ちょっとびびったのです
「助けてくれえっ!」
「こっちに来るなあ!」
「子供が、子供があ!」
間もなく『ゴッドインパルス』の城門付近だというところで、沢山の人が逃げまどっていたんだ。
「一体何の騒ぎだい?」
落ち着いている場合じゃないと思うよサキ! みんなこっちの方にも逃げてくるよ!
「おい、どうしたんだ!」
「蛇だ!」
「馬だ!」
「石になっちまう!」
ウキが逃げまどう人々に問いかけても、皆逃げるのに必死で要領を得ないんだ。
って、何かでっかいのが暴れているぞ……。
何だあれは……。
「これはまずいね。ユーキ、あいつに近寄っちゃいけないよ」
って? あれって、もしかしたらもしかして……。
「『岩石蜥蜴』どころではないな」
ウキもサキとオレをかばいながら、真剣なまなざしをでっかいのに向けている。
そして、オレにもそいつの姿がはっきりと見えてきたんだ。
そいつは真っ黒い馬の姿なんだ。だけれども、たてがみと尾で、遠目に見ても普通の馬ではないとわかる。
……。
サキ、ウキ、あれって蛇だよね……。
「ああ、蛇だよ。気をつけな」
「まさかこんなところに『蛇姫馬』が出てくるとはな」
警備の兵隊さんたちも剣を構えて城門から飛び出してきたけれど、暴れる馬には近寄れないみたい。
って、たてがみの蛇と尾の蛇が自在に動き出すのって反則だよね?
蛇に噛まれた兵隊さん達が、次々と苦しそうにしゃがみ、そのまま動かなくなっていくんだ。
「やっかいだね、石化毒だよあれは」
そうこうするうちにも、次々と兵隊さんたちがうずくまっていくんだ。
ねえ、やばくない? やばいよね!
リート、リル、フル、何とかしなきゃ!
「やめなユーキ、ここは人目が多すぎる。ここで目立っちゃいけないよ」
でも、ウキもオレ達を守るために動けないでしょ!
このままじゃ兵隊さん達が全滅しちゃう!
「ヴォーズゲャーギャー!」
「ウボボボボボッボーー!」
「オッスオスウオッスゥ!」
「待ってください皆さーん!」
って、何よこのあからさまにおっさんむさい雄叫びは!
「ヴォーズッ! よっしゃ、タロベエよくやったぞい! 獲物発見じゃー!」
「ウボボッ! ジロベエ、『鉄砲糞』発射じゃあ!」
「オッスゥ! サブロべえ、お前は隠密行動じゃ! 『遠赤外線』準備じゃ!」
「皆さん待ってくださいよー!」
……。
あれって白髪族のおっさん三兄弟とザゼルさんだよね……。
そしたらイスムさんがオレ達に気付いたんだ。
「おう、お嬢ちゃん達、お主らも手伝え!」
え?
「団体戦の槍があるじゃろうが! 精霊獣達のな!」
「あの槍で援護してくれたらご褒美をあげるぞい!」
あ、そうだった。サキ、あれならば皆の前で使ってもいいよね。
「使うのは問題ないけれど、メデューサホースから反撃されないように気をつけるんだよユーキ!」
わかった。それじゃあスタンバイよ!
リート、『爆炎槍』!
リル、『大氷槍』!
フル、『疾風矢』!
どっかーん! どっかーん! どっかーん!
ぶしゅしゅしゅしゅぅ……
「こりゃまた派手に決まったの……」
まずかったかな、ダヤさん?
「わしたちとバトルした時よりも、えげつない威力ではないか?」
そうなのキストさん?
「またサブロベエは間に合わんかったの、わっはっは!」
楽しそうねイスムさん。
「この人たちにはついていくだけで大変ですよ」
この中でいちばん死にそうなのは、肩で息をしてひっくり返っているザゼルさんだね。
「どれ、兵隊さん達の解毒でもしてくるかね。ユーキ、おやつをお願いね」
わかったサキ姉さま。
「助かったよ、代表して礼を言う」
オレ達に頭を下げたのは兵隊さんたちの中でもちょっと偉そうな装備のおっさん。隊長さんかしら。
で、オレ達というのは、サキ・ウキ・オレに、ダヤ・キスト・イスムのおっさん兄弟、そして何故かザゼルさん。
結局オレ達はメデューサホースを倒し、石化毒に囚われた兵隊さん達はサキ姉さまが『治癒』で解毒して行ったんだ。
治療された若い兵隊さんたちの顔を真っ赤に染め、おっさん兵士たちの鼻の下を伸ばしながらね。
ちなみに現在は城門から出てきた兵隊さん達が実況検分中。で、オレ達は参考人として城門前に設置された建物に通されていたんだ。
「ところで、メデューサホースはこちらに引き渡してもらわねば困るぞ」
三兄弟を代表してダヤのおっさんが隊長さんに詰め寄っている。
「これだけの騒ぎを起こしたのだ。おいそれとお渡しする訳にはいかない。何者があんな化物をこんなところに放ったのかも調べねばならないのでな」
隊長さんも引きさがらない。
「街外でのモンスターは倒した者に権利があるはずじゃが」
キストのおっさんがなおも食い下がる。
「渡さぬとは言っておらぬだろう。時間がかかると言っているだけだ」
お、隊長のおっさんもいらついてきたな。
「ならば血抜きだけでも先にやらせてくれんかの」
これはイスムのおっさん。
そうよね。速やかな血抜きが味を保つのには必要だよね!
……。
???
血抜き?
ねえ、おっさん。メデューサホースって食べられるの?
そしたら三兄弟とザゼルさんは一斉にオレを見つめたんだ。まるでアホの子を見るような眼でな。
でもサキとウキもぽかんとした顔をしているよ。
「お嬢ちゃん、メデューサホースは珍味中の珍味じゃ」
「こいつの肉はバシリスクリザード以上じゃよ」
「ご褒美というのはこいつの肉を分けてやるというつもりだったのじゃが」
そうなんだあ。って、三兄弟でオレをいじめるなよ。
「ユーキさん、肉も美味いですが、たてがみ蛇の透き通るような身も淡白で格別ですよ」
ザゼルさんも食べたことがあるのね。
「そういうことなら仕方がない。血抜き作業を許そう」
隊長さんもこの勢いに押されておれたんだ。
「よっしゃ、ザゼルさん。準備じゃ。お嬢ちゃんも行くかい?」
ねえサキ、ウキ、行ってもいい?
「ああ、行ってきな」
「ユーキ、腹減った」
ありがとサキ、ウキには珠苺が冷えてるぞ!
しかしでっけえ馬だな。
ダヤのおっさんたちによれば、メデューサホースがこんな人里近くに姿を現すことは稀らしい。
それが突然城門前という人が集まるところに現われるのは普通じゃないと。
「もの好きが生け捕りにしたのが、逃げ出したのかもしれないの」
ダヤさん、そんなに簡単に生け捕りってできるの?
「わしらでは無理じゃの。捕える最中に蛇どもを押さえる方法がないからの」
そうなんだキストさん。
「相当な捕獲魔法の使い手、もしくはお嬢ちゃんのところの流水犬のような捕縛能力を持った精霊獣がいなければ無理じゃな」
ヤル気になっちゃ駄目だってリル。生かしておくのは相手に失礼だってそれはあなたの論理でしょリート、気絶するまで殴ればいいとか言わないのフル。
そうこう言いながらも、おっさんたちは見事な手際で血抜きを済ませたんだよ。
ところで、何でザゼルのおっさんも一緒にいるの?
「私の野菜料理と、イスムさん達の肉料理の相性が抜群でしてね。チームを組んでみたのですよ。しばらくはゴッドインパルスで、ともに営業を行うつもりですよ」
へえ、すげえなあ。『リタイアメントキャッスル』の『コンテストファイナリスト』のチームなら、絶対に繁盛するよね! それは食べてみたいなあ。じゅるり。
ほらまたアホの子を見るような眼をする……。
「ユーキさん、あなたもファイナリストなんですよ!」
「わしらの料理にお嬢ちゃんの創作料理とパティスリーが加われば最強なんじゃぞ! わかっておるのか!」
うひゃあ、ザゼルさんとイスムさんに怒られちまったい。
ん? やけに騒々しいな。
ありゃ、いつの間にかオレ達、逃げていた人たちに囲まれているぞ。
すげえな、人間ここまで怯える目ができるもんなんだな。
「見なさい、この禍々しい黒い馬を!」
何だこの金髪の兄ちゃんは? どっかで見たことある顔してんな!
「これが黒髪族の陰謀ではないと誰が言えるでしょうか?」
兄ちゃんはいったい何を言っているんだ?
「神は異民族の排斥をお望みなのです」
なんかきな臭いことを言っていやがるなあ。
イスムさん達もザゼルさんも、露骨に嫌な顔をしているんだ。
でもオレは、周りの人々がオレ達を見つめる目が怖いよ……。
恐怖を伴った威圧が怖いよ……。
「貴様ら、そこで何をしている! 通行審査は既に再開しておる。希望者は列に並ばんか!」
おお、隊長さん登場だ!
いつの間にか金髪の兄ちゃんは姿を消している……。
何だったんだあれ?