第三話(深紅VS深紅)
掴や日向の住む町の上空へ突如姿を現した鍵中深紅の姿をした量産型アンドロイドの軍勢。
彼女達の目的は自分達を生み出した輝来掴の未来を変えようと企むオリジナルの鍵中深紅を停止させることだ。
そんな強大な殺気を感じた姉の来夢は掴の自宅から外へ様子を見にやって来た訳だが、説得しようにも話が通じる相手では無い。
止むを得ず戦って大切な妹を守る決断をした。
「いくらでも相手になるわ。深紅を消したいならまずは姉のあたしを倒すことね」
日本刀を出現させて戦う意思を見せる来夢に襲い掛かるアンドロイド達。
大勢の敵を一人で相手にしていた彼女の元へ助っ人が現れたのは戦闘が開始してすぐのことだった。
「お姉様、私もお手伝いします」
「助かるわ。ありがとね、シュナ」
来夢の助っ人にやって来たのは赤髪ツインテールに花の髪飾りをつけた見た目の可愛らしい少女で、名を「花見シュナ」深紅と同じで来夢の妹である。
「深紅と喧嘩みたいになっちゃった。この時代のマスターのこと悪く言うあたしのことが気に入らないのかしら?」
「深紅さんはご主人様大好きでしたからね。その気持ちと同じくらいお姉様のことも」
「へ、そお?」
「はい。そこまで心配する必要は無いと思われます。喧嘩する程仲が良い。違いますか?」
「……そうね。後で謝っておくわ」
来夢と同じように最初は日本刀や拳銃を使いアンドロイド達と戦っていたシュナだったが、このままでは埒が明かないと感じたのか、彼女が取り出したのは大型武器、ロケットランチャー。これでまとめて片付けるつもりらしい。
「お姉様、離れていて下さい。これで一掃します」
シュナの放った強力な一撃に命中したのは極々一部だったが、残りのアンドロイド達に恐怖を感じさせて退散させることに成功した。
「シュナが羨ましいわ。マスターは製作段階で貴女専用に百種類以上の武器を用意した。まるで生きる武器庫ね。あたしの使用可能な武器は日本刀と拳銃の二つだけ。格差を感じるわ」
「いえいえ、ご主人様は私達一人一人に愛情を持って製作なされていますよ。私は世界中に存在する有りと有らゆる武器が使用可能ですが、お姉様のような素晴らしい剣術や百発百中の射撃センスは備わっていませんので」
風呂を出てみたら家の中に来夢の姿が無いことに気が付いた。
深紅たんと喧嘩っぽい感じになったから居辛くなって帰ったのかな。
妹大好きなアイツのことだからてっきり俺と深紅たんのラブラブお風呂タイムを邪魔しに来ると思っていたのだが。
「あー、幸せだわー。生きている内に二回も深紅たんのスク水姿が拝めるとはな」
「主大袈裟。人生は長い。そんなのまだいくらでも見れる」
未来の俺が死んでからか、深紅たんの俺に対する思いやり度が最初の頃と同じくらいに戻った気がした。
それは俺からしたらとても良いことなのだが、次に気になってしまったのはアンドロイド姉妹の仲な訳で、二人の険悪なムードを何とかしてやりたいと思っても問題が問題だから中々良い解決策が思い浮かばない。
俺が勉学に励み天才を目指せば深紅たんが嫌がるし、反対にアホの道を突き進めば今度は来夢が怒り出す。
ほんと、どうすりゃ仲直り出来るんだろうな。
「お姉ちゃん、帰っちゃったみたいだな」
「深紅が悪い。来夢姉に酷いこと言った」
お、深紅たんは自分が悪いと感じているんだな。良い子だ。
あの宣戦布告にはちょっとドキっとしたからな。心配したんだぞ。今度は本当の姉妹対決が始まるんじゃないかって。この前の相手は来夢の偽物だったからな。
「駄目だぞ、深紅たん。俺は二人が戦うところ何か見たくないからな」
「深紅も戦いたくはない。主、どうしたら良い?」
「う~ん……俺に聞かれても困るんだが」
そもそも俺は未来のことをほとんど知らないしな。アンドロイドを作ったからってどうして死刑にならなくちゃならんのか。聞いたところによるとアンドロイドを使って犯罪行為を起こしたのは他の人物であって、俺ではないんだろ。
「俺のアンドロイド製作技術を悪用した人物ってのは、誰だかわからないのか?ソイツに好き勝手される前に何か対策を取れたら良いんだけどな」
「無理。主の発明室に忍び込んだ怪しい人物の姿は確認出来なかった。犯人の特定にも至っていない」
「そっか。ソイツは捕まっていないってのに、俺だけが捕まって死刑にされるとか理不尽過ぎるだろ」
「主の証言を警察が信じることは無かった。アンドロイドを悪用し人間を殺させた罪で死刑判決が下り、それが実行された」
「酷い話だよな。俺はやってもいないことで疑われたまま無能な警察共に殺された訳だ」
「信じて。主はアンドロイドを悪用して何かいない。それは深紅が保証する」
「信じるよ。深紅たんの言うことに間違い何て無いだろうから」
深紅たんの「主は」の部分に若干の違和感がありはしたが、きっと俺の気にし過ぎだと思いそこを聞いてみるのはやめておいた。
「深紅たん、髪乾かしてやろうか?」
タオルで拭いただけの、濡れた状態の深紅たんの髪を見て急に乾かしたいという衝動に駆られた俺は異常な性癖の持ち主だろうか?
「平気。自分で出来る」
「良いからこっち来て」
「えー……」
深紅たんを自分の膝の上に座らせて、洗面所から自室まで持ってきたドライヤーのスイッチを入れた。
あ……何かすげぇ良い匂いがする。石鹸とかシャンプーの良い香りだ。
「俺、深紅たんのシャンプーの香り好っきやわ~」
「主も同じの使ってる」
「良いんだよ、細かいことは。俺は深紅たんの髪から漂ってくるこの匂いが好き何だ」
可愛らしい金色の短髪を乾かしながら今更に思う。
やっぱこの絶妙な髪の長さが俺の好みを刺激するんだよなぁ。
大体の無口な美少女キャラは短髪が多い。最近になってあまり深紅たんが無口じゃないことに気付いたのだが、喋ってくれないで会話が続かないよりも会話が成立する方がこっちも楽しいに決まっている。深紅たんくらいの口数がちょうど良いな。
「主、熱い」
「うわっと、ごめん。深紅たんが可愛過ぎてぼーっとしちまってた」
「主はいつも聞いていて恥ずかしいお世辞が多い」
「お世辞じゃねぇよ。本気で言ってる」
「余計に恥ずい」
深紅たんの頬がほんのりと赤いのはドライヤーの熱風が当たっているからなのか、照れているからなのか、そのどっち何だろうな。
「あ、パンタヌ」
髪を乾かしている途中で深紅たんがポチッとTVを点けたら画面には彼女が大好きなゆるキャラ、パンタヌが映っていた。
クイズ番組に参加するパンタヌの中にはきっと、子供の夢を壊してしまうような小汚いおっさんが入っているに違いない。最近よく見るし、相当稼いでいそうだな。
着ぐるみ着ているだけで儲かるとか羨ましすぎる。俺もそんな楽な仕事に就きたいわー。
俺があの中に入るか。それなら絶対に深紅たんも喜んでくれる。
(良いこと思いついたな)
「主、にやにやしてる」
「ふふふふふ。何でも無い。深紅たんともっと仲良くなれる名案を思いついてね」
「何か、怖い」
後でコスプレショップ辺りでパンタヌの着ぐるみを買ってこよう。
そう心に決めた俺だった。
「深紅たん、このクイズ番組つまらないからチャンネル変えても良い?」
「やだ。パンタヌ観たい」
さっきから観ていてもあの着ぐるみ着たおっさん「パヌ~」とか言ってるだけで全然正解出来てない。やる気がないならクイズ番組何か出るな。
それと「パヌ」なら深紅たんが言った方が絶対に可愛いぞ。
番組の司会者の話しだとパンタヌが敗北すれば罰ゲームとして着ぐるみだけに身ぐるみ剥がされるらしい。モザイクかけろ。子供の夢を壊してやるな。
「パンタヌ可哀想」
「このままじゃアイツ、罰ゲーム確定だな」
「大丈夫。何とかする」
そう深紅たんが口にして暫くした後、TV画面では急に頭の回転が良くなったのか、パンタヌが続けて出されたクイズに連続で正解を叩き出していた。
まるで、クイズの解答が頭に浮かんでいるように、他の回答者を抜いて一気にトップへ駆け上がる。周りのギャラリー達も驚きを隠せない。今までは本気じゃなかったのか……それとも?
「深紅たん、もしかして何か手助けした?」
「パンタヌの中の人の頭脳に直接リンクした。クイズの答えをこちらから送ってサポートしたまで」
なるほどね。生放送だからこそ出来る反則技だな。これが予め撮っておいたただの映像ならこんなことすることは不可能だし。
というか、相変わらず深紅たんすげぇ~。よくあのスタジオまで届いたもんだ。
TVでは司会者の質問にパンタヌが誇らし気にこう答えている。
「いやぁ~、いきなり答えが頭の中に浮かんで来たんだパヌ。パンタヌもしかしたら天才かもしれないパヌねぇ~」
お前の知らない所で俺の可愛い深紅たんが力添えしてくれたんだ。
思い上がるんじゃありませんよ!
これを知ったら有名な刑事ドラマの警部殿もこう言う筈さ。
「主、パンタヌ優勝した」
「ああ。深紅たんのおかげでな」
TVでパンタヌの姿を観ていたら深紅たんの濡れている髪はすでに乾いていた。
出掛け先での食事はほとんど深紅たんが食べてくれたから日向が作ってくれた晩飯は無駄にならないで済みそうだ。
俺がラップを外して日向の手料理であるサンドウイッチを食べようとしていると、
「深紅も食べたい」
あれだけの量を食べたばかりだというのに深紅たんはまだ食べ足りていなかったようだ。
深紅たんの可愛いおねだりを俺は断わることが出来ないし、そんなことをする必要も無い。ちゃんと二人分作ってくれたみたいだしな。
「良いよ。玉子、ツナ、トマトと種類が豊富だけど、どれにする?」
「玉子とツナ。深紅、トマト嫌い」
「え、トマト嫌いなの深紅たん。うりうり、ちゃんと嫌いな物も食べないと大きくなれないぞ」
嫌いなトマトを食べさせようと小さなお口へ近づけてみるも、深紅たんは嫌がって口を結んだまま開こうとしない。
「酷い。主が深紅のこと苛める」
「好きな子ほど苛めたくなるものだからなぁ。嫌がってる深紅たんも激可愛だ。他に嫌いな食べ物は?」
「野菜。主にピーマンと人参」
野菜嫌いとかお子様味覚じゃねぇか。超可愛い。
見た目もお子様、味覚もお子様とはな。
「この玉子サンドとかきゅうり入ってるけど平気?」
「平気じゃない。主、きゅうり食べて」
深紅たんの可愛いお願いを断わることなど出来る筈もなく、俺はきゅうりだけを自分の口の中へと放り込んだ。
ちょっとした悪ふざけに俺が深紅たんに差し出したのは、残りのトマトサンド全部をのせた皿。
何でこんな酷いことをするのかって?
そんなことは決まっているさ。単純に嫌がっている深紅たんが見たい。ただそれだけだ。
「主、これ全部トマトサンド」
「知ってる。はい、口を開けてごらん。食べさせてあげよう」
「深紅のこと苛める主きらーい」
深紅たんが俺の膝の上から立ち上がり、てくてくと俺のそばから離れて行く。
……あれ、もしかして本当に嫌われたかな?
「深紅たんどこ行くの?戻っておいで」
ぽんぽんと膝を叩き、此処に戻っておいでと合図を送るも深紅たんは、
「トイレ行ってくる」
「その前に一つ確認があるんだけど、俺のこと大好きだよね?」
「きらーい」
「がーん!!」
深紅たんの口から出来れば聞きたくなかった台詞が飛び出した。
マジでショック。俺立ち直れないかも……。
今日はずっと一日良い雰囲気で、このまま彼女になってくれんじゃね?
とか、ちょっとは思ってたのになぁ。嫌いな物無理に食べさせようとするんじゃ無かった。
時よ、頼む。戻れるなら戻ってくれ。
「……って、戻る訳ねぇか」
天に願っても無駄だったか。
人間には時間を戻せるような異能など備わっちゃいないんだ。万能な深紅たんになら可能かもしれないけど、深紅たん絡みのことをやり直したいのに本人に時を少し戻してとか言えないし、それで深紅たんの俺に対する評価が元に戻る訳でもない。
……はあ。何て切ない青春の一ページ何だ。世の中のリア充共全員死ね。
「深紅が嫌いと言うなら、主は深紅達が貰い受ける」
トイレから戻って来たのか、深紅たんが突然俺の前に姿を現した。此処まで歩いてくるのが面倒だったのかな?お得意のテレポーテーション何か使っちゃって。ビックリしたぞ。
「……し、深紅たん、帰ってくるの早かったね。もしかして一人でトイレ行くの怖かった?」
「主、好き~。ちゅーして」
(へ…………えぇええええええええっ!?)
いきなりどうしたのだろう。
さっきは俺を嫌いと言った深紅たんが今度は好きと言ってキスを求めてくるとか、もう急展開過ぎて頭が追いつかないぞ。
「駄目?」
「い、いや、駄目じゃない……けど、さ……そう言えばさっき「深紅達」って言ってたけど、それってどういうことかな?」
「こういうこと」
気付けば俺の周りには合わせて五人の深紅たんが何処からともなく姿を現して俺に可愛いおねだりをせがんで来た。もしかして此処は夢の国か何かかな?
「主、大好き~」
「主、抱っこ」
「主、おんぶ」
「主、けっこんしよ」
「主、頭撫でて」
あー、何これ。すっげえ幸せな気分。
突如訪れた人生初のハーレム状態。五人の深紅たん達による俺の、ご主人様争奪戦が始まった。腕を右と左から同時に引っ張られようとも、痛さよりも嬉しいという気持ちが勝って、頭が一杯だぁ~。
これがモテ期って奴だろうか。この時間が永遠に続けば良いと心から思うね。
幸せ過ぎて、自然とこんな呪文のような言葉が俺の口から飛び出していた。
「深紅たんが一匹。深紅たんが二匹。深紅たんが三匹。深紅たんが四匹。深紅たんが五匹。深紅たんが六…………あれ、俺の目の前に居る深紅たんを合わせて六匹か?」
「主、深紅は動物じゃない。匹で数えられるのは何か嫌」
「可笑しいな。また増えたのか?最初は五匹、いや、五人しか居なかった筈なのに。まあ良いや。君も早く俺のハーレムに参加したまえ。大丈夫だ。悪いようにはしない」
俺の目の前に立つ深紅たんだけが、何故か俺を生ゴミでも見るような冷たい目で見下ろしている。この子だけは、主大好きアピールをしてこない。何故だ?
「嫌。深紅は主が喜びそうなこと、そんな軽々しく言ったりしない」
「どうしてさ?」
「それは深紅が本物だから。その深紅達は多分、未来から深紅を消す為送り込まれてきた量産型アンドロイド」
「…………へ?」
さっきまで俺にべったりだった五人の深紅たん達が自分の腕を物騒な物(未来の銃的な何か)に変えて、それを目の前に居る一人の深紅たんへ向ける。
まさか、この子達は本当に……?
「逃げろ、深紅たん!」
少しその台詞を口にするのが遅かったみたいだ。
俺の家の自室の壁は激しく破壊され、大きな穴が空き外から中が丸見えの状態に姿を変えた。
深紅たんの姿が何処にも確認出来ないことから考えて、多分テレポーテーションで今の銃撃を回避したのだろう。
五人の深紅たんも気付けば俺の近くから姿を消していた。きっと逃げた深紅たんを追って行ったんだな。
…………いや、よく考えろ。深紅たんは逃げたんじゃない。俺を巻き込まないよう戦闘場所を此処から他の場所に移したんだ。
ああ、また深紅たんに悪いことしちまったよ。あれじゃ、主は深紅よりもあの五人の方が大事とか思われたかもな。
深紅たん傷付いてるかもだし、後でちゃんと謝った方が良いよな。また俺の評価が下がるだろうし…………って、待てよ、俺。今はそんなことを気にするより他にやることがあるだろ。
「深紅たん……深紅たん!」
深紅たんが何処に戦闘場所を変えたか何て俺にわかる筈も無かったが、じっとしては居られずアンドロイド達の姿を探しに外へ飛び出していた。
そうだ。来夢に助けを求めれば……。
「何か御用ですか、掴君。お嬢様ならアルバイト中ですよ。用がお済みでしたらとっととお帰り下さい。殺されたいのですか?」
日向の自宅に行ってみれば、訪ねて来た俺を若頭が門前払いしようとしていた。
殺しますとか、言って良いことと悪いことがあるだろ。
「いや、違うんだ。今日は日向に用があるんじゃなくて」
「お嬢様を呼び捨てにするとは失礼な。ほら、私が刀を抜かない内にさっさとお帰りを。本当に殺しますよ」
俺の背中を押して、帰れと急かす若頭に俺は一つ質問をした。
「来夢に用があって来たんだよ。アイツは居ないのか?」
「来夢さんなら少し前にお出掛けになられました。さあ、これで満足でしょう。二度とお嬢様には近付かないようお願いしますよ。次は無いと思って下さい」
日向と一緒に居るところを目撃したら俺を殺すってか。
そんなことで命を失うなら、俺の命は幾つあっても足りないな。
未来の俺はよく四十まで生きてたもんだ。もしかしたらだが、俺に犯罪者の汚名を着せたのはあの若頭じゃないだろうな。日向のことをこれだけ気にかけているんだ。俺に日向を取られて逆上してやったとしても可笑しくない。
くそ、こんな時に来夢は何処に行ってんだ。深紅たんが深紅たん達に命狙われて大変だってのに。
深紅が戦闘場所に選びテレポーテーションで移動して来たのは簗嶋高校の校庭。
夜の誰も居ないこの場所なら主である掴と他の人間達を巻き込まないで済むと考えての行動だった。
「オリジナルの深紅を殺せと命令された」
「「あの人」が見よう見まねで作った貴女達では主が作った深紅には勝てない。いくら数を揃えようと無駄。与えられたスペックの差が違い過ぎる」
日本刀を装備し量産型の五人が戦う姿勢を見せるが、深紅は余裕な表情で特に慌てる様子もなく、いつも通りに落ち着いていた。
「オリジナルの深紅には武器が使えない。どうするつもり?」
「武器は無くても戦う方法はいくらでも存在する。フォルム・ダイブ」
フォルム・ダイブ。そう唱えることにより深紅の姿が姉の来夢の姿へと一瞬で変わった。
「この能力は主が深紅に武器を携帯させない代わりに備え付けた能力。三姉妹の中で刃物を使わせたら来夢姉は一番の実力者。貴女達の相手には最適」
「数ではこちらが有利」
「数で結果が決まるとは限らない。実力の差が勝利の鍵。貴女達は深紅のスピードについて来れない」
深紅が「加速」と無表情に呟くと、
「消えた……何処だ……姿を見せろ……」
「消えてない。視認出来ていないだけ。コアは破壊させて貰った。貴女達の負け」
敵のアンドロイド達は深紅が動きを加速させて自分達の体の急所を斬り壊したことに気付くこともなく、数秒後に爆死。死体は跡形も無く消失した。
俺は結局深紅たんの姿も来夢の姿も見つけられないまま、走り疲れ夜道をてくてくと歩いていた。
深紅たん達が何処かに消えてからどのくらいの時間が経っただろう。
何処に居るんだよ、深紅たん。とにかく、無事で居てくれ。
「主」
後ろから声をかけられて振り向いてみると、そこには愛しの深紅たんの姿が。
「何処に行ってたんだよ、深紅たん。随分と探したんだぞ。心配させやがって」
「心配してくれた?」
「当たり前だろ。そりゃ心配するさ。アイツ等はどうなったんだ?」
「片付けた」
「そっか……ごめんな。助けに行けなくて」
深紅たんの頭をなでなでして謝罪の言葉を口にした。
「別に良い」
「ごめんよ、深紅たん。ご主人様を許しておくれ」
「許すって言ってる」
……本当に俺は役に立たないな。
深紅たんが強く無かったら今頃あの子達に存在を消されていたかもしれない。そう思ったら謝罪の言葉を続けて口にしていた。
そんな自分の力無さに、自信を失くしかけていた俺を救ってくれたのは、そう、深紅たんのお礼の言葉でした。
「主が深紅を強く作ってくれたおかげでまだ生きていられた。ありがとう」
「深紅たん大好き!」
「知ってる」
「深紅たんは俺のこと、好き?」
「…………」
黙り込んでしまった。
深紅たんは俺からぷいっと視線をそらすとゆっくりと自宅の方へと歩いて行った。
恥ずかしかったのか、それともウザがられていたのかはわからない。
後でもう一度聞いてみることにしよう。
「おお……すげぇ……」
まず深紅たんがしてくれたのは、さっきの騒動で破壊された壁の修復だ。
大きな穴が空いて外から丸見えだった筈なのに何事も無かったかのように一瞬で綺麗に元通りになる何て……。
壊れた壁に手を触れただけで修復出来るってすごくないか。
「この建物の時間だけを破壊される前の状態に戻した。これで元通り」
「ありがとな、深紅たん。偉いぞ~」
「いちいち撫でなくて良い。元々深紅のせいだから」
「深紅たんのせい何て思ってないよ」
「主は優しい。あの人とは大違い。血が繋がっている筈なのに、どうして……」
深紅たんの口にした「あの人」って誰のことだ?
現在俺の家族と呼べる人間は日向だけのようなものだ。
親が事故死してからは、ずっと日向やその両親の世話になってきた俺には血の繋がった人間など一人も存在しないんだがな。日向は従姉じゃなくてただの幼馴染みだし。
「どうして泣いてるの?何処か痛い?さっきの戦闘で怪我したとか?」
いきなり泣目になった深紅たんを心配しそう聞くと、
「泣いてない」
強がりなのか、図星を突かれて恥ずかしいのか、泣いていることを認めようとしない。
俺が深紅たんの口にした「あの人」について聞いてみると、
「そんなこと言ってない」
と、普通に誤魔化された。
「……まあ、話したくないなら無理には聞かないけど」
「主は…………やっぱり良い…………」
「なあに?」
深紅たんが何かを言いかけて止めたので、何の話がしたかったのかと気になり積極的に聞いてみる。
「……やっぱり主は、ああいうこと言う深紅の方が、好き……なの?」
ああいうこと言う深紅たんってのは、もしかしなくてもさっき俺へ積極的にアプローチを仕掛けてきた偽物の深紅たん達のことだろうか?
まあ、そうなっちゃうのかなぁ。あんなこと言われて嬉しかったのは事実だし。
「いつも無口で素っ気なかった女の子がデレた時って俺的にドストライク何だよ。ドキっとするよね」
「深紅にデレて欲しいの?」
「ううん、深紅たんは無理に俺の趣味に合わせてくれなくても大丈夫。そのままのプリティな君でいてくれ。さっきはごめんね。深紅たんのこと本物だってわかってあげられなくて」
「主の馬鹿」
「へ……?」
いきなりの馬鹿呼ばわりに少々戸惑っていたら、深紅たんが独り言を呟いていた。
何だろう、俺何か気に障るようなこと言っちゃったかな?
「深紅だって……あの子達と一緒、ううん、一番、世界一……違う……宇宙一主のこと、大好きなのに……」
深紅たんがバタンと音を立てて部屋の中で倒れた時は突然のことだったからビックリした。
慌てて体を起こしにかかるも、何だか深紅たんは苦しそうで顔も赤く火照っていて額に手を当ててみたら予想通りに熱かった。
アンドロイドも風邪を引くんだなとか、そんなこと今はどうでも良い。
「深紅たん、大丈夫か?」
「……平気。少しくらっとしただけ」
「全然平気じゃねぇな。よし、俺と今からキスするぞ」
「……何故?」
「何故って、俺に風邪を移すんだよ。そうすりゃ深紅たんの熱も下がるだろ」
「主は本当に馬鹿。そんなことしても深紅の風邪が治ることはない。主も風邪を引く可能性がある。止めておいた方が良い。それに……」
「それに?」
「これはきっと風邪何て生易しいものじゃない」
深紅たんが言うには、戦闘中に敵から撃ち込まれたであろう「ark」と言うアンドロイドを殺傷する特別な兵器。ウイルスが原因らしいが、俺にはそんなこと言われても何のことだかさっぱりだ。
ただの風邪のようにしか見えないが。
「それは深紅たんにだったら簡単に治せるんだろ。いつもみたいに怪我を治す時とかと同じで」
「旧型の物ならそれも可能だった。でも、このタイプは新しく開発され強化されたもの。そう簡単にはいかなそう」
「治らないかも知れないのか?」
「頑張る。何とか……する……」
ベッドの上でくらっとして体を倒す深紅たんを見るにかなりの重症っぽい。
こんな自信の無さそうな深紅たんは初めて見たような、そんな気がした。何か俺が力になれることはあるだろうか。
「何か俺にして欲しいことがあったら遠慮なく言って」
いつもは深紅たんと同じベッドで眠っている俺だが、今日だけは一緒に眠ることを控えて床に布団を敷くことにした。風邪という訳ではないようだが、具合が悪いのは確かだし、一人の方がゆっくりと体を休ませることが出来る。
「主、下で眠るの?」
「うん。深紅たんが具合悪いのに俺が我が儘言って一緒に眠る訳にもいかないから。余計に具合が悪くなっても嫌でしょ」
「……別に、嫌じゃ……ない」
「へ、今何か言った?」
「な、何でもない……主の馬鹿」
何か小さい声で悪口を言われたような……気のせいかな。
一言「おやすみ」と深紅たんに声をかけた後、虚しくも冷たい布団の中に体を埋めた。
いつもは深紅たんが先に布団に入っていてくれているから温かくなっていて気持ちが良いんだけど、今日は一人だから何だか寒い。
深紅たんが完全に眠った後、密かにベッドの布団に潜るか。
ま、冗談だけど……。
「主、主……」
「ん……あれ、どうしたの……深紅たん」
夢の世界にいた俺を現実の世界へ呼び覚ましたのは、深紅たんの俺を呼ぶ声だった。
「体が熱くて眠れない……何度眠ろうとしても駄目だった……主、教えて……このままだと、深紅死んじゃうの……?」
俺の頬に温かな水滴が落ちる。
深紅たんが泣いていることに気付いたからすぐに眠気何か吹き飛んだね。
普通の事なんだ。自分が死んじゃうかもって思ったら不安で眠れないもんだよな。
俺にも同じような経験があるよ。インフルエンザで高熱が出た時は不安で中々眠れなかったことを思い出した。
目を閉じたらそこで人生が終わって、そのまま次の日には目覚められないんじゃないかって、いろいろと考えたな。
死にたくないと思う気持ちは人間もアンドロイドも同じ何だ。
「深紅たん、苦しいの?」
深紅たんは自分でも制御しきれない手強いウイルスのせいで混乱して無自覚に未来の俺へ助けを求めているんだ。
そうじゃなきゃ「教えて」何て言葉はアンドロイドを作ったことの無いこの時代の俺に対して言わない筈だから。
「苦しい……熱い……痛い……主、一緒に、寝……て。一人じゃ怖い……」
「良いよ。おいで」
一緒の布団で寝て、少しだけでも恐怖を取り除いてあげることは俺にも出来るかもしれない。
……でも、深紅たんの感じている熱さや痛み、苦しさを緩和してあげることは不可能だ。
未来の俺が生きていたらこういう時は深紅たんの役に立ってあげられるんだろうなぁ。
過去の俺には何も出来ない。何か悔しいぜ。
「あり、がとう……」
「でも大丈夫?一緒に居たら余計に熱くない?」
一旦ベッドの上に座らせて自分で涙を拭おうとしない深紅たんの涙を代わりに拭いてあげながら、当然のわかりきった事を聞いてみると、
「そう、だけど……これで死んじゃうかもしれないから、最後は主と一緒に居たい。駄目?」
「そんな悲しいこと言わないでよ。大丈夫。深紅たんは死なないよ。未来の天才科学者の俺がこんなウイルス如きで深紅たんが死んじゃうような柔な体に作る筈無いだろ。主のこと信じてあげてよ」
「信じ、る……主の、こと……大好きだから……」
何だろう。未来の俺のことを深紅たんは言った筈なのに、深紅たんからしたら過去の俺が大好きとか言われて照れてどうすんだ。
風邪ではない深紅たんにこんなことをしても気休めにしかならないだろうが、濡らした冷たいタオルを額に当ててあげたら少しは熱が下がったりするのかな。
いや、その前にこの汗でびしょびしょになってる体を拭いて着替えさせてあげるのが先か。
「深紅たん、パジャマ着替えようか。今のままじゃびしょびしょで気持ち悪いでしょ」
「うん……」
「じゃあ、濡れたタオルで拭いてあげるから、パジャマ脱いでくれる?」
「主が、脱がせて。上手く身体……動かせない」
くっ、看病とは言っても深紅たんの服を脱がすとか、これが初めてな訳じゃないけど興奮するわ~。スク水着せた時の無理矢理な感じとはまたシチュエーションが違うからなぁ。
こういうことって本当は日向とかに任せた方が良いのだろうが、今は夜中だし、こんな時間にアイツを呼び出せば俺が若頭に殺される。何より深紅たんは俺にやって欲しいと言っているんだ。俺がやらなきゃ深紅たんを余計に悲しませる結果となるのは目に見えてる。
そう。これは仕方の無いことなのだ。
「いくよ。深紅たん」
鼻息を荒くさせながら、深紅たんの着ているパジャマのボタンに手を触れた。
そういや深紅たん、小学生みたいにつるぺただからブラしてないんだった。
「主、嬉しそー」
「深紅たん、この際だから覚えておくと良いよ。一見変態行為に見えるこの行為も、相手の同意があればそれは医療行為に変わってしまうものなのさ」
「そう考えているのは主だけ。深紅で収まっているから良いが、他の小学生に手を出した時点でアウト」
良かった。さっきまですごく辛そうだったけど、今は呂律が回ってはっきりしてる。俺と話して少しは落ち着いてきたのかな?
「そんなこと、言われなくたって解ってるさ」
深紅たんの背中、腕、胸と、上半身を拭き取った後は続いてズボンを脱がし下半身の汗を拭き取った。もちろん下着は脱がせていない。
……これでとりあえず、新しいパジャマを着させてあげれば俺の役目は大体終わりだな。
「すっきりしただろ。一応全部拭いたからな」
「感謝」
「額に冷たいタオル乗せてあげるから、横になって待ってて」
洗面器に大量の氷を入れて水を注ぐ。
これでこまめにタオルを絞って変えるを繰り返していけば深紅たんも少しは楽になるかな。まあ、気休めだとは思うけど何もしないよりはマシだ。
「主は眠らないの?」
「眠るよ。深紅たんが落ち着いて眠れるようになったらね。それまでは起きてずっとそばにいてあげるよ。だから安心してお休み」
「ありがと……主」
「なあに?」
「手、握ってて欲しい」
「深紅たんは甘えん坊だなぁ。良いよ」
これではタオルが変えられないと思ったが、深紅たんの可愛いお願いを断ることなど出来るものか。
更に元気付けようと、深紅たんの大事にしてくれている俺がプレゼントした人気ゆるキャラ、パンタヌのぬいぐるみを片手に取って、
「深紅たん、頑張れパヌ~。パンタヌも応援するパヌよ~」
声真似をし、深紅たんに笑顔を取り戻そうと頑張った。
「パンタヌが深紅のこと応援してくれてる」
「そうパヌ。深紅たんが死んじゃったらパンタヌ淋し過ぎて後を追っちゃうかもしれないパヌよ。それでも良いパヌ?」
「それは困る。主は……えっと、パンタヌは死んじゃやだ」
「それじゃ深紅たんが頑張るしかないパヌな~。ずっとそばで看病するから諦めちゃ駄目パヌ」
「了解した。深紅、頑張って生きる」
「パンタヌはその言葉が聞きたかったんだパヌ。深紅たんが決心してくれたみたいですごく嬉しいパヌ」
俺はそれから一睡もせずに、朝まで深紅たんの看病をしていたのだった。
しばらくの間パンタヌになりきって会話を交わしながら。
「熱っ!」
朝になって眠りから覚めた深紅たんの額に手を当ててみたら、ポットで沸騰させたお湯みたいに熱かった。下手をすれば火傷をするレベルだな。
風邪では無いことは知っていたが、一応体温計で熱を測ってみたら、
「は…………57℃!?壊れてんのか、これ?」
体温計を見てゾッとしたのはこれが初めてかもな。人間でこれだけ熱のある奴がいたら、ソイツはとっくに死んでいるようなクラスの驚くべき結果が出た。
俺がインフルエンザの時には最高で40℃くらいしか出なかったけどな。
こりゃもうお手上げだと、それで俺が最終的に考えたのは深紅たんの姉の来夢を此処に呼んでくることだった。
アイツなら深紅たんの怪我をくちづけ一つで治癒させたように、今回のこのウイルスでさえ何とか出来るのではないかと、そう思うのだ。
しかしその案に深紅たんは、
「きっと来てくれない。深紅酷いこと言っちゃったから」
「お馬鹿。そんなこと言ってる場合じゃないだろ。大丈夫。来夢なら絶対に来てくれるって」
深紅たんとそんな話をしていたら玄関の方から誰かが入ってきた音が聞こえて、きっと日向だろうと思っていたら、この部屋にやって来たのは今話題にしていた来夢本人だった。
「深紅、昨日はごめんね。あたしもあれからいろいろ考えて……」
深紅たんを看病する俺の姿を見て、来夢の言葉が途中で止まった。
「どうしたのよ、深紅。風邪引いちゃったの?若、アンタが移したんじゃないでしょうね?」
「何で俺が移すんだよ。そもそも俺は風邪何か引いちゃいない。これはだな……」
昨日起きたことを全て深紅たんの代わりに俺が来夢へ説明することとなった訳で、事情を知った来夢は迷うことなく布団の上で横たわる大切な妹に治癒能力の備わったくちづけをするも、それは意外なことに期待を大いに裏切って効果をほとんど発揮しなかった。
話を聞くと来夢も昨日深紅たんの偽物と対峙したようで、何体かを破壊したが、何体かに逃げられたようだ。
もしかして、昨日の五体はその残りだったか?
「完全にお手上げね。怪我は治せても新作の対アンドロイド用ウイルスにはあたしのくちづけも無意味みたい」
「あれ、でも少しは効いてるみたいだぞ。熱が少しだけ下がってる」
くちづけ後、もう一度熱を測ってみたら、5℃程だったが熱が落ちていた。
「旧型のウイルスだったらくちづけで完全に殺せた筈よ。奴等が未来で作られた新型を使ってさえいなければね」
未来の世界ではアンドロイドによって人間が命を奪われることが当たり前のようになっているらしいから、人間だって対抗してそういうウイルスを開発するんだろうが、今回ばかりは開発者共を恨むぜ。俺の可愛い深紅たんをこんなにも苦しめやがって。
「恨むのは開発者よりも量産型にそのウイルスを使わせた人間よ。彼が本気で深紅の命を奪おうとしているのがわかるわ。新たに生み出された強力なウイルスにあたし達アンドロイドが対応出来ないと知っての行動ね。ほんと、性格の悪い人」
何だか、その相手のことをよく知っているような口振りだな。
来夢はもしかして未来の俺を殺そうと企んだ人物が誰なのかすでにわかっているんじゃないか?
「来夢、深紅たんをこんな酷い目に遭わせた奴を知っているなら教えてくれよ。誰何だ」
「……そう。若は知らなかったのね。深紅に聞いているものと思っていたけれど、この子の性格なら話していなくても頷けるわ。若を気遣ったのね。若のことを考えたら言いたくても言えなかった。そんな感じかしら」
「ええ。もちろん。知らない筈が無いわ。だってその人は自分がムシャクシャすれば深紅に暴力を振るってストレス発散するような酷い人だったんだから。良いわ、お望み通りに教えてあげる。聞いたらきっとガッカリするわよ」
「来夢姉、駄目……」
深紅たんは来夢が「人物名」を喋ることを阻止しようとベッドで横になっていた体を起こした。
……しかし、俺が「がっかり」するような人物って一体誰何だよ。
どうして深紅たんは今までその名を伏せていたんだ?
「深紅は安静にしていなさい。駄目って言っても此処まで聞いたらこの人は知りたい気持ちを抑えられないでしょう」
ついに明かされるのか。未来でアンドロイド製作技術を悪用し、たくさんの人間を殺して俺に罪を擦り付けた張本人の名前が。
「簗嶋未知可」
「…………へ?」
「深紅の命を狙って偽の深紅を未来から大量にこの時代へ送り込んできたのも、アンドロイドに人間達を殺すよう命じ、マスターに自分の犯した罪を着せたのも全てが彼の仕業よ」
……可笑しいな。聞けばがっかりするような人物だと聞いていたのに、来夢が口にした「簗嶋未知可」という人物に全くと言って心当たりが無い。
一つ俺と関係があるとすれば「簗嶋」という苗字が俺の世話になっている幼馴染、ひなっちさんと同じ苗字というくらいか。
「……その、簗嶋未知可ってのは誰何だ。ひなっちの親戚か何かか?アイツに兄弟や姉妹はいない筈だから、え~っと……イトコ?」
「ほんと、マスターと違って若はお馬鹿さんなのね。深紅から聞いてないの?貴方は奥様と結婚後、名前が「輝来掴」から「簗嶋掴」
に変わったの。婿養子になったから苗字が変わった訳よ。どう、これで大体の予想は出来たんじゃない?」
苗字が変わった俺「簗嶋掴」と「簗嶋未知可」との関係は…………ええと、まさかとは思うが、あれ、だよな。もうそれしか考えられないのだが。
「これが正解何てわからんが、俺と日向の……子供、なのか……」
「そう。簗嶋未知可は貴方の正真正銘の血の繋がった息子。マスターと奥様の間に出来た愛の結晶なのよ」
……おいおい、マジかよ。今来夢は何て言いやがった?
俺と日向の間に出来る「息子」!?
ふざけんなよ。俺達の子供は息子なのか?娘じゃなくて!?
「はぁ…………そうか。そりゃ衝撃的なことを聞いちまったな。息子がねぇ」
「よく思い知らされたでしょ。貴方の息子は大変なことを未来で仕出かしたのよ。親として責任を取ったらどう?」
「いや、俺産んでねぇし。産んだのひなっちだし~。つうか許せねぇな、ソイツ。深紅たんを苛めるとかマジで許せんぞ」
「でしょ。深紅の髪乱暴に引っ張ったり、頭殴ったりとか信じられないでしょ。ムシャクシャしてるからってこんな可愛い子に当たる何てふざけてるわよ。何度殺してやろうと思ったことか」
殺すとか、軽々しく物騒なことを言う来夢さん。
ガチでお怒りのご様子だ。
「しかしソイツは本当に俺の息子かよ。深紅たんを苛める何て酷いことをする野郎は俺の息子とは認められねぇよ」
「真実よ。深紅は若の息子のお世話係として学校に付いて行ったりしてたわ」
どうにかして俺と日向の間に「娘」は出来ないだろうか。
息子とかいらねぇよ。
そんな酷いことするような息子なら尚更だ。
後で説教だな。次深紅たんを殴りやがったら顔面パンチしてやる。
「深紅たんごめんよ。俺の息子(絶対に認めない)に苛められちゃったんだよね。辛かったら未来の俺に言ってくれたら良かったのに」
「そんなこと、出来ない」
「どうして?」
「主と奥方のこと……悲しませたくなかったから」
思いやりのあって優しい、まるで天使のような言葉をかけられた俺は嬉しくなって具合の悪い深紅たんをぎゅっと抱きしめていた。
決めたぞ。俺がこの子にしてあげられることはこれしかない。
「深紅たん、俺決めたよ」
深紅たんを抱きしめから解放して俺は誇らし気に言った。
「……?」
突然の俺の言葉にキョトンとして首を傾けた深紅たんはきっと「主、何を決めたの?」とそう思っているに違いない。
可愛い奴め。俺の息子(意地でも認めない)が深紅たんを苛めるような悪い奴なら、ソイツを倒す方法は一つしかないだろう。
……それは、
「俺は日向との間に子供を作らない。これで俺も死なないし、深紅たんが狙われることもなくなる。どうだ。良い考えだろ」
しかし、そんな作戦に深紅たんは、
「駄目。主、それだと奥方が可哀想。奥方は主との間に子供を欲しがっていた。そんなこと言って悲しませたくない」
何処まで良い子何だ。深紅たんは。
俺の息子(死ぬまで認めない)に苛められていたってのに、そこまで我慢する必要は無いんだぞ。
「日向なら事情を話せばわかってくれるさ」
「ねぇ、掴。ひなが何なの?」
ちょうど良いところに登場したのは押しかけ幼馴染の日向君。
深紅たん達アンドロイドが言うところの俺の未来の嫁である。
「ああ。聞いてくれ日向。実は未来の俺とお前の息子がだなぁ」
「主!」
深紅たんがいつもとは違う少し大きめな声で俺を呼び、俺の言葉を途中で遮った。
「深紅なら大丈夫。主が傍に居てくれるだけで、あれくらい、耐えられる……から」
「深紅たん……」
「あれ、しんちゃんもしかして具合悪いの?大丈夫?」
ベッドの上にいるパジャマのままの深紅たんに気付いて日向心配そうに声をかけた。
俺がしてあげたように、同じように額に手を当ててみる。
「熱いね。お医者さん行った?お薬飲んだ?」
「平気」
「大丈夫そうには見えないよ。掴のことだからしんちゃんをお医者さんに連れて行ってあげるお金も無いだろうし。掴、今日は学校お休みしよう。しんちゃんを病院に運ぶの手伝って」
「待てって、日向。深紅たんはアンドロイドだ。普通の人間とは違うんだぞ。医者に診せたところでどうにも出来ない」
「それじゃどうすれば良いの?このままじゃしんちゃんが可哀想。すごく苦しそうだよ」
そんなことは言われなくたって十分に解ってるさ。
このまま何も手を打たなければ深紅たんはウイルスに完全に侵食され死に至る。
俺だって今すぐにでもその苦しみから救ってやりたいさ。でも無理何だ。
悲しいことにこの時代の俺には特効薬を作ってやれるような技術何て持ち合わせていないんだ。
「そういうことでしたか。ご主人様が私にこのプレゼントを託された意味がやっとわかりました」
「……えっと、君はどちら様で?」
日向の次に俺の部屋に入って来たのは花の髪飾りをした赤髪ツインテールの可愛らしい容姿をした美少女。
両手で大事そうに抱えているプレゼントっぽい袋は何だ?
「あれ、シュナちゃん。どうして此処に居るの?今日はメイド喫茶でアルバイトだった筈じゃ」
え……この子がシュナ?
日向と同じアルバイト先で働いているアンドロイド三姉妹の次女なのか。
「お休みしました。私はこの日、深紅さんにこれを渡して欲しいとご主人様にお願いされていましたので」
「シュナ姉、これなあに?」
「これはお誕生日のお祝いです。忘れてしまいましたか?今日はご主人様が深紅さんを誕生させた大切な日ではありませんか」
「これを主が、深紅に?」
「そうです。開けてみて下さい」
深紅たんがプレゼント用に可愛らしいピンクのリボンでラッピングされた袋を開けてみると、そこに入っていたのは大好きな「パンタヌ」のぬいぐるみと後一つ、封筒のようなものだった。
多分それは未来の俺からの、深紅たん宛に書いた手紙だろうな。
なんとなくそんな気がする。
「……主、あり、がとう」
封筒から出てきたのはやっぱり手紙で、それを読んでいた深紅たんが数秒後に泣き出すもんだから、こりゃ困ったもんだ。
どうやら未来の俺はアンドロイドやタイムマシンを作るだけでなく、人を泣かせるような感動的な文章を書くのも達者らしい。
ほんと、何でもオールマイティにやっちまうんだからすごいよな。
今の俺とは大違いで。
「深紅たん、そこには何て書いてあるんだ?俺達にもそろそろ教えてくれよ」
泣き止んでパンタヌを嬉しそうに抱きしめる深紅たんの笑顔は熱で頬が火照っているからなのか、今まで見た中で最高のものに見えた。俺がクレーンゲームでやっとのことゲットしたパンタヌをあげた時と同じくらい……いや、悔しいがそれ以上に。
「このパンタヌは新型の「ark」ウイルスを吸い取ってくれる主お手製のぬいぐるみだって書いてある。これを一晩抱いて眠ったら深紅の感じている熱や痛みは次の日には完全に消えて無くなるって」
「それお手製ぬいぐるみかよ!?すげぇな、俺。裁縫まで得意なのか」
「すごいのは若じゃなくてマスターの方だけどね」
「未来の掴、すごーい」
「わかってる。どうせ俺は未来の俺と違って何も出来ませんよ」
未来の俺のおかげで深紅たんのことはもう大丈夫そうだ。
良かった、良かった。
「そう自分を蔑まないで下さい。この時代のご主人様も未来のご主人様と変わらずカッコ良いですし、シュナは好きですよ」
「へ、マジで?」
「はい。ご主人様には深紅さんの淋しさを紛らわしてあげることが出来ます。未来のご主人様の代わりに、これからは私の妹を可愛がってあげて下さい。この子、すごく甘えん坊ですから」
「そりゃもちろん。これからも可愛がるつもりでいるよ」
「シュナ姉、深紅そんなに甘えん坊じゃない。どっちかで言うならシュナ姉の方が甘えん坊。よく主とベタベタしてた」
「深紅さん。私はベタベタ何てしてません。お慕いしているからこそお傍にいさせて頂いただけです」
未来の俺ってシュナちゃんに好かれてたんだな。
当然のことながらこの時代の俺には全然想像がつかない。
「ぬいぐるみをプレゼントされて喜ぶ深紅さんはまだまだ甘えん坊です」
「こ……これは主からのプレゼントだから嬉しいだけ」
未来の俺はこの日深紅たんが新型のウイルスで苦しむことを知っていてパンタヌのぬいぐるみを未来で発明し、シュナちゃんに届けるようお願いした。
未来の俺もこの日を経験済みな訳だ。そうじゃなきゃ深紅たんへこんなサプライズ的対策を取ってやることは出来ない筈だから。
まあ、何はともあれ、
「良かったね、深紅たん。それ大切にしないとな」
「主見て。パンタヌ二匹に増えた」
「深紅たん、大好き!」
深紅たんがこの時代の俺と未来の俺がプレゼントしたパンタヌ両方を手にして瞳を輝かせている可愛らしい姿を見て、いつもお決まりの飽きる程口にしている台詞(心からの叫び)が自然と飛び出していた。
俺も嬉しいぜ。深紅たんは未来の俺からのプレゼントに夢中だったから、俺があげたパンタヌにはもう興味が無いのかと思っていたところだ。
……ああ。未来の俺が羨ましいぜ。どうしたら俺は彼に勝てるのだろうな。
「主、一緒にこれで遊ぼ」
「何だか深紅たん元気になってきたっぽくない?」
「体から熱が引いてきた。パンタヌ少しの間抱いているだけでも効果あるっぽい」
「そっか。じゃあ遊ぼうぜ」
「掴、しんちゃんまだ本調子じゃないんじゃ」
「日向は玉子粥作ってくれ。深紅たんお腹空いてるだろうから」
「え……うん。別に良いけど」
その日、俺と日向は学校を休んで一日深紅たんの看病をした。
ちなみに自分の息子が未来でとんでもない悪行を仕出かすことはまだ伝えられていない。
深紅たんの為にも、早い内に相談しておかないといけないだろうな。