精霊獣を名付けてみれば文明開化の音がする
さあ、気分一新。新しい朝が来た!
「にゃあ」
「わんっ」
「ぶるる」
おはようネコちゃんワンちゃんロバちゃん。
オレと一緒に朝食を仕込みに行くかい? おうおう、可愛いねえ。そんじゃ一緒に行こうか。
「よし、大正解」
昨日買ってきた食材のうち、『ホクホクのちっちゃな豆』は一晩できれいに水を吸って戻っていた。
こいつを弱火で煮ながら、他の食材の準備を始めるんだ。
『さっぱりしたキノコ』は、食感を楽しむくらいのサイズに切っておく。
次はメインディッシュの『鼻でか猪』の肉。
こいつは脂身のところを一旦きれいに切り取ってから、赤身のところを角に切りそろえる。
このままミンチまで切っていくのは大変だ。
そこで登場するのが、『じいちゃんの形見七つ道具』の一つ。
『手動ミートミンサー』なのさ。
七つも道具があるのかどうかは数えてはいないけど。
今日は食感を楽しみたいので『粗挽き』で行くぜ。
ミンサーの上から肉を入れて、肉を押しながらハンドルを回すと、うにょうにょとミンチが出てくる。
これを数回繰り返して、ミンチの山をこしらえておく。
さて、どうしようかな。昨日は『バター炒め』のつもりでいたけど、脂身もたくさんあるし、これで炒めても、きっと美味しいぞ。
よし、方針変更だ! もう一品こしらえよっと。
中華鍋を温めて、まずは脂身からじっくり油を煮出してやる。お、結構たくさんできたな。
油は陶器の壺に一旦取り、残った身も『ざる』にとって、壺の上に置いておく。こいつは他のメニューで改めて使うんだ。
で、鍋に残った油で調理開始。
まずはミンチを五人前だけ取り分けて、炒めていくんだ。
こっちの世界では、胡椒は馴染みがないみたいなので、臭い消し程度にほんの少しだけ混ぜておく。
で、いい感じで肉が焼けてきたら、果実酒を投入。
水分とアルコール分が飛んだところで、お豆を一握り投入してミンチと絡める。その後キノコも入れて混ぜあわせる。そして味を整える塩を一振り。
最後に醤油を少しだけ回しかけて出来上がり。
ラーメンの食いつきを見ると、この世界で醤油の香りは大丈夫みたいだから、この世界にもきっと似たようなものがあるはずなんだ。
もう一品は、見た目がパプリカで中身が玉ねぎみたいなのを刻み、バターで炒める。で、バターをこしらえたときに残った水分『ホエー』で煮てあげる。味付けは塩と、そこにほんのちょっとだけの『味噌』
で、最後に砕いた棒パンを浮かべて出来上がり。
『元の世界』から持ってきた調味料は、いつかは使いきっちゃうけど、そのまま使わなければ宝の持ち腐れ。
だからほんのちょっとずつ、隠し味に使っていくことにする。臭み消しや味の厚み付けに。
これもじいちゃんの言葉。
「世の中で性質が悪いものの一つ。それは『隠しきれない隠し味』だ」
頑張って隠すよじいちゃん。
まずは最初のお客さんに、ミンチ炒めを巻いた葉っぱと、カップに注いだバタースープを渡すんだ。
「はい、馬番さん!」
「ありがとうよ! お嬢ちゃん!」
「サキ、ウキ、朝ご飯ができたよ」
宿のご主人が、食堂を自由に使ってくれていいと言ってくれたので、大皿にミンチ炒め、ボウルに葉っぱ、スープは鍋ごとテーブルに並べておく。
「今日も良い香りだねえ」
「おお、肉かあ!」
期待にあふれる二人の笑顔が嬉しいな。
豆ときのこ入り特製ミンチ炒めを、『出処はよくわからないけど生でもイケる葉っぱ』で、その場で巻いて渡してあげる。
こうすると、アツアツのミンチ炒めと、冷たくさっぱりした葉っぱのコントラストがいけるんだよ。
「この肉、臭みが少なくて食べやすいぞ!」
わかるかウキ!
「このスープ、何だか複雑な味がして楽しいねえ」
わかります? サキ!
「ワシもご相伴にあずかって悪いの」
いいんですってご主人!
「にゃあ」
「わんっ」
「ぶるる」
お前たちも食べるかい? そっか、いらないか。
オレの精神力は美味しいかい? そっか、美味しいか。
「ところで、精霊獣達には名前を付けたのかい?」
「そういや、名前を付けると交信度が上がるらしいな。あ、ユーキ、おかわり」
そういうことは早く教えてよ。
葉っぱで炒めものを包みながら考える。炎の猫に氷の犬、風のロバ。
……。
やっぱりファンタジーネームよね! はい、ウキ、おかわりどうぞ。
まずは子猫ちゃん。この子を両手で抱っこして向かい合ってみる。
「ネコちゃん、炎の精霊なら『フェニックス』ってどう?」
うわ、この子、露骨に嫌な顔をしたわ。
「『フェニックス』ってどういう意味なんだい?」
「不死鳥だけど」
「ネコもトリと一緒にされたかないだろ」
そうかな?
うーん……。
炎ねえ……。
「じゃ、『イフリート』」
うわ、予想以上の好反応だ! 喉をゴロゴロ鳴らしまくりだぞ。
「そりゃどういう意味だい?」
「炎の魔人よ」
「トリから魔人に出世すりゃ、そりゃ喜ぶだろ」
……。
次はこの子ね。
ワンちゃん、おいで。
「あなたは『ハチ公』かな?」
なぜ唸る?
「その響きは、あたしもちょっと引いちゃうねえ」
「だって、『忠犬』といったらこの名前が代表なんだよ」
「お前に仕えたくないんだろ」
酷いわ。って、何でお前も申し訳なさそうな瞳でオレを見つめるのよ。
うーん……。
氷ねえ……。
「じゃ、『フェンリル』」
うは、尻尾ぶん振りだよ! そんなにいいのか? いいのんか?
「かっこいい響きだけど、意味はなんだい?」
「神殺しの狼。後付で氷の魔狼よ」
「最初からそういう名前を選んでやれよ」
……。
最後はキミよ、ロバちゃん。抱っこはできないけど。
「キミは『カンタカ』に決めた!」
痛いよ足を踏むなよ!
「何だい? その太鼓の音色みたいな名前は?」
「神様を乗せた聖なる馬の名前だよ」
「お前を乗せたくないんだろ」
うええ……。そうなの? ロバちゃんそうなの?
何よそのもうちょっと何とかせいと訴えかける目線は……。
うーん……。
風ねえ……。
「じゃ、『フルフル』」
冗談だけどね。って、なんでそんなに嬉しそうにいななくの?
「太鼓の次は腰振りかい。で、由来は?」
「鹿頭を持つ嵐と雷を操る悪魔」
「馬の次は鹿かよ」
……。
「ということで、ネコちゃんは『リート』 ワンちゃんは『リル』 ロバちゃんは『フル』に決定です!」
「へえ、可愛い名前だね。よろしくね。『リート』『リル』『フル』」
おお、三匹ともちゃっかりサキ姉さまになついているぜ。さすがだ姉さま。
「魔人に魔狼に悪魔か。ユーキのお供にはちょうどいいな」
おお、三匹ともウキに敵意むき出しだよ。そのまま寝首をかき切ったれ。
朝食が終わったら、オレは片付けと屋台の準備、サキとウキは公園でのステージの準備を始める。
「ウキ、今日の『ミンチ炒め葉っぱ巻き』はいくらくらいで売れるかなあ」
「スープは付けるのか?」
「ううん。単品」
「なら一個三百エルくらいかな」
決まり。
「今日は先にユーキの店から始めてみるかい?」
どういうこと?
「お前の屋台の評判も上がってきたからな。お前の料理を楽しんでもらいながら、オレの歌と姉ちゃんの踊りを披露しようってことだよ」
……。
ちっ。この残念なイケメンめ。人をおだてるのが上手いな。だけど嬉しいよ、ウキ。
「今日は何を食わせてくれるんだい?」
「へえ、こりゃ手が汚れなくていいや」
「何だろね、この香ばしい匂いは」
今日もお客さんの評判は上々。お客さんたちは葉っぱ巻をかじりながら、サキとウキの周りに移動して行く。
「『プレートリーフ』以外でもこういう食べ方ができるんだな」
プレートリーフ?
何だろ。後でサキに聞いてみようっと。
「さあ、今日は美味しいものを食べながら、楽しい歌と踊りを楽しんでおくれ!」
サキとウキのステージが始まるころには、料理は無事完売。
オレ達も屋台を片づけながら、二人のステージを楽しんだんだ。
ん?
何してんのリート。そこはコンロだよ。
何してんのリル。そこはクーラーボックスだよ。
何してんのフル。そこは梶棒だよ。
「にゃあ」
「わんっ」
「ぶるる」
今日この日、オレの屋台はグレードアップした。
燃料いらずコンロと冷蔵庫が装備された、自動走行屋台に。