第5話
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侵略者
その名を聞いた瞬間、記憶の奔流が頭の中に流れ込んだ。
そうだ、思い出した。全て思い出した。俺はあの日・・・自衛隊基地の一室にいたんだ―――
「人類の命運は―――君たちロリコン紳士に託された。」
某県、自衛隊基地の一角、ブリーフィングルームに集められた50人ほどの男たちは、あまりの突拍子もない言葉に、皆、沈黙していた。
声の主、鷹のように鋭い目つきのスーツを着た男は、そのポーカーフェイスをまったく崩さずに、ゆっくりと、もう一度言った。
「ロリコン・・・いや、君たち、“少女の専門家”に協力を仰ぎたい。それが、我々政府の統一見解だ」
思い出したかのように、部屋の中がざわつき始める。
(あのオッサン、本気で言ってんのか・・・?)
(でも、“女児力”ってのを解明しないと、人類がヤバいってのは、本当みたいだな・・・)
(オ、オオオレロリコンじゃねーし!違うし!)
(失敬な・・・!拙者はどちらかというと、ペドフェリアでござるのに・・・!)
それぞれが思い思い声を上げる中、誰かが疑問を投げかけた。
「協力を仰ぎたいって言われても、具体的に俺たちにどうしろっていうんだ・・・?」
それもそうだ。ロリコンと一口に言っても、ペドフェリアから女子高生好きまで、あるいは、様々な指向・フェチズムの持ち主がいる。そのようなバラバラな人間を集めて、一体何をしろというのか。
しかし、鷹の目つきの男は、その質問を待っていたかのように、淡々と告げる。
「・・・そうだな、君たちにはまず―――」
「女子小学生になってもらいたい。」
室内がざわめきが増す。
女子小学生になる?一体どういうことだ、女装でもしろというのか―――
「女装ではない。言葉通り、本物の女子小学生になる、ということだ。“クローン生体”と“脳移植技術”・・・現在の医療技術をもってすれば、実現可能なことだ。」
「で、でも、なんで女子小学生になる必要が・・・」
「先ほども言ったように。侵略者は全員、12歳以下の女児の姿をしている。それに紛れ込むためだ。」
「紛れ込むって・・・まさか」
「そうだ、君たち女児専門家についてもらいたい任務、それは―――」
「女子小学生になって、《ヴィ・ロン》に潜入し、“女児力”の調査をすることだ。」
そう言うと、鷹の目つきの男は指をパチンと鳴らす。すると、室内前方のスクリーンに、東京都周辺をあらわした戦略図が映し出される。
「正確には、《ヴィ・ロン》に占領された東京23区への潜入、状況確認と、奴らの戦力の源である“女児力”の調査だ。それを行うには、女子小学生の姿になって潜入するのが、最も効率的だと、我々は判断した。」
(そ、それはそうかもしれないけどよ・・・)
(俺たちに潜入捜査なんて、できるわけないよな・・・俺なんか、ただのヒキニートだぞ・・・)
(し、正体ばれたら、拷問とかされちゃうんだな・・・)
(エロ同人みたいに!)
室内に広がる不安と困惑。そう、これはゲームの話ではない、現実に敵対している国へ諜報活動をしに行け、と男は言っているのだ。失敗すれば、命の危険すら伴うだろう。
「その、安全性は・・・?」
「君たちがなる女子小学生は、“女児戦闘体”と呼ばれる強化人間だ。だが、それすら《ヴィ・ロン》人の能力としては平均的なもの・・・真の意味で、安全な任務になるかどうかは・・・残念ながら保障はできない」
安全は保障できない。その言葉は、男たちの恐怖をあおるのには十分だった。かつて安全だった日本社会において、生命の危機を経験したことのある者が、どれだけいるだろう。世界を救うためとはいえ、自ら命の危険というリスクを負う理由は、彼らにはなかった―――
「お、俺はちょっと・・・」
「僕も、何かあったら、・・・家族とか悲しむし・・・」
「命あっての同人イベントでござる!!」
飛び交う言い訳と嬌声。やがてそれは、会場のドアをあけろ!帰らせろ!といったブーイングコールとなって、鷹の目つきの男に向けられる。
(やはり・・・無謀だったか)
人類に残されたわずかな希望、それが例えどんなに馬鹿馬鹿しいものでも、すがるしかなかった。それほど、侵略者に対抗する術はもう残っていなかったのだ。
だが、その希望は叶いそうにない。
鷹の目つきの男は、自嘲と諦念のため息をもらす。そして、会場のドアを開けることを命じようとし―――
「はいはーい。俺やります。」
それは、会場のどこからか聞こえてきた。
皆が声の主のほうを向く。そこにいたのは・・・冴えない、少年だった。
無造作に伸びた天然パーマはぼさぼさ、気だるそうな顔つき、夏服からのびた細い手足は、少年に体育会系の趣味は皆無であることを物語っていた。
少年のとんでもない一言に、会場の男たちが反論する。
「ちょ・・・お前、バカか⁉」
「聞いてなかったのかよ!命の危険があんだぞ⁉」
「これだからゆとりは。困ったものでござる・・・」
まわりの男たちは一様に思っていた。高校生だから話の内容を理解できなかったのだろう、まったく困ったものだ、と。誰もがその程度の認識だった。しかし―――
「ふぅ、まったく・・・バカはお前たちだ」
少年は不適な笑みを浮かべながら、嘆息する。
「な・・・なんだと!」
「人がせっかく親切に忠告してやってるのにこのガキ・・・!」
「そうでござるー!バカって言ったほうがバカなんでござるー!」
喧々囂々、男たちは一斉に少年に食って掛かる。だが、少年は余裕の表情でそれを受け流すと、彼らの目を見ながら問いかけた。
「じゃあきくけど・・・この中で女子小学生になりたくないやつは、いるのか?」
「ぬっ・・・」
少年の問いかけは核心をついていた。鷹の目の男が言ったように、ここに集められたのは全員がロリコンである。
本来、あなたを女子小学生にしてあげますよ、と言われたなら、断るものは、この中にはいないだろう。
「俺は女子小学生になりたい・・・!天使のような小さなボディ、ヒラヒラスカートの可愛い洋服。何より、誰もを魅了するような愛らしい顔つきの美少女に、俺はなりたい!・・・こんな、天パメガネの地味男で一生を終えるのは・・・嫌なんだ・・・!」
つつっ、と、少年の目からは一粒の涙が流れ落ちる。その涙は、真実の涙。あるいは、魂の傷口から流れ出る無垢な流血だった。その涙に、何人かの男は心を打たれ、賛同しはじめる。
「俺だって・・・俺だって!同僚の女に『木村さんいつも唐揚げくさいんですけどー』って言われるくらいなら、女子小学生になりたいよ・・・!」
「道端を歩いてるだけで通報されるのはもうごめんだー!」
「ニーソ・・・はいてみてえよ・・・」
「拙者も!幼稚園児になってスモックプレイしてみたいでござるううう!」
「いや、それはマニアックすぎんだろ・・・」
いつの間にか室内は、男たちの魂の叫びで溢れていた。そのどれもが、生涯一度も口に出したことのないような、純粋な願いで溢れていた。まあ、PTAのおばちゃんが聞いたら卒倒しそうなものばかりだったが・・・とにかく純粋なのだ。
「そうだろ!?今日ここに集められたということは、俺たちは皆ロリコン・・・いや、同士だ!女子小学生になりたくない、なんて思ってるやつはいないはずだ!それを・・・もう二度とないようなチャンスを、命の危険があるからって、逃していいのか⁉」
うおおおおおおおおおおお!
いつの間にか、少年の周りには人垣ができ、さながら少年の独壇場のようになっていた。
「でも・・・女子小学生になったら、もとの体には戻れるのかな・・・」
「言ってたろ、脳移植技術でなるんだから、また元の体に移植し直せば、戻れるんじゃね?」
「いや、それは―――」
鷹の目つきの男がなにかを言いかけるが、少年の演説と、室内の歓声にかき消されてしまう。
「それに、俺は思うんだ・・・俺みたいな地味で頭もよくないヤツが、この先、生きていく中で何ができる?普通に就職して、会社行って、毎日仕事に追われて、結婚どころか彼女もできず、年老いて終わっていくのがオチだ・・・でも、女子小学生になれば、できる気がするんだ。今のままじゃ、一生かかっても成し遂げられない、でっかい何かを・・・」
誰もが、自分の人生を振り返っていた。あるいは、クラスのカップルがいちゃいちゃするのを横目に、童貞街道を驀進する自分。あるいは、たいして頭もよくないウェイどもが、そのコミュニケーション力の高さから次々昇進していくのに、いまだフリーターをしている自分―――
誰もが“主役”になれるわけではない。いや、“普通”に生きることすら、自分たちには難しいのだ。それならば、賭けてみてもいいのでないか。女子小学生になって、世界を救うという可能性に―――
「虎穴に入らずんば虎子を得ず、スカートに入らずんばパンツを得ず・・・だから、俺は決めた・・・」
少年はそう言いながら、前に進み出る。その先には、鷹の目つきの男。
「女子小学生に・・・!」
少年は、高らかに宣言した
「女子小学生に、おれはなる‼」
ドンッ‼
うおおおおおおおおおおお!
歓声が上がる。少年に続けとばかりに、次々と男たちは宣言する。
「ったく、しゃーねえな・・・俺もいっちょのるか・・・!」
「世界を救うためなら、仕方ないな!」
「これも因果律の定めか・・・!」
誰もが、己を、世界を変えるために立ち上がった。その瞳は純粋そのもの―――決して、パンツやちっぱいのことなど考えてはいなかった。いや、ほんとに考えてはいなかった。
「・・・よう、ガキ・・・いや、ここはリーダーって呼ばせてもらうぜ。名前は?」
男達のうち一人が尋ねる。少年はこたえた。
「むくどり―――椋鳥草太。」
「椋鳥草太、か。ありがとうな草太、お前がいなけりゃ、俺たちは元の平凡な人生に戻ってたとこだったぜ」
「感謝感激でござる!」
「みんな!俺たちのリーダーを、胴上げしようじゃねえか!」
誰かがそういうと、男たちは少年をもちあげ、高らかに胴上げをした。
誰もが、自らの新たな門出に希望とエロスの予感を感じていた。まるで、天から後光が指すかのような、晴れ晴れとした儀式だった。(実際には室内なので後光はささない)
部屋の前方に取り残された、鷹の目つきの男は心の中でつぶやいた
(いや・・・一度女子小学生になったら、もう元には戻れないのだが・・・)
だが、それを言い出す機は逸してしまった。
(・・・ま、いいか。)
誰にも言えない秘密を胸にしまうと、鷹の目つきの男はそっと、部屋を去った。あとには、疑うことを知らぬ純粋無垢な漢たちの歓声だけが残っていた。