パーティの準備
「あらあら、もう着替えちゃうの? もったいないわね」
そう言ってくれるなお母様。このままではオレは
『お姫様歩きがこっ恥ずかしくて死んでしまう病』
を患ってしまうかも知れないんだ。その前に窒息死するかもしれないけれど。
ぶしゅしゅしゅしゅう……。
これはコルセットをほどいたオレの口元に泳いだ音。
うはあ、お腹に空気が戻ってくるぜ。心地いいぜ。お腹がへったぜ。
さらばだコルセットよ。今のオレはウエストが数センチ増えようとも、この開放感を選択するぜ!
でもな、もうちょっと年を取ったら、またお世話になりたくなるかもしれないから、仲良くしておこうなコルセットちゃん。
よし、サキとウキからもらった『コックコート』も万全だ。これは明日の本番用に取っておこう。下ごしらえはいつものワンピースに革のエプロンの方が遠慮なくできるしね。
それじゃみんな、出かけようか。
オレ達は途中で市場に寄って、露店のおっさんたちに披露パーティ用の食材を届けてもらうことにしたんだ。さすがに百人分を担いで持っていくことはできねえしな。
どの露店も、明日の披露パーティー用の食材だと言うと、快く配達を引き受けてくれたんだ。これも領主の人徳ってやつかな。
「可愛らしいお嬢ちゃんの頼みなら仕方ねえな」
ありがとよおっさん。
で、お城着。
衛兵さん達も、さっき起きた事件の片づけを何事もなかったように進めながら、笑顔でオレ達を城内に通してくれたんだ。
そして厨房へ。当然愛用の屋台も持ち込みさ。
「おう、この食材はお嬢ちゃんが注文したものかな? たっぷりと届いておるぞい」
あ、受け取ってくれたんだイスムのおっさん。ありがと。
「それではちゃっちゃと腹ごしらえをしてから、明日の仕込みを始めましょうか」
そうだねザゼルさん。
ウキ、何食べたい?
「肉だ肉」
ん?
「あ、オレも肉食べたい」
「ユーキちゃんオレも」
「オレも食べたいなあ」
「ウキが自慢していた奴か」
「それじゃ五人前お願いね」
……。
おい、バカ黒五人衆。お前らここで何してんだ。
「あ、彼らは私のアシスタントですよ。イスムさんにはダヤさんとキストさん、ユーキさんにはウキさんがいらっしゃいますからね。私もお手伝いをお願いすることにしたのです」
大丈夫かよ……。
「ユーキ、腹減った」
はいはい、待ってな。そんじゃザゼルのおっさんたちも食べるかい?
「おお! 頼むぞい!」
「これは嬉しいですね」
そしたら味付けはどうしよっかな。
「今度こそニンニク醤油だからな」
わかったよウキ。後でにおい消しにミルクを飲んでおけよ。
がんがんがんがん!
じゅわー。
ほれ、焼けたぞ。青菜と白トマトも切ってやるからな。
「美味い、今日も美味いぞユーキ!」
そうかよかったなウキ。野菜も食べろよ。
「なんだこの肉の旨さは信じられねえ!」
「ダメだこの香りだけでオレは萌え死ぬ!」
「よしユーキちゃん今から駆け落ちだ!」
「可愛くてメシも美味いってどういうことだよ!」
「死ねよウキ!」
うるせえバカ黒ども。照れるから黙って食え。
「この肉は事前に何かに漬けこんでおるのか?」
わかるかイスムさん。実はデカメロンの小玉で漬けこんでみたんだ。
「果物で肉を柔らかくする手法はどこかで聞いたことがありますね」
そのとおりだザゼルさん。仕組みはわかんねえけどな。
ということで、お腹も落ち着いたし、そろそろ始めようか。
ザゼルのおっさん、もう一部屋は俺が借りてもいいか?
「構いませんけれど、いったい何に使うのですか?」
ちょっとデザート用にな。それじゃ頼むよリル。
リートは既に厨房の窯やオーブンに分身を配置済み。
フルはちょっと休憩ね。
それじゃ始めるとすっかな。
「ユーキ、これでいいのか?」
おう、それで十分だ。
ウキには生棒パンを伸ばしてもらっているんだよ。
そこにバターを塗って重ね、また伸ばしてもらう。
そう、これは生棒パンのパイシートを準備しているんだ。
別の大鍋では浜スライムと草スライムをそれぞれフェンネルの香りがする『星香実』とミントの香りがする『爽快花』を香りづけにして戻してあげておくんだ。
昨日から仕込んだ『蛇姫馬』のスープは、アクを取って透き通るように仕立てておく。
『十甜瓜』は中玉の果肉をくり抜いてから一口サイズに切り、大玉の果汁に浸し、『珠苺』と一緒にリル特製の冷凍庫行き。デカメロンは様子を見ながら時々空気を含むように混ぜあわせてあげるんだ。結構手間だぜ。
よし、何となく先が見えてきたぞ。
「ユーキ、終わったぞ」
おお、ありがとうな。ウキがこしらえてくれたパイシートも、いったん冷凍庫に入れておこう。
どれどれ、他のおっさんたちはどうかな。
ザゼルのおっさんは絶叫大根を薄ーく桂剥きにしている最中。
寒くねえかおっさん?
「大丈夫です。鮮度を保つのが難しかったのですが、リルさんのおかげで室内を氷温近くに保つことができてありがたいですよ。ぜひリルさんにお仲間の流水犬さんをご紹介いただきたいところです」
すまねえザゼルさん。リルはそんな生易しい生き物じゃねえんだ。
その横ではバカ黒五人どもが『大海蛇』と『金槌鮪』の実を薄切りにして、何かの液体に漬けこんでいるんだ。へえ、上手いもんだな。
「オレ達黒髪族はお魚大好きだからな」
「これくらいの包丁さばきは嗜みってところだ」
「この白身と赤身が美味そうだぜ。刺身で食いてえな」
「でもユーキちゃんの肉が最高だよ」
「ウキはやめておいた方がいいと思うぞ」
お前ら一言余計なんだよ。氷温室を暑苦しくしてどうすんだよアホどもが。
一方のイスムのおっさんたち。
ダヤのおっさんが器用に『たてがみ蛇』や『しっぽ蛇』の皮をつるんと剥いでいる。こうしてみると改めてきれいな肉だなあ。透き通っていてキラキラしているんだよ。
キストのおっさんは解体した蛇姫馬の肉をきれいに形をそろえて切り出している。
「端肉は晩飯にするかの。昼はお嬢ちゃんにご馳走になったから、晩飯はわしが用意しよう」
ありがとイスムさん。サブロベエの活躍がまた見られるのね。
こうしてそれぞれの料理の下準備が進んでいったんだ。一番手間がかかっているのはザゼルのおっさんかな。
「私のは下ごしらえさえ済ませてしまえば、後は並べるだけですからね」
そっか。どんな料理になるんだろ。楽しみだなあ。
「おう、三人とも元気でやっておるか!」
お、サガタス爺さんじゃねえか。どうしたんだい?
「我が『リタイアメントキャッスル』のファイナリスト合作料理じゃからな。せっかくだから賓客用のメニューを書きに来たぞ」
へえ、爺さんそんなことができるんだ。
「というのは建前で、実は明日のメニューを先取りしたいだけなのじゃがな。あわよくば味見もできるだろうて」
正直者だな爺さん。
「それじゃ、三人が用意するメニューを教えてくれるかの」
サガタス爺さんに呼ばれたオレ達三人は、それぞれのメニュー名と概要を爺さんに説明したんだ。
イスムさんの『食前酒』
オレの『前菜』
ザゼルさんの『野菜』
オレの『汁物』
ザゼルさんの『魚料理』
イスムさんの『肉料理』
最後にオレの『水果』
うへえ、イスムさんとザゼルさんのメニューがすごいことになってんな。サガタス爺さんも目を丸くしているぜ。
「ユーキ、お前のスープはマジでスープなのか?」
あ、オレのか。おう、マジでスープだぜ。
「これは楽しみじゃ、それではさっそく百枚ほどメニューを書くとするか。部屋の隅を借りるぞ」
書き物なら机と椅子の方が楽じゃねえのか爺さん?
「晩飯や味見の除け者にされるのは嫌じゃからの」
ガキか爺さんは。
そんなこんなで準備もはかどっていったんだ。
ちなみに夕食はイスムのおっさんが用意してくれた『メデューサホースのバラ焼き』
端肉を薄切りにして炒め、野菜でくるんで食べるんだ。
え? これって!
「美味いじゃろ。メデューサホースの旨さは脂の少ない赤身肉にあるのじゃ。バシリスクリザードの更に上をいく味じゃ」
これには本当に驚いた。これなら香辛料はいらないよなあ。
って、ウキ、お前は手に何を持っている?
「肉に合いそうな赤葡萄酒がなぜかここにあるが、飲むか?」
あほう今は仕事中だぞ。
「一段落したし、今日はもういいじゃろ」
なに迎合してんだよイスムのおっさんよ。
「それじゃつまみ代わりにシーサーペントとハンマーヘッドツナの端肉も持ってきましょうか」
なんで楽しそうなんだよザゼルのおっさんよ。
ダヤのおっさんもキストのおっさんもテーブルを整えてるんじゃねえよ。
おいこらバカ黒どもよ、お前らどこに行くつもりなんだよ。
って、なんで全力疾走で酒を持って帰ってくるんだよ。
で、なんでゴッドインパルス公まで連れてくるんだよ。
「だってワシの城じゃもん」
ガキかおっさんは。
サガタスの爺さんも当たり前のように席に座ってんじゃねえよ。
「ユーキ、つまみだ!」
うるせえ宴会をやる気満々になってんじゃねえよウキ!
わかったよサラダとオードブルを用意してくるよ畜生。
ホント、男ってバカばっかだな。




