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魔界の道

 時計は夜の十二時を指している。

 そしてなぜかオレのつぶやきに対し、じいちゃんが返事をくれた。

 じいちゃんどこにいるの?

「今はお前の『前頭葉』じゃ、ユーキ」

 ……。

 はあ?

「だからお前の頭の中だと言っとる。わからんか?」

 わからねえよ。

「まあいい。で、お前はこんなところで何をしておるんだ?」

 ……。

 オレが聞きてえよ。

「ああ、そういえば熊川の阿呆どものおかげで、お前は他の星に飛ばされたのだったな。そうか、戻ってこれたのか」

 地球には戻ってこれたよ。でも、家には一生戻ることができそうにもないや。

「なぜだ?」

 オレの身体に異星のデータがたくさん刻み込まれているからなんだって、えらそうなおっさんが言っていたよ。


「そうか……。ところでユーキ、向こうでは不自由しなかったか?」

 うん。最初は驚いたり寂しかったりしたけれど、今じゃ仲間もたくさんできたんだ。あ、『デーモンロード』もオープンできたんだよ!

 そう、仲間ができたんだよ……。爺さんとか、おっさんとか、アホ共とか、姉さんとか……。あいつとかさ……。


 ……。

 

「泣くなユーキ」

 ごめんよじいちゃん……。

「ならば向こうに戻るか? しかし、儂の力でも一度しかできぬからな。向こうに行ったら、もうお前の意思で地球に戻ることはできんぞ。それでもよいか?」

 ……。

 戻れるの?

「まあな。ただし片道切符だ」

 ……。

 じいちゃん、オレさ、向こうに戻りたいよ!

「わかった。ならば少し待っていろ」


 俺の頭の中でじいちゃんが何やら唱えたんだ。

「おいこら三馬鹿、貴様らは何を遊んどるんだ」

 そしたら、こないだ聞いたばかりなのに、とってもなつかしい声が頭の中に響いたんだ。

 

「お館様! 今までどちらをほっつき歩かれていたのですか!」

「お館様! 今はそれどころではないのです! 主が消えてしまったのです!」

「お館様! 我はどうすればよろしいのでしょうか!」


「赤、青、白よ。今、儂はユーキと一緒だ。白よ、貴様の『探査能力』なら儂の所在を把握できるだろう。さっさと探知せんかい!」

「は、ただ今!」


 ……。


「お館様発見! 主発見! ユーキ様、私です! フルです! ご無事でよかった!」


 ねえフル、みんなもそこにいるの?

「居りますともユーキ様。ただ、ウキの阿呆がえらいことになっておりますが」

 えらいことって?

「別宅に引きこもりました……」

 ……。

 何やってんだあいつは。

 

「よく聞け赤、青、白よ。これから儂は魔界を通じてユーキをそちらに戻す。これからその段取りを説明するから間違えるなよ」

 まずじいちゃんは、フルの探査能力で、魔界とこちら側の境界を探すように指示したんだ。

 境界が見つかったら、そこにリートを配置して『穴』を固定する。

 一方のリルも、向こうと魔界の境界に『穴』を固定して待つ。

 そうしたら、フルの先導で、じいちゃんとオレは、魔界を通じて向こうの世界に移動するそうなんだ。

『魔界』?

「ユーキ、細かいことは気にするな。よいな三匹とも」


 でもそれに三匹が異論を唱えたんだ。

「お館様、魔界の瘴気しょうきにユーキ様が耐えられません!」

「わかっとるわ赤。じゃから儂がユーキの盾になるのじゃ」

『瘴気』?

「でもそんなことをしたら、せっかく復活されたお館様が!」

「黙れ青、かわいい孫のために百年や二百年を捨てるなんぞ屁でもないわ!」

 え、どういうこと?

「かしこまりましたお館様。ユーキ様はどうか我らにお任せくださいませ」

「おう、孫はお前らに任せたからな、白! それでは貴様ら、準備開始だ!」

 

「ユーキ様!」

 突然何もないところに穴がぽっかり空いたかと思ったら、そこから驢馬姿のフルが飛び出してきたんだ。

「さあ、お急ぎくださいユーキ様!」

 穴の入り口では子猫姿のリートが待っていてくれている。

「行くぞユーキ」

 わかったよ! じいちゃん。

 

 そこは真っ暗な世界。

 空気にすらどんよりとした重さを感じる世界。

 でも遠くにうっすらと光が見える。

 青い姿も。

 そこでは仔犬のリルが待っていてくれたんだ。


 移動する間にじいちゃんとフルからこれまでの話を聞いたんだ。

 じいちゃんは実は『魔界の王』の一人だということ。

 で、時々他の次元に行っては、そこの文化で遊んでくるのだと。そう、じいちゃんは遊びでばあちゃんと結婚したんだ。この説明だけだと酷いクソジジイにしか思えねえな。


 じいちゃんが亡くなった日。その日はちょうど魔界で他の魔王との揉め事があり、じいちゃんは幽体離脱して魔界に戻り、相手をしばいてきたんだけれど、つい熱くなって時間までに戻ってくるのを忘れたんだって。

 で、戻ってみれば肉の身体は荼毘に付され済だし、オレは泣いているしで、困った困ったと宙を漂っていたらしいんだ。


 そしてあの日が来た。

 空間のゆがみを察知したじいちゃんは、とっさに俺と屋台に結界を張ってくれた上、飛ばされた大陸の文化を少しでもと、オレの脳にこの大陸の言語を直接送り込んでくれたらしい。空間が戻る反発で改めて爆発が起きる一瞬の間に。

 オレがワーラシアの言葉をしゃべれたのはこれが理由。数字が理解できても文字の読み書きができなかったのは、そこまで間に合わなかったから。


 続けてじいちゃんは腹心の部下に、オレを守るように命じてくれたんだ。それがリート、リル、フル。じいちゃんが言うところの、赤、青、白。

 最後にじいちゃんは自身の存在で空間の爆発を相殺したんだって。で、じいちゃんも訪れたことのないような次元の最果てに飛ばされて、ついさっきオレの意識を発見して戻ってきたらしい。


 そして今、じいちゃんはオレが魔界の瘴気に侵されないよう、自身の魂を削りながら瘴気を中和し続けてくれている。

 これがリルの心配していた、じいちゃんの消耗。

 じいちゃんは、こんなのすぐに復活するから心配するなとオレに言ってくれたけれど、その『すぐ』というのが『百年』なのか『二百年』なのかわからない。これが意味すること、それは、オレが生きている間は、もうじいちゃんとは会えなくなってしまうということ。

 

「ユーキ様! こちらです!」

 ありがとねリル!

 穴を飛び出すと、そこは見慣れた世界。近くにお城が見える、広い館の前。

「それじゃあユーキ、その若者と仲良くやるんじゃぞ」

 何言ってんだじいちゃん!

「移動中が暇でな。ちょっとお前の心を読んでみたのだ。よい若者ではないか」

 死ねよくそじじい!

「それでは達者でな。数百年後にお前の子孫をからかいに来ることにしよう」

 ありがとうじいちゃん! オレ、頑張るよ!




 空は白々と明け始めている。

 ここにいるのはリート、リル、フル、そしてオレ。

 なによ! 行けばいいんでしょ、行けば。

 ん? なんでにやけてんのよ! わかっているわよリート。

 ん? かわいそうだから早く行ってやれって? 優しいねリル。

 え? これでやっと阿呆の愚痴に付き合うのから解放されるって? 大変だったのねフル。


 それじゃ行くかな。

 

 まずは玄関のでっかいノッカーを鳴らしてみる。

 返事無し。

 ……。

 扉は開いている。

 ん、案内してくれるの? ありがとフル。

 

 そして部屋の前。

 しまった、オレって手術着のまんまだ。ちょっと着替えてこようかしら。

 ああ、ごめんよリート、呆れないで!

 わかった、ちゃんとやるから噛まないでリル!

 フル、ふざけているわけじゃないの! だから足を下ろして!

 ……。

 

 深呼吸。

 続けて扉をノック。

 ……。

 返事がない。

 そっと扉を開けてみる。

 部屋の中は真っ暗。

 隅に置かれたベッドには、毛布にくるまれた山ができている。

 

「ウキ様、朝ですよ」

「飯ならそこに置いていけ」

「ちゃんと食べないとお体に障りますよ」

「ユーキの飯しか食いたくない」

「そんなことをおっしゃるからアホの子と呼ばれるのですよ」

「失礼なメイドだな」

「そりゃオレの名字だ」

……。

 そしたら山が勢い良く飛び跳ねたんだ。

 

「ユーキ、ユーキか?」

 おう、待たせたみたいで悪かったな!

「ユーキ、腹減った! 腹減った!」

 そうか、何を食べたい? なんでもこしらえてやるぜ!


「ユーキ…… ユーキ!」

 うわこらなにをするおいバカやめろ苦しい!

 ど阿呆! ベッドに引き入れるな助けろリートリルフル!

 あー! お前らなんで部屋から出ていくんだよ!

 なんでご丁寧にドアを閉じていくんだよ!

 なんだよごゆっくりってお前らは旅館の仲居さんかよ!

「ユーキ……」

 なんだよ照れるじゃねえかオレはまだ未成年だぞ!

 

 ん……。

 

 会いたかった、会いたかったよウキ。

「もう離さない、もう逃がさないからなユーキ」

 オレもだよ。もう絶対離れない……。 




 しばらくの激しい時間とほんの少しの痛みを伴う時間。そして甘い時間がオレ達を包む。


 畜生、『一角玉蜀黍ユニコーンコーン』を収穫できない身体になっちまったぜ。

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