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絞め殺されるかと思いました

 朝だー!


 そしてウキよ、何故お前はここにいる? そこはオレの腹だ。

「ユーキ、腹減った……」

 そっか、また賊が出たのね。わかったよ。肉でいいな?

「今日はニンニク醤油がいい」

 お前、今日が何の日なのか覚えているのか? 姉さんの晴れの場でニンニク臭をまきちらすつもりか? ここはおとなしく塩にしておけ。

「わかったユーキ」

 ふーん。素直じゃん。


「あらあら、二人の姿を見ないと思ったら、こんなところで仲良くしていたのね。ウキもスミに置けないわね」

 お母様、半泣きでステーキを食っているアンタの息子と、ため息をつきながら洗い物をしているオレが仲良く見えるのか?

「そうそうユーキちゃん、貴方もこちらにいらっしゃいな。今日は朝食抜きでごめんなさいね」

 ん? 何だろ。

 お母様に連れて行かれたのは玄関から一番近い部屋。


 ……。


 一瞬息が止まったよ。うわあ……。

「ユーキ、似合うかい?」

 どこのお姫様かと思ったよサキ姉さま!

 そう、そこには純白のロングドレスに身を包んだ、サキ姉さまが優雅に腰かけていたんだ。

 ほんのりと桃色の頬、いつもよりもちょっとだけはっきりした姉さまの目線。そしてうっすらと細く唇にひかれた紅……。

 綺麗、綺麗だ、姉さま……。

「ほら、ユーキちゃんも着替えて着替えて! ハンナ、お願いね」

「かしこまりました奥様。それではユーキ様、こちらにどうぞ」

 ユーキ様……。

 初めてそんな風に言われたなあ。


 って、ぼうっとしているうちに、オレはハンナさんに、隣の部屋に連れて行かれたんだ。

 そしたらそこにはさらにもう二人、メイド服姿の女性がいたんだよ。

「それでは失礼いたします」

 え?

 いやちょっと待て、自分で脱げるからさ。

 って、何で三人がかりなの? ちょっとやめろバカそんなトコをこするなうひゃあ!

「まあ、元気なお嬢さんですね」 

「すぐに終わりますからね、おとなしくしていてくださいね」

「はいはい、お湯が目に入らないようにしますからね」

 何だよお前ら、犬や猫を洗うのと同じノリなんか? 

 ちょっと待て何だそのフリフリの超可愛い下着は? 姉さまが『商売用』と言ったのよりも派手だぞ。おいこらそれじゃパンツじゃなくて紐じゃねえか畜生!

「ドレスに下着の線が浮かばないようにですよ。お嬢様」

 知ってるよ! 知っているけど実際に身につけるのとは違うだろ何だよそのブラのアンダーしかない中途半端なカップはよ!

「念のためコルセットもお召しになりましょうね」

 ぐええ……! 苦しいってちょっとバカ! 紐を両側から二人がかりで引っ張るなよ中身が出ちゃう……。ああ、だから朝食抜きだったのね……。

 死ぬ……。

 気が遠くなってきたぜ……。

 ああ、短い人生だったわ……。

 ……。

「それにしても滑らかな御髪おぐしですわ。こんな艶のある黒髪は初めて拝見いたしました」

 そっか、ありがとよ……。

 死出の旅への餞別としてもらっておくわね……。

 やべえ、目の前が真っ暗になってきやがった。

 

 ……。


「ユーキ様、ユーキ様」

 おや、お迎えかい? 天国かな。地獄かな。

「お気づきになられましたね。初めてコルセットをお召しになるお嬢様にはよくあることですから、お気になさらないで下さいね」

 コルセット巻いて気を失うのがよくあることなのね。恐ろしい世界だわ。

「お似合いですよ」

 あ、そうだった。サキが選んでくれたドレスを着せてくれたのね。萌緑色がふわりとステキなんだよね。

「それでは皆様の元に参りましょう」

 オレはハンナさんに手を引かれて、さっきの部屋に戻ったんだ。

 

「ユーキ、腹減った! おやつだ! あ……」

 何だよウキ。硬直してんじゃねえよ。

「これはこれは見違えたのう」

 失礼なお父様だなおい。

「まるで森の妖精さんね」

 上手いこと言うじゃねえかお母様よ。

 で、リートもリルもフルも何を呆けているんだ?

「やっぱりあたしの見込んだ通りだったね。ユーキ、お前も綺麗だよ。ほら」

 サキ姉さまが持たせてくれた手鏡を覗いたオレは、その中に別人を見つけたんだ。

 誰だよこのボンキュッボンの娘は。あ、オレか。 

 ……。

 すげえ、これが『化粧とコルセットの魔法マジック』ってやつなんだな。

 何だか妙に恥ずかしくなってきたなあ。

 

「それじゃあサキとわしたちは慣例通り花嫁と父母ということで先に馬車で行っておるからの。ユーキちゃんはウキにエスコートしてきてもらってくれ。精霊獣さん達も当然来るのじゃぞ」

 

 あーあ、三人とも先に行っちまったい。

 何だよ顔真っ赤にして。オレまで恥ずかしくなるからいい加減にしろ。

「ユーキ、似合うぞ」

 そうか、ありがとよ。ウキの礼服も渋くてかっこいいからな。

 それじゃオレ達もいくかい? 時間も場所も分からねえけどさ。

 

「行ってらっしゃいませ」

 オレとウキはハンナさん達に見送られて館を出たんだ。当然リートたちも一緒だよ。

 うう、コルセットのお陰で強制的に背筋が伸びちまうぜ。

 どう見てもこれってお姫様歩きだろうよ。おろしたてのサンダルが足に引っかからないだけ良かったというべきだろうな。


 お、おっさんたちとバカ黒五人衆だ! 二日酔いにはならなかったみたいだな。元気そうでなによりだ。

 なんだよじろじろ見るなよオレだってこんなに化けるとは思っていなかったんだからさ。

「いやはや、変わるもんじゃのう」

「娘というのは化けるもんじゃのう」

「ユーキお前、そんな恰好で料理ができるのか?」

 うるせえよ少しは褒めたらどうだよ三兄弟のおっさんども。

「これはまたお美しい。ウキさんもさぞ驚いたでしょうね」

 なに大人の余裕をぶっこいてんだよザゼルさんよ。

「おいウキ、今すぐユーキちゃんの手を放せ」

「お前、こうなるのをわかっていてユーキちゃんに唾をつけていたのか?」

「ユーキちゃん、今からオレと駆け落ちしよう!」

「ユーキちゃん好きだあ!」

「よしウキ、決闘だ」

「まとめて相手してやるからかかってこい」

 死ねよバカ黒ども。ウキも挑発に乗っているんじゃねえよ。

 

 って、ここってお城の前だけど。

「ん? 何で立ち止まるんだユーキ?」

 だからここはお城であって結婚式場じゃねえぞ。

「ここでいいんだ」

 ほら、衛兵さんが来ちゃったじゃないか! 茶化すのもいい加減にしろよおい!

 って、何で衛兵さんがかしこまっちゃうの?


「『リキッドゲート公』が長子、『ウキ・リキッドゲート様』と、お連れ様、お待ちしておりました」

「続けて『フォーチュンアイランド公』が長子『ボンテ・フォーチュンアイランド様』と、従者の皆様、お待ちしておりました」


 何で互いに顔を見合わせてんだよウキ、ボンテ?

「ボンテ、貴様は貴族だったのか、あのノリで」

「ウキ、お前は貴族だったのか、あのノリで」 


 お前ら二人ともいい加減にしろよそれはオレのセリフだ馬鹿野郎。

 じゃあサキの旦那さんって?

 何だよ何を今さらって目で見るなよお前ら。

「ルファーは『ゴッドインパルス公』の長子、つまり、ゴッドインパルスの次期当主だが?」

 え?

 じゃあ、サキって本当のお姫さまになっちゃうの?

「何言ってるのユーキちゃん、リキッドゲート公の長女ってことで既にお姫様だぞサキは」

 ……。

 何だよこの急転直下は。

 何だよこの置いてきぼり感はよ。

 ……。

「ユーキちゃんがウキのお嫁さんになれば、ユーキちゃんもお姫様ですね」

 え? ザゼルのおっさんも知っていたのか?

「料理の相談をサキさんから受けたときに、高貴な方だろうなとは推測していましたが、まさか領主の姫様とまでは想像できませんでしたよ。でもまあ、考えてみれば、リタイアメントキャッスルのご隠居がわざわざ出向くくらいですからね。まあ、肩書で人間の本質は変わりませんよ」

 難しいなあ。

 

「さあユーキ、間もなく式だ。会場に向かうぞ」

 もう色々とよくわかんねえけど行くよ。行きますよ。


 オレ達は衛兵さんの案内で結婚式の会場に向かったんだ。そこでとんでもない事態が起きるとは思いもしないでさ。

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