第4話
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病室は沈黙で包まれていた。
オレ・・・というか女子小学生になっていたと証明された“私”と、突然飛び込んできた9歳くらいの少女は、お互いに赤面しながら、ベッドの端と端に腰かけ、沈黙をたもっている。
これは、アレだ、生まれて初めてカーチャンにエロ本を見つかって、居間でさめざめと泣きながら「母さんは・・・アンタをこんな子に・・・育てた覚えはありませんッ!」ってなってる時の空気に似てる。やめて思い出させないでつらい。
でも、仕方のないことだ。パンツを脱いで、大股開きで股間を確認しているところを見られたのだから。
「ま・・・・・・」
すると、沈黙を破ったのは、部屋に乱入してきたちっちゃな女の子のほうだった。
「まあ・・・ハルお姉さまも年頃の女の子なのじゃし、その、ああいった、ひ・・・ひめごと?をしてても・・・仕方のないことなのじゃ、うむ。」
大いなる誤解をされてる!
「ちょ、まって!俺は別にオナってなんか―――」
「わー!わー!はっきり言わないでほしいのじゃ!レディにいったいナニを想像させる気なのじゃ!」
くるんと、耳をふさいで丸くなる女の子。まるで小動物のようだ。
「だから、誤解なんだって!」
「ごかい・・・?」
耳をふさいでた手をはなし、恐る恐るこちらを向く小動物。
ようやく話を聞いてもらえそうだ。
俺は、自分がなぜあのような状況に至ったのか、その過程を、論理的かつ簡潔に述べることにした。
「つまり、ちん○んがあるか確認してたんだけど」
「ぎゃわーーー!!お、お姉さまは変態なのじゃ!」
ふたたび耳をふさぐ少女。しまった、簡潔すぎたか。
「いや、だから、自分が本当に女の子になったのか確かめたくて、股間を触ってたわけで・・・!」
「女の子になったか、確かめるため・・・?」
ちっちゃな少女が眉をひそめる。ようやく話を聞いてもらえそうだ。だが、目の前の少女は、それっきり黙ってしまう。
「・・・えっと、つまり、俺はオナってたわけじゃなくて・・・」
「そ、その話はもうよいのじゃっ!」
ちっちゃな少女はかぶりを振ると、今までとは違う真剣な目で俺を見据えた。
「つまり、ハルお姉さま・・・いや、おぬしは覚えておらんわけじゃな。自分がどうして、このような場所にいるのかを」
その一言に衝撃が走る。―――そう、自分は覚えてないのだ。
自分が何者だったか、どんな暮らしをしていたかは、漠然と思い出せる。だが、自分がどうして病室にいるのか、何より、なぜ女子小学生になってしまったのか、肝心の部分がまったく思い出せない。
そして、今の言動から察するに、目の前のちっちゃな少女はおそらく知っているのだ。その全ての経緯を。
「お、覚えてない!・・・教えてくれ、その・・・えっと・・・」
「ネネじゃ」
少女は、おそらく自分の名前であろうものを、えっへんと胸をはって告げる
「認識名称:アネモネ。略してネネ。それがウチの名前じゃ」
改めて少女―――ネネを見る。
身長は、私の胸丈くらいだから・・・130cmくらいだろうか。小学校低学年・・・9歳くらいに見える。ピンクの髪を左右で三つ編みにし、それをわっか状にして、イチゴの髪飾りでくくっている。えっへんと、得意げにはにかむと、みえる八重歯、くりくりとした大きな瞳も愛嬌があり、ハムスターのような小動物をほうふつとさせる、愛らしい少女だ。
「それじゃ、ネネ。えっと・・・さっきから俺のことをハルって呼んでるけど・・・」
「まってほしいのじゃ。ものごとには“じゅんじょ”というものがある。ネネはハルお姉さまの監察官であるから、もちろん、全部おしえてさしあげるのじゃ☆」
・・・監察官?なんだそれ?教える言っておきながら、自ら疑問を増やしてるぞ。
そんなことには気づかず、ネネという少女はさらに胸を張りながら(もはやブリッジみたいになってる)続けた。
「まず、お姉さまの認識名称は“ハルジオン”。ウチらは略して“ハル”とよんでいるのじゃ。」
“ハルジオン”・・・ハル。それがこの子の・・・俺の名前か。
「まあ、名前のことはわかった。でも、どうして俺はその“ハル”って女の子になってるんだ?」
「本当に、何も覚えてないのじゃな・・・」
ネネは、ちいさくため息をつく。心なしか、その表情はほんの少し悲しげに見えた。
そして、何かの思いと決別するように、顔をぶるんぶるんとふると、俺の目をまっすぐ見る。
「わかった、教えるのじゃ。」
ごくり。ついに明らかになる。俺がどうして、女子小学生になってしまったのか。
「おぬし・・・椋鳥草太は―――」
俺、椋鳥草太は・・・
「その“女児戦闘体”ハルジオンに、脳ごと移植されたのじゃ!」
・・・は?
脳ごと移植・・・?女児戦闘体・・・?
「女児戦闘体とは・・・人工的に強化された肉体のことじゃ。体力、筋力、瞬発力、全ての身体的性能を常人の3倍以上に高められ、戦闘に特化した、いわば人造人間のようなものじゃな。」
・・・人造人間・・・
「おぬしは、それに脳ごと意識を移植されたのじゃ。ネネは、そのサポートを行う監察官として―――」
・・・もう、だめだ
「・・・ぷぷっ‼」
盛大にふきだす俺。
「へ、へー・・・。その話ネネちゃんが作ったんでちゅか?かしこいでちゅねー!」
「んなッ⁉」
ネネの顔が驚きと憤慨で真っ赤になる。
「お、おぬし!信じておらんな!」
「シンジテルヨー、グリーンダヨー」
まあ信じてないんだけど。女児戦闘体?脳ごと移植?正直、信じろというほうが無理だ。
VR技術によって、壮大なドッキリを仕掛けられていると言われたほうが、よっぽど現実味がある。
「むがーーー‼」
ピーーーッ!と、ネネの頭から蒸気が噴出する。ヤカンを乗せればお湯が沸かせそうなほどの、憤慨っぷりだ。一家に一台欲しいぞ、いろな意味で。
「ネネはうそついてないのじゃ!ほんとにおぬしは強化人間になったのじゃ!ひとが真剣につたえておるのに!ハルのバカ!アホ!エリートドーテー!」
「エリートドーテーだと⁉つまりドーテーのエリート・・・。そんな、いきなり褒められても・・・(照れ)」
「褒めとらんわ!」
ちなみに俺は、童貞とは決して悪いことではないと思ってる。まだ経験がないからこそ、未知の世界に対して夢と希望を抱くことができる・・・そう、童貞とは“希望を持つ者”に与えられる名誉ある称号なのだ!・・・まあ、そんな称号頼まれてもいらないけど。
それはともかく、年上に対してずいぶんと生意気な口をたたく。ここはひとつ、口の利き方を教えてやることにする。
「はんっ・・・じゃあ言うけど、女児戦闘体?脳ごと移植?ナニソレ?そんなお子様の妄想信じられませーん」
「ネネはお子様ではない!レディじゃ!レディなんじゃーーー‼」
真っ赤になって地団太を踏みまくるネネ。今のところレディ要素は0%だ。パンツみえてるし。
「えー、そうかなー、子供にしか見えないなぁ。・・・まあ、俺の知らないことを知ってたりしたら、ネネを大人と認めて、信じてもいいけどなぁ・・・」
「ほんとうか・・・⁉」
ピタッと地団太をやめると、ネネは、子犬のようにトコトコ近づいてくる。そして、俺の袖をくいくいっとひっぱって、自分を指さす。
「ネネ、たいがいのことは知っておるぞ?きいてみ?・・・何でもきいてみ?」
バカめ!かかったな!“何でも”はネット界最大の禁呪だ!今頃画面の外では「ん?」「いま何でもって・・・」とコメントであふれてるに違いない。言ったが最後、お前はなぐさみものになるしかないのだ!
「ふーん。じゃあきくけど・・・“ドーテー”って、何?」
「・・・・・・」
数秒間固まるネネ。その後、ボンッと特大の蒸気を発して真っ赤になり、きょろきょろ視線を泳がせる。
「あ・・・う・・・!え、と、それは・・・じゃな・・・」
「あれー?わからないの?ネネちゃんやっぱり、お子様なんじゃ・・・」
「わ、わかるぞ!わかるにきまっておろう・・・!」
半泣きで弁解しながら、自分のシャツをギュッと握りしめている。レディ要素はあいかわらず0%だが、ちょっと可愛らしい。
「ドーテーとは・・・つまり、み、未経験の男性をさす言葉で・・・」
「もっとわかりやすく」
「その・・・だから、つまり、あ、アレをしたことが・・・ないのじゃ・・・」
「アレって何?」
「ひぅ!アレは・・・その・・・ヒック・・・セッ・・・・・・ふぐぅ・・・!」
あーあー、泣きながら丸まっちゃったよ。誰だ!こんないたいけな少女を泣かせたのは。俺か。ごめん。
だが、ネネもこれで学んだだろう。自分より経験豊富な人間に喧嘩を売るには、それなりの覚悟が必要なのだということを。
―――カチャカチャ
ん?何か音が聞こえてくる。肩を震わせ、しゃくりあげながら丸まってるネネが、何かをいじってる。
何だ・・・?鈍色に光る、鈍器のようなもの。目を凝らすと、その正体がわかった。
銃だ。
「なんだー。リボルバー拳銃に銃弾をセットしてるだけかー。ははは」
・・・ん?銃?なんで。
ゆらり、と立ち上がるネネ。もうしゃくりあげてはおらず、その表情は読み取れない。
「えっ・・・と、ネネさん。その銃は何に―――」
「・・・・・・」
カチリ、と引き金をひき、銃口をこちらに向ける
「あの・・・その・・・さっきのは冗談というか、ちょっとしたおちゃめ、的な?」
「・・・せっ・・・」
ギラリ、とネネの瞳が光る。
恥辱と憎悪で満たされたそれは、まるで百獣の王のように獲物をすくみ上らせる・・・!
「世界から消え去るがよい!この変態‼」
ドンッ!!
轟音、マズルフラッシュ。瞬時に死を覚悟して目をつむる―――‼
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・死んで、ない?
永遠にも思えた数秒の後、私は、おそるおそる目を開けた。
そこには、信じられない光景があった。
差し出されたハルの右手の、親指と人差し指がつまんでいたもの。それは紛れもなく、今発射されたリボルバーの弾丸だった。
「・・・これっ・・・て・・・」
脳の理解が追い付かない。銃弾を受け止めた?女子小学生のこんな、華奢な体で・・・?
銃弾をつまんだままの姿勢で呆然とする私に、ネネは言い放った。
「―――これが証拠じゃ」
・・・もう、子供の作り話だと、笑い飛ばす気にはならなかった。
銃口を下したネネは続ける。
「・・・秒速350kmの弾丸も簡単に受け止める、それが、おぬしが女児戦闘体になった証拠じゃ。そしてその体こそ、侵略者と渡り合うための武装でもある。」
侵略者・・・その単語に、眠っていた記憶の断片が、呼び覚まされる。
「おぬしが望んで、その体になったのじゃぞ?」
俺が・・・望んだ?この体を・・・
「椋鳥草太は女子小学生として、生まれ変わった。そして―――」
「スパイとして《ヴィ・ロン》に潜入する。それがハル―――おぬしの、任務じゃ。」