宴の後
ここはゴッドインパルス城の個室。
結局昨夜は野郎どもが宴会を始めてしまい、厨房は大騒ぎになったんだ。しかもゴッドインパルス公のおっさんは部下の衛兵さんやメイドさんたちも厨房に呼び込んで宴会を始めちまったからもう大変。
オレ達は急遽おつまみを追加する羽目になったんだ。
「ユーキ、あれだあれ!」
あれって言われても普通はわかんねえよボケウキ。わかったよ、ソーセージだろ。仕込んであるのはこれで全部だからな。とりあえず茹でと焼きで出すぞ。
お、イスムのおっさんもザゼルのおっさんも、オレのソーセージを見てにやりと笑ったぜ。
「わしは岩石蜥蜴の血を詰めてみたぞい」
うは、ブラッドソーセージか! ねっとりしているんだよなあ!
「私はパプリカジャガイモのマッシュを詰めてみたのですよ。日持ちがするので便利です」
へえ、野菜を詰めるってのは思いつかなかったなあ。サイドメニューに仕上げるのはさすがだぜザゼルさん。
あっちこっちでパキッ! パキッ! と響く中。
「あなた、そろそろお休みにならないと……」
お、ゴッドインパルス妃様だ、すげえなこれで成人二人の子持ちかよ。美しすぎるぜ。
「うわっはっは! マリア、お前もこっちに来て一杯飲んでいかんかい!」
へえ、お妃様って『マリア』って名前なんだ。え? 誰も『ベタな名前』だなんて思っていねえからな。こっち見て薄ら笑いを浮かべんじゃねえよリート、リル、フルよ。
で、その後結局、アホ共に付き合いきれなくなったオレを、マリア様はあらかじめ城内に用意された個室に案内してくださったんだ。
「明日の披露パーティはよろしくお願いいたしますね」
おう、まかせとけ、マリアかーちゃん。
お、朝が来たな。
今オレはふかふかのベッドの上に横たわっているんだ。
「ユーキ様、お目覚めですか?」
声をかけてくれたのはメイドさんの一人。昨夜もお風呂とかでお世話になったんだ。
様付けしなくていいよ、恥ずかしいからさ。
「ご朝食はどうなさいますか? お妃様が料理人の方のご意見も聞かずにご用意いたしますのは無粋でしょうとおっしゃられているのですが……」
そんなことないよ。出していただいたものはみんな美味しくいただきますよ。って、そういやあのアホな爺さんやおっさんやガキどもはどうしたんだろ。
「まだ厨房にいらっしゃるようですが」
そっか。じゃあ様子を見に行ってみようかな。行くよリート、リル、フル。
……。
えーっと。
うん、メイドさんが動揺する気持ちはわかるよ。オレも最初見たときはびびったからさ。でもね、男ってこんなものなんだよ。
とりあえず全員そろっているな。このバカどもが。
それじゃみんな行くよ。
オレは厨房を横切り、窯のところに陣取ったんだ。
で、たっぷりの水に棒パンの種を入れてあげる。
それじゃリル、火を頼むね。この様子じゃ、これくらいしか食えないだろうからな。
そして鍋の種が煮えてとろみが出てきたところでいったん火を止める。
まあこんなもんかな。味付けは一角汁で整えてあげよう。一応アホ共用に肉も用意しておくか。
さてっと。
右手にお玉。左手に中華鍋。
あ、メイドさん、耳をふさいでいてね。
そして深呼吸。ふう。
ガンガンガンガン!
「酔っ払いどもさっさとと起きねえか今何時だと思ってんだ!」
はい、見事に皆さん飛び起きました。でな、さっさと服を着ろよお前ら。馬鹿ガキどもはともかく、なんで爺さんやおっさんどもまで全裸なんだよ……。
「うう、ちょっと飲みすぎたかの」
十分飲みすぎだ爺さんども!
「ちょっと浮かれてしまいましたね」
浮かれすぎだおっさんどもよ!
「ユーキ、腹減った。ところでオレのパンツはどこだ?」
知るかあほう!
で、ふらふらしながらも起きだした阿呆どもにオレは配給をするかのようにお椀とスプーンを差し出してやったんだ。
ほれ、『棒パン種のおかゆ』だ。味噌っぽい味付けだから、二日酔いでも優しいだろ?
「ほう、これはしみじみ美味いの」
よかったなゴッドインパルス公よ。お妃さまが心配しているからそれ食ったらさっさと戻れよ。
「棒パン種はまかない食とばかり思っていたが、これは相場の問題が出てくるかもしれんな」
なんで兵長のマスティさんもここにいるんだ? 警備はどうした? そっちの方が問題だろ?
「ユーキ、これは初めての味だぞ! さては隠していたな!」
誰が好き好んで普段の食事からおかゆを食うんだバカたれウキが。
「うお! これはするするとのどを通るな!」
「胃の気持ち悪さもこれなら問題なし!」
「頭痛てえがこれは美味い!」
「ユーキちゃん惚れ直したよ!」
「ウキもこの味知らなかったのかざまあ!」
いいからバカ黒五人衆も黙って食え。
「それじゃ披露パーティの準備を再開するかの」
「そうですね。それでは私は氷温室にこもらせていただきます」
お、イスムのおっさんとザゼルのおっさんも復活したな。
それじゃオレも仕上げに入るか。
「それではウキ殿とボンテ殿ら皆さんは水浴びの後着替えをしてくれ。貴公らの申し出、ありがたく思う」
ん、何改まってんだゴッドインパルス公よ。
まあいいか。
仕上げといっても、オレはパイシートを丸くくりぬいて、卵黄を溶いたのを用意するだけ。残った十字型のパイにはシロップを塗って焼いてあげる。これはおやつにするんだよ。
スライムはウキが昨日のうちに仕上げておいてくれたし、デザートも盛り付けだけだもんな。
イスムのおっさんも最後の仕上げに入っているし、ザゼルさんは氷温室の中で職人技を発揮している。
ああ、もうすぐ披露パーティーだね。
そしたら、ルファー兄さんとサキが厨房に顔を出してくれたんだ。
「皆さん、今日はもてなしの席を紡いでいただき、心より感謝する」
へえ、ルファー兄さんって難しい言い回しもできるのな。
って、披露宴前に顔を出しちゃっていいの二人とも?
「ユーキ達には先にお礼を言いたくてね。ありがとう、皆さん」
そんなふうに言われたら照れるよサキ。あ、デザートはサキのリクエストに答えるからね。楽しみにしていてね。
そしたら今度はウキとバカ黒五人衆が黒の衣装とエプロンを纏って厨房に戻ってきたんだ。
「姉さん、今日はオレたちがもてなすからな」
ああ、そういうことだったのね。いいとこあるじゃないのウキ。
そう、こいつら六人は披露パーティでの『給仕』をゴッドインパルス公に申し出たんだ。
そして披露パーティが始まった。
披露パーティ会場ではサガタスの爺さんが祝辞を述べている。
その間、イスムさんとザゼルさんとオレは息を合わせるように、一緒に深呼吸をしたんだ。
「まずはわしからじゃな」
「準備は万全ですよ」
オレもオーケーだぜ。
「それでは、それぞれの席に掲げたメニューカードの通り、本日の料理を進行させていただく。既に存じている者もおるであろうが、本日のメニューは、我が『リタイアメントキャッスル』の『本年度ファイナリスト』三名が新郎新婦のたっての願いにより提供するものである。是非とも堪能されたい」
爺さんの締めの言葉が合図となるかのように、楽団が音楽を奏で始める。
よし、本番だ! 緊張するぜ。
ウキ達も配膳を頼むぞ!
まずはアペリティフ。担当はイスムさん。
『辛口葡萄酒と甘口葡萄酒のハーフ・アンド・ハーフ』
これは辛口の赤葡萄酒と甘口の白葡萄酒を半々に割って優しくステアしたもの。それぞれの良さをそれぞれが優しく包んだ、食前酒としては最高のバランスを持ったカクテル。
「これは盲点の味だ!」
「ブレンドされた桃色も美しいですわ」
賓客たちも、意外な発想に驚きながらも、その柔らかな味を楽しんだんだ。
次はオ-ドブル。担当はオレ。
『浜スライムと草スライムのサワージュレ』
フェンネルの香りづけをした浜スライムと、ミントの香りづけをした草スライムを細かくゼリー状に砕いて、岩石蜥蜴の癖のない透明な上澄みで、ほんのり酸味をつけ、グラスに重ねて盛り付けたオレの会心作。
甘い香りのブルーとすがすがしい香りのグリーンが、程よい酸味で結びつき、食欲を高める一品。
「なんて上品なの! 舌の上でとろけるわ!」
「この爽やかさは食欲をあおるのう!」
賓客たちの評判も上々。やったぜオレ!。
そしてサラダ。 担当はザゼルのおっさん。
『絶叫大根雄株と雌株のサラダ 菊文様仕立て』
これは桂剥きから、さらに細く糸のように切ったマンドラディッシュの辛い雄株と甘い雌株を交互にふわりと並べ重ね、一輪の菊をお皿の上に表現した、飾り切りが得意なザゼルさん渾身の一品。
「食べてしまうのが惜しいですわ」
「辛いのも甘いのも何て儚いのじゃ! これも極細だからこそということか!」
ザゼルさんガッツポーズです。
次はスープ。 これもオレ担当。
『棒パングラタンスープ パイ包み焼き』
スープは『蛇姫馬』の骨から煮出した限りなく透明なスープ。味付けは塩だけ。
そこに棒パンを浮かべ、さらに生棒パンのパイ生地で器にふたをし、オーブンで焼いてあげたもの。
「これはどうやって食べるのじゃ? ん? 皮を砕いて食べるのか!」
「この上品なスープを吸った棒パンと、この焼かれた生地のコントラストが素晴らしいですわ」
よし、皆さんに受け入れてもらえたぜ!
ここからメインディッシュだよ。
フィッシュはザゼルさん担当。
『大海蛇と金槌鮪のカルパッチョ 薔薇文様仕立て』
これは絶叫檸檬の絞り汁に漬けたシーサーペントの白身薄切りと、一角汁に漬けたハンマーヘッドツナの赤身薄切りを、薔薇の花びらのように切り出し、紅白の薔薇をお皿に表現したもの。
見た目の美しさは多分今日のコースナンバーワンだと思う。この料理のために、ザゼルさんには氷温室が必要だったんだ。
「これはまた美しい!」
「なんとまあ、白身も赤身も優しい旨みよ!」
お客さんたちも食べるのに夢中になっているぜ。
そして真打登場。
ミートは肉料理のエキスパート、イスムさん渾身の逸品。
『蛇姫馬のトルネードステーキ』
これには俺も驚いたんだ。
そのままでも美味しいメデューサホースの赤身肉の横に、たてがみ蛇やしっぽ蛇の肉を薄切りにしたものを巻き付けて、サブロベエの遠赤外線で両面をさっと焼いたレアステーキなんだけれど、赤身の肉と透明な蛇の肉が異なる旨みを同時に味合わせてくれるんだ。俺にとってはドラゴンのすきみと同レベルの衝撃だったぜ。
「……」
「……」
お客さんたちも声が出ない。それはそうだろうな。こんな味、あり得ねえよ。
うー。デザートを出すタイミングが難しいぜ。とりあえず会話が再開してからにするか。
デザートもオレ担当。本日最後の料理。そしてサキに「皆に食べさせてあげたい」とお願いされた料理。
『十甜瓜のアイスクリームと珠苺のシャーベット コンビネーション』
デカメロンは大玉の果汁をベースに、中玉の果肉を残しながら冷凍室で撹拌し、空気を含ませてクリーム状に仕立てたもの。ボールベリーのシャーベットは、あえてそのままマイナス二十度の中で優しく凍らせたもの。
「これはまたなんというか……」
「このような冷たいものは初めてですわ」
あ、サキと目が合ったよ。サキのウインクがうれしいな。
そしたら、オレ達はサガタスの爺さんに呼ばれたんだ。
「それでは紹介しよう、本日の料理を提供してくれたイスム、ザゼル、ユーキだ!」
続けてサガタスさんがルファー兄さんとサキ姉さまに問いかけたんだ。
「さて、新郎新婦よ、今日の料理はあるテーマに基づいて構成されておるのだが、わかったかな?」
会場がどよめく。
すると、会場のどよめきを制止するようにルファー兄さんが立ち上がったんだ。
「ありがとうイスムさん、ザゼルさん、ユーキさん。今回のテーマは『カプレーゼ』ですね」
ご名答!
そう、今回の料理は必ず二品をコンビネーションにしたもの。オレ達から二人に贈る料理。
そしたら、会場から満場の拍手がオレ達に贈られたんだ。照れるぜ。
こうして披露パーティは無事終了したんだよ。
ここは新郎新婦の控室。オレ達は改めてルファー兄さんとサキ姉さまからお礼を伝えられたんだ。
「皆さんにはゴッドインパルスでの免税営業許可証を発行しましょう。これからもよろしくお願いいたします」
なんだか難しいな。
「ユーキはゴッドインパルスに住むつもりになったかい? もし住むなら、あの別宅を自由に使っていいからね」
別宅?
あ、あの家って別宅なんだ。
どうやらハンナさんはゴッドインパルス家のメイドで、リキッドゲート家の依頼で定期的にあの館の清掃とかをしているらしいんだ。だから食事はケータリングだったのね。
あれ、リキッドゲート公とお妃さまは?
「父上と母上はあれでも忙しい身なんだよ。つい先ほどゴッドインパルス家の手配で『翼蜥蜴』に乗って国に帰ったわ」
また新しいモンスターの名前ですか。まあ想像はできるけどさ。
「なあユーキ、お前さ」
なんだよウキ。はっきり言ってみろよ。
「なあ、ユーキ……」
じれったいなこの野郎! ルファーもサキもにやにやしているじゃねえか。こっちも心の準備はできているんださっさと言え!
「なあユーキ、オレと一緒にリキッドゲートに帰らないか?」
あ……。
『行く』じゃなくて、『帰る』って言ってくれるんだ。
うん。うん。
わかったよ。わかった……。畜生、月の時より返事が難しいや。
って、急にオレの視界が真っ白になったんだ。
「座標軸一致!」
「対象確認!」
「今助けるからな有希!」
え? 何なの?




