第四話(未来で深紅は未知可に何をされたのか)
深紅たんの体調がすっかりと回復した次の日の話だ。
元々今日は簗嶋高校の創立記念日がどうたらこうたらで、平日ではあったが俺と深紅たんは二人で自宅に居た。
いつもは日向が朝食や昼飯、晩飯を作りに此処へ来てくれているのだが、急にバイトをヘルプで頼まれたらしく、そんな訳で登場したのがアンドロイド三姉妹の次女、花見シュナだ。
話を聞いてみれば、日向に一日限定で俺のお世話を頼まれたようで眠りから覚めたらテーブルの上にはすでに朝食が用意されていた。仕事が早いもんだ。
「ご主人様、お口に合いますでしょうか?宜しければご感想をお聞かせ下さい」
シュナちゃんが作ってくれたのはメイド喫茶でよく出されそうなケチャップで文字や絵の描かれたオムライスだ。
赤髪ツインテールに着ているメイド服がよく似合っている。これはもしかしてバイト先の制服か何かかな。
「美味しいよ。玉子が半熟で口どけが良いし、チキンライスの味付けも俺好みだし。おまけにその格好でもてなしてくれているからメイド喫茶に来て食べているみたいだ。日向が作ってくれるオムライスに負けてないと思うよ」
「ありがとうございます。久しぶりにご主人様からお褒めの言葉を頂きました。何だか嬉しいですね。気を抜いたら泣いてしまいそうです」
「シュナちゃんも深紅たんと同じで俺のこと心配してくれるんだ」
「はい。もちろんです。なぜそんなことを聞かれるのですか?」
「あ、いや、知っているとは思うけど、来夢はあまり俺のことどうとも思ってないみたいだからさ」
来夢だけはこの時代の俺のこと「若」とか呼ぶしな。未来の俺のことは「マスター」って呼んでるのに。この差は歴然だぞ。
「お姉様は実力主義者ですから。現在のご主人様のステータスでは認められない箇所が幾つかあるのでしょう。大丈夫です。未来のご主人様には忠実でしたし、大好きだったと思いますよ」
そうなのかねぇ。あの俺に対する毒舌っぷりは相当のもんだぞ。
共通するのは深紅たん好きなところくらいでアイツとはそこしか馬が合わないように感じる。深紅たんとシュナちゃんの二人は俺を慕ってくれているというのに……。
いきなり話は変わるが、全然起きないな、深紅たん。
一度は起きたものの、眠かったのかすぐに再び重そうな瞼を閉じて二度目の夢の世界へ入った。二匹のパンタヌぬいぐるみの真ん中で幸せそうに眠っている姿は何とも可愛らしく、抱きしめたくなるくらいキュートなのだが、そろそろ起きないとせっかく作ってくれたシュナちゃんのオムライスが冷めてしまうだろう。いや、もう冷めてるか。
「深紅たん起こそうか?せっかく作って貰ったのにごめんね」
「いいえ。深紅さんがお寝坊さんなのはよく知っていますから、お気になさらないで下さい。そんなところも妹の可愛らしい部分だと日々思っています」
「三人は仲が良いよね。見ているだけでわかるよ」
「はい。頼れる姉と可愛い妹がいて、私は幸せ者です」
良い子だな。そんなことは心で思っていても恥ずかしくて中々言葉に出せないものだが。
「一つ、聞いても良いかな」
「はい。私がお答え出来ることは全てお話します」
昨日来夢に聞いた話がどうも気掛かりで仕方がなかった。
俺の息子である簗嶋未知可(本当かよ?)が深紅たんを苛める理由がムシャクシャしてたからとかさ、重要なところを聞いていない気がして。
ソイツは何で深紅たんに当たるくらい怒っていたんだ?どうして人間を、アンドロイドを使って殺し始めた?
「そうですね。一度見てみますか?」
「見てみるって……何を?」
「私がご主人様にだらだらと説明するよりも未来でどんなことが起こっていたのか、実際に自分の目で確認した方が納得いくと思うんです。深紅さんが眠っているうちがチャンスですね。少し彼女の記憶の中を覗いてみましょうか」
「シュナちゃんって、そんなこと出来るの?」
「はい。ご主人様が私に施してくださった能力の一つです。対象の記憶の中に侵入し探索することが出来ます」
未来のアンドロイド達は本当に何でも出来るんだな。すげーや。
深紅たんの記憶の中の世界に入れば俺の息子(本当かどうか確かめてやる)がどんな顔してんのかもわかるだろうし、未来が今とどう変わっているのかも少しだけだが、興味がある。行ってみる価値はありそうだ。
「それでは行きましょうか。深紅さんの記憶の中の世界へ」
能力をどのタイミングで発動させたかはわからなかったが、さっきまで自分の部屋だった場所がいきなり知らない場所へと変わった時は自分の目を疑ったね。
……此処が未来の世界なのか?
「ご主人様の自宅ですね」
「やけに広いな。TVで観たような芸能人の自宅何か比べものにならないくらいに広いんじゃないか?豪邸だよ、豪邸」
「そうでしょうね。未来のご主人様は世界一のお金持ちですし使えるお金が有り余っていますので。私も深紅さんもたくさんのお小遣いを頂きました」
それは知ってる。一億円くらいの莫大なお金を深紅たんが両手一杯に出現させた時は驚かされたものよ。
しかし、この家すげー。滅茶苦茶高そうなシャンデリアとか、映画館にあるのより大きそうなスクリーン。螺旋階段。ゴルフ場並みのアホみたいに広い庭にプールとか温泉まであるんですけど。天井も高いし窓の数も半端ねぇ~。
他にもすごいところ盛りだくさんな家だがアンドロイドとタイムマシンの発明で此処までの大金持ちになれるんだな。
勝ち組人生を送る未来の俺が羨ましいぜ。
「深紅さんがいました。お庭で愛犬達と戯れています」
「あ、深紅たん。いつ見ても可愛い奴だな」
広過ぎる庭にはたくさんの小型犬が居て、深紅たんが顔をぺろぺろされたり、犬を抱っこしたりして遊んでいた。定番の円盤投げは見ているだけで楽しそうなのが伝わって来る。
深紅たん×子犬=萌え。
そんな計算式が俺の頭の中に浮かんでいた。
「未来の俺はどこに居るんだろうな」
「きっと発明室です。ご主人様は暇さえあればそこに篭りっきりですから」
この家の中にはそんな特別な部屋まであるのか。すごいな。
迷わないよう広すぎる豪邸の中をシュナちゃんと一緒に歩いていると、さっき深紅たんのいた庭の方から「きゃん!」という犬の悲鳴が聞こえてきた。
「どうしたんだろうな。はしゃぎ過ぎて深紅たんが犬のしっぽでも踏んだか?」
「向かってみますか?」
「行ってみよう」
現場に向かってみればそこには登場人物が一人加わっていて、簗嶋高校の制服を着た見知らぬ男が深紅たんと遊んでいた犬を何匹か蹴り飛ばしていた。しかも思いっきり、手加減も無しに。
誰だよ、コイツ。信じられねぇ、動物虐待だ。高校生になってもそれが正しいことじゃないんだって区別もつかないのか。
「アイツ、誰かわかる?」
「あの方が未知可様。正真正銘ご主人様と日向様の間に産まれた息子さんです」
そう言われて見れば少し自分と似ているような似ていないような……何とも微妙なところである。
しかし何だ、あの茶髪は。反抗期まっしぐらか。
「若、蹴っちゃ駄目。可哀想」
深紅たんが蹴られた子犬をしゃがんで抱き上げ庇うような姿勢を見せると、茶髪の反抗期少年は深紅たんの髪の毛を乱暴に引っ張り、無理矢理に自分の方へと引き寄せた。
「それならお前が俺のサンドバックになるかぁ!ああ!」
「若、痛い。髪の毛抜けちゃう」
「うるせーっ!こっちはつまんねぇ学校生活の繰り返しでムシャクシャしてんだ!一発殴らせろ深紅!良いよな、親父に言いつけたらぶっ壊すからよ!」
「良い。でも、子犬さんを蹴るのは駄目」
「良いわけあるかよ!てめぇ深紅たんに何しようとしてんだ!」
無我夢中で深紅たんを助けようと走り出す。
が、俺のこの行動は無駄に終わる。
何だよこれ、ただの映像じゃねぇか。深紅たんを逃がそうにも俺の手が幽霊みたいにすり抜けて触れない。
俺があれこれ考えている内に反抗期少年の握り拳が深紅たんの可愛らしいおでこをストレートに手加減無しに殴打。
深紅たんは痛みを我慢してはいたが涙目になっていた。
「お前、女の子泣かせるなって親に教わらなかったのか!」
その台詞を口にして気付く。そういやコイツの親は俺なのだと。
くそ、怒りが収まらん。
俺の叫びも聞こえて無いみたいだし、コイツに深紅たんと同じ痛みを味あわせてやろうと思っても殴れないし。
「ご主人様。これは深紅さんの記憶の中、夢みたいなもの何です。触るのは不可能です」
「でも、深紅たんがアイツにっ!」
「私の妹を心配して頂けるのは嬉しいのですが、いくら叫ぼうと無駄です。ただの映像に思いが通じることはありません」
未来の映像を観れてやっとわかったよ。
コイツがどんなに酷い男で、どんなに性格が悪い奴なのか。
「しんちゃん、どうしたの?おでこ痣になってるよ。大丈夫?」
「転んだ」
「来て。シップ貼ってあげる」
あれ、深紅たんって自分で怪我とか治せるんじゃなかったっけ?
どうしてそんなことする必要があるんだ?
「ご主人様は怪我ばかりする深紅さんを心配して治癒能力を授けたんです。この時はまだ備わっていない頃でした」
「ありがとう、奥方」
「ううん、良いよ。何かあったらまた言ってね」
日向に治療をして貰っている深紅たんが可哀想で仕方が無い。何で言わないんだよ。アイツに殴られたんだって。
……ああ、そうか。深紅たん言ってたもんな。
俺と日向を悲しませたくなかったって。
「深紅、俺に付いて来い!」
今度はまた舞台が変わったみたいだな。
無理矢理にあの少年が深紅たんの手を引っ張って何処かに連れて行こうとしているが、一体何処へ?
「おそらく学校でしょう。未知可様が学校でクラスメイト達に苛められていると知ったご主人様は深紅さんに護衛を頼んだのです。苛めっ子を追い払って欲しいと。ですが……」
「若、待って。何処に?」
「学校だよ。お前の力を使って殺したい奴等が居るんだ。力を貸せ」
「人を殺すことには協力出来ない。深紅が主に頼まれているのは若をサポートすることだけ。深紅を近くに置いてくれたら苛めっ子達は追い払う」
「馬鹿か!お前みたいなちびを近くに何て置いておけるか!俺がロリコンだと思われて奴等の苛めが余計にエスカレートするだろうがよぉ!」
……また深紅たんに手を出すのか。今度はびんたかよ。
シュナちゃん。一つ聞くが、深紅たんがコイツに何か怒られるようなことをしたか?
「いいえ。何もしていません」
深紅たんは平手打ちされたほっぺを手でおさえている。
可哀想なことをしやがって。
「若、痛い」
「馬鹿が。お前が俺の言うことを聞かないのが悪いんだ。ほら、さっさと行くぞ!」
「嫌。行かない」
「お前っ!」
コイツはキレたらよく深紅たんの髪を引っ張るのか?
「私にはわかりませんが、多分そうなのでしょう」
この後深紅たんは脇腹の辺りを容赦無く蹴られて暫くの間蹲っていた。
可哀想でこれ以上見ていられない。もう帰ろうと言い出そうとしたその時、苛められている深紅たんを助けてくれそうな救世主、未来の俺が姿を現した。
「お~い、深紅たん。ちょっと手伝って欲しいことがあるんだが……未知可、お前そこで何やってる!」
「お、親父……父さん……」
「そうか。やっぱりお前だったんだな。深紅たんに怪我させてたのは」
未来の俺が息子である未知可を睨みつける。
怒って当然だ。深紅たんに痛みを負わせた罪は重い。
「俺は悪いことをした息子を殴って叱る訳だ」
「そうしようとはしていましたが、深紅さんがそれを阻止します」
「主、駄目……若のこと殴らないで。深紅はただ転んだだけだから」
未来の俺が作った握り拳を放てないように小さな手がそれを止めた。
どうしてソイツを庇うんだよ。何処まで良い子何だ、深紅たんは。
「……あれ、ご主人様?どうして泣いているんです?」
痛みを必死に堪えながらも馬鹿息子を庇う深紅たんの一生懸命なところを見ていたら、急に悲しくなって涙を我慢出来なくなった。
何でこんな思い出したくも無いような辛い記憶ばかりが再生されるんだ。訳がわからん。
楽しい思い出を一つも観ていないぞ。
「父さんは息子の俺より深紅の方が大事なんだな」
「……そう、だな。俺は深紅たんにお前の護衛を頼んだ。なのに、どうしてお前が深紅たんに暴力を振るう必要がある?お前は弱い者にしか手を出せない臆病者だな。これじゃ深紅たんが可哀想だ」
正論だ。深紅たんを近くに置いておけばコイツを苛めている連中もその内手を出してこなくなるだろうさ。何て言ったって深紅たんは無敵だからな。
一家に一台深紅たん。これ常識っしょ。
「常識かはわかりませんが、そうですね。深紅さんはハイスペックですし」
「でしょ。深紅たん可愛いし、何でも出来るし、もう最高の一言だね」
「ご主人様は本当に深紅さんのことが大好きですよね。その気持ちは未来のご主人様と何一つ変わりません」
当たり前よ。俺のこの気持ちは過去も未来も変わらないさ。
「そろそろ帰らない?もう深紅たんが痛がってるとこ観たくないんだけど」
「もう宜しいのですか?」
「うん。大体アイツがこの世界を滅ぼそうと考えている理由はわかった。それと同じで俺を恨んでいる理由も」
深紅たんが目覚めた時、俺が近くに居ないと知って悲しがる光景が目に浮かんで来るようだ。
早く戻ろう。天使が夢から覚めるその前に。
「主……好き……」
帰ってみれば深紅たんはまだ夢の中。
寝言を呟いているところを見られるとは何とタイミングが良いんだ、俺は。
写真に撮って永久保存したくなる百点満点の寝顔を見て俺は改めて決心した。
やはり日向との間に子供は作るべきではない。あんな鬼畜男をこの世に生み出してはならないと。
「可愛い寝言ですね」
「シュナちゃん、俺考えたんだけどさ、やっぱり解決方法は一つしかないと思うんだ。未知可の存在を消すことが俺や深紅たん、未来に生きる人達を救う唯一の方法なんじゃないかな」
「そうですね。私はご主人様の意見に賛成しますが、深紅さんはどう思うでしょうね」
「深紅たん言ってたよ。未来の日向は俺との間に子供を欲しがっていたって。人のことばっか気にして、本当に良い子だよな」
もうお昼の時間だし、そろそろ深紅たんを起こしてやらないと。お腹も空かせているだろうしな。
「お~い、深紅たん。もう昼の時間だぞ。起きて一緒にご飯食べようぜ」
そう声をかけると、深紅たんはむくっと体を起こして眠たい目を擦りながら俺の顔を見た。
まだ寝足りなそうだな。無理に起こすのは可哀想だったか?
「……主、深紅まだ眠い。一緒に二度寝しよ」
「おい、ちょっと待て深紅たん。お前のこれからしようとしている行為は二度寝じゃなく三度寝だ」
このまま眠ったら次に起きるのは夕方だな。
良いのか、俺。こんなに甘やかしてしまって。
「私は一旦戻りますね。夕飯の時間にまたお邪魔させて頂きます」
シュナちゃんは俺が深紅たんと一緒にお昼寝をするもんだと勝手に思い込んで帰ってしまった。
あまり眠たくはなかったが、あんな悲惨な光景を覗いてしまった後だと可哀想で断わり辛い。
……仕方が無いか。
「良いよ。深紅たんは好きなだけ惰眠を貪りたまえ。俺も付き合おう」
「主って優しいから好き~」
「俺も好きだ。ほら、ちゃんと布団を被らないと今度は本当の風邪を引くぞ」
ああ、可愛いなぁ、もう。
しかし思い出すだけで腹が立ってくるな。こんな小さい子を苛めてアイツ(息子)は何とも思わないのか?
「うん。俺も何か眠くなってきたかも……おやすみ~」
バタンと体をベッドに倒した。つられて眠くなったのはこれが初めての経験かもな。
隣には可愛らしい少女の寝顔。こりゃ最高のお昼寝タイムだ。
窓の外から光が差し込んで深紅たんの寝顔がよく見える。手を重ねて寝たら深紅たんの夢が見れるかな……。
「あ、あれ……此処って確か……」
まだ深紅たんの記憶の中に居るのだろうか。
俺が立っていた場所は少し前に見たばかりの高級そうな絨毯が敷かれたすげぇ広い廊下で、アホみたいに高い天井にはシャンデリアがぶら下がっていた。まさしくそこは未来の俺の家。豪邸の中である。
「そうか。これは多分深紅たんの夢の中だ」
手を繋いで眠ったから深紅たんの見ている夢が俺の頭の中にも入り込んできたんだな。
お……あそこに居るのは深紅たんじゃないか。
高そうなソファーの上で気持ち良さそうにパンタヌを抱いて眠る深紅たんの姿をみつけた。
まさか、夢の中でも眠っているとは驚きだ。
「おーい!深紅た~ん!」
未来の俺が広い豪邸の中を駆け回り深紅たん探しをしていたが、中々ソファーで眠っている姿に気付けない。
広過ぎるからこそ不便なこともあるよな。
「主、深紅なら此処にいる」
大声に反応して夢から目を覚ましたのか、深紅たんが体を起こし、未来の俺に姿を見せてくれた。
パンタヌを抱いて眠そうにしている少女の姿をみつけた俺は急に顔がニヤけ面へと変貌した。
「も~、深紅たんは人が悪いな~。かくれんぼするなら何時でも付き合うのに」
「隠れていたつもりはない。此処で寝てただけ。主の声が大きいから夢から覚めた」
「すまんな。ところで話は変わるんだけどさ、今日は久しぶりに休みが取れたんだ。だから二人で何処かに遊びに行かないか?」
「今から?」
「そう。今から」
「奥方と一緒に行かないの?」
「今日は平日。日向は仕事だし、未知可は学校。来夢とシュナちゃんは何処かに出掛けてるんだ」
「わかった」
「よっしゃ!深紅たんとデートだ!」
「主、はしゃぎ過ぎ」
羨ましい限りだぜ。深紅たんとデートっぽいことは最近したけど、可能ならもっとしたい。
未来の俺は深紅たんと何処に遊びに行くつもり何だろう。
「カラオケ行こうぜ。カラオケ。深紅たんの歌久しぶりに聴きたいな」
「主も歌わなきゃ嫌」
「ちゃんと歌うさ」
「不安」
この流れはきっと、俺はほとんど歌わないだろうな。
深紅たんが「主は深紅にばかり歌わせる」と言っていたことを思い出した。
「えっと~、此処にある料理全部で」
カラオケ店の個室に入ってすぐ受話器を手に取って未来の俺が豪快な注文をしていた。
「主、そんなに頼んで食べきれるの」
「もちろん。フリータイムにしておいたからね。食べる時間は無限にあるよ」
「無限には無いと思われる」
「俺食べるのに集中するからさ。深紅たんは好きに歌っといてよ」
「え~……」
「あ、言い忘れてたけどね、此処のカラオケ店、歌って高得点出す毎に一つずつパンタヌグッズが貰えるらしいよ。コラボしてるみたい」
「歌う!」
未来の俺がパンタヌを餌に歌う気の無かった深紅たんをその気にさせる。
やる気満々だ。深紅たんは本当に「パンタヌ」好きだよね。
高得点を何回叩き出すのやら。
「主見て。パンタヌの耳付きカチューシャ貰った」
一発で最高記録100点の歌声を披露し見事GETに成功した深紅たん。
頭にはすでにパンタヌの耳をつけている。とってもキュートだ。
深紅たんファン(ロリコン共)には堪らない仕上がりよ。
はしゃぐ深紅たんの姿を未来の俺がパシャっと携帯のカメラで写真に撮っていた。
「これ、深紅たんファンクラブのサイトにアップしとくわ」
「ファン何かどうせ主しかいない癖に」
「お馬鹿だな、深紅たんは。知らないかもしれんが、君はすでに美少女アンドロイドとして世界に名を馳せているんだよ。会員数は現在十万人だ。そこらのアイドルよりも有名だよ。CDを出してみないかとオファーも来てるんだ」
深紅たんすげぇ!
未来じゃ世の中のロリコン共を虜にしちまってるんだな。
流石は俺の天使。いつかはそんな日が来ると思っていたぜ。
「ほら、深紅たん。いっぱい歌わないと時間勿体無いよ。パンタヌの景品もっと欲しいよね」
「欲しい」
注文したカレー、オムライス、たこ焼きやらを頬張りながら、未来の俺は深紅たんの綺麗な歌声に耳を傾けていた。
続いて焼きおにぎり、ポテトチップを食べ終わると、携帯を取り出し画面を操作し始めた。
「携帯弄るなら主にも歌って欲しい。深紅歌い疲れた」
「だーめ。今から深紅たんファンクラブのサイト更新するから。毎日一枚は新しい写真載せないとさ、ファンが楽しみにしてるからね」
「むぅ。そんなことしなくて良いのに」
深紅たんが未来の俺の弄る携帯画面を覗き見る。そこには何時撮られたのかわからない感じの深紅たん画像の数々。
これもまた未来の俺の大切なコレクション何だろうな。
「主、とーさつ。こんな写真何時撮ったの?全然気付かなかった」
深紅たんが庭を走る子犬を嬉しそうに追いかける画像、深紅たんが庭の池を泳ぐ錦鯉をぼーっと見つめている画像などとたくさんのお宝画像が。
他にもパンタヌを抱いたもの。寝起きの深紅たんと、品揃えが豊富だった。
「深紅たんは俺の物だから盗撮にはならないよ。親が子供の写真撮るのと一緒さ」
「それを言われたらもう何も言い返せない」
「ほら、マイクかして。次は俺が歌うから深紅たんはパフェとかパンケーキとか食べながら休憩してて良いよ」
深紅たんからマイクを受け取る未来の俺。どうせ歌うのはアニソンと決まっていると思いきや流れたBGMは深紅たんの大好きなパンタヌの歌う曲のものだった。
大人になって俺も少しは成長したんだな。深紅たんが喜びそうな曲をチョイスする何て中々粋なことしやがる。
「主、百点出して」
「おうよ。任せときな、マイエンジェル」
「深紅天使じゃない。アンドロイド」
しかし、そんな期待に応えることは出来なかったようで、未来の俺が叩き出した得点は、
「……二十五点」
「主、へたくそ。これじゃパンタヌ貰えない」
「くぅ~、一生懸命歌ったのに、ひでーぜ」
「深紅が歌う」
俺が敗北した敵討ちをしようと(違うと思うが)深紅たんが俺からマイクを奪うとさっきと同じパンタヌの曲で採点機に勝負を挑んだ。
結果はお見事な百点。
次に深紅たんが貰ってきたのはマグカップのセットとストラップの二つだった。
「あれ、どうして二つ景品持ってるの?」
「受付のおにーさんがくれた。深紅がパンタヌ好きなの知ってるみたい」
「ほう。こんなところにも同志がいたとは。良かったな、深紅たん」
「うん」
景品のサービスとか普通はしてくれないぞ。
深紅たんファンサイトの影響力すげー。
「そろそろ飽きてきたな。深紅たん次行こうぜ~」
「主、まだ料理残ってる。全部食べなきゃ駄目」
「え~。もう腹いっぱいで食えんよ、俺」
「お腹いっぱい食べたくても食べられない人達が世界にはたくさんいる。ご飯を残すのはよろしくない」
未来の深紅たんも今と同じでしっかりしてるなぁ。
俺は富豪になって金の使い方が荒くなったよな。前からだったっけ?
「わかったよ。深紅たんは偉いなぁ」
その後、俺は少ししか食べ物を口にすることはなく、ほとんどを深紅たんが食べて消化してくれていた。
ちなみにお支払い合計金額は五万円。すげぇ使ったな。
カラオケ店の全ての料理は大体そのくらい出せば食べられるのかと知ることが出来たよ。
「次何処行きたい?深紅たんのリクエストに応えるよ」
「映画観たい」
「お、深紅たんもしかしてご主人様とラブストーリーが観たいのかな。はは。仕方ないな。良いよ」
「違う。パンタヌの映画が公開中。ずっと観たいと思ってた」
「あっ、そうですか……」
未来の俺はそれを聞いてガッカリしているが、大体予想はついてたけどね。
てか、パンタヌの映画何てやってたのか。
「主の運転怖い。自動運転にして欲しい」
「嫌だね。俺から言わせてもらえば自動運転の方が安心出来んよ。考えた奴誰だよ」
映画館までは車で移動か。高級車で深紅たんとドライブとか未来の俺がすげぇ羨ましいぜ。
未来ではもう自動運転が当たり前になってるんだな。
俺は自分でハンドル握っているが、そんなに運転に自信があるのか?
「主がこの車にテレポーテーション機能つけてたの深紅知ってる。わざわざ運転して向かう必要ない」
「それはそう何だけどさ、深紅たん助手席に乗せて車運転するのがずっと俺の夢だったんだ」
「主の夢は小さ過ぎる。もっと大きな夢を持った方が良い」
「俺はもう大きな夢を叶えてるよ。深紅たんをこの世に生み出すことが俺の絶対に叶えたかった夢何だから」
深紅たんは照れているのか、少しの間黙ったままだったが、しばらく続いた沈黙を破って自分を生み出してくれた未来の俺にお礼の言葉を口にした。
「ありがとう」
「いえいえ」
「主を誇らしく思う」
「それはもしかして俺のことを褒めているのかな?」
「そう」
「はは。嬉しいよ。深紅たんに褒めて貰える機会何て滅多にないからさ」
これもまた何となく予想はしていたが、映画の上映が始まり五分くらい経過したところで未来の俺は暗い空間の中で眠りに落ち、隣に座る深紅たんだけが瞳をキラキラと輝かせて「パンタヌの冒険THEMOVIE」を嬉しそうに見つめていた。
この映画は完全に子供向けだな。そりゃ大人の俺が飽きてしまうのも仕方の無いことか。
上映終了後に映画の感想を深紅たんが口に出しても、俺にはちんぷんかんぷんのようで適当に相槌を打ち「そうだね」とか「はは」の二択くらいしか言葉が出て来ない。
君の隣で寝ていたとは今更言い出しにくい状況下に置かれていた。
「主、本当に観てた?」
深紅たんは映画に夢中で、未来の俺が隣で眠っていたことなど全く気が付かなかったようだな。
「観てたよ、観てた。パンタヌ大活躍だったな~。ラストシーンは涙無しには観れなかった。感動したぜ~」
「流石は主。確かにラストは深紅も感動した」
騙されるな、深紅たん。この男が観ていたのは始まってから五分間だけだ。後は眠っていただけだったんだぞ。ラスト何か観てねぇよ。ちょうど感動するシーンだったみたいで助かったな。
「さて、次に行くか」
「今度は何処に?」
「深紅たんに服買ってあげたいな~って思ってさ」
「別に要らない」
「だって簗嶋高の制服ずっと着てるじゃん。それも可愛いんだけどさ、たまには他の洒落た服でも着てみなよ」
「そんなこと言って、主は深紅に変な服着せるつもりだ」
「はは、何のことかな?変な服何てこの世の中には一つも存在しないよ。全部誰かがコツコツとデザインを考えて売り出してる品ばかりなのに」
未来の俺が深紅たんを連れて行った場所はコスプレ用の服が売っているアニメ専門店などではなく、若い女子達が買い物に訪れそうな普通の店だった。
俺のことだからメイド服やら体操着系を着せて楽しむものだと思っていたが、予想が外れたか。
「主!パンタヌのフード付きの服売ってる!これ買って欲しい!」
深紅たんがパンタヌグッズにとにかく食いつくことはもうわかっていた。
この洋服店では深紅たんがファンクラブ会員の女店員から握手を求められ、中にはあまりの可愛さに我慢出来ず抱きついてくるファンも。女だったから良いが、これが男だったら殴り掛かっているところだぞ。
深紅たんは抱きつかれたり勝手に着せ替え人形にされたりと困った表情をしていたが、未来の俺はその光景を微笑ましく眺めているだけで、助けようとかそんなことは何も考えていないようだった。
「深紅たん大人気だったなぁ~。だから言ったじゃん。ファンは俺だけじゃないんだって」
「何だか有名人になった気分だった」
「もう十分有名だよ。深紅たんには十万人ものファンがいるんだぞ」
「主のとーさつ写真が深紅を有名にしたのか。何か複雑」
「この世界には有名になりたくてもなれない人達がたくさんいるんだ。少しは嬉しがりなさい。これから歌手デビューまでしたら忙しくなるぞ~」
「頑張る。深紅は主の深紅だから」
夕方豪邸に帰宅して、深紅たんは嬉しそうに自分の部屋へと未来の俺に買って貰った服やパンタヌグッズを両手いっぱいに持って向かうのだが、その先で幸せの時間を一瞬で台無しにする人物が深紅たんを待ち受けているとはまさか考えもしなかった。
「……若、深紅の部屋で何を?」
そこに居たのは簗嶋未知可。未来で俺の息子となる男だった。
「よう、深紅。待ってたぜ。また親父と仲良く何処に行ってたんだ?ああ?」
「若、それだけは止めて欲しい。それは深紅と主の思い出のぬいぐるみ……だから」
「だから引き裂くんじゃねぇか。俺はお前の泣いた顔が見てぇんだよ」
未知可が手にしていたのは俺が深紅たんにプレゼントしたパンタヌのぬいぐるみ。
それを奴は頭を無理矢理に引っ張り始め、胴体から頭、続けて腕、足と、人間で言えばバラバラ死体のような状態にちぎって床に投げ捨てた。
「はは。どうだ。泣けよ、深紅。お前が大切にしてるぬいぐるみをこんな姿にしてやったんだぞ。主に貰った宝物何だろ」
同じように未来の俺が深紅たんがウイルスに侵され苦しんでいた時にプレゼントしたパンタヌぬいぐるみも同じようにバラバラに引き千切って床にばら撒いた。
部屋に置いてあったぬいぐるみはその二つだけで、深紅たんが大好きだったパンタヌの姿はもう何処にも見当たらない。
「おら、さっさと泣けよ。いつもお前は俺に殴られても平気な顔しやがって気に入らねぇ。これなら流石に涙を堪えられないんじゃねぇか?」
すっかりバラバラになったパンタヌを見た深紅たんは、命令された通りに涙を流すことが言いなりになる感じがして嫌だったのか、涙を見せる様子はなく、ただ無表情に未知可の図星をつくような言葉を口にしたのだった。
「……若は、主が構ってくれている深紅のことが嫌い?だからこんな酷いことするの?」
「はぁ?お前は馬鹿か?何を言っている?その言い方だと俺が親父に優しくされているお前に焼き餅をやいているみたいじゃねぇか」
「主に言っておこうか。あまり深紅に構わないでって」
「だから、ちげぇって言ってんだろうが!このちび!」
勝手に機嫌を悪くして深紅たんの頭を打つ未知可。
「痛い……だって、若が深紅を打ったり苛めるのは主に構って欲しいからじゃないの?」
「ちげぇよ!そんな訳あるか!てめぇそんなこと親父にチクりやがったら殴るだけじゃ済まさねぇからな!次こそぶっ壊すぞ!良いな!」
自分の部屋を未知可が去って行った後、深紅たんは静かに腰を下ろしてばらばらになったパンタヌのパーツを拾い集め始めた。
さっきまで我慢していた涙が瞳から溢れ出る。
悲しいことに今の俺は無力で深紅たんに声をかけて慰めてやることも、頭を撫でてやることも出来ない。
深紅たんにとっては殴られたり、乱暴な言葉をかけられるよりも、大切なぬいぐるみをこんな姿にされたことが一番に辛いことだよな。
俺だってアイツに対する怒りが収まらないよ。出来るものならいっぺん殴り飛ばしてやりたいさ。
でも、これは夢の中の話だ。シュナちゃんにも言われたことだが、俺が騒ぎ出しても向こうに言葉は伝わらないんだよな。
「……主、申し訳ない……パンタヌ……主がくれたパンタヌ、全部壊しちゃった……」
深紅たんがばらばらになったパンタヌを拾い集めて向かった先は、未来の俺が居る発明室。
パンタヌを自分で元に戻せないのを見るに、この時の深紅たんには物体の時間を巻き戻す能力はまだ備わっていなかったんだな。
「ごめ、ん……なさい……」
急に泣き出す深紅たんに未来の俺も慌てている様子で、
「泣かないでよ、深紅たん。俺別に怒ってないから。パンタヌならいつでも取ってあげるから。ね?」
「で、でも……このパンタヌ達は……主と、の、思い出の詰まったぬいぐるみだった……から……」
深紅たんの口からは決して、これは未知可にやられたんだという台詞が飛び出すことはなく、あくまでも自分が壊したと言い切っていた。
そんな深紅たんに未来の俺がしてあげられることはハンカチで涙を拭ってあげることだけ……と、思いきや、
「行こう。深紅たん」
「……行くって、何処へ……?」
「ゲーセンだよ。深紅たんパンタヌ無いと夜一人で眠れないでしょ」
いつまでも泣き止まない深紅たんの手を取って発明室を飛び出した。
未来の俺は今からゲーセンに行ってクレーンゲームをプレイするつもりらしい。
「悪い日向。ちょっと深紅たんと一緒に出掛けるわ。飯は食ってくるからいらん」
「え、うん。わかった~。気をつけてね」
颯爽と深紅たんのテレポーテーションを使ってゲーセンに移動し、さっそく始めたパンタヌのぬいぐるみの入ったクレーンゲーム。
未来の俺はいとも簡単にパンタヌを一プレイ目で見事にゲット。それを深紅たんに手渡した。クレーンが得意って話は本当だったんだな。
「ほら、深紅たん。パンタヌだぞぉ~。ただいまパヌ。淋しい思いさせてごめんパヌ~」
深紅たんは未来の俺のパンタヌの声真似でやっと笑顔になった。
貰ったパンタヌぬいぐるみを嬉しそうに抱きしめ、頬擦りをする姿は正に天使のような可愛さだな。
パンタヌを一つゲットした後でも未来の俺のクレーンゲームプレイはまだまだ止まらなかった。
「主、まだやるの?」
「いっぱいパンタヌ取ってやるからな」
気付けば深紅たんの両手には抱えきれないほどのパンタヌの姿。
この人は一体いくつのぬいぐるみを手に入れるつもり何だろう。
続々と増えるぬいぐるみに困っている深紅たんに店員が紙袋を持ってきてくれたが、十袋になったところでその店員からストップの声が。
へたくそな奴がプレイしていれば何も言われないとは思うが、ほとんどの景品をワンコインで取られていては流石に店側も困るよな。
「すいません、お客様。お上手ですね。誠に申し訳無いのですが、その辺で勘弁して頂けないでしょうか」
「そうですか。わかりました」
未来の俺はにこっと深紅たんに笑顔を向けた。それを見て深紅たんも同じように笑顔を返してくれる。
「ストップかけられちゃったけど、こんなもんで満足だよな。深紅たん」
「うん。深紅の周りパンタヌいっぱいで嬉しい。主、ありがとう」
こんな幸せな時間が何時までも続けば良いのにな……。
此処まで深紅たんの思い出を観て、俺は長い夢から覚めることになる。
俺を呼ぶ声が聞こえたんだ。目を開けてみると、そこには俺の顔を覗き込む深紅たんの姿が。
「主、シュナ姉が晩御飯作りに来てくれた。起きて」
「……深紅たん」
体を起こし目の前にいる深紅たんをぎゅっと抱きしめ、謝罪の言葉を口にした。
「主、ギブ。苦しい…………怖い夢でも見た?」
「……うん……ごめんな。辛い思いばかりさせて……助けてあげられなくて……」
「どうしたの、主……急に謝って、何か変」
「もう我慢しなくて良いからな。俺が全てを終わらせてやる。やっぱりアイツはこの世に誕生させてはならない」
戸惑い、困っている深紅たんへ俺は語り出した。
未来で深紅たんが未知可にされてきた様々な酷過ぎる苛めは、俺には見過ごせるものじゃない。
あんなことがこの先の未来で起こる現実のことなら俺には可哀想で耐えられないし、未来の俺が殺され未知可があの豪邸と莫大な富を継ぐことになりでもすれば、深紅たんにハッピーエンドなど永遠に訪れない。
だから決めたんだ。奴をこの世に誕生させてはならないと。
「……若に苛められた日は、決まっていつも主が深紅を笑顔にしてくれた。だから嬉しかったし、主と一緒にいられて気持ちが楽になった。パンタヌを壊されてゲームセンターに行った帰り、主に聞かれた。パンタヌ壊したの未知可だろって」
「未来の俺はやっぱり知ってたんだ……当然だよな。俺から見たら未来の俺も、過去に全く同じことを経験しているんだろうし」
気付かない筈が無かった。未来の深紅たんの部屋に大事そうに飾ってあったパンタヌぬいぐるみの一つは最近ウイルスで苦しんだ深紅たんの為に未来の俺がプレゼントしたものだ。
未来の俺もこのぬいぐるみを過去に見てるんだなって。
「未来の主は深紅のお願いを聞いて、若をこの世に誕生させる決断をした。自分が死刑になる可能性を覚悟して」
「未来の俺は自分の息子を更生させる道を選んだんだな。アイツの性格を真っ当なものにすれば未来もきっと変えられるって」
「主はそれでも失敗。未来で死刑執行された」
「未知可の気持ちを変えることは出来なかったんだな」
「深紅は主と奥方に若を諦めるようなことはして欲しくない」
「深紅たんの気持ちは嬉しいが、それでもなぁ……」
このまま俺が未来の俺と同じ道を歩んだとして、未来で起こる不幸の数々を変えることなど可能なのだろうか。また失敗したら、
「深紅を誕生させなければ良い」
「……え?」
深紅たんはいきなり何を言い出すんだ。
「アンドロイドは来夢姉とシュナ姉だけで良い。若が嫌う深紅の存在がきっと主が死刑になる原因。深紅が居なければ主は若に親として愛情を注ぐことが出来る。でしょ?」
「深紅たん…………てい」
いきなりアホなことを言い出す深紅たんに、ふざけんなよと頭に軽くチョップを一発。
深紅たんの存在を消す何て俺は絶対にしないからな。
「主、痛い。これじゃ若と一緒」
「馬鹿。軽く叩いただけだろ。俺をあんな手加減も知らないような奴と一緒にするな」
「ごめんなさい」
「それにだが、未来の俺は息子に愛情を注いでいなかったのか?」
俺が深紅たんに質問したところ、それに答えてくれたのは晩御飯を作り終え、話を近くで聞いていたシュナちゃんだった。
「いいえ。ご主人様は未知可様を大切に可愛がられていました。将来困らないよう勉強も自分から教えになっていましたし、毎日お話することも欠かさず、コミュニケーションは十分お取りになっていたと思われます」
「そうよ。そんなマスターをウザがって遠ざけていたのは若の方だったんだから。あたしからすれば何を勝手なって話よ。言っておくけどね、未来の貴方は自分の息子に嫌われていると思って少しの間距離を取っただけ。本当は息子と話がしたくて仕方がなかったの」
来夢はarkウイルスから完治したばかりの深紅たんの様子を見にやってきたのか、シュナちゃんの後に言葉を続けた。
そうか。未来の俺はちゃんと父親してたんだな。アイツを見捨てたりして無かったんだ。
「来夢、それは本当の話か?」
「こんなことでいちいち嘘何かつかないわよ。マスターはあたしに相談して来たわ。どうしたら未知可は自分に心を開いてくれるんだろうってね」
「私にはご主人様の愛情不足というよりかは深紅さんを苛めていた理由は自分が学校で苛められている問題からきている八つ当たりのように思えました」
「どうせ、いつものようにマスターと仲の良かった深紅が気に入らないってだけだったんでしょうね。怒りをぶつけるのに丁度良い相手っていうのもあったかも知れないけど」
「どういうことだ?」
「未知可は自分より弱そうに見えるものにしか暴力を振るわないの。実際にあたしやシュナには一切そういう態度を見せたことが無かった。深紅はちっちゃいから舐められていたのかもね。何をされても怒ったりしないから向こうにも恰好の的だったんじゃないかしら」
俺が見た記憶の中の深紅たんはアイツに殴られても、ひたすらに痛みを我慢しているだけだったもんな。来夢の言うことには頷ける。深紅たんが小さいのも事実だし。
しかし、それだとまだ納得がいかないんだよな。
それなら俺はどうしてアイツに嵌められて死刑判決を受けなければならなかった?
苛めが原因で世界を滅ぼそうと思ったなら、その苛めっ子達に恨みを持つのが普通だ。
俺が同じくらいに恨まれていた理由は何なんだよ。
「それは直接若に聞いてみないとわからないことね。あの子、あまりそういうこと人に話すような性格じゃなかったから」
「どうでも良いが、お前ってアイツのこと「若」って呼んでたんだな。今の俺と呼び方一緒じゃねぇか。話す時わかりにくいから俺のことは未来の俺と同じようにマスターで構わないぞ」
「嫌よ。そう呼ばれたかったらあたしが認められるような大人に成長しなさい」
「くっ、ほんとお前は口が悪いな。世の中に「ツンデレ」という文化がなければ嫌っても可笑しくないレベルだ。ツンデレに感謝したまえよ」
「あたしはツンデレ何かじゃないわ。若にデレること何て無いから安心して」
コイツにとって頭の悪い俺は、未来で自分のマスターとなる男であっても所詮は「若」でしかないということだな。
ふふ。覚えていろよ、来夢。俺が天才になった暁にはお前に命令して恥ずかしい格好をさせてやるぜ。もちろん三姉妹全員でな。
「ほら、下らないこと考えてないで、話を元に戻すわよ」
うるせ。俺の心の中でもお前は覗けるのかよ。
それは流石に無理だよな?
「先程の話ですが、私もお姉様と同じです。なぜ未知可様がご主人様を嫌っていらしたかは見当が付きません」
「深紅は知ってる」
「本当か、深紅たん」
「若は何をするにも天才の主と自分を比べられて育ってきた。それが原因で苛められるようになったとよく深紅に愚痴を零していた」
「…………え、それが原因か?」
「そう」
「それって、勉強しないで育った若が悪いんじゃない。マスターのせいじゃないわ」
「はい。お姉様の仰る通りです。未知可様はご主人様や日向様がお勉強を教えようとなさっても悉くそれを断り続け育ってきましたので」
来夢とシュナちゃんの言う通りだ。それは俺のせいじゃねぇ。
皆が呆れて会話がピタリと止まったその時、深紅たん、シュナちゃん、来夢の三人がピクリと何かに反応したような素振りを見せたことを俺は見逃さなかった。
「……どうした、皆?」
俺が聞いてみると、深紅たんが真っ先に俺の問いに答えた。
「アンドロイドの気配を感知した。ざっと九千体ほどの」
「九千体!?」
驚きで思わずその異常な数を叫んだ。
「……ついにこの時が来た」
「すぐに此処を離れた方が良さそうです。アンドロイド達がこの場所を目指して向かって来ています」
「しつこい奴ね。一体誰に似たのかしら?」
こっち見んな。俺には似てねぇよ。
深紅たん苛めたこと何て俺には一回も無い。
「……深紅が一人で片付けてくる」
「お馬鹿ね、深紅。九千体何て、いくら量産型が雑魚でも一人で相手出来る訳無いでしょ。あたしも行くわ」
「もちろん私もご一緒します。深紅さんお一人ではシュナお姉ちゃん心配です」
「シュナ姉、来夢姉、ありがとう」
「待てよ、皆。俺も行く」
……可笑しいな。何でだろう。
俺何かが一緒に付いて行ったって何の役にも立ちやしないのに、どうしてこんな言葉が飛び出した?
ああ……そうか。俺は怖いんだな。いくら量産型アンドロイド一人一人が弱いとしても、それが一気に九千体もやって来たら流石の深紅たんでも勝てないんじゃないかって。此処で三人を行かせてしまったらもう二度と会えない気がしてるんだ。俺は皆のご主人様何だから信じて待ってあげていなくちゃいけないのに。
「主、大丈夫。深紅達は絶対に帰ってくるから」
「一人のノルマは三千体ね。こりゃ長期戦になりそうだわ」
「ご主人様は私達の無事をお祈りください。きっと期待に応えてみせますので」
三人の背中を見送りながら、俺は深紅たんの口にしたある言葉を思い出していた。
少し前に深紅たんが何気無く呟いた一言が何故か気になるな、と。
まるで、大量のアンドロイド達が今日送り込まれてくることを知っていたような台詞だったな。
何だよ「ついにこの時が来た」って……。
「ねぇ、深紅。あんた「また」死ぬ気でいるでしょ」
「……来夢姉も未来の主から聞いていたの?」
「ええ」
「別に構わないと思ってる。それでこの時代の主が助かるなら」
「深紅が死んだらマスターはまた科学者目指すに決まってるでしょ。あの人はそういう人よ」
「今回の主には若のことちゃんと伝えてある。深紅は信じて待つだけ」
「深紅さん、あまりこんなことばかりしていては体が可笑しくなりますよ。私もご主人様に未来の光景をお見せして出来る限りの対策は取ったつもりですが、それでも未来が絶対に変わるとは言い切れません」
アンドロイド三姉妹はすでに自分達が九千体の量産型アンドロイド達と対峙し戦死することを、未来の簗嶋掴から聞いて知っていた。
彼女達からしたらこれから始まる量産型との戦闘は初めてではないのだ。
未来を変えられては困ると簗嶋未知可が未来から邪魔な三姉妹を排除する為アンドロイド九千体、全勢力を送り込んできた。
この時代の輝来掴のように初めはただの馬鹿だった簗嶋掴が猛勉強し天才科学者になった理由は彼女達にもう一度出会う為だった。
「それでも深紅は信じる。主が今度こそ若の人生を変えてくれるって」
事前に簗嶋掴は、量産型が過去で三姉妹と街中の上空で激しく戦ってたくさんの人間を戦闘に巻き込んで殺したことを深紅達に話していた。
だから初めから決めていたのだ。今回は戦闘用フィールドを生成し、そこに閉じ込めて戦うしかないと。
「九千体を閉じ込めておく為のフィールドを作るだけでかなりの体力を消耗するわ。自殺行為も良いところよ」
「深紅は全員破壊するまで死ぬ気はない」
「それは私達も一緒です」
「ええ。あたし達がくたばったらこの街は量産型の被害を受けるわ。それだけは避けないとね」
量産型アンドロイド達が三姉妹の姿に気付き容赦無く襲い掛かる。
三人は一人ずつに分散し、迫り来るアンドロイドの軍勢にそれぞれの武器を出現させ勇敢に向かって行く。
深紅は目にも留まらぬスピードで敵を圧倒し、来夢は日本刀で素早く確実に一体ずつ斬り裂いて、シュナはロケットランチャーを連射しまくった。
量産型は凄まじく弱く、大体が一撃で片付くのだが、それでも束になって掛かって来られてはいくら未来の天才科学者、簗嶋掴の生み出した腕の立つ三姉妹でも対応が仕切れない。
戦闘が長引くにつれ、体に負う傷や負担も増える。力尽きるのは時間の問題だった。
「フォルムダイブ」
深紅は量産型を素早く片付ける為、姉のシュナや来夢に姿を変えて、それぞれの武器を使用。遠くにいる敵はロケットランチャーで撃ち殺し、近くの敵は日本刀で斬り捨てた。一対一の戦闘なら負けることはまず百%あり得ない深紅でもこれだけの数を相手にしては完全には避けられず、致命傷になるような傷も何度も負わされた。
「主のいるこの街は壊させない。主とのたくさんの思い出の詰まったこの場所は絶対に深紅が守る」
とてもじゃないが一人では捌き切れない数の敵に苦戦する姉妹達。
ダメージを負っても自分で体の治癒が出来る深紅でも、敵に襲われていながら回復させることは難しい。僅かな時間でも敵が与えてくれたなら話は別なのかもしれないが。
「深紅、大丈夫?まだくたばるんじゃないわよ。あんたは姉のあたしより一秒でも長く生きなさい。シュナ、あんたもよ」
「上等。深紅なら全然平気。余裕」
「はい。精一杯努力します。深紅さんは私よりも先に壊れては駄目ですよ」
「それさっき来夢姉にも言われた。大丈夫。深紅は例え骨だけになっても死なないつもり」
二人の姉よりも長く生き残ると誓った深紅が、懐からパンタヌのパペットを取り出してそれを右手に装備した。
「深紅さん、そのパンタヌは何ですか?」
「未来の主がパンタヌ好きの深紅に作ってくれた秘密兵器。見てて」
パンタヌが閉じていた口をぱかっと開くと、そこからキュイ~ンという耳障りな大きな音が発せられた。
その音は一般家庭で使われる掃除機の音によく似ている。
深紅は語り始めた。
「これは主が発明したパンタヌ型アンドロイド専用掃除機。その気になる吸引力は掃除機一億個分。残りのアンドロイド二千体くらいなら余裕で吸い込める」
深紅はすでに自分が相手をしていたアンドロイド三千体のうち千体程を片付けていたようで、残りの二千体をパンタヌの体内に吸い込めば全てを排除したことになる。
これでシュナと来夢の手助けに向かえると考えていたのだが、
「……あれ、千体くらい残った……主の嘘付き」
パンタヌ型パペットが吸い込めるアンドロイドの限界は千体止まりだったようで、深紅は聞いていた話と違うことに不満を漏らしていたが、千体も吸い込めるとか、それはすごい発明品に変わりは無い。
「すごいじゃない、その武器。あたしにも貸してくれない?正直刀を振るのも疲れてきたわ」
「無理。パンタヌは千体のアンドロイドを吸い込んでお腹一杯。もうこれは使えなくなった。何か主が設計ミスったっぽい」
「残りは自分達で倒すしかないということですか。少し残念です……」
「大丈夫。深紅の方は後千体程で片が付く。待ってて。もうちょっと頑張ればシュナ姉と来夢姉を手伝える」
「こっちのことは気にしなくて良いから、無理しないで自分のペースで戦いなさい」
来夢はそう言うが、彼女が相手にしている量産型アンドロイドの数は戦闘が始まってから今までほとんど減っていないように見える。
やはり刀一本だけではキツイのか、一度に大勢の敵を蹴散らせるロケットランチャーを使うシュナの方が一体ずつ刀で斬り倒している来夢よりも敵の数を順調に効率よく減らしていた。
「一体ずつじゃ埒が明かないわ」
来夢はもう一本の日本刀を取り出し、刀の柄と柄をくっ付ける。
すると二つの日本刀が合体し薙刀の形へと変化した。
「こっちの方がまだマシね」
妹達に負けずと豪快に薙刀を振り回し、自分の近くにいる量産型アンドロイド達を一掃する。
一気に攻撃範囲が広がった。
「何だよ……これ……」
三人が九千体のアンドロイドと対峙している頃、自室で深紅達の帰りを信じて待っていた掴は、ベッドの上に置いてあるパンタヌぬいぐるみの目の前に「主へ」と書かれた自分宛の手紙を発見し、それを手に取っていた。
開封してみると、そこに書いてあったのは「主、深紅のこといつも可愛がってくれてありがとう。嫌がっているように見えたかもだけど、本当はすごく嬉しかったんだ。ばいばい。深紅は優しい主のことが大好きです」と全部で四行と短くまとめられた本音。自分の大好きな深紅たんからのお別れの言葉だった。
「……ばいばいって何だよ。深紅たん……絶対に帰って来るって言ってたじゃないか。あれは嘘だったのかよ……」
深紅たんの大好きだったパンタヌぬいぐるみを見ていたら自然と涙が零れた。
あの子はきっと俺を戦闘に巻き込まないように、心配させないようにとあんなことを口にしたんだろうな。
もう一度深紅たんに会いたいと自宅から外に飛び出してみても、九千体ものアンドロイドと激しい戦闘中の三人の姿は何処にも見当たらず、街の中は平和そのものだった。
「何処にいるんだよ……深紅たん、来夢、シュナちゃん……」
街の中を走り回っても何処にもいない。
それもその筈だ。彼女達の張った戦闘用フィールドは特殊なもので、人間の視界には映らないように設計されている。人間達を混乱させないようにと、未来の掴が考えての能力だった。
「あ、主だ」
何千といるアンドロイド達と命懸けの戦闘の最中、深紅が外を出歩いている掴の姿をみつけてちょっとの余所見をした。
敵はそんな隙を見逃さず、一斉に攻撃を仕掛け持っている日本刀を突き出した。
いきなりのことに対応が間に合わず、死を覚悟した深紅だったが、
「馬鹿深紅っ!何余所見してるのよ!」
大切な妹を守ろうと敵の攻撃を防ごうと思った来夢も突然なことに間に合わず、体に敵の刀が何本もぶっ刺さった。
「お姉様!」
来夢を刺した五~六人のアンドロイドはシュナが放ったロケットランチャーで撃ち殺したが、心臓の辺りに刀が刺さっているのを見るにもう彼女は戦える状態じゃない。
そう思った深紅は、
「来夢姉……ごめん、なさい……深紅が余所見何かしたから……」
「気にしなくて、良いわよ。あんたがマスターのこと……大好きだってわかってるから……あいつに、最後にまた会えて嬉しかったのよね……」
「うん……主とはもう、ばいばいだから。来夢姉はシュナ姉と一緒にフィールドから出て。後は深紅一人で平気」
「……え?」
「シュナ姉、来夢姉のことお願い」
後半数近く残っているであろうアンドロイド達は自分一人で片付けるからと、深紅は戦闘不能状態の来夢をシュナに託すと、二人をフィールドの外へと避難させた。
シュナが語りかけようがフィールドの外に出てしまえば中にいる深紅に声が届くことはない。来夢にどうするか聞いてみるもすでに反応が無い。死亡を確認した。
「来夢姉のぶんもシュナ姉のぶんも深紅が全部片付ける。力を貸して。パンタヌ達」
深紅の言葉を合図にぬいぐるみくらいの大きさのパンタヌ軍団がそれぞれに武器を持って三千匹程出現し、量産型へ総攻撃を仕掛ける。
これは簗嶋掴がパンタヌ好きな深紅の為に作ったオリジナル能力で、小さくても彼等は量産型の数を減らすことに貢献し、かなり深紅の役に立っていた。
「これで、ラスト……」
パンタヌ軍団が予想以上に敵の数を減らしてくれたおかげで深紅が相手をする数も残り十体程と後僅かとなった。
一斉に三千体のパンタヌを操作するのは体力を大幅に消耗するらしく、深紅はもうへとへと。これくらいなら後は自分でと、パンタヌ軍団を解散させる。
気持ちが少し楽になってきて一息ついたその時、
「くっ……油断した……」
後ろから接近してきたアンドロイドに気付かず、背中から心臓付近を突き刺され重症を負った。
強烈に痛みを感じたが、それでも、まだ此処で勝利を諦める訳にはいかない。
深紅は刺された刀を体から引き抜き、それを握りしめ残りのアンドロイド達へ最後の力を振り絞り体当たり、猛攻を仕掛けたのだった。
「……大丈夫かな、深紅たん……無事、だよ、な……」
とうとう深紅達の姿を見つけられなかった掴は、浮かない表情で自宅へ帰って来て誰も居ない淋しい部屋の卓袱台の前にストンと腰を下ろした。
自分には三姉妹の無事を信じて待つことしか出来ない。無力差を呪いたくもなるだろう。
目の前にある卓袱台へ怒りの感情のたんまりと篭った握り拳を強く打ちつけた。
「くそ、俺は深紅たん達に何もしてやれないのかよ……」
掴が一人事を呟いたその時、自分の部屋のドアノブがガチャっと音を立てて、そして開いた。
「そんなこと無い……主は、深紅達に……戦闘の役に立つ能力をいっぱいくれた……」
深紅が体中傷だらけで、いつ倒れても可笑しくない状態で掴の、主の元へと帰って来た。
「深紅たん!」
躓いて倒れそうになった深紅を慌てて掴が受け止めに走る。
此処へは二度と帰って来ないと思っていた深紅の姿をもう一度見ることが出来てほっとしていた掴に、彼女は言った。
「ごめんね、主……深紅、実は知ってたんだ。さっき終わったばかりの戦闘で自分が死んじゃうこと……」
「は……何言ってんだ。深紅たんは今もこうして生きてるだろ。死んで何かいないじゃないか……言葉の意味がわかんないよ……そんな笑えない冗談言ってないで、能力使って早く怪我治した方が良いぞ……」
深紅が胸に刺されたような大怪我を負っていることに気付いた掴は治癒能力で体の再生をするように言うが、
「コアを破壊されてた……大丈夫かと思ったんだけど……やっぱり駄目だった……」
「……コアって?」
「人間で言えば心臓。これを破壊されたら能力が発揮出来ない」
「それって……どうなるんだ……大丈夫、何だよな?」
「……大丈夫。この街にやって来たアンドロイド達は全て深紅とお姉ちゃん達で倒した」
「そんなこと心配してんじゃねぇ!俺が聞いているのはお前の体のことだっ!!」
普段は深紅に優しい彼の口から初めての怒鳴り声が飛び出した。
こっちのことはどうでも良いから自分の体を心配しろと、戦闘で重症を負ったアンドロイドに言いたくなる気持ちはわかる。
「馬鹿!深紅たんの馬鹿っ!絶対に帰って来るって約束したじゃないか!あれは嘘だったのかよ!」
「深紅嘘は付かない。冗談ならよく言う……現に深紅はちゃんと主のところに帰ってきてる」
「いいや、こんなの帰って来たとは言わないね。これじゃ俺の部屋に死にに来たようなもんだ。お前、血だらけじゃねぇかよ……」
自分を怒る掴に深紅は言った。
「深紅は主の住むこの街を守ったんだよ。怒っちゃやだ……褒めて欲しい……」
「やだよ。今日は何が何でも甘やかさないからな。俺に心配かけさせやがって」
「えー……主酷い。もうこれで会えるの最後なのに……」
「最後じゃないよ。深紅たん生きてるだろ」
「コアが壊れたらアンドロイドは生きていられないよ。もう少しで深紅、死んじゃうんだよ……今は辛うじて生きてるだけ」
「良い加減にしないと怒るぞ」
「もう怒ってる……主の馬鹿……いつも深紅に優しかったのに、最後は冷たくするの?」
自分の怒りの混じった言葉遣いに深紅が涙目になっていることに気付いた掴は、流石に可哀想に思えて、
「悪かったよ、深紅たん……ごめん。そうだよな、命救って貰ってこんな態度取ってる俺が馬鹿だった。ありがとう。でもわかってくれ。俺は深紅たんが大好きだからこそ怒ったんだ。嫌いだったらこんなに怒ったりしないよ」
「主」
「……何?」
「主がいつも、深紅にかけてくれるあの台詞が聞きたいな」
「……ああ。良いよ。だからこれからもずっと俺の傍にいろ」
「深紅も主と一緒にいたいけど、もうすぐお別れ……だからお願い。死んじゃう前に主の言葉聞かせて……」
「くっ……」
「深紅は主のこと、大好きだよ」
「俺も、深紅たんが大好きだ」
いくら量産型アンドロイドが弱いからって九千体も束になって掛かって来られたらそりゃ死ぬだろ。無事で済む筈がない。
どんなに強い奴でも何千人も一人で相手出来る訳無いんだ。俺だったら開始何秒かで殺される自信がある。
「だから死ぬな。深紅たんが死んだら俺も後を追いかけるかもしれないぞ」
深紅との別れの時が迫っているという現実を知って、掴は涙を溢れさせた。
「それは困る。奥方が悲しむ結果になるから止めて欲しい」
「今日向のことはどうでも良いだろ!」
「どうでも良くない。深紅信じてるよ。今度こそ主が若のこと救ってくれるって」
「何言ってるんだよ、深紅たん……こんな目に合わされてまだアイツのこと気にかけてるのか……」
「深紅はもう主に会えないかもしれないけど……」
「馬鹿……また会えるに決まってるだろ。時間は掛かるかもしれないが、少し待っててくれないか。俺、明日からもう勉強して、深紅たんを作れるくらいの科学者になってみせるからさ……絶対だ……」
「主、深紅のことは作っちゃ駄目」
「どうしてだよ!」
「若が荒れたのは多分深紅のせい。深紅が、主を独占しちゃったせい……だから……主に
最後のお願い、聞いて欲しい……な……」
言葉の途中で目を閉じそうになった深紅に掴は声を掛ける。
一度目を閉じればもう二度と起きてくれない。そんな気がした。
「おい深紅たん!目を閉じるな!俺はまだ最後のお願い聞いてないぞ!」
「深紅が死んでも、若のことは恨まないであげて。約束」
「わかった。わかったから…………お願いだから、俺の前から居なくならないでくれよ…………明日から俺、深紅たんが居ない世界でどう生きていきゃ良いんだよぉ」
今にも意識を失ってしまいそうな自分の大好きなアンドロイドの姿を見て、大泣きした掴の涙がぽろぽろと深紅の頬に零れる。
悲しくて辛くて仕方の無い自分の主へ最後に深紅が笑顔で掛けた言葉は、
「……主がいつも深紅に優しくしてくれて、嬉しかったな……」
ついに瞳を完全に閉じ切った深紅。
掴が体を揺さぶったり、声を掛けようがそれから起きることは二度と無かった。
動かなくなった深紅の体を自分の膝の上に置いて暫くの間抱きしめていると、掴のところにはただ一人だけ姉妹の中で生き残ったシュナが姿を見せた。
「深紅さん、こちらへ帰って来ていたのですね」
「……シュナちゃんか。無事、だったんだな」
「はい。深紅さんは停止してしまったようですね」
「……深紅たんに言われたんだ。未来で自分のことを作らないでくれって。それで未知可の奴を救えるって」
「……そう、ですか」
掴はコアが砕けて停止した深紅の頭を優しく撫でながら姉であるシュナにこう宣言した。
「……決めた。俺は深紅たんを作る!天才科学者の道を歩む!」
「ですがご主人様、それでは深紅さんのお願いが」
「シュナちゃん、俺が深紅たんのお願いを叶えたら深紅たんとは二度と会えないんだよ」
「……わかりました。私もご主人様のお勉強を精一杯お手伝いします」
大切な、大好きな存在を失ったこの日、アンドロイド三姉妹次女であるシュナを助手として、輝来掴の天才科学者を目指す、鍵中深紅をこの世に生み出す果てしなく長い物語は始まりを迎えたのだった。