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白い世界

 目を開けると、そこには真っ白な天井。

 以前は当たり前すぎて気にもしなかった、白い長方形の板が整然と張られた天井が、今はやけに重苦しい。

 身体にはタコの吸盤にコードがつながったものがたくさんくっついている。

 両腕と、多分両の太腿ふとももには、痛くはないけれど違和感を感じさせるものが刺さっている。それは多分管がつながった針。

 

 サキとウキに買ってもらったコックコートは脱がされたみたいだ。

 その代わり、青い手術服のようなものがオレの身体を覆っている。

 

 オレは助けられたらしい。

 店の前からあっちに飛ばされたことから。

 オレは救われたらしい。

 あっちに行ったオレをこっちに戻すのに成功したらしいから。

 

「検査が終わるまで安静にしていてね」

 きれいな看護師さんがガラス越しにオレに笑顔で語る。

「はい……」

 オレに返事の選択肢はない。『いいえ』と言っても、何が変わるのかわからないから。


 何の検査なんだろう。

 もしかしたら今まで夢を見ていたのかな。


「有希、大変だったね」

 あ、猫崎さんだ。お久しぶり。相変わらずトンテキとビールなの?

「覚えていてくれたんだ有希。『悪魔王』が閉店してから、いよいよ体重計メーカーがのしてきてね、コッテリした店はほぼ壊滅さ」

 そっか。

 これで確信できた。

 ここは、オレが生まれ育った世界に間違いないって。

 

「一通り検査が終われば解放されるからね、それまでの我慢だよ」

 ありがと猫崎さん。

 

 高校の同級生もお見舞いに来てくれた。

 コードだらけのオレを憐憫れんびんのまなざしで見つめながら。

「有希ちゃん、早く退院できるといいね」

 うん。

 ありがと。ガラス越しでもうれしいよ。

 みんなの声が後ろのスピーカーから聞こえるのは寂しいけどさ。

 なんで、なんでなのかな……。

 

「明途君、今日も頼む」

 はい……。

 

 今日もガラス越しに誰だかわかんねえおっさんの質問に答える。最近はその後ろに日本人じゃねえ連中も並ぶようになってきた。

 質問の内容は、主にあっちの世界の話。

 オレに質問をし、オレが答えるたびに、おっさんたちはいろんな機械を操作しているんだ。

 

 こうしてオレの白い部屋での一日は終わる。

 

 料理をしたいな。

 誰かに食べてもらいたいな。

 ウキのバカに「肉だ肉」と言われたらどうしよう。

 針は抜かれたけれど、タコの吸盤は相変わらずオレの身体にまとわりついている。

 窓がない部屋は勝手に明るくなり、勝手に暗くなる。

 猫崎さんが言うにはオレの体内時計を狂わせないための措置なんだそうだけどさ。

 

「有希、検査が終わったら店に戻れるからね。高校にも説明はしてあるから、検査が終わり次第復帰しようね」

 ガラスの前で猫崎さんがそうオレに言ってくれる。きっと勇気づけてくれているんだろうな。

 声は後ろのスピーカーから響くのだけれど。

 でもね、オレは聞いちゃったんだ。

 熊川さんと鼠沢さんが、誰かに叱責されているのをさ。偉そうな人がスイッチらしいのに手をかけたおかげでね。

 

 オレがあっちに飛ばされたのは、やっぱりこの研究所の実験が原因だったんだ。

『空間湾曲による、地球と同様の組成を持つ惑星との異空間接点生成』

 で、実験はほぼ成功したけど致命的なエラーも残した。

 それはこちら側の接点を実験室に維持できなかったこと。

 そして、オレがこの実験に巻き込まれたこと。

 その時に店も吹き飛んでしまったこと。

 そう、オレが飛ばされたのは異世界じゃなくて同じ銀河系の惑星だったんだ。

 

 実験の責任者である熊川さん、座標設定を担当していた鼠沢さんはすぐさま異変に気付いて、今度は飛ばされたオレを捕捉し連れ戻す研究を始めてくれたんだって。そこで役に立ったのが猫埼さんの『脳医学』

 猫崎さんはオレの脳波を、オレを特定する要素にしたそうなんだ。

 

 そして熊川さん、鼠沢さん、猫崎さんはオレを発見してくれた。

 で、異空間接点生成で、オレを地球に引き戻してくれたんだ。

 オレのことを心配してくれて。

 心配してくれてさ……。

 

 でも、えらい人たちはオレを助けたつもりではなかったらしい。

 熊川さんと鼠沢さんはこう叱責されたんだ。

「どんなウィルスに感染しているかもしれないのだ! なにもないと証明できるまで体の隅々まで調査せよ」

「他の惑星でしばらく生活したのなら、食生活の痕跡を体から採取できるだろうが! タンパク質やアミノ酸の分析を始めろ!」

「とりあえず脳波をはじめとしてすべて計測しろ。ほんの少しの異常でも必ず報告するように!」


 そう、オレはモルモットになったんだ。

 

 無菌アーム越しに血を抜かれ、トイレの汚物を持っていかれ、舌の裏をこそがれる毎日。

 オレは試しに無菌アームを操作している看護師さんにお願いしてみたんだ。

「ねえ、料理をしたいんだけどさ」

 そんな困った表情をするなよ。

 そうだよな。オレに刃物も火も与えるわけにはいかないものな。

 オレはモルモットだものな。

 ごめんよ看護師さん。困らせちゃってさ。

 

 この部屋に娯楽はいくらでもある。

 全米が来月泣いちゃう映画も、今日見ることができる。

 他人のプライバシーも覗ける。不倫サイトとか笑っちゃうよな。

 そして多分オレが求めれば、男の人もこの部屋に来るだろう。

 よくわからないウィルスに感染する覚悟を決めて。お金を代償にさ。


 情報はいくらでもオレにはいってくる。

 多分それもオレというモルモットに対する実験の一つ。


 でもオレは、何の発信もできない。 


 白い壁

 白い天井

 白い家具

 白いベッド

 これがオレのすべて。

 これがオレの世界のすべて。

 

 なんでだろう。

 なんでこんなことになっちゃったんだろう。

 リート、リル、フル、会いたいな。

 ……。

 ウキ。

 ウキ……。

 畜生……。


 オレ、何か悪いことをしたのかな。

 ねえ、じいちゃん……。

 

 

 

「呼んだか?」


うお! びっくりした!

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