神は死んだ
ウキがミエルに向かって駆けだすと同時に、リートとリルとフルが動いたんだ。
「糞餓鬼よ死になさい」
「消えちまえ糞野郎が」
「次元ごと消してやる」
金色の巨人は既にパニックに陥り、その場で目線を泳がせるだけで身じろぎもしなかったんだよ。
『蛇に睨まれた蛙』って、きっとこんな感じなのだろうな。
最初はリル。青き鬼がつまらなそうに呟いたの。
『氷地獄』
うへえ、金色の巨人が一瞬で凍りついちまったよ。すげえなこりゃ!
次はフル。白き鬼が面白くなさそうに呟いたの。
『暴風地獄』
うひゃあ! 凍った巨人がその身を削られるように粉々に巻き上げられちまった!
最後はリート。赤き鬼が不愉快そうな様子で呟いたの。
『炎熱地獄』
うおお! 粉々に巻き上げられた巨人の破片がそれこそ『灰も残らぬ』まで焼き尽くされちまったい!
で、何がすごいって、オレ達や巨人に対峙していたみんなは、一切の冷気も、圧力も、熱も感じなかったことなんだ。
今さらながらとんでもないバケモノだったのね三匹は。やべえな、これからはもっと優しく接しようっと。
そしたらウキが巨人の足元にいたミエルに追いついたんだ。ミエルは金色の巨人が消滅すると同時に意識を失ったのか、前向きに倒れこんだんだけど、危機一髪、それをウキが受け止めたんだよ。
ん? どうしたの三匹とも。
え、ちょっと小芝居をやるから笑わないでねだって?
それってちょっと楽しみなんですけど。
赤き鬼が口を開いた。
「よく聞け水髪の若者よ、その者は先程の餓鬼に操られていただけなのである」
へえ、そうだったんだ。
青き鬼がそれに続いた。
「黄土色の餓鬼は様々な世界で神を騙り、民衆を堕落させ生贄を食む存在である」
言われてみれば金色じゃなくて黄土色だったかもな。
白き鬼が話を締めた。
「その金髪の若者に記憶は残っていないであろう。水髪の若者よ。慈悲の心で接してやれ」
これって絶対ウキじゃなくて民衆全員に語りかけているよね。
最後に三柱の鬼は声をそろえたんだ。
「それでは若者よ、民衆たちよ、さらばだ」
続けて三柱は空を仰ぎ、両手を真上に伸ばすと、その姿勢のままで空の彼方に飛び去って行ったんだよ。
「じゅわっ!」
お前らおもしれえよ。
って、いつの間にか何事もなかったように三匹ともここに戻ってきているし……。
お疲れ様、リート、リル、フル!
お、ミエルの野郎も気がついたみたいだね。呆けたようにあちこちをきょろきょろと眺めているんだ。
あら、ゴッドインパルス公夫妻がミエルに近寄って行ったよ。ミエルは相変わらずキョトンとしているみたいだけれどな。
この距離では三人が何を話しているのかは分からないけれど、雰囲気は伝わってくる。
よかったなミエル。
その後のミエルへの聞き取り調査や、ミエルが設立した金髪教団への強制捜査からわかったこと。
それはミエルのルファーへの尊敬と嫉妬が原因だったらしいんだ。
金髪族の『ダブル』である兄と、青瞳の弟。ろくでもない噂しかない『ダブル』も、弟にとっては羨望の的だったんだ。
『兄は金髪族の象徴』
それがミエルの自慢でもあり嫉妬の芽でもあったんだ。
そこにつけ込んだのが名もない黄土色の餓鬼。リートたちによれば別次元の魔物らしいけれど。
餓鬼はミエルの意識に入り込み、『金髪族こそ唯一』という狂気に走らせたらしいんだよ。
結局教団はお取りつぶし。信者たちも憑き物が落ちたように素直になっているらしい。
さて、これからどうするのかな?
ウキもミエルをゴッドインパルス公に引き渡した後、いつの間にか木陰に戻ってきているし。
お、マスティ兵長さんだ。
「両人との協議の結果、式を続行することといたしましたので、列席者の方々は速やかに席にお戻りください」
そうだよね。何事もなかったようにスルーするのが一番だよね。
あ、ルファーさんとサキだ。
大変だったねご両人。でも無事でよかったぜ。
ん?
「さっきの鬼さんは、お前たちだろ?」
そう笑顔で囁きながら、サキはリート、リル、フルの頭を順番に撫でて行ったんだ。お前らバレバレだったな、ざまあみろ。
って、照れ隠しに足を踏むなフル! アキレス腱を噛むなリル! ごめん、謝るから戻っておいでリート!
笑うなサキもウキも! ルファー兄さん、お前もだ!
その後、結婚式は最初からやり直しとなったんだ。
粛々と式は進む。
そして会場内は再び拍手で包まれたんだ。
お、おお、おおお!
二人が向かい合ったぞ。来るかこれは!
二人で何か囁き合っているぞ! 畜生聞こえねえよ! なんて言ってんだヒューヒュー!
うお! うおお!
……。
こんな美しいキスシーンは、ドラマでも見たことねえぜ……。
おめでとう、サキ。
ということで、式は無事終了。晴れて新郎新婦となった二人は、今度は腕を組んで前の扉から姿を消したんだ。
これから明日の披露パーティーまでは誰にも会わず、二人きりで過ごすらしい。
うは! いろいろ想像しちゃうぜ。
さてっと、これからどうするのかな。
「イスム様、ザゼル様、ユーキ様は明日の披露パーティ用に使用する厨房にご案内いたします」
そっか、ありがとよマスティ兵長。
そこはお城の入り口からすぐのところ。披露会場に隣接して、とっても広い厨房が用意されていたんだ。
これなら百人前の料理も余裕で配膳できるな。すげえ。
焼き物用の鉄板も煮炊き用の窯も大きく、オーブンもでかい。こりゃ便利だ。
ん? どうしたザゼルさん。
「マスティさん、別室はありませんか?」
「こちらにございますよ」
マスティさんが案内してくれたのは、披露会場への配膳口と真逆の位置。
そこにドアが二つある。
「こちらでいかがですか?」
マスティさんが開けた扉を覗いたザゼルさんは、オレに手招きしたんだ。
「リルさんは、この部屋を冷やすことができますか?」
どれくらいの温度かな? リルは絶対零度でもいけるって言っているけどさ。
「氷温くらいなのですが」
どう? ふんふん。あ、それならリルが張り付いている必要はないね。ザゼルさん、リルが四隅に氷柱を立ててみるって。
「そんなことができるのですか?」
驚けザゼルさん。さあどうぞ、リルさん。
次の瞬間、その部屋の四隅に、直径一メートルほどの天井までの氷の柱が立ったんだよ。
何だその顔はザゼルさん。
「私も流水犬とお友達になりたくなりましたよ」
そっか。頑張れよおっさん。リルはやらねえぞ。
「それじゃ一旦食堂に戻って、仕込んでおいたものを持ち込むとするかの。材料はわしらが市場で調達しても問題ないのじゃな?」
イスムさんの問いにマスティさんは笑顔で頷いたんだ。
「とりあえずこちらをお渡ししておきますね。足りなければお申し付けください」
ザゼルさんがオレ達に渡したのは、金貨板がぎっしりと詰まった財布。豪快だぜ。
「それではイスムさんと私は食材をとりに行ってきますから、ユーキさんは着替えてらっしゃいな。そのお姿も可愛らしいですが、さすがにコルセットを絞ったままで料理は無理でしょう」
わかるかザゼルさん。その通りだ。
ウキ、帰ろうよ。
「それじゃユーキを着替えさせてくる。で、ユーキ、腹減った。昼食はどうするんだ?」
ウキの言葉にイスムのおっさんもザゼルのおっさんもアホの子を見るように、にやにやしているんだ。
「ウキよお主、我らを何だと思っておる」
「明日のメニューを試食がてらに、厨房で昼食を済ませしょうね。夕食もそうなるかもしれませんが」
だってよウキ。
このおっさんどもは暗にオレに
『ウキをここに連れてきてもいい』
って気を利かせてくれているんだからさ。
ほら、さっさと帰って着替えるよ。これ以上この格好でいたら、オレの寿命がコルセットに吸い取られちゃうよ。




