パスタから続く道
馬番のおじさんが気を利かせてくれて、オレの屋台を、宿の食堂からすぐのところに停めさせてくれた。
「今日は夕飯もつくるかい?」
「うん、おじさんの分も作るね」
「おお、それは楽しみだ」
と、横から宿のご主人も顔を出した。
わかっているぜ旦那。ちゃんと五人前用意しますぜ。
買ってきた猪肉はいくつかの固まりに切り分けて、削った岩塩で塩漬けにしておく。これはちびちび食べるのと、じっくりと保存するのに分けるんだ。
棒パンの実は製麺機を通せば『麺』のできあがり。
で、こないだこしらえた、脂身から油をとった残りのスジと『パプリカ玉ねぎ』は細かく刻んでおく。
卵は卵黄と卵白に分けておき、卵黄は生乳と少しの塩で溶いておく。
卵白は熱したシロップを少しずつ流し入れながら、ひたすらハンドル式ハンドミキサーでホイップするんだ。
さらに昨日から放置しておいた生乳から生クリームをすくい、これもシロップを少し入れてからひたすらホイップ。
うおお、ちょっと腕が疲れたぜ。
果物は『みどりんぼ』と『ゼリー栗』の皮を剥き、『レモンりんご』をちょっとだけすりおろし、シロップとあえてから、リルがこしらえてくれた氷で冷やしておく。
残りのレモンりんごは薄切りにして、シロップとホエーも一緒に鍋に入れて火を通してから、粗熱を取っておく。
ふっふっふ。
サキとウキ、早く帰ってこないかなあ。
「ただいま、ユーキ」
「帰ったぞ、ユーキ」
お帰りサキ、所帯じみてるぞウキ。
よし、ここからは時間との勝負だ!
まずは中華鍋にバター、ほんの少しだけの生姜にんにくを取り、ゆっくりと溶かしていく。
にんにくの香りがバターに移ったら、刻んだパプリカ玉ねぎを入れて炒める。続けて肉スジも投入。
ここで麺茹でも開始。
次に卵白でこしらえたメレンゲと、生クリームでこしらえたホイップクリームをざっくり混ぜる。
で、五枚並べたプレートリーフにこのクリームを塗り、冷やしておいたみどりんぼとゼリー栗のシロップ漬けを並べ置いて、さらにクリームを重ねてあげる。
真っ白なクリームの上にレモンりんごの薄切りを飾ってあげれば完成!
リル、それを冷やしておいてね。
次は麺。
麺は湯切りして中華鍋に投入。ざっと火を通したら、リートのお仕事は終わり。
火を止めて卵黄と生クリームを溶いたものを混ぜかけ、余熱で火を通してあげる。
最後に元の世界から持ってきた『黒胡椒』をほんのちょっとだけかけてこちらも出来上がり!
「はい、『棒パン麺のカルボナーラ』と『タルト・リバーケープ風』だよ!」
うは、予想通りの反応だわ。サキとウキ、宿の主人と馬番さんの四人は、テーブルで目を丸くしている。
「どれ、食べてみるかい」
「そうだな。ユーキの料理だ。こんな見た目だけどな」
ふん。食べてから驚けウキ。
まずはカルボナーラを口に運ぶ四人。
「これは新しい食感だねえ! とろりとしているよ」
「美味いぞ、美味いぞユーキ!」
宿のご主人と馬番のおじさんも気に入ってくれたようで、二本爪のフォークでせっせと麺を口に運んでくれる。
「お嬢ちゃん、この細い紐のようなものはなんだい?」
宿のご主人は、麺は初めてだったね。それはね、棒パンの実をこねて弾力を持たせてから、細く切ったものだよ!
「なるほど、手間暇かかっているからこその、この味か」
製麺機のことは内緒にしておこう。
「このソースは何で作るんだい?」
馬番のおじさんはクリームを気に入ってくれたようだ。それは水牛のミルクと卵黄で作ったんだよ。火を通せばそうやってクリーム状になるんだ。
「うお、食い終わっちまったぜ。ユーキ、おかわりだ」
待てウキ、もう一品残っているぞ。
「ユーキ、このプレートリーフに乗っている白いものはなんだい?」
へへ。まずは食べてみてよサキ姉さん。
「どれどれ……」
さくっ。
サキ姉さん、いい音だよ。続く目を丸くした姉さんの表情でオレは満足だよ。
「これはなんだいユーキ! 初めて食べる味だよ!」
「さっきのも初めてだったけどな!」
姉弟漫才かい。
「それはね、卵白と生乳とシロップで作ったクリームだよ」
再び目を丸くしてくれる四人。ああ、快感だわ!
「さっきの麺のソースも、卵とミルクでこしらえたんだろ? 何でこんなに食感が違うんだい?」
冷静だねサキ。違うのは卵黄と卵白。あとはホイップの有無と味付けだよ
「これはすごい! ほんのり甘くてフワフワしておる!」
「中に果物を混ぜ込んであるんだ。これも美味い!」
嬉しいよ手放しで褒めてもらって。
「タルトは材料を使いきっちゃったけど、カルボナーラはまだ作れるよ。おかわりする人は?」
そういうオレの誘いに四人とも手を上げてくれた。
二杯目は味わって食べてくれる四人。
「で、ユーキ、明日はどちらを屋台に出すんだ?」
「どっちがいいと思う? ウキ」
真剣に悩んでくれるウキ。そんなに深刻な表情をしなくても、サキとウキにはいつでもこしらえてあげるのに。
「明日の朝食は決めているのかい?」
「うん。フレンチトーストに、サキには果物のスイートソースがけ、ウキには薄切り肉を焼いたのを付け合わせにしようと思ってるよ」
「両方食わせろ」
わかったよウキ。
「なら、麺のほうでどうだい? 生の棒パンは日持ちがしないんだろ」
そーだった。サキの言うとおりだった。果物は冷やしておけばいいものね。
「ウキ、カルボナーラはいくらくらいだと思う?」
「この量なら千エルだけど、プレートリーフを皿にした上で量を半分にして五百エル、おかわりを三百エルだ。おかわりは空いたプレートリーフに盛ってやれ」
そうだね。屋台ご飯だからあんまり高くしても仕方がないものね。ありがと。
「それじゃもうひと稼ぎして来るかい」
「そうだな姉ちゃん」
いってらっしゃーい。
「なあ、嬢ちゃん」
「なあにおじさん」
「さっきのタルトだけど、もう二つこしらえてもらえないか? 金は払うからさ」
「いいけど、どうしたの?」
「女房と娘にも食わせてやりたいと思ってさ。あんな菓子、今までお目にかかったことがないからな」
「なら果物を買ってきてくれるかな。その間にクリームを仕込んでおくからさ」
「ありがてえ。ちょっと待っててくれ!」
さあ、もうちょっとだけ頑張ろう!
そして翌朝。リート、リル、フル、おはよう。
「にゃうう」リートはオレの胸の上で伸びをする。
「わうう」リルが足元からオレのところにやってきて顔をなめる。
「ぶひひん」フルが枕元から顔を寄せて、オレの頬に鼻面を押しつける。
さあ、今日も楽しく生きようね!
昨日馬番のおじさんは、どっさりと果物を買ってきてくれた。
「余った分は次の料理に使ってくれ」
そうさせてもらうね、おじさん。
さてっと、朝食の準備をしなきゃ。
まずは昨日塩漬けにした肉の表面を削ぎ切って、残りは再び塩漬けに戻す。
肉は塩抜きをして、しっかり水分を拭き取ってやる。本当は少し乾かしたほうがいいんだけど、細かいことは気にしない。
次に中華鍋に皿を置いて、宿で分けてもらったお茶の葉を乗せてあげる。
その上に元の世界から持ってきた砂糖をちょっとだけふりかける。これがポイントなの。
更にその上に網を置き、薄切りの肉を並べて蓋をする。
あ、この場所じゃまずいわね。フル、馬車を外に移動してくれる?
そして点火。リート、お仕事よ。
中華鍋は熱せられて、パチパチと音を立て始め、続けて煙が立ち上る。
そろそろかな。リート、ありがと。
うん、いいツヤがついたわ。
煮て一晩置いたレモンりんごもいい感じになっているわ。
最後は定番のフレンチトーストを準備して出来上がり。
「ユーキ、おはようさん」
「ユーキ、腹減った」
「今朝も楽しみじゃのう」
「昨日はありがとよ!」
当たり前のように食堂で四人が待っていてくれている。
「お待たせ。フレンチトーストの『レモンりんごジャム添え』と『燻製肉と葉野菜のオープンサンド』だよ」
「同じフレンチトーストでも、こうまで違うもんかい!」
「ユーキ、この肉は香ばしくて美味い、美味いぞ!」
「お嬢ちゃんは天才だな……」
「こりゃまた驚いた!」
フレンチトーストはあえて甘さを抑えてあるので、甘酸っぱいジャムにも、しょっぱい肉にも合うんだ。
「旅の間の朝食はフレンチトーストで十分だねえ」
「そうだな姉ちゃん」
……。
そっか、そういえば、サキとウキの公演は今日まで。明日は次の準備をして、あさっての朝には出発だったんだ。
ご主人と馬番のおじさんともお別れかあ。
「お嬢ちゃんの料理も後二日で終わりか……」
「そうか、残念だなあ」
そう言ってくれると嬉しいわ。ご主人、おじさん。でもちょっとだけ寂しいけどさ。
お昼のカルボナーラも大人気で完売。
夕食は何にしようかな。
……。
「なあユーキ。昨日の麺で『ラーメン』は作れないのか?」
それがねダメなのよウキ。生棒パンは小麦粉を練ったのにそっくりだけど、中華麺はそれだけじゃダメなの。かん水が必要なの。かん水の代わりに重曹って手もあるけど、この世界に重曹は売っていないと思うの。
……。
あれ? じいちゃんが以前なんか威張って言っていたなあ。
なんだっけ? 思いだせオレ。
……。
思い出したよ。ありがとうじいちゃん。
ダメ元でやってみるか。
リート、リル、手伝ってね。あ、フルもだよ!