であれ実行するのにどれだけのフィジカルなパワーが必要になるのか。97歳では…無理だろう。若返らなければならない。これが第二。

 三番目が魔法。

 どうやら体に溜まる魔素の量は以前に比べて格段に多いようだ。これが地球人に生まれついたことによるものなのか、或いは伊庭悠馬と言う個体の持つ特異性なのか。魔素の蓄積量が多いとして実際に使える魔法はどの程度のものなのか。二番目の若返りが可能なのか?術式は知っている。多分必要な魔素量も十分にある。では、実際に使えるのか?こればかりは使ってみなければ分からない。そして復讐をすべき相手が私たちに敵対した「かの一族」のみならず、彼の一族が引き継いだイルアスト王国(名前は変わっているかもしれない)そのものだった場合、一国を相手取って戦えるほどの魔法を行使できるのか?前回は行使しきれなかったがために負け、愛する者を失い、異世界に逃避し、百年近くも忘れたままでいたのだ。

 この轍を踏まないためにもしっかりとリハビリを行わなければいけない。


 まずは知識。商人組合に行く。飯屋の女に場所を聞いたので、その方向にゆっくりと歩きはじめた。

 

 商人組合は予想以上に大きく立派な建物だった。まだ早朝の時間帯にもかかわらず大勢の人々が建物に出入りしている。

 これでは世間話レベルの情報収集は迷惑がられて相手にされないかもしれない。そう思いはしたが一応話だけはしてみようと建物の中に入る。

 

 建物の中は外以上のカオスだった。紙の束を持った男や女がカウンターに殺到し、何やら印章を捺して貰ってまた別の所に行く。男と女の群れが殺到しているカウンターは特に列も作られてはいないようなのに、トラブルは起きていない。

 その光景を呆然と見ていると声が掛かった。

 「何かお手伝いできることがありますか?」柔らかい、低い女性の声だった。


 「あー、私は旅の者ですが、一つは安心できる両替商を紹介して貰いたいというのと、もう一つ全般的な情報を得たいと思いましてこちらに伺ったんです。…ただ、この様子を見るに出直した方が良さそうですねぇ…」

 「この混沌を避けるとなれば出直していらっしゃるのは明後日以降にしなければなりませんよ。貴方様の方がよろしければその二点であれば私が対応できますけれど。」

 そう言ったのは中年に差し掛かった女性。姿勢良く、背が高い。意志的な眼差しを持つキリッとした美人さんだった。

 「お願いできるのであれば有難いですが、ご迷惑じゃありませんか?」そう問うと軽く首を振り、あちらへどうぞ、とカウンターのはずれの一角を指す。


 周りの喧騒をよそに私は美女と差し向かいでカウンターの端の角に互いを90度の位置に置くように座り、話を始めた。

 「両替商を紹介して欲しい、ということですが、それは為替関係の話でしょうか、或いは外国のお金の兌換のお話でしょうか?」端的に質問が来た。

 「兌換、ですね。具体的にはコレです。」そう言ってポケットから金貨と銀貨を一枚ずつ取り出した。

 よろしいですか?と断ってから女性は細いけれどしっかりとした指を伸ばし貨幣を摘まむ。手のひらの上で重さを量り、裏表を返して文様を確かめてから貨幣をカウンターの上に置き、私の眼を見て話し始めた。


 「ほぼ100年前に鋳造されたイルアスト王国の金貨と銀貨に見えますね。この一枚だけを両替したいのか、ある程度の枚数をお考えなのか、それによってご紹介できる業者が違います。それとそちらさまのご希望が、兌換率優先なのか、スピード優先か、あるいは信用度と今後の取引も視野に入れての業者選定をご希望か、によっても。」そう言いながら女性の口元は柔らかく微笑んでいる。

 「さしあたり、そうですね、この一枚の金貨と銀貨の両替を信用第一でお願いしたいです。スピードはさほど重視しませんが、昼飯を食いたくなる頃までには何とかしてほしいと思います。」

 「さしあたり、ですか。分かりました。それぞれ一枚ずつであれば私のポケットマネーでも対応可能だと思います。が、金貨は比較的兌換率が確定していますが、この銀貨は評価が割れます。そして私の利益を上乗せさせて頂きますと…、この金貨一枚で現行通貨で860リアルマ。銀貨の方は…そうですね、額面を考えて金貨の半分で430リアルマでいかがでしょう?」

 そう言われてもそれが適正かどうかは良く分からない。ただ、今朝の門衛の話でも50リアルマ大銀貨の価値は現行通貨の7倍から場合によって10倍と言っていた。8.6倍なら妥当だろう、と踏んで首肯した。

 それでは、と女性が呟きゆったりとした服の内懐から金入れを取り出し、カウンターの上に金を並べる。1290リアルマ。金貨12枚と大銀貨1枚と銀貨4枚。私は頷き、その十数枚の貨幣をポケットに落とし込む。眼の前の女性はカウンターの上に金貨と銀貨を置いたまま、次の話ですが…と続ける。「全般的な情勢について、とは漠然としすぎていますが、どのような情報をお求めでしょうか?内容によってご紹介できる専門家が違ってくると思います。」そう言いながら横を小走りに通り過ぎようとする下働きの男の子の腕をつかみ金貨と銀貨を渡して何やら耳にささやいた。そして何事も無かったかのように私に向き直り眼差しで質問を繰り返す。

 

 ここ百年ほどのこの国と周辺諸国、特にイルアスト王国の状況について。そして辺境であるこのシューファの街がなぜこんなに活況を呈しているのかその理由。さしあたりそれらについて知りたい、と言うと、「私でもお話しできる内容かと思います。まぁ、貴方様が私でよろしければ、ですが。そしてその内容であればざっくり半刻ほどの時間でしょうか。そうですね、30リアルマも頂ければ。」


 30リアルマを支払って女性のレクチャーを受けた。実際にそのレクチャーはは半刻を軽く過ぎ一刻になろうとするものであったが、女性は追加の料金を取ろうとはしなかった。


 「両替と言い、レクチャーと言い大変助かりました。ありがとうございます。」そう礼を言うと女性も軽く頭を下げ、「私の方も良い取引が出来ましてありがたく思っております。金貨・銀貨の品質に間違いがなく、あれほど綺麗なものは珍しいので今後もしまた兌換をお考えでしたらユファール商会にお声掛け頂ければ幸甚です。」

 「ユファール商会…。」

 「はい、申し遅れましたが私はレミナス・ユファールと申します。」

 「ああ、こちらこそ。私は…」そう言いかけて首を振り、改めてレミナスさんの眼を見てから言った。「ヤマダタロウというものです。今日は本当に有難うございました。」


 昼食でもご一緒に、と誘われたがお断りした。レミナス・ユファールもしつこくは誘ってこなかった。


 リハビリは疲れる。


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