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第二話(三姉妹のアンドロイド)

いつも通りの平日の朝。俺の部屋にある卓袱台を囲むように座っていたのは俺と深紅たんと後もう一人、姉のアンドロイド、四季内来夢。

今日は彼女が実の妹に大事な用事があって此処に来たらしい。

一体何の話なのかと二人の会話に耳を澄ましていたら、そこで話されていたのは衝撃的な内容だった。

「深紅、驚いたり、ビックリしちゃ駄目よ。これはこの時代からちょうど十年先の話何だけどぉ」

「わかった。驚かない。ビックリもしない」

「これ、マスターには絶対に言わないでね」

「絶対に言わない」

「実は……」

「実は?」

「マスター等々幼女に手を出して警察のお世話になっちゃったらしいのよ。シュナから聞いた話だから間違いないわ。もう、やーね」

「おい、聞こえてるからな」

「わーお。主ろりこん。そういうのは深紅だけで我慢しろ。主がもっと幼い体を所望するならこの体に更なるろり要素を追加する」

……馬鹿な、その体に更なるろり要素だと!?

深紅たんのほぼほぼ無い胸や身長がもっと小さくなると言うのか。

それじゃ完全に本物の幼女になっちまうよ。

……つうか、本当に捕まるのか、俺。

「駄目よ、深紅。貴女の体はあたしの物なの。若にはまだちょっと刺激が強過ぎるわ」

「強過ぎねぇよ。ちょうど良いくらいだ」

「まだあるのよ」

おい、俺のことは無視かよ。

「まだ?」

「ええ。名付けてパターンBよ。さっきのはパターンAね。どうやら銀行強盗で逮捕何てパターンもあるらしいのよ。勉強を全くしてこなかったものだから何処にも職に就けなかったみたいね。哀れだわ。お金欲しさについやっちゃったって感じよ」

「おお。主に更なる犯罪歴が」

「おいおい、ちょっと待てって。それ全部俺にこの先の未来で起こることなのか?絶対か?防ぐ方法は何か無いのか?」

「質問の多い男ねぇ。まあ良いわ。ついでに教えておいてあげる」

相変わらず、愛想の悪いアンドロイドさんだ。同じ人間(未来の俺)が作ったとは思えない程に深紅たんと態度が違い過ぎるのだが。

この 微妙なツンデレ。いや、コイツにデレなど存在するのかどうかはわからんが、これも未来の俺の趣味の一つだったのかな。

「耳の穴かっぽじってよーく聞きなさいよ。これから若が勉強しないで未来に進んだ場合に歩むことになる人生は現時点で三つに分岐しているわ」

来夢の話した俺が勉強をせずに未来へ時を進めた場合歩むかもしれない三つの人生はこうだった。

A、幼女に手を出し逮捕。

B、銀行強盗で逮捕。

C、人殺しで逮捕。

「見事に全部逮捕されてんじゃねぇか」

「主、人殺しはあまりお勧めしない」

「俺が誰を殺すって言うんだ?」

「これは殺したくて犯した罪じゃなさそうね。シュナのくれた情報通りだと、奥様を守る為に仕方なく。だそうよ」

「おー。主かっこいい」

「え、そう?」

「え~、何処が?こんなのが深紅の好みなの?世の中こんなのより顔の良い男何て腐る程いるわよ。深紅ならもっと上を目指せるわ。ま、深紅のことは誰にも渡す気ゼロだけど」

うるせー。こんなのを連呼すんな。

俺のピュアで傷付きやすいナイーブな心がショックで立ち直れなくなったらどうしてくれる。

こんなムシャクシャした時は深紅たんの「かっこいい」という俺に対して初めて出たであろう褒め言葉を思い出して心の中で連呼しよう。

つうか、世の中のイケメン共全員死ね。

この世界に存在する男が自分一人になればいいと全ての男達が思っていることだろうぜ。

そうなれば全ての女(若い子限定)はソイツの物だからな。

……それよりも、

「さっきからちょいちょい会話の中で飛び出してるその、シュナってのは誰だ?」

「あれ、言ってなかったっけ?シュナは深紅と同じであたしの妹よ。実は三姉妹なの」

「聞いてねぇよ。初耳だ。ええと……来夢が長女で、そのシュナって子は?」

「次女よ。これは言わなくてもわかるだろうけど深紅は三女の末っ子ね」

深紅たん、三女だったんだ。

てっきり俺の一番のお気に入りっぽいから、最初に作ったアンドロイドは深紅たんだと思っていたんだけどな。どうやら違ったみたいだ。

「シュナ姉もこの時代に来てる?」

「来てるわよ。深紅のピンチを未来予知であたしに教えてくれたのはあの子なのよ。感謝しなさいね」

「了解した」

「何でその子が助けに来なかったんだよ」

「メイドカフェとかいうとこのヘルプが忙しくてどうしても抜けられなかったみたい。ま、一番戦闘に特化したアンドロイドがあたしだからってのもあるんだろうけど、最大の理由は敵があたしの姿をしていたからね。お姉様と闘うみたいで嫌って言ってたわ」

姉と闘うのは嫌か。

つうか、メイドカフェって言ったら此処ら辺じゃ一箇所しか無いんだけどな。

もしかして日向のバイト先と同じ所か。

「とにかく、若。貴方がさっき話した三つの最悪な人生を歩まない為に取る手段は勉強あるのみよ。サボってないで天才目指してガリ勉になりなさい。解った?」

「ああ、そのことならもう心配ないぞ」

「どういうことよ。詳しくあたしに説明して」

「昨日深紅たんと約束したんだ。お風呂で」

「はあ!?お風呂!?」

「ああいや、違う。今のは忘れてくれ。とりあえず約束した訳よ。深紅たんが消えちまうなら俺は嫌だから勉強を始めると。死刑までは二十年以上あるし、それまでに対策はいくらでも取れるだろって」

「……そ、そう。それは良い心掛けね」

あっぶね~。昨日深紅たんと風呂でいちゃいちゃしてたこと危うく自分からバラしちまうところだったぜ。


(……ああ。深紅たんがいないと何かつまんねぇな)

授業中に空席となっている隣の席を見てそう思った。

深紅たんは今日お家でお留守番。というか、自宅療養だ。

この前の戦闘で激しく傷付いたあの子を見て、今日は学校に一緒に来るべきじゃない。

俺がそう考えた結果なのだが……やっぱ隣に座っていて欲しかったな。

(おっと、こうしている場合じゃねぇな)

教師が消しちまう前にさっさと黒板に書かれた文字をノートに書き写さないと。

俺は深紅たんに誓ったんだ。絶対に天才になるんだって。

この行為が天才になる為の第一歩になると信じて、これからは真面目に授業を受けて行こう。

「掴。ねぇ掴」

「……ん?ああ、ひなっちか。どした?」

久しぶりに授業を六時間みっちりと真面目に受けていたせいか、俺は最後の授業が終わるなり机に頭をつけて眠ってしまっていたようだ。もう教室には誰もいない。いつの間にか帰りのHRさえ終了していたとは全く気が付かなかったな。

「もう放課後だよ。ひな今日バイトあるんだ。早く帰ろう」

「先に帰っていてくれ。眠くてすぐに動けそうにないんだ。もう少し此処で眠っていく」

「え、う、うん。わかった。それじゃまた後でね」

日向が教室を出て行った後すぐ、もう一度夢の世界へ向かう為眠たい目を閉じた。

俺が十分に睡眠を取って目覚めたのはそれから二時間後くらいの十九時で夕日に照らされていた教室はすっかりと真っ暗で電気さえ点いておらず、もう誰も残っていないのか、シーンとしていて少し怖くなった。

学校には怪談話が付き物だからな。トイレの花子さんや人間のように動く人体模型に遭遇しないうちに早く下校しよう。

「主、遅い。深紅夜ご飯食べないでずっと待ってた」

深紅たんが態々玄関まで出迎えてくれるとは思いもしていなかった訳で、滅茶苦茶嬉しがっている俺の口から出た最初の言葉は「ただいま」ではなく、

「深紅たん好き!」

いつもお決まりの褒め言葉だった。

「知ってる」

「深紅たん大好き!」

「それも知ってる。深紅のことを大切に思っているのならもっと早く帰って来るべきでは?」

深紅たんは遅いと言うが、まだ十九時半くらいでそこまで言う程の時間ではないような。

見たところ中に来夢の奴はいないっぽいから、日向の家にでも帰ったのかな。

アイツは俺と住みたくないみたいだからな。

不潔とか、嫌いとか。飛び出してくるのはそんな言葉ばかりだ。

終いには「深紅に手を出したら若でも殺すから」だそうで。

俺って一応、君のこと作り出した生みの親みたいなもん何だよね?

なぜそんなに嫌われているのかは皆目見当がつかないが、正直俺には深紅たんさえ一緒にいてくれたら他はどうでも良かった。

「来夢はいつ帰ったの?」

「来夢姉は三十分前に此処を出た。主はこんな長い時間深紅を一人で放置した。酷い」

三十分はそんなに長くないだろうと突っ込もうとしたが、やめておいた。

俺はあることに気付いてしまったのだ。この無敵で無表情なアンドロイドさんにも「怖い物」が存在するということに。

こりゃからかい甲斐がありそうだな。

「深紅たんさ。もしかして、おばけとか信じてる?」

「し、信じて……ない……」

「ふ~ん。そっか。……あ!深紅たんの後ろに誰か立ってる!」

「ひ……」

いつも冷静沈着な深紅たんが、微かな、小さな悲鳴をあげた。

こりゃビンゴですな。お化け屋敷とかに連れて行ったらもっと可愛い反応が見れそう。後で一緒に行ってみよう。

「はは。嘘だよ、嘘」

「主、その冗談は笑えない」

「おばけが苦手とか可愛いなぁ、深紅たんは」

「決めつけるのは良くない」

「でも、そう何でしょ?」

「うう……」

実は薄々は気付いていたのかもしれない。

深紅たんが毎日一緒に眠ってくれているのは、実は一人で眠るのが怖いから何じゃないだろうか。

この前TVでやってたホラー映画見てたらチャンネル変えられたしな。

「違う」

「深紅たん、ご飯食べながらホラー映画見ても良い?」

「……主の意地悪」

ぷいっと俺から視線をそらして背を向ける。すっかりご機嫌を損ねてしまった深紅たん。

ちょいとからかい過ぎたか?

「深紅たんごめん。ちょっとした冗談さ。ホラー映画何か見ないって。ご飯の時には深紅たんの好きなお笑い番組のDVDでも見ようぜ」

「…………」

「深紅たん?」

……無言だ。

まずい。深紅たんが本気でお怒りだ。こうなったら土下座しても許してもらえないかも。

「ごめん深紅たん!俺何でも言うこと聞くから許して下さい!お願いします!」

「……」

「……深紅、さん?」

ずっと俺に背を向けて黙ったままの深紅たんの顔を隣に移動して覗いて見る。

……正直驚いた。何って?

初めて見ちまったんだ。深紅たんの泣き顔を。

おばけが苦手だって知られたことが泣く程嫌だったのか?

「主、深紅のこと全然わかってない」

「そんなに怒らせちゃう何て思わなかったんだ……ごめんね。もうからかったりしないからさ、泣き止んで欲しいな。俺、深紅たんの泣いてるところ見たくないよ」

「……違う」

「えっと……何が、違うの?」

無口な美少女キャラは大好きだが、こういう時は口数が少なくてちょっと反応に困るかも。

とにかく、今は何が「違う」のか早く深紅たんの口から聞きたい。

「深紅が泣いたの、怒ったからじゃない」

これは後に俺の部屋で深紅たんから聞いた話なのだが、未来の俺の死刑が決行されたことを来夢に知らされたようで、彼とのたくさんの楽しかった記憶を思い出していたら自然と涙が零れていたそうだ。

もしかして過去の生きている主(俺)の姿を見て、嬉し涙でも流してくれたのかな。

「深紅たん、こっちにおいで」

いつまでも涙を拭おうとしない深紅たんを呼んで自分の膝の上に座らせる。

持ってきたハンカチで代わりに流しっぱなしの涙を拭いてあげようと考えての行動だ。

最初に言っておくが決して疚しい気持ちがあった訳では無い。

しかし、わかっていたこととはいえあまり聞きたくなかったな。

四十一歳というまだまだ若い歳で命を落とすとか、俺からしたら寿命を宣告されたも同じだからな。

「深紅たんに悲しんで貰えて未来の俺は嬉しがってると思うよ。ほら、俺のこと心配してくれるの何て日向と深紅たんくらいのもんじゃん。友達何て呼べる親しい奴は他にいないしさ」

「…………」

「俺、深紅たんが一緒に暮らしてくれるようになって嬉しかったんだよ。今まで会話するのは日向だけだったから。何だか友達が増えたみたいでさ」

「…………」

「深紅、たん?」

また黙っちゃった。俺何か可笑しなこと言っちゃったかな。

そう考えた少し後、

「友達じゃない。家族」

深紅たんなりにちゃんと返す言葉を考えてくれていたみたいで一安心した。

うん。家族か。良い響きだな。

そう言われれば、日向も深紅たんも未来では二人共俺の家族だったか。

「……主」

「何?」

「主にはやはり勉強はしない方向で未来に進んで行って欲しい。元々深紅が此処に来た理由は主が死んでしまう未来を変える為」

「え、じゃあ……昨日の約束は?」

「破棄する。主が死刑になることは予め知っていたこととはいえ受けたショックがあまりにも大きかった」

そうは言うが、それだと深紅たんがまた命を狙われることになるんだよな。

俺の進む未来はどうしようにも二択しか無くて、そのどっちを選んでもハッピーエンドな結末にはならないんだよな、悲しいことに。

未来の俺が死んで深紅たんが涙を流してくれたように、俺だって深紅たんが死にでもしたらきっと大泣きして、何日も泣き止まないことだろう。そのまま淋しくなって自殺する何てことも容易に想像出来る。

「深紅たんがまたアンドロイドに命を狙われるのは嫌何だが」

「平気。あの日深紅が苦戦したのは敵アンドロイドが来夢姉に化けていたから。次は負けない」

「そうは言ってもな」

「主!」

俺を見つめる深紅たんは真剣で、せっかく泣き止んだばかりだというのに、OKしないとまた泣くぞと言わんばかりの表情で、俺を大いに困らせる結果となった。

「……で、でも、な」

「うう……」

くっ、泣き出しそうな深紅たんめっちゃ可愛い。

「わ、わかった。深紅たんの言う通りにします」

「主、わかってくれて嬉しい」

深紅たんの嬉しそうな顔を見れてほっとしたが、そんなことを姉の来夢が果たしてOKするだろうか。

……いや、絶対に許さないだろうな。アイツが妹LOVEな姉だということはすでに解っているんだ。深紅たんが危険に晒されることを簡単に了承する筈がない。

「来夢をどう説得するつもりだ?アイツは絶対深紅たんの意見に反対すると思うぞ」

「大丈夫。来夢姉には知られないようにする。任せて」

深紅たんの持つ特殊な能力は一体幾つ存在するのか今だ不明のままだが、任せてと言えるこの子の自信に俺は身を任せてみることにした。


「主、メダル無くなった。もっと」

「はいはい。ちょっと待ってな」

俺と深紅たんが学校をサボってやって来たのはエンターテインメント空間。

ボウリングやスポーツ。カラオケやメダルゲームまで楽しめる最大級の遊び場だ。

どうやら深紅たんはメダルゲームにハマッてしまったようで、最初に渡したメダル三百枚を一時間で使い果たしていた。

そんな可愛らしい要望に応え、俺は新たに千円を使いメダル三百枚を購入する。そして、

「どうぞ、僕のお姫様」

そう言って箱に入れた大量のメダルを差し出した。

「主、皆が見てる。恥ずい」

周りには俺達と同じように授業をボイコットした高校生が屯していたようで、平日だというのに店の中は賑やかだった。

「うわー。すげぇ深紅たん。景品取りすぎだろ」

メダル三枚を投入するとプレイ出来るクレーンゲームにも驚きだが、その景品であるぬいぐるみやらお菓子をすでに十袋ぶんもゲットしている深紅たんにはもっと驚かされたね。

ゲーム機の中の景品がすっからかんだ。俺はクレーンゲームで景品何て取ったこと一度も無いぞ。

「コツがあるなら教えて欲しいな」

「無い。ルールの通りにアームを動かしているだけ」

「普通の人は多分こんなに取れないぞ」

これだけの量をどう持って帰るつもりだろう。俺も持たされるのだろうな。

「主もやる?」

「いや、俺はクレーンゲーム苦手だからな。他のゲームをするよ。深紅たん、俺と勝負してみないか?」

「勝負?」

それから俺達は様々なゲームを楽しんだ。

格ゲーで勝負して深紅たんに負けて、レーシングゲームで圧勝され、リズムゲームも見事に敗北した。シメで始めたシューティングゲームでもその差は歴然で、俺はゾンビに速攻で殺されたというのに深紅たんは一人で難関と呼ばれていたそのゲームをオールクリアした。何で勝負しても勝てる気がしねぇ。どんなことをやらせてもこの子は完璧に使いこなしてしまうんだよなぁ。アイスホッケーみたいな子供でも簡単に出来るゲームでも負けるし、もう最悪だ。

「主、もう終わり?」

「ああ。深紅たんには一生敵わないということを思い知らされた時間だったぜ。次は何して遊ぶ?ボウリングか?カラオケか?」

「ボーリング」

そうして始まったボウリング対決。始まる前から結果はわかっていたが、俺は最後まで諦めてはいなかった。

此処は何ゲームしようが値段は変わらない。

飽きるまでボウリングが楽しみ放題だ。

つまり、俺にも回数を重ねれば十分に深紅たんへ勝つチャンスはある筈。

……と、途中までは思っていたのだが、そもそも永遠にストライクばかり叩き出すチートのような投げ方をされては勝てる勝負も勝てん。ガターに二回落とした時点でもう諦めたね。この世にこの子に勝てる人間何か存在しねぇよ。どんなスポーツをやらせてもプロの選手だって敵じゃないだろうぜ。

周りにいる客も驚いてるよ。あの子何者だって顔でこっちを見てる。ヘタクソな俺が目立って恥ずかしいじゃねぇか。

「主、へたくそ」

「深紅たんよ。一般の人間のレベルはこんなもんだ。過度な期待はするもんじゃないぜ」

人間が万能なアンドロイドに勝てる訳がない。

深紅たんにスポーツ選手でもやらせたら莫大な金が入ってきそうだな。

けれども俺のそんな野望は叶わないだろう。このアンドロイドちゃんは嫌なことは素直に嫌と言える嘘のつけない子だ。きっとこんな欲にまみれた誘いは断るに違いない。

「主、ボーリング飽きた。他のとこ行きたい」

「ボーリングじゃなくてボウリングな。可愛い奴め」

「どっちでも一緒。早く行こ」

人目を気にすることなく、俺の手を握って連れて行こうとする深紅たんの強引さにマジで萌死にしそうだ。こんな積極的な無表情少女はアニメでも見たことねぇ。

「深紅たん、次はもしかしてカラオケか?俺の為に歌ってくれるのか?」

「主、サッカーやろ」

「え、サッカー?別に良いけど……」

「けど?」

深紅たんは制服だし、そんなんでボール蹴ったら大変なことになるぞ。

「ぱんつ見えるかもだぞ。それでも良いのか?」

「良い。主にはいつも見られてる。というか覗かれてる」

深紅たんがパジャマから制服へ着替えるシーンを覗いていたことはモロバレしていたか。

気付かれていないと思っていたが、こりゃもう流石としか言いようがない。気付いていたのなら隠せば良いのでは?

「良いぜ。深紅たんがどうしてもやりたいと言うのなら俺も付き合おう」

次にやって来たのはスポーツ専門のグラウンド。

そこはサッカー、テニス、野球、バスケットにバトミントンと、他にもいろいろなスポーツで楽しめる場所なのだが、その中の一つバスケットのコートを一組の団体が占領しているようで順番待ちをしている家族連れが何組か列を作っている。

他に使いたい人だっているだろうにな。小さい子供がバスケットボールを持って遊びたそうにお前等を見ていることに気付いていない訳ではないのだろう。

まあ、あんな連中に関わるとろくなことにはならない。あそこのコートにはなるべく近寄らないようにしておこう。深紅たんのやりたかったサッカーのコートは空いているみたいだし良かった、良かった。

「深紅たん、ボール持って来たぞ」

「…………」

「深紅、たん?」

深紅たんは学生と思われるバスケットコートを占領している連中が気になっているようで、俺の声に反応してくれない。

バスケットをやりたそうにしていた子供の親が彼等に順番を代わって貰えるよう交渉に行ったみたいだが、

「君達はいつまでこの場所を占領し続けるつもり何だ?もうとっくに交代の時間は過ぎているぞ」

「てめぇ、俺達に何か文句でもあんのか?満足するまで此処を退く気はねぇ。他のスポーツで遊んでな」

見事に撃沈したようだ。

ううむ。あのままでは折角遊びに連れて来て貰った子供達が可哀想だな。

かと言って、俺にはどうすることも出来んが。

「退かないと言うのなら店員を呼んで対応して貰うことになるが?」

「ああ?そんなことしやがったらどうなるかわかってんだろうな?」

学生と思われる体格の良い男が子供の父親の胸倉を掴んで脅しにかかる。

このままでは警察沙汰になりそうだ。周りがざわつき始めたそんな時、

「……あれ、深紅たん?何処に行くんだ?」

深紅たんがバスケットコートの方へとゆっくり歩き始めたのだった。

慌てて腕を掴んだね。

「コートを皆に交代するよう伝えてくる」

「やめとけ。見ただろ。大人が対応してもあの様だ。深紅たんが行ったって同じだよ」

「主、子供達が可哀想」

「そりゃ俺だってそう思うけど……あっ!」

深紅たんの奴、俺が中々腕を放さないからってテレポーテーションすることないだろ。

もう俺にはどうすることも出来ねぇ。

このまま知らない振りをしてやろうかと迷ったが、やっぱそんなことはしたくない。

無敵のアンドロイドとはいえ見た目は普通の可愛い女の子何だからな。俺が守ってやらなきゃと思うのは当然のことだ。向こうは六人。数的に喧嘩には勝てる気がしない。

こりゃ、ぼこぼこにされる覚悟を持って向かう勇気が必要だな。

「皆に交代してあげて欲しい。順番はちゃんと守るべき」

「あん?何だこの小学生は?どうして高校の制服何か着てんだ?」

ああ。とうとう声掛けちまった。

身長も低く胸も無い深紅たんがそう思われるのは仕方が無い気がするが、そもそもアンドロイドに年齢など存在するのだろうか。

「ガキが生意気に歳上に指図するんじゃねぇよ」

「どうすれば退いてくれる?」

「そうだな。ガキの体には興味なんざねぇが、この場で全裸になって見せな。それが出来たら退いてやるよ」

「わかった」

「ああ?」

わかったじゃねぇ!何そんなこと簡単にOKしてんだ!深紅たん、お前の裸何かご主人様の俺だってほとんど見たことねぇんだぞ!

当然、制服のボタンに指が触れたところで止めに入ったね。

もうぼこぼこにされるとか、そんな些細なことを心配している暇はねぇ。この子なら、言われた通りにすることは目に見えてる。

「脱ぐな、深紅たん。こいつ等の相手は俺に任せろ」

「ああ、何だてめぇ」

「主、平気。この人達深紅の裸見たらこの場所皆に譲ってくれるって」

「全然平気じゃねぇ。俺は深紅たんの恥ずかしさの基準が解らん。なぁアンタ等、俺達とバスケで勝負しないか」

「はは。馬鹿か、お前。俺達と勝負だって?勝てると思ってんのか?その小学生とタッグを組むつもり何だろ?」

「ああ、そうだ。俺達が勝ったら此処を退いてくれ」

「ふ。おもしれーじゃねぇの。どうせ勝てねぇだろうし相手してやるよ。ただし、お前等が負けたら俺達は此処を退かないし、そのガキには全裸になって貰う。それで良いな」

「深紅たん、大丈夫だよな」

「わかった」

交代でゴールにシュートを打って先に外した方を敗者にすると相手が勝手にルールを決めたようだ。人数はお互い一人ずつだということなので、俺は当然のことながら深紅たんをシューターに推薦した。

「ひゃはははは。お前正気かよ。そんなちびっ子にやらせるつもりか?俺は高校三年間バスケやってたんだぜ?こりゃ良いや。すぐに勝負がつきそうでよ」

「アンタもすぐに思い知ることになるさ。深紅たんがどれだけすごいのか」

「へへ。そうかよ。さあ、早く打ちな。お嬢ちゃんが先行だぜ」

「深紅たん、とりあえずあのゴールにボールを入れさえすれば良いから」

「平気。了解した」

「おい、ちょっと待て。その位置から飛ばすつもりか?嬢ちゃんじゃそんな所からゴールに入れられねぇよ。自殺行為だ」

相手が言うように深紅たんの立っている位置はスリーポイントより更に後ろのセンターサークルというあり得ない位置だったが、俺は別段気にしちゃいない。関係無いからな。深紅たんなら何処からシュートを打とうが、

「……嘘、だろ……」

あんな華奢な体の何処にボールをあの距離から遠くまで飛ばす力があるのかと疑いたくもなる気持ちもわかるが、これが現実だ。

深紅たんの打ったボールは綺麗に、見事ゴールに入って落下した。

周りのギャラリー達も驚きを隠せずに声を上げる。これなら勝てるかもしれないと。

「はは。まぐれだろ、まぐれ……次は外すさ」

「そうかな。家の深紅たんに勝てる人間何かこの世に存在しないと思うのだが」

「えらい自信だな。お前の連れはバスケ経験者なのか?」

「いいや。これが初めてだ」

「ああ?何ふざけたこと言ってやがる?」

「あの子は何でもすぐに覚えちまうんだよ。それもプロ級にな」

相手のシューターもシュートに成功したようだが、それもいつかは外す。

深紅たんが外すことは無いだろうから、彼等が敗北するのは時間の問題だな。

どちらも一本も外さないまま、順番が十回を越えたところで相手の表情が辛そうになってきているのが見て確認できた。

「はぁ、はぁ……コイツ、すげぇ。スリー何回決めるつもりだよ」

正確にはスリーじゃない。深紅たんはそれよりも更に遠い位置でシュートしているからな。

もう諦めてはくれないかねぇ。この一騎打ちを観戦している客だってアンタ等の敗北を望んでいるだろうさ。

「くそう!こんなガキに負けてられるかよ!」

男のシュートはまたしてもゴールに入った。

「アンタ、深紅たん程じゃないが結構入れるな」

「けっ、当たりめぇよ。俺は高校三年間バスケ部でスリーポイントのシューターを任されていたんだ。あんな女子児童に負けたら立ち直れなくなっちまう」

立ち直れなくなるだろうな。その言葉通りに。

深紅たんはゲームで例えるなら難易度最高クラスのラスボスだな。

ちょこっとスリーポイントが上手いくらいの一般のプレイヤーじゃあの子には足元にも及ばないだろうぜ。きっとプロ選手と相手をしても負けないだろう。

アンドロイドに絶対はあっても人間に絶対は無い。

「やべぇ!」

十二回目にして、相手の男がシュートを外した。

彼も頑張った方だが、やっぱり深紅たんには敵わなかったか。

俺は深紅たんと勝利のハイタッチをした。

「負けた……だと……こんなチビなJSに、俺が……」

「深紅の勝ち。コートを皆に譲って欲しい」

敗北したことを信じられなかったのか、男達は暫く固まったままだった。

もう俺達にやれることは何もない。後は彼等が自分からこの場を立ち去ることを祈るだけだ。

「行こう、深紅たん。もう十分楽しんだだろ。これで退かないようなら此処からは店員の出番だ」

携帯で時間を確認したら現在十六時。気付けばもうこんな時間か。一日此処で遊んでいたんだな。

学校がもうちょいで終わる時間だし、そろそろ家へ帰るか。

深紅たんはまだ遊び足りていないような感じでメダルを入れれば出来るパチンコ台を眺めていたのだが、やってみたいのだろうか?

俺は深紅たんにパチンコは似合わないと思うわ。そんな大人向けのゲームよりかはあっちにあるモグラ叩きや太鼓のリズムゲームでもしていた方が子供らしい可愛げがあるというものよ。

「主、これやってみたい」

深紅たんが次に興味を持ったのは片手にグローブをはめ的を殴ると自分のパンチ力を測定出来るパンチングマシーンだ。

何となく結果が想像出来る自分が怖いぜ。俺に言えるのはこの一言だけだな。

「主、百円」

「はいはい。やっても良いけど、壊さないようにな」

「了解した」

俺の予想通りに、凄まじい音と共に壊れたパンチングマシーン。

計測不能。一体どれ程の拳を叩き込めばこのマシーンは壊れるのだろう。

「深紅たん、俺、壊さないようにって言ったよね」

「普通にパンチしただけ」

「まあ、そりゃそうなのだが。ちなみに聞くが深紅たんのパンチ力って未来の俺はどのくらいに設定していたのかな?」

「4tから5t」

「そりゃ壊れるわ!」

人間にそんなパンチ力持ってる奴何か存在しねぇよ。

深紅たんに軽く殴られただけで即死するな。

「さっきの人達を心に思い浮かべて殴ってみたら、余計な力が入った」

「もしかして、深紅たん怒ってる?」

「深紅のこの容姿を設定し作ったのは主。勝手に小学生と間違われるのには少々の不快を感じる。それに、彼等の言うJSはもう少し背が小さいと思われる」

ああ。さっきの奴等に言われたこと何気に気にしてたのね。

てっきり何も反論しないから気にしていないのかと。

「まあ、身長140ちょうどくらいしかない童顔の深紅たんじゃ間違われても仕方がないだろうなぁ」

「主のせいだ。ロリコン趣味の主のせい」

「文句がおありなら未来の俺に頼む。深紅たんを作ったのはこの時代の俺じゃない。クレームをつける相手が間違っているぞ」

「未来の主はもう何処にもいない……だから過去の主に言ってる」

……あ、やべぇ。そうだった。未来の俺はもう。

こんなこと口にするんじゃなかったな。これじゃ深紅たんがまた悲しむことに。

「ちょ、ちょっと待ってな」

何とか深紅たんに再び元気を取り戻そうと、俺が携帯で調べ始めたのはクレーンゲームのマスター方法。

最近はこれ一つで何でも調べられるから便利なもんだ。

「ほうほう……なるほどな……これなら俺にも取れるかも……」

深紅たんには暫く近くにあった休憩所で休んでいてと伝えて、俺は調べた情報を頭に記憶しあの子が貰って喜びそうな景品の入っていそうなクレーンゲーム機を探し始めた。

俺が興味を惹かれたのはとあるキャラクターのぬいぐるみ。

それは「パンタヌ」というゆるキャラでパンダとタヌキが合体したような人気キャラだ。

ぬいぐるみはさっき十分に自分で取っていた気がするが、これは取っていなかった筈だし、何よりこれを抱きしめる深紅たんを想像したら可愛過ぎて興奮で鼻から血が噴き出しそうだ。

よし、決めた。これにしよう。

「あれ……可笑しいな」

さっそくプレイし始めようと思いメダルを投入しようとするが入らない。

よく見たらこれ1プレイ百円だ。メダルを入れて出来るものと出来ないのが混ざっているんだな。人気あるキャラクターだし、ぬいぐるみのサイズがメダルのより大きいし仕方がないのか。

出来れば千円までで入手したいものだが……さて、結果はどうなることやら。

(ぐっ、難し過ぎだろ、これ……深紅たんはよくこんなのを簡単に取ってたな。やっぱクレーンは何時やっても取れる気がしない。素人が手を出して良いゲームじゃねぇな)

もう千円以上持っていかれた。何か箱系の景品よりぬいぐるみの方が難しい感じするわー。

何処にアームを引っ掛けたら良いかわからねぇ。

でも、俺は諦めない。持ち金が尽きるまでは……。

「ふ、待たせたな。深紅たん」

「主、遅い」

「コイツを深紅たんにプレゼントしようと思ってな」

結局三千円も投資しちまったよ。これだけ金を消費している様を店員が見るに見かねてぬいぐるみの位置を取りやすい場所へ移動してくれたのだ。あのアシストがなければこれは取れずに終わっていただろうよ。

俺はさっそくゲットしたパンタヌを深紅たんへ差し出した。

「くれるの?」

「ああ。今度からはそれを未来の俺だと思ってぎゅっとしてくれて構わないぞ。遠慮はいらん。好きなだけ頬擦りしたまえ」

「この時代の主からの初めてのプレゼント。感動」

「こらこら、初めてじゃないだろ。俺からの初めてのプレゼントはスク水。これは二つ目だよ。それにしてもあの時の深紅たんは可愛かったなぁ」

「違う。あれはプレゼント何かじゃない。ただの主の趣味。性癖」

「照れるなよ、深紅たん。スク水が似合うアンドロイド。最高だとは思わないか」

「思わない。むしろ恨む」

未来の俺を恨むと言ってはいるが、未来の俺が死んだら死んだで涙を流してくれる深紅たんはきっと心ではそうは思っていない筈だ。

だと信じたい。

「次に生まれ変わるなら、もっと背が欲しい。主に好まれないようなデザインを所望する」

「大人っぽい深紅たんか…………無いわー」

俺の口にした言葉がお気に召さなかったのか、パンタヌ(ぬいぐるみ)の手を使ってぺしぺしと俺の体を叩く。

そんなお茶目で無邪気なところも愛らしくて好き。

「大丈夫だ。安心してくれ。もし次に俺が深紅たんを生み出すことになってもその幼児体型は必ず維持させるから。更に幼くバージョンアップしちゃうかもな」

「安心出来る要素が一つも無い。むしろ悪化してる」

「えー。ちっさい方が可愛いじゃん」

「そんなことしたら主と口聞かない」

俺を叩くのを止めてパンタヌをぎゅっと抱きしめ、そっぽを向いた。

ご機嫌斜めな深紅たんをこっちへ振り向かせるにはどうしたら……えっと、えっと、えーっと……あれだ。

俺の視界に入ったのはファーストフードのコーナー。ゲームコーナーまで漂って来る美味しそうな匂いに朝から何も腹に入れていないことに気付かされたね。

あそこで何か買って二人で食べよう。

「深紅たん、深紅たん」

「主とは口聞かないってさっき言った」

「そんな寂しいこと言わないでさ。あそこで何か買って食べようよ。お腹空いてるでしょ?」

中々「うん」と言ってくれない深紅たんの背中を軽く押してファーストフードコーナーへと向かう。

そこにはハンバーガーやチュロス。ポップコーンにポテトなどなどと、いろいろな食べ物が売っていた。映画館並みの豊富さだな。

「いらっしゃいませ」

「えっと、じゃあ……ハンバーガーとチュロス。唐揚げとポテトで。飲み物は、ほら深紅たん何が良い?サイダー?オレンジジュース?」

俺の隣でぬいぐるみを抱いたまま無言で突っ立っている深紅たんに話しかけると、店員のお姉さんが、

「可愛い妹さんですね。お兄ちゃんと遊びに来たの?何年生?」

と、完全に小学生と間違えられていた。

がーん。という効果音が今の深紅たんにはお似合いだろう。横目に見てもすぐに落ち込んでいるのが解る。

一日に二度もそう間違われるとは本人も思っていなかったんじゃないか。

「あはは。深紅たん、何年生だって。お姉さんはこの子何年生に見えます?」

「そうですねぇ。四年生くらいかな?」

「正解です!」

「主の馬鹿。正解じゃない」

「それパンタヌだよね。お兄ちゃんに取って貰ったんだ。良かったね」

俺が深紅たんのお兄ちゃんか。そうだったらどんなに嬉しいだろう。こんな可愛い妹がずっと欲しかった。

「ほら妹よ。飲み物は何にするんだい?食べたい物は他に何かある?」

「……イチゴ牛乳。それと」

「それと?」

「肉マン。アメリカンドッグ。ピザ。クレープ。 フランクフルト。グラタン。パフェ。あと、チョコレートケーキをホールで」

「ひぃ!」

あり得ない注文の量に思わず悲鳴が飛び出た。

「えーと、肉マンにアメリカンドッグに…………ありがとうございます。出来上がり次第お持ち致しますので空いている席で暫くお待ち下さい」

まさか、深紅たんがあんな無茶振りをするとは思わなかったな。これも俺の悪ふざけに対する仕返しだったのかもしれない。おかげで手持ちがすっからかんだ。

食事代で七千円も使ってしまうとは……手持ち足りて良かったぁ。

「酷いぜ、深紅たん。妹って間違われたくらいでそんなに怒ることないだろ」

「酷いのは主。深紅は小学生でも妹でもない」

「若く見られているんだから良いことだろ。中には若いのに年取って見られる人だっているんだぞ」

「小学生みたいと言われても素直に喜べない」

「パンタヌ嬉しそうに抱きしめてる姿は正しく小学生そのものだったからなぁ。しょうがない」

「主がパンタヌを未来の主だと思って良いって言った」

俺の言葉を素直に聞いて、実行までしてくれているとは深紅たんに感激だわ。

未来の主(未来の俺)もきっと天国で喜んでいるだろうな。

さっきからずっと俺がプレゼントしたパンタヌを大切そうに抱きしめてくれているし、これほど嬉しいことは他にない。

ニヤニヤしながら妹(一日限定)を眺めていると、パンタヌの両手を持って動かし深紅たんが強烈な台詞を口にした。

「深紅は主の妹じゃないパヌ」

破壊力抜群な一言が俺の心を貫いた。

人気ゆるキャラ「パンタヌ」の語尾につける「パヌ」の声真似をする深紅たんに更にメロメロになったのは言うまでもない。

いきなりどうした深紅たん。毎日の能力の使い過ぎでついに壊れたんじゃないか?

いつもはこんな俺の萌えを刺激するようなことを口にする子じゃないのに。

「深紅たん!もっと!パヌってもっと言って!」

「嫌」

「嫌って、自分から言っておいてそりゃないぜ」

「一回言ってみたかっただけ。何気に恥ずい」

俺がじ~っと深紅たんの顔を見つめ続けていたら照れたのかパンタヌを使って顔を隠した。

顔を赤らめる深紅たんを初めて見た気がするなぁ。何か新鮮。

「主、無言で見つめるの駄目」

「照れんなよ。お前の可愛い顔もっと見せろ」

「や、パヌ。見んなパヌ」

ひょいっとパンタヌを奪って小さな身長の深紅たんが取れない位置に高く掲げてみる。

すると、

「主、パンタヌ返して」

泣きそうな表情になった。ジャンプしてみても俺との身長が違い過ぎるし、高くて取れない。

流石に可哀想に思い、奪ったパンタヌを深紅たんへ返却。

余程気に入ってくれたみたいで、頑張ってプレゼントした甲斐があるというものだ。

「いやぁ、深紅たんがぬいぐるみ好きとか初めて知ったわ。元々可愛かったけど、更に磨きが掛かったんじゃない?」

「主が初めてくれた物だから」

「え?」

「別にぬいぐるみはそこまで好きじゃない。でもこれは特別。パンタヌは主が初めて深紅にくれた物だから好きなだけ」

俺のプレゼントに喜ぶ深紅たん。良い!

「……深紅たん」

「何?」

「大好き!」

「知ってる」

そんなこんなで深紅たんと戯れていたら、注文した料理がテーブルへと次々と運ばれて来た。こんなに二人で食べきれるのかって思ってしまうくらい大量の料理が。

これ食ったら今日晩飯要らないな。

「平気。デザートは別腹」

「この前TVで言ってたけどな、別腹ってのは存在しないらしいぞ」

「三人で食べきれない?」

深紅たんは本当に何を言っているのだろう。まさか三人というのはぬいぐるみのパンタヌまで含めているのではないか?言っておくがパンタヌは人じゃねぇ。

「主。これ美味しい。何これ?」

「チュロスだな」

パンタヌ片手に抱えてチュロス食べてる深紅たんマジで萌えるわぁ。

記念に写真撮っとこう。

取り出した携帯のカメラで一枚。パシャっとシャッター音が鳴った。

これは決して盗撮などではない。堂々と撮ったからね。許可は取ってないけど。

「主がとーさつした。深紅のこと見るだけじゃ物足りなくなった?」

「ああ。もちろん。この写真待ち受けにさせて貰うわ」

「駄目」

「これで毎日深紅たんと一緒」

「そんなことしなくても毎日一緒にいる」

これはあれだ。例えば深紅たんが風邪で学校を休んだ時とか、席替えをされて離れた時用に眺めるのさ。一分一秒でも俺は深紅たんと離れたくないんでね。

「好きという感情もそこまで行くと病気」

「かもな。深紅たん口開けて。クレープ食べさせてやる」

「自分で食べられるパヌ」

「良いから開けてみ。あーんって」

今日の深紅たんはちょっぴり素直なのか最初は嫌がっていたものの、俺のお願いに観念し小さな可愛いお口を開けてクレープをぱくりと食べた。

この俺達の姿は周りからどう見えているのか。

あの店員のお姉さんから兄妹だと間違われたくらいだからカップルには見られていないだろう。仲の良い兄と妹みたいな感じかな。

「美味しい?」

「うん。主、もう一口」

「お、もしかして深紅たん、食べさせて貰うの癖になっちゃった?」

「違う。パンタヌ持ってて食べ辛いだけ」

「全然良いよー。むしろ大歓迎だ。俺からしたらご褒美でしかないね」

食べ辛いのなら余っている椅子にパンタヌを座らせておけば良い筈なのだが、深紅たんはずっと大切そうに抱きしめていて手放そうとしなかった。

ま、俺は深紅たんに「あーん」が出来て好都合だけど。

「さあ、お姫様。次は生クリームたっぷりのパフェをお召し上がり下さい」

「恥ずい。その呼び方止めれ」

こんな感じでどんどん深紅たんへ食べ物を消化させていたらいつの間にかあんなにあった食べ物のほとんどが姿を消していた。

よく入るなぁ。この小さなお体の何処にあの量が?いろいろと不思議だ。まるで大食いタレントみたい。

いいや、少し違うか。彼等は食べたら食べただけ腹が膨らんでいたが、深紅たんのお腹は全く膨らんでいない。まるで腹の中にブラックホールでも存在しているかの如く平のままだ。これなら大食い選手権でも優勝出来るんじゃないか?

「主、全然食べてない」

「良いんだよ、俺は。深紅たんが満足するまで食べて良いんだからな」

「駄目。主も食べる。口開けて」

「え、マジで、食べさせてくれんの!?」

夢にまで見た深紅たんから食べさせてくれる反対のパターンだ。

今日の深紅たんは何だか積極的だわー。

「主が食べようとしないから、こうするだけ」

「あーん」

周りの目何か気にしてらんねぇ。一生に一度あるか無いかわからない深紅たん様からの「あーん」だ。このチャンスを逃しちゃならない。だってこれを逃したら一生お目に掛かれないかも知れないんだからな。

「うんめぇええええええええええっ!!」

思わず店内に響き渡るくらいの大声で叫んでいた。

可愛い子に食べさせて貰うとこんなにも違うものなのか?

大袈裟かもしれんが俺には所詮冷凍食品のポテトが三ツ星レストラン並みの高級料理を食しているように感じたね。

「主、うるさい。皆が注目してる」

「ごめんて。いや、だって、めっちゃ美味かったからさ」

「大袈裟」

「俺には大袈裟じゃないのさ。だって深紅たん、こんなこと今日しかやってくれないだろ?」

「そんなことない。時と場合による」

「そっか。てことはまだ俺にはチャンスがあるってことね」

「ある」

「深紅たん好きだ!」

小さな小学生サイズの体を愛おしくぎゅっと抱きしめる。

俺がこの台詞を吐くと当たり前のように深紅たんが口にする台詞がこれだ。

「よく言われる」

二人で楽しい夕食の時間を過ごしていたら、深紅たんがあることに気が付いた。

今回使った能力には俺と深紅たんを知っている者達から一時的に俺達の記憶だけを消すというものだったらしいが、その効力は一時間前くらいに切れたようで、能力を使い学校を一日サボったことが来夢に気付かれた可能性があると言うのだ。

「主、早く帰ろう」

そんな深紅たんの予想は当たっていたらしく家に帰宅するなり来夢がお出迎え。

深紅たんはぽかんと、軽めに一発頭を叩かれていた。因みに晩飯が作り置きしてあるのを見るに日向はバイトに行ったようである。

「来夢姉痛い。何をする」

「深紅が悪いことしたから姉としてお仕置きをしたの。学校サボったら若が天才になる日が遠くなるでしょ」

「別に良い。それなら主が未来で処刑される道から抜け出せる」

「深紅の存在が消えることになるわ。それでも良いの?」

「平気。主の為なら深紅は何でもする」

「そんな悲しいこと言わないで。若を救えば深紅だけじゃない、アンドロイド全員が消えることになるのよ」

……そうだよな。来夢の言うことも間違っちゃいない。

深紅たんの俺を思ってくれる優しい気持ちはすげぇ嬉しいんだが、俺がアホな道を進むことで消滅するのは深紅たん一人だけじゃない。姉の来夢達も消えるんだよな。悪いアンドロイドだけが消えるんじゃない。味方のアンドロイドも全てが消えるんだ。

「来夢姉が嫌なら深紅を殺せば良い。いつでも相手になる」

「ちょっと、深紅!」

宣戦布告だった。何だか本当に姉妹対決が始まりそうな台詞を口にして深紅たんはぷいっと来夢から顔をそらすと、俺の服の裾をくいっと掴んだ。

「主、一緒にお風呂行こ。背中流す」

「深紅たん、一緒にお風呂は嬉しいんだけどさ、良いの?あんなこと言っちゃって」

こんな状況じゃなかったらどんなに嬉しいことだろう。深紅たんから俺をお風呂に誘ってくれる何て普通じゃ考えられない。まるで夢の中にいるみたいだ。

だけど、素直に喜べねぇ~。

姉妹の仲を悪くしているのは間違いなく俺であり、来夢からしたら大好きな妹が俺と一緒にお風呂に入ると言い出して更なる大ダメージを負った筈だ。

お願いだからこの前屋上で起きたような激しい戦闘になることだけは避けて頂きたい。

あんなのを何回も経験していたらただの人間である俺の心が持たないだろうよ。

「来夢姉は主のことを何とも考えていない。主に作って貰ったからこそ深紅達は今此処に存在している。主のことを一番に考えるのは当たり前。来夢姉は自分のことしか考えてない。これでは主が可哀想」

「……深紅たん」

「大丈夫。深紅だけは、ずっと主の味方」

いつもあまり表情を作ろうとしない深紅たんが向けるプチ笑顔にドキっとした。ぬいぐるみを抱いている子供っぽい姿だけでも反則的可愛さがあるというのに、これには更にキュートさが追加される。この笑顔は正に今までで一番の、百点満点をあげても良い笑顔だろう。

「ずっと主の味方か。嬉しいな。正直に言うとね、四十で死ぬって聞かされて先の話だって思っても残念な気持ちと恐怖の二つを感じたんだ。もうちょっと生きていたいとか、残された家族はどうなるんだろうってさ」

「わかる。主の気持ち」

深紅たんはこの前のスク水を着て一緒に湯舟に浸かりながら、未来の自分と俺の話を少しだけ語ってくれた。

初めて深紅たんが目にした未来の俺は、嬉し涙を流しながら体を抱きしめて来たと言う。

最初に出た言葉は「やっと会えた」だったらしい。

どうしてかはわからなかったが、その時深紅たんの瞳にも自然と涙が浮かんだようだ。

まるで、何か、大切な記憶を思い出した気がして。

「未来の俺はきっと嬉しかったんだろうね。やっと深紅たんを作れたって」

未来の俺が今までどんな苦労をして人間と全く変わらないハイスペックなアンドロイドを作り出したのかは知らないが、現在学校の成績が学年でケツから二番目の俺が天才の頂点を目指すなど相当な努力をしない限り無理だろう。秀才と呼ばれる人間を今まで飽きる程見てきたから言えるが、俺が奴等の学力を追い越せるとかとても考えられないんだよなぁ。そんな奇跡が本当に起きたのかよ。

そんな俺の疑問に深紅たんはすぐに、それなりの答えを返してくれた。

「未来の奥方が言ってた。主は何でも新しいことを始めるとすぐに理解して、何でも簡単に自分の物にしちゃうんだって」

「未来の俺は記憶力が良かったんだな」

「違う。それは現在も主に備わっている能力だと思われる。自分を馬鹿だと思っている理由は今まで勉強をやろうと思わなかったからでは?」

確かに、俺は自分から勉強をやろうとは思わなかったかもな。勉強など今までまともにやってきた憶えはない。小学生の時も中学生の時も、今もな。

俺の通っている簗嶋高校は日向の親父さんが理事をしている高校だからコネで入ったようなもんだし、俺は高校に入る際に受験勉強すらやってないんだ。

「一度試しに自分の記憶力はどれほどのものなのか確かめてみては?勉強以外で」

「そうは言われてもなぁ……深紅たんのスリーサイズは?」

「主、自分の好きなことは誰だってすぐに覚える。それでは意味がない」

「そっか。冷静な回答をありがとう。スリーサイズは俺がただ知りたいだけです」

「測ったことない。気になるなら後で測ってくれて良い。話を元に戻すが、クラスメイト全員の名前を覚えてみるというのはどうだろう?」

深紅たんの出した案は実に丁度良いところを攻めてきたと言える。

俺が興味の無い彼等の名前を一人も知らないことをよく知ってるな。

「主に友達と呼べる人間が存在しないことは一緒に学校へ通っている深紅にはすでにお見通し」

「際ですか。ほんと、深紅たんには敵わないなぁ」

「クレーンゲームが苦手と言っていた主も未来では深紅にたくさんのパンタヌを取ってくれていた。これも主の記憶力が生かされている結果と言える」

未来の俺にはクレーンゲームが上手い友達でもいて、その人の技でも間近で見て覚えでもしたのだろうか。

……いや、俺に友達何ているとは思えない。きっと動画か何かでも見て研究したのだろう。

「もしかして深紅たんがパンタヌ好きだったのって未来の俺絡み?」

「パンタヌは未来の主からの初めてのプレゼント。未来からパンタヌ持ってきてなかったから正直に嬉しかった。やっぱり主はどの時代の主も同じ。深紅のことちゃんと解ってくれてる」

「また行こうな。次もパンタヌ取ってあげるからさ」

「うん。了解した」

この時はまだ知るよしもなかったんだ。

俺達の知らない所で未来からやって来たアンドロイド同士の戦闘が密かに始まっていたことを。












































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