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011 聖霊魔法

フィリピンからの電話は、大体こちらの希望に沿った対応が可能だ、との連絡だった。ただし、18歳男性とのこちらの希望にはマッチせず、今年15歳になった少年の戸籍なら可能だ、とのこと。そして対価はUS$のキャッシュで3万。ドル紙幣は20$以下のもの、と細かい条件が付いていた。

ちょっとだけ考え、基本はその条件で了解だ、との旨を伝えた。ただいくつかの条件変更も申し入れた。日本の銀行で両替するので偽札の心配はいらないから、100$紙幣がある程度混じるのは了承してほしい。値切らずに言い値を支払うので、戸籍を売った者には後から一切のトラブルを起こさせないように因果を含めておいてほしい。最後に可能な限りその戸籍の持ち主の父親の情報を集めておいてほしい。特に日本の出身地、日本での係累、フィリピンに流れ着くまでの経緯、など。

相手も私の出した条件を飲んだので、交渉は纏まった。

フィリピンの日本大使館にパスポートを申請に行く日を決めた。およそ一か月後にした。私も相手も諸々準備があるのでそれぐらいの日数の余裕が欲しいと言うことで落ち着いた。一カ月経ったあたりで私の準備が出来たらまた連絡を入れる。その後マニラにパスポートを取得させたい少年を行かせるので、その少年から金を受け取り、パスポートを取らせることで互いの了解が得られた。


さて、あとひと月。時間が無い。


基本の戦略としては次の通り。

1.若返る。何をするにしても今の年寄りの肉体のままでは動きにくい。

2.最初は物資補給のために時たまこちらの世界に戻って来るだけを考えたが、どうやら72時間ほどで強制的にこちらの世界に戻されるようなので、どうあってもこちらの世界のまともな(まともに見える)生活基盤が必要。

3.こちらの世界での若返った肉体の生活の基盤を確立する。ほぼ百歳のIDで見た目十代の少年が動き回るのはなにかとトラブルの元。なので、フィリピンでの日本国籍の入手をもくろんで、その筋とコンタクトをした。結果としてどうやらうまくいきそうだ。

4.次にこの世界の武器をあれこれ手に入れ、ヤグファでの効果を確認する。これはいずれ起こすことを想定している、対イルアストの戦争のための準備。過去(つい先日?)の経験からどれだけ魔法の力があっても個人で一国と戦うのは無謀と感じたから。とりあえず小火器がどの程度ヤグファで有効かを確認する。

5.これらのあれこれを実行するために現在の自分がこの世界から上手くフェードアウトしていく段取りをつける。海外旅行中の行方不明あたりが妥当かもしれない…。まぁ、これは今後の検討課題か。

6.そしてそれらの行動の結果として、最後に今現在氷の中に閉じ込められているナヴァンを解放する。…ナヴァンが以前の人格を取り戻すものなのか、そもそも生き返るのかも判らないが。それ以前にどうやったら氷に閉じ込められているものを開放できるのかもわからないが。ま、それはその時の話だ。



 頭の中でざっくりと方針を纏め、とりあえず電話を待つ必要が無くなったのでヤグファに渡ることにする。その前に週に一度我が家に訪れて私の生存確認をするヘルパーさんに数日旅行に出るので不在にする旨を連絡しておく。


 先日あれこれ買い揃えた品物を身に着け、愛刀を手に、72時間分9食分の食料の入った袋を背負ってヤグファに渡った。

ヤグファに渡ってまずするのは肉体の若返り。若返ることは普通の「ものをうごかす」魔法では実現できない。これは「聖霊魔法」と呼ばれる種類の魔法なのだ。通常の魔法と同様に魔素を消費して行うものだけれど、ヤグファにおける女神への信仰が基礎になっている魔法なので、多分これは地球では発動しないと思う。

 さしあたり肉体の年齢を70歳代後半程度に戻してみる。

 出来た、と思う。鏡を持ってくるのを忘れたので顔つきの変化の確認はできないが、触ってみる限り、肌の艶が良くなったような気がする。

 この聖霊魔法はナヴァンに教わったものだ。私自身は通常の魔法に関しては人の何倍もの素質もあり、自惚れではなく、他と隔絶した存在だったと思う。が、聖霊魔法に関してはほとんど一切ダメ、というに近く、例えば自分の指先の血がにじむ程度の切り傷さえも治すことが出来ないありさまだった。でも、それは通常の魔法に関しては、他人を地平の彼方に置き去りにするほどの才能を得た自分へのほんの些細なハンディキャップだと思うと同時にその程度のハンディならむしろ有ってしかるべきだと思っていた。 

 だが、互いに恋するようになった後、ナヴァンは私に言ったのだ。「もし私が怪我をして貴方しか助けて頂ける方が居ない時に、貴方が聖霊魔法を習得する手間を惜しんだがために私を失うことになったとして、貴方はそれを『しかたがないことだ』とおっしゃるのでしょうか?私のことならまだいいです。あなたはそんな人だったのだから、と笑ってしまうでしょうから。でも…私と貴方の間にできた子供に同じようなことが起きたとしたら、きっと私は貴方を許せないでしょうし、それ以上に貴方があなた自身を許せないと思います。お願いですから、努力をなさってみて下さいね?」そう言われてそれ以降聖霊魔法の習得に本気を出したのだった。

 ヤグファの世界を遍く統べる女神についてはその存在を疑う者は誰一人いない。現実に日常生活に明白に女神の恩寵が、みしるしが明示さるのだから。存在が明白でその恩寵にすがりさえすれば聖霊魔法が使えるはずなのに、私にはどうしても聖霊魔法が使えないのは女神に愛されていないからだ、それが人を超えた魔力を得た代償なのだ、と思い込んでいた。

 だが、ナヴァンは言った。女神さまの恩寵を施していただこうと考えてはなりません。いえ、それ自体は間違いではありません。が、普通の人は恩寵を施していただくその見返りとして自分の思いをこれほどまでに捧げます、と考えてしまいがちです。そうではなくて乳飲み子が母親の乳房に何も考えずに只管にむしゃぶりつくように、女神さまの暖かさと包み込む大きさをただもう只管に願うのです。駆け引きとか代償とかそんなものを女神さまは求められてはおりません。幼子のような一途な思いをこそ嬉しがられていらっしゃるのです、と。

 そう聞いても頭でわかってしまう私には本当の意味ですがることが出来ていなかった。小さな傷一つ治せないままでいる私を見てある日ナヴァンは私の目の前で突然小さなナイフを取り出し、黙って自分の手首を切った。吹き出す血にうろたえながら、青ざめていくナヴァンの顔色を眺めながら、その一瞬、私は心の奥底から、何を代償にするでもなく女神にすがった。

 その結果、人の数倍では聞かない私の魔力がほとんど一瞬で枯渇すると同時にナヴァンの傷はほんのわずかな傷跡も残さずに治癒していた。


 ああ、よかった、これで私たちの子供に何があっても大丈夫ですわね、と言ったナヴァンをその時の私は憎み、恐れ、そして愛した。


 それ以来、聖霊魔法は私にとって得意科目になった。魔力を捧げる、とか自分の思いを捧げる、とかではなく只管に縋る。そのことで結局私は傷や病気の治療のみならず、肉体の若返りもできるようになった。が、当時ナヴァンは私がナヴァンと同年代程度に若返ることを許さなかったので、若返りの聖霊魔法を実行することはなかった。


 そして今、ナヴァンを取り戻すために私は若返ろうとしている。まずは二十歳ほど。そして最終的には15歳にまで戻ることになる。


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