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001 覚 醒(地球にて)

あと数年で一世紀を生きたことになる、と97歳の誕生日を数日後に控えて私はなんとなく自分の来し方を振り返る気分になった。

物心ついてから殆ど後ろを振り返ることをしてこなかった私だが、さすがに百歳が近づくとこういう心境になるのか、と自分を笑うような気分になった。

妻は20年以上前に亡くなり、一人娘は50年以上前にヨーロッパの小国の男と結婚してその国で暮らしている。この前会ったのは10年以上前になるだろうか。娘からは数カ月に一度思い出したように近況報告やこちらの様子を問い合わせるメールが来るが、考えてみれば娘にしたところでそろそろ70歳になる婆さまだ。もうわざわざアジアの端の島国まで父親の顔を見に来ることも有るまい。

自分の葬式を簡素に済まし、残った財産を一人娘の手元に行くように、既にあれこれの手配は済ませてあるので心残りはないが…。それも単純にポックリ逝けば、のこと。相当の介護を要する事態になった場合の対応も知人の弁護士の事務所に依頼してはある。が、自分の直接の知人だった弁護士は既に鬼籍に入り、その息子も形ばかりの所長で実質その弁護士事務所を切り盛りするのは孫の世代になっている。

多分、きちんと処理はしてくれるだろうけれども血の通った対応は望む方が間違いだろうな、と小さな溜息をついたら突然思い出した。



私は魔法使いだった。


何を言っているのか自分で自分の正気を疑うが、私はかつて確かに魔法使いであり、ここではない世界で国ひとつと争い、負けて逃げ、追い詰められてそのあげくにこの世界で産まれる寸前の私に転生したのだった。


今突然に私は転生前の自我を取り戻した。

同時にこれまでの自我を失うことも無く。

97歳になろうとするアジアの島国の国民として生きてきた伊庭悠馬としての意識と同時に並行して、31歳のヤグファ世界のかなりの力を持つ魔法使いの私アフト・ネヴァがいる。


ほとんど反射的にヤグファ世界への転移をしようとして踏みとどまった。今の自分自身をしっかりと見つめ直す。現時点で96歳11か月と27日の年齢。肉体年齢としては80代前半、若しくは70代後半だろうか。この肉体を保ったままでヤグファ世界への転移が果たせるのか?この肉体がその衝撃に耐えうるのか?

自分の意識ではほんのつい先ほどのこと、イルアスト王国の軍団に包囲され十日以上もの間体力、気力、そして魔力を削られ続け、もうこれで終わりという一瞬に意識だけを飛ばして今いるこの身体に転生した。逆子で臍の緒が首に巻きついて既に魂が抜けたところに滑り込んだのだった。この世界の時間軸で見てほぼ97年前。アフト・ネヴァの主観で見るとほんの昨日の事である。


改めてこの世界をアフト・ネヴァの眼で見てみる。

恐ろしく魔素の少ない世界だ。元の世界の魔素濃度をこの世界の海抜0mの空気中の酸素含有率とすれば、この世界の魔素濃度はチョモランマの頂上よりも薄く、ほぼ成層圏並み…いやむしろ電離層なみと言っていいほどだ。


今の私の体の中の魔素を確認してみる。アフト・ネヴァが身体に貯められる魔素量にしてみれば極々わずかとしか言えない程度。ほぼ97年をかけてこれだけの魔素を蓄えることが出来、その結果として伊庭悠馬の身体にアフト・ネヴァの意識が戻ったのだろう。

今の私は魔法を使える。この魔素の異常に希薄な世界においてさえも。しかし、もしヤグファ世界に戻るのであれば行使は一度きり。失敗すればそこでノーチャンス。

身体の中の魔素の量と状態を確認するに例えば錬金魔法を使えば1トン程の鉛を同量の純金に錬金することも可能だと思える。が、もう少しで100歳の男で当面の生活に窮してもいないのであればその必要はない。では若返りは?少し考える。多分この魔素量であれば10歳は肉体的に若返ることも可能とは思える。が、87歳になってそれで終わりで嬉しいか?

自分を転生まで追い込み、愛する姫を自分から引きはがし、多分姫に授けられた王権を剥奪したイルアスト王国のあいつらに復讐をする。そのうえで私の愛した…いや今でも愛しているナヴァン・グ・イルアスト姫のその後がどうであったのかを確認する…。この案は魅力的だった。いや、私にとってはこの選択しかなかった。


ヤグファ世界のイルアスト王国の僭王に、若しくはその末裔に復讐をするために。そして私亡き後のナヴァン姫の去就を知るためにヤグファに戻る。私はそう決めた。



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