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プロローグ(俺作アンドロイド。鍵中深紅)

ソイツが俺の所へ送られて来たのは、ある日の午後。俺の十七歳の誕生日と呼べる日だった。

四月一日。春。

皆が輝かしいスタートを飾るこの日に、俺こと輝来掴は絶賛引き篭もり中で、起床時間はすでに午後を回っていた。

昨日就寝した時間が日付のとっくに変わった午前三時なのだから、この時間に起きようが何も不思議じゃない。

そう。これはとても自然なことなのだ。

まあ、俺からしたら、だがな……。

「今日は何曜日だ?」

独り言が飛び出した。

何とな~くだが、カレンダーに目が向いた。俺が登校拒否を始めたのは大体だが年明け前の十二月頃だっただろうか?休み過ぎたせいでよく覚えていないが、多分四ヶ月くらいだ。

しばらくだらしない生活を続けていて気付いたことがある。

夜眠るより昼間に眠った方が気持ち良く眠りに入れる。

あれはなぜなのだろうなぁ。誰か知っていたら教えて欲しいものだ。

「ううむ……でも、誰かって誰だろう」

また独り言が飛び出した。

俺には友達と呼べる人間は一人も存在しない訳で、一人暮らしの俺が人と会うタイミングや機会何てTVを点けた時くらいのものよ。

TV画面に映る人間が俺の友達と呼べるだろうぜ。悲しいことかもしれないがこれは現実だ。

まあ、外を出歩いたりしないでずっと家に居るのだから当然のことなのだが。

「しかし、何が入っているんだろうな。この中」

玄関先に置いてある誕生日に送られてきた差出人不明のお届け物は滅茶苦茶重く馬鹿デカい大きな箱で、人が一人くらいなら余裕で入れそうだった。

独り言を呟きながらラッピングされたリボンを解き箱を開けてみる。その中に入っていたのは、

「わー」

「うわぁああああああああっ!!」

ビックリして思わず悲鳴を上げる。

短髪でパツキンな美少女が箱の中から飛び出して俺を驚かせやがったのだ。

心臓が止まるかと思ったぜ。

「お、おおお……お前誰だ?」

「おー、主若い」

どうやらコイツは俺の質問に答える気はないらしい。

「……あ、主?もしかして俺のことを呼んだのか?」

「そう。主」

俺を指差して金髪で短髪の少女がはっきりとそう言った。

主ね。いい響きだ。

「……お前、よく見ると滅茶苦茶可愛いな」

「よせよ、主。よく言われる」

まるでアニメの世界から飛び出して来たかのような短髪で無表情な不思議ちゃん系美少女に俺は一目惚れしてしまったのか、暫くの間ガン見していた。

「よく言われるって、例えば誰に?」

「主に毎日のように言われている」

また不思議なことを言う。

「俺、今初めてお前と会ったんだけど?」

「深紅が言う主はこの時間の主ではない。もっと先の未来の主」

「またまた電波なことを言う奴だなぁ。全然お前の言っていることが理解出来ないよ。ま、そんなところもすごく俺好みだけど」

「照れるな、主。よく言われる」

「誰に?ああ、未来の俺か。大体解った」

「すごいな、主。飲み込みが早くて助かる」

この電波な美少女の名は「鍵中深紅」というらしい。

深紅が何者かを詳しく聞く為、体を箱の中から出してやり場所をリビングへと移した。

見た感じは身長が百四十あるかないかくらいで、体も抱き上げてみたらかなり軽かったし、何もかもが俺好みのキャラクターとして仕上がっている。三次元に興味無しだった俺もこの子になら興味を持てそうだ。

「深紅は未来から来た。今から二十四年後の二千四十一年からこの時代に」

……マジかよ。

開いた口が塞がらないとはこのことか。どうやらコイツは電波の更に上を目指すつもりらしい。

ファンタジー世界を信じるピュアな心の持ち主である流石の俺でもすぐには信じられんね。

ましてやコイツが、

「深紅は三十一歳の主が作り出した万能アンドロイドである」

何てね。

「俺がお前を作った?」

「そう」

「嘘だろ」

「深紅、嘘は付かない」

「本当か?」

「冗談はよく言う」

俺は思う。嘘と冗談何て大して変わらないだろうと。

深紅は話を続けた。

「主は……」

話がやたらと長く、とても解りづらかったので代わりに俺が説明しよう。

深紅たんのいた未来の世界。

二千四十一年では頭が壊滅的に悪い筈の俺がなぜか天才化学者と世界に名を轟かせる有名人となっているようで、そんな俺は三十一歳というまあまあな若い歳でこの不思議ちゃんアンドロイド「鍵中深紅」を完成させたようだ。

更に十年後の世界ではその俺の天才化学者としての技術を悪用する人物が現れ、アンドロイドは量産。その数は気付けば人間の世界人口を超える数まで増やされた。

今から二十四年後の未来ではそのアンドロイド達が人間を殺し始め、地球が彼等に侵略されつつある。

アンドロイド製作者の俺はテロ行為に関わったと誤解され警察に逮捕。

凶悪犯罪者として死刑判決が下ったらしい。

「そこで深紅たんの出番、という訳だな」

「そう。主を死刑の道から救う為、過去に飛んで来た」

どうやら未来の俺はタイムマシンまで完成させちまってるらしい。

頭の悪い俺には考えられないような偉業を成し遂げちまったみたいだな。

「しかしだな、深紅たん」

「深紅たん。その呼び方は未来も過去の主も変わらないのか」

未来の俺もこの子をそう呼んでいるとは……まあ同一人物何だし同じあだ名を付けていても何も不思議には思わないが。

「俺が人間と変わらないアンドロイドを作るとか、そんな天才化学者になれる何て全く考えられんのだが。俺の成績は下の下。全学年で数えれば下から数えた方が早いくらいだぞ」

「それでも、深紅は此処に、確かに存在している。信じて。主の目の前にいるこのアンドロイド「鍵中深紅」が何よりの証拠」

「……わかった。深紅たんは俺を救いに態々過去までやって来てくれたんだもんな。信じるよ」

そう言って深紅たんの手を取った。

温かいな。本当に人間と何処も変わらないみたいだ。

未来の俺すげー。

「この時代の主が単純で助かった。それで、これからの深紅の為すべき予定だが」

さり気無く馬鹿にされたような気がしたが、そんなことはどうでも良かった。

だって馬鹿なのは本当のことだし。深紅たん可愛いし。

「主にはとことん馬鹿になって貰おうと思う。死刑から逃れる道はそれしかない」

「それに関しては心配するな、深紅たん。俺にサボるという選択肢はあっても勉強をするという選択肢は存在しない。俺はこのまま自宅警備員の道を行き人生を棒に振る男よ。おっと、そろそろ恒例の昼寝の時間だ。難しい話はもういい。そろそろご主人様を休ませておくれ」

俺がベッドに横になり布団を被って眠る準備を終えると、

「なら深紅も一緒に眠る」

そう口にして布団に潜ってくる深紅たん。滅茶苦茶嬉しいがこれは少し刺激が強すぎる。

「おおい、ちょっと待て、深紅たん。女の子である君がこんなはしたない真似をしてはいけないよ」

「何で?深紅も眠い。理由は他に要らない」

「いや、しかしだな……」

「それに、今は春と言ってもまだまだ肌寒い季節。だから深紅が主の湯たんぽ代わりになってあげる」

無表情なアンドロイドさんはそれだけ言ってさっさと夢の中に行ってしまわれた。

まあ、確かに温かいけども、ちゃんと湯たんぽ以上の性能を発揮しているけども。

しかし、この寝顔。本当に、

「可愛いなぁ……」

「よく……言われる」

人間らしい体の温もりにも、眠れることにも驚きだが寝言まで口にするとは本当によく出来ているな。

天才化学者ねぇ……頭の悪い、しかも学校もろくに通っていない俺がどうやって……。

隣で眠る可愛らしい少女の寝顔を見つめていると、そろそろ自分もつられて眠くなって来た。目を閉じそうになったその時、家のインターホンが鳴って、それが部屋まで響いて聞こえて来た。

態々玄関まで向かうのも面倒臭いし、何より寒くて布団から出たくない。こういう時は居留守を使うに限る。無視だ、無視。無視してりゃその内諦めて帰ってくれるだろうよ。

「主、来客」

「し~。深紅たん、ちょっと静かにしてて」

自分の鼻に人差し指を当て、深紅たんの口を塞ぐ。

俺の家に、此処に来る来客などたかがしれている。

きっとアイツだ。小うるさい世話焼きの幼馴染がまた今日も懲りずにやって来たのだ。

廊下から聞こえてくるソイツと思われる足音。

(しまった。今日も玄関の鍵を閉め忘れたか)

「深紅たん、ちょっとの間布団の中に潜ってて」

布団の中に無表情少女をさっと隠した後、すぐに眠ってますアピールを開始した。

「嘘、掴まだ眠ってるの?もう午後三時だよ。後二時間もすれば夕方だよ。起きなくていいの?」

この声の主は簗嶋日向。身長の半分くらいはあるロングの髪に青空色のリボンを飾りとしてぶら下げている。間違いなく俺の幼馴染の少女である。

「うるさいなぁ。今日は始業式じゃなかったのかよ」

「もうそんなのとっくに終わったの。帰るついでに掴を起こしに来ただけ。嬉しいでしょ」

「ひなっちさんよ、そんなん全然嬉しくも何ともないのだが?むしろ迷惑というやつだ」

「ひなっち言うな。日向お姉ちゃん。でしょ」

いい歳した高校生が「お姉ちゃん」などと恥ずかしい。

そんな小学生みたいな呼び方出来る筈ないだろう。

皆すでに気付いているとは思うが、このひなっちさんは俺より一つ年上の三年生だ。

胸もほぼほぼ平だし、大人の魅力など皆無。幼なめな容姿からして何処からどう見ても年下にしか見えんのだが。

「じゃあ間を取って、ひなっちゃんで」

「プライベートなら別にいいけど、学校ではそんな感じで呼ばないでよね。恥ずかしいから」

「はあ?ひなっち君、君は一体何を言っておるのだね?学校?ホワイ?いつ私があんなつまらない場所に行くなどと申しましたか?」

「掴の担任の先生に頼まれちゃったの。掴のこと何とか登校させて欲しいって。そんなこと言われなくたってひなは毎日連れて行こうと努力してるんだけどなぁ」

「その自分を「ひな」って呼ぶのが正に子供っぽい。だからお前はいつまでも俺にひなっち扱いされるんだよ。解ったな」

「呼んでる自分が偉そうに言うな。はい、これお弁当。作ってきたから此処に置いとくね。後これも」

「おお、助かる。サンキュー」

ひなっちが手作り弁当と一緒に円形の卓袱台に置いたのは封筒。この中に入っているのは俺へのお小遣いというやつだ。

「それあげるんだから、明日こそ一緒に学校行くんだよ。わかった?」

「おう!考えとく!バイト頑張れよ!」

さっそく封筒を開封してみれば、そこに入っていたのはいつもと変わらずの一万円札一枚。

いつしか俺はひなっちさんのヒモのような生活を送っている。

これは彼女がメイドカフェのバイトで働いて稼いだものだ。決まってお小遣いをくれるのは給料日。両親のいない俺の為に毎日食事を作っては家へ運んで来てくれるなど、俺の世話をよくしてくれる唯一の家族みたいな存在だ。

こんな廃人のような生活を送っている俺を気遣い、構ってくれる優しい日向のお願いは出来るだけ断りたくないのだが、学校に通って欲しいというお願いだけは何度言われようが無理な相談だな。

「さて、どうやって明日、日向を追い払おうか」

「主、もう宜しいか」

「あ、深紅たんすまん。つい忘れてしまっていたよ。悪いな」

「別にいい。こんなことは日常茶飯事。もう慣れた。それより、今のは「奥方」の声。この頃から主は奥方をひなっちと呼んでいたのか」

「ん……んんっ?奥方?」

「そう。奥方」

いやぁ、可笑しいな。何か深紅たんの口から信じられない単語を聞いた気がしたなぁ。

日向が俺の「奥方」つまり、

「君はアイツが、未来で俺の嫁さんをやっていると言うのか?」

「主は婿養子。結婚後は輝来という苗字が変わり「簗嶋掴」となる」

「まじかよ」

「まじ。主は二十歳で結婚後、八年間ヒモ生活を続けるが、タイムマシンを二十八歳という若さで世に生み出しヒモから脱退。それからは奥方を養う良い夫へと姿を変える。しかし驚いた。主が十七歳からすでにヒモ生活を送っていたとは」

ぱちぱちと手を叩く深紅たんの行動はよく解らなかった。

もしかしてその拍手は俺へではなく、十八歳というこんな若い歳から苦労してきた日向への拍手なのだろうか?

未来の俺も相当だな。腹が減ってきた、ひなっち特製弁当でも食べようか。

「一緒に弁当食う?」

「ごち」


そしてやって来た次の日。俺はチャイムが何度鳴らされようともいつものように居留守を使っていたのだが、ちゃんと鍵をかけておいた玄関は何故か開いて、幼馴染である日向の侵入を許してしまったのだった。

「な、何故だ……鍵は閉まっていた筈だぞ」

「ふっふーん。こんなこともあろうかと昨日来た時に合鍵を拝借しておいたのだ。ほらぁ、今日こそはひなと一緒に学校行くよぉ」

「嫌だ。何と言われようと俺は絶対に行かないからな、ひなっち」

「何で!?昨日一緒に行こうって約束したのにっ!」

「約束はしてないぞ。考えとくとは言ったかもしれんが」

俺をどうにか布団から出そうと日向が腕を強めに引っ張る。

止めろ。この中には今日も深紅たんが隠れているんだ。

「今日一回だけでもいいから行くの~!」

「放せ、馬鹿。腕が千切れる」

「馬鹿は掴でしょ!ひなも仲間にしないで!ほら早く~!遅刻しちゃうでしょ~!」

日向の手を無理矢理に振り払うと、見てわかるくらいに泣きそうな表情をされる。

その顔止めれ。俺は女子にこういう顔されるととても弱いんだ。

「うう……心配して……毎日、来て……あげ、てるのに、掴の分からず屋ぁ……」

「な、泣くなよ、日向」

日向がそんな分からず屋の俺に取る対処法はいつも決まって一択。

制服のポケットから取り出したるはスマホ。

それであの人にいつも電話をかけるのだ。

「ぱぱ……あの、ね……掴がひなのこと邪険にするんだよ……うん……学校一緒に行ってくれないの」

俺に日向が差し出してきたのは通話中のスマホ。

娘を自分の命より大切に思っている結構な強面のお父様が、俺に何かご用事があるようで……。

「はい。お電話変わりました。掴です」

「久しぶりじゃのう、掴君。今回だけじゃぞ。次にワシの大切なひなちゃんを泣かせおったらいくら君でも許さないからのぉ」

「はい……はい。解りました……いえ、行きます!ご一緒させて下さい!!」

簗嶋組の組長であり、俺と日向の通う簗嶋高校の理事長である日向のお父様が俺をコンクリで固めて海にぽいするとか言い出しやがった。

怖ぇえええええっ!!

学校に通うくらいでこの命が助かるなら喜んで向かおうじゃないか。

「ぱぱありがとう!うん!またね!」

「このファザコンめぇ~。一生恨むぞ」

「ふんだ。別にファザコンでもいいもん。掴が最初から行くって言わないから怖い目にあうんだよ」

「ねぇ、ひなっち。俺、君のお父様に殺されたりしないかな……恐怖で足めっちゃ震えてるんですけど」

「大丈夫。殺されそうになったらひながぱぱを止めてあげるから。早く学校行こ。遅刻しちゃうよ」

「わかった。行く。向かわせて頂きます」

日向は優しいなぁ……あんな恐ろしい父親の子供とは思えないよ。

きっと母親の方に似て育ったんだろう。あの人は親のいない俺にとても優しくしてくれたからなぁ。まるで本当の息子のように。

「着替えるから少し部屋の外で待っていてもらえるだろうか?」

「そう言って部屋の鍵閉めたりしない?」

「しないよ。俺にそんな勇気など存在しない」

何せ命が懸かっているのだからな。

そんなことをすれば俺の家には簗嶋組の若いのが何人入って来ることか。

「悪いな、深紅たん。俺学校行ってくるわ」

俺がそれだけ言うと深紅たんは隠れていた布団の中から顔を覗かせて、無言でこくんと頷いた。

廊下にいる日向に自分達の会話が聞こえないよう気を使ってくれたのだろう。

これは自画自賛になるがあえて言わせてくれ。

君はよく出来たアンドロイドだ。生みの親の顔が見てみたいね。


「掴、途中で帰ったりしちゃ駄目だからね。帰りはひなが迎えに行くから教室で待ってて」

そんなことをすれば、俺は拳銃で蜂の巣にされるか、刀で首を斬られるかされるだろうよ。そんな恐れ多いことが出来るか。

俺は渋々教室の扉を開いた。

クラスメイトは俺の姿を見るなり、話題を変えて噂話を始めたり、ニヤニヤ笑っている輩もいるが、そんなことはどうでもいい。馬鹿にしたいなら勝手に馬鹿にしていたら良いさ。気が済むまで、どうぞごゆっくり。

「はぁ……」

一番後ろの窓側にある自分の席に座って溜息をこぼした。

どうして学校にいるとこう一日が長く感じるのだろうな。逆に家にいる時は時間の経過が早く感じるというのに。

げんなりして机に頭をつける。早速眠ろうとしていたら隣から聞き慣れた人物の声が聞こえ、ソイツが俺の肩を人差し指でつんつんしていた。

「主」

「うぉおおおおっ!」

何故か隣の席に家でお留守番している筈の深紅たんが座っていてビックリ。

つい教室の中で大声をあげてしまったではないか。

また変人と思われるだろうな。それより、どうして俺作のアンドロイドちゃんが此処にいるのか手短に納得出来る説明を求む。

「しんちゃん、どうして此処に?」

「説明しよう。その呼び方は何だか春日部出身の五歳児みたいで嫌だが」

「悪い。ちょっと呼んでみたかったんだ。で、なぜに深紅たんが俺の隣の席に座っとるんだね?」

「テレポーテーションして来た。クラスメイトには深紅が最初からこのクラスの生徒だったかのごとく偽の記憶を一時的に植え付けたので何も問題はない」

本当に未来の俺はすごいアンドロイドを作っちまったんだな。

そんなことまで出来たとは驚きだよ。

「俺はどうして学校について来たのかと聞いたのだが」

「深紅には主が勉強しないよう見張るという使命がある。学校に行くと言うならついて行くのは当然」

「心配しなさんな。俺に勉強する気何かないよ」

深紅たんと駄弁っていると教室に教師が姿を現し、間もなくして一時限目の授業が始まった。最初の授業は、

(数学かよ……その名を聞いただけで鬱になりそうだ)

俺の幼稚園児並みの脳は、まだ数学が算数と呼ばれていた時代からまったくの手付かず状態だと言うのに、この何かの暗号のような数式をどう解けと?

掛算や割り算すら曖昧だってのに。

ああ……さっさと終わってくんないかなぁ……。

(……そうだ)

俺は良いことを閃いてしまった。

これだけ万能な彼女なら、こんなこともきっと簡単にやってみせるのではないかと。

「深紅たん」

他の誰にも会話が聞こえないよう小さな声を出し深紅たんを呼んだ。

俺が彼女の耳元で囁いたのは、

「可能。問題ない。それくらいお安い御用」

最初は何が起こったのかよく解らなかったが、俺の願いはどうやら簡単に叶えられてしまったようで……気がつけば授業終了を告げるチャイムが校内に鳴り響いていた。

授業開始から十分後の出来事である。一時限目は終了した。強制的に。

「深紅たんすげぇ!こんなことも出来んのかよ!」

「全て主が深紅に与えてくれた能力。すごいのは主」

「未来の俺半端ねぇな。どれだけ天才何だよ」

「未来の主はとーだいを一年間で卒業するという偉業を成し遂げた。今ではとても考えられない高学歴の持ち主」

「この俺があの滅茶苦茶頭の良い奴等が通う十文字大学を一年でだと!?俄かには信じ難いな。エリート中のエリートじゃねぇか」

「そう。今の主からはとても考えられない話」

「それ、二回も言う必要ある?」

「事実」

「まあ、そうなのだが」

この日は深紅たんの時間経過能力のおかげであっという間に六時限目まで終了し、すぐに自宅へ帰れる時間となった。

便利過ぎる。この能力があれば退屈でつまらん授業など受けずに済む。

俺を態々二年の教室に迎えに来た日向さえ、

「何か今日終わるのあっという間だったぁ~。不思議」

そんな具合に、異変に少し気づいている感じだった。

この能力を使うのは控えた方が良さそうだ。

「ねぇ掴、その子誰?」

日向が俺の背中に隠れている俺作アンドロイド、鍵中深紅の姿に気付いた。

さて、何と説明したら良いのやら。

どう紹介しようかと考えていると、

「ちっちゃくて可愛い子だね……もしかして掴のお友達?」

日向が勝手に勘違いしてくれて助かった。

深紅たんは俺の背中からひょこっと顔だけ出すと、無言でこくんと頷いた。

「掴良かったね~。初めてお友達が出来て。この機会に友達百人目指してみたら?」

「結構失礼な奴だよな、お前って」

「だって事実だし」

その台詞ならもう聞き飽きた。少し前に深紅たんに言われたばかりだ。しかも二回も。今の合わせたら三回だぞ。

「お名前は?」

「鍵中深紅。未来から来た主お手製のアンドロイド」

「未来?あるじ?アンドロ……掴、この子は一体何を喋ってるの?」

どうせ、コイツに深紅たんのことを正直に説明しようが俺の話を信じる筈があるまい。

この何でも正直に答えてしまうアンドロイドが未来の俺と日向の関係を暴露してしまわない内にとっとと会話に終止符を打たなくては。

「俺がそう喋るようにお願いしたんだ」

「どういうこと?」

「キャラ設定だ。この子は俺の言うことを素直に何でも聞いてくれるんだ。深紅たんは未来からこの時代にやって来た俺の作ったアンドロイドで、そんな俺を主と呼び慕う。そうだな」

「そう。深紅は主のお願いなら何でも聞き、それを実行する」

「よく言った。それでこそ、俺の深紅たんだ」

お利口なアンドロイドの頭を一撫で。髪めっちゃさらさらじゃん。本当に人間と変わんないな。

「掴の趣味に付き合わされて可哀想。嫌だったら素直に言っちゃって良いんだよ。いくらお友達でもやって良いことと悪いことがあるよね」

「別に嫌ではない。深紅は主に生み出された命。主の欲求不満を改善するのは当然の役目」

「そそ、そうなの?良く解らないけど、しんちゃんが掴のお友達になってくれて良かったよ。ありがとう」

「し、しんちゃん……」

深紅たんが日向に呼ばれた愛称に対してあからさまに不満があるように思えた。

そんなにお馬鹿な五歳児と一緒にされるのが嫌なのか。

「良い。奥方を安心させるのも深紅の役目の一つ」

「……奥方?もしかして、ひなのこと?」

「こら、深紅たん。その呼び方は禁止だ」

「じゃあ、何と呼べば良い?」

アンドロイドの真剣な瞳が俺をじっと見つめる。

深紅たんに見つめられるとちょっと照れるわ。

俺は何と答えたら良いかわからずに、本人に何と呼ばれたいかを尋ねてみることに決めた。

「深紅たんが何とお前を呼んだら良いか迷っているみたいだぞ」

「日向お姉ちゃん、とかどうかな」

「却下だ。何だそれ、冗談のつもりか?全然笑えんな。お前みたいなちんちくりんをお姉ちゃんと呼ぶ深紅たんが可哀想だわ。誰がどう見たって同年代にしか見えん。そんな恥ずかしいこと言ってるとそこら辺にいるお喋り好きなおばちゃん達が噂し始めるぞ」

「な、何の噂よ……」

「八百屋で夕飯の買い物中のおばちゃん共がな、お前達二人の姿を見てだな。あら、あの子、同い年のお友達にお姉ちゃんとか呼ばされているわよ。可哀想ねぇ。あたしならあんな屈辱絶対に味わいたくないわー。マジ無理だわー。とまあ、こんな感じにだな」

「どうして買い物中のおばちゃん達にひなとしんちゃんが同い年か何てわかるのよ!しかもなして八百屋なの!何で夕飯なの!そこまで設定細かくなくて良いでしょ!」

「俺は常に日常生活にリアリティを求める男何だよ。ひなっちの癖して設定にケチつけてくんな」

「ふっふっふ~。良いのかな、掴君。あんまりひなのこと虐めると、ぱぱに電話するよ。どうしようかなぁ~、かけちゃおうかなぁ~」

スマホを片手に脅してくるひなっちさんの笑顔が俺には悪魔にしか見えなかった。

流石は組長の娘。少しは父親の血を受け継いでいるようである。

気がつけば俺は、まだ掃除をしていない教室の汚い床に両手をついて土下座をしていた。

「すんませんでした!それだけは、それだけはどうか勘弁してくだせぇ!姉さん!」

「わかれば宜しい。面をあげい」

「はは!」

クラスメイト共が俺達の茶番劇を見て笑っている声が聞こえる。

放課後だというのに教室にはまだたくさんの生徒が残っていた。

畜生。教室で先輩幼馴染に脅されて土下座するとか、良い笑い者だぜ。





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