乙女心は複雑なんだ
「ユーキ、この料理は非常に熱いが、上にかかったのがサクサクしていて旨いな。味付けはミルクか?」
お、わかるかウキ。そうだよ。さっき削ってもらった棒パン粉がもったいなかったからさ。それをミルクで戻してやったんだ。で、薄切りにしてから炒めたイモと玉ねぎ、それに下ごしらえをしたエビ、戻した棒パン粉の順に皿に乗せて、リートのオーブンで焼いたんだ。ちなみにチーズも乗っているからな。
今日の昼食は宿のテーブルをはさんでウキと二人。目の前にはエビグラタン。
……。
本当に幸せそうに食うなあこいつは。
そういえば、ウキを正面からまじまじと見るのは初めてかな。
……。
一緒に出したデカメロンのフローズンが甘酸っぱいや。
お、食べ終わったか?
「なんだユーキ、残すのなら俺が食べるぞ!」
心配してくれなくてもオレが食べるよ。ウキはまだ何か食べたい?
「ユーキが食べ終わってからでいいぞ!」
へえ、気を使ってくれるんだ。それじゃこれを出しちゃおっかな。
「ウキ、さっきアメリカンドッグを沢山揚げておいたからね。好きなだけ食べな」
「お前はわかっている奴だ!」
わかっているよ、ウキがアホみたいにソーセージ好きだってな。
「ユーキ、このデカメロンのフローズンも美味いぞ!」
そうか、楽しみにしてなウキ。リルにお願いしてもっと美味しいものをこしらえているからな。
……。
二人で向かい合って、フローズンをストローでちゅうちゅう吸う時間。
目の前の美丈夫はいったい普段は何を考えているんだろう。
いつもは頼りにならないのに、いざという時には必ず助けてくれるシスコンのアホ。
「ん? どうしたユーキ」
うーんと。
「こないだだけどさ、なんで私をお嫁さんにしたいって言った黒髪族さんに『殺すぞ』って言ったの?」
あっ! やべえオレ、緊張して一人称に『私』なんて使っちまったぜ。ばれたらからかわれるぜ畜生!
やめて、いじめないで、辱めないで! お願い助けて!
って、ん?
どうしたウキ?
いつものように蔑みながらいじめてくれないのか? って、なに考えてんだオレ!
「ユーキ、まもなく三人の旅は終わるんだ」
え?
「次の街が『ゴッドインパルス』だ」
ええ!
じゃあ、そこでお別れになっちゃうの?
「なあユーキ、お前はその後どうしたい?」
どうしたいって言われたって……。
わかんない……。
どれだけの時間が過ぎたんだろう。
両手で持ったグラスの氷はとっくに溶けている。
何で何も言ってくれないの?
「ユーキ、俺はサキを迎えに行ってくる。その間、絶対にこの宿から外に出るなよ」
え?
次の言葉がそれなの?
ウキはオレを置いていくの?
……。
そっか。そうだよね。
二人ともサキがどこに行ったのかもオレには教えてくれないしさ。
オレも一緒にサキを迎えに行きたいって言いたいさ。
でもさ、雰囲気っていうのかな、空気っていうのかな、そういうのって自分から気づかなきゃいけないよね。
「わかった。留守番してるよウキ」
オレはこう返事するしかないじゃないか。
出ていくウキの背中を見つめながら涙を我慢できるほどオレは大人じゃねえよ……。
ごめんね、リート、リル、フル……。
ああもう! 畜生! さあ切り替えだ切り替え!
あんなアホに涙するなんてアホの子がすることだぜ!
さっさと昼食の片づけをしてスープと肉の様子を見るぞ!
肉はそろそろ味付けをしてやらなきゃね。
そしたら誰かに部屋のドアをノックされたんだ。
誰だ畜生! オレの機嫌は最悪だぞ!
「サキさんにお客さんじゃ。って、うっぷ……。お嬢ちゃん、いったい何を炊いとんじゃい……」
あら、ラグエ爺さん。ごめんよ。ちょっと臭うかな。
で、サキにお客さんって?
「あれ、サキとウキは留守かな? せっかく来たのに」
何だこの調子こきの兄ちゃんは。
「あ、俺は『ルファー』 あいつらの友人さ。お嬢ちゃんがユーキちゃんかな?」
なんでオレの名前を知ってんだこの金髪野郎!
「サキからの連絡に、妹分ができたってあったからね。こりゃ可愛い妹さんだよ」
え?
ってちょっと待って、今『妹分』って言ったよね。『滞在証』上では実の姉弟妹になっているはずなのに!
オレは嫌な予感がしたんだ。
だから逆に、この調子こきを部屋に迎え入れたんだよ。ラグエ爺さんがオレ達のことを不審に思わないように。
「ラグエ爺さん、姉さまの知り合いだから、このまま部屋で待っていてもらうわ」
オレにはそう言うしかなかったんだ。
まあ、この調子こきが襲ってきた瞬間にリート、リル、フルの三本の槍がこいつに襲いかかること決定だからな。ここは良しとしよう。
「で、ユーキちゃんといったよね。改めてよろしく」
この野郎。当たり前のように椅子に腰かけやがったよ。
「喉乾いちゃったなあ」
この場面でそれを言うかこいつは。
でもなあ、サキの知り合いみたいだしなあ。ここは無難にサキの好物でも出しておくか。
「よかったらこれどうぞ。『絶頂檸檬のフローズン』だよ」
なんだその顔は。
「これって、サキが大好きじゃない?」
よくわかったな兄さん。おや、よく見ると兄さんは瞳も金色か?
「俺の瞳が気になるか? そうだよ。サキやウキ、そしてお嬢ちゃんと同じ『同髪瞳』だよ」
その言葉に俺は一気にこいつに気を許してしまったんだ。
「ねえ、サキ姉さまの知り合いってホント?」
「ああ、子供のころからの付き合いさ」
へえ。そうなんだ。
「だからお嬢ちゃんが『実の妹』ではないことは知っている」
あ、やべえ。
「でもな、サキがお嬢ちゃんのことを『妹だ』と言うのなら、俺にとってはお嬢ちゃんはサキの妹だよ」
へえ、いいこと言うじゃねえか兄さん。
「でさ、ユーキちゃんだっけ、君から見たサキの魅力って教えてよ」
そりゃまあ、たくさんありますぜ旦那。
まずは冷静なところかな。それに決断が早くて、ウキとオレを引っ張ってくれてさ。普段はとっても冷静なんだけれど、でもここぞという時には優しくて……。
何ニコニコしてんだ兄さん。
「サキはね、いつも自分の容姿が最初に褒められるのを嫌っていたんだ。だからユーキちゃんのように言ってもらえるのは、彼女にとっても、ものすごくうれしいことだと思うよ」
そうかあ。そうなんだ。
兄ちゃん、いいところあるな。よかったらモヒートも飲むかい?
「いただくよ」
お酒をたしなむ平日の午後っていいよね。
って、いきなり扉が開いたよ驚いたよ!
「ルファー! いったいこれはどういうことなんだい?」
うわ、帰宅早々姉さまが不機嫌だよどうしよう!
「ユーキ、ルファーに何かおかしなことをされなかったか!」
ないない! 何にもないですよウキ!
「なんでお前らっていつもそんなに冷たいの? ユーキちゃんはこんなに俺にやさしくしてくれているのにさ」
「自分の胸に聞いてみな」
「ユーキ、マジ大丈夫なんだな?」
……。
この兄ちゃんが二人にとってどんな存在かわかったような気がするぜ。
心配するなウキ。オレにはリートとリルとフルがいるからさ。
「ちょっとこっちにおいでルファー!」
ありゃ。サキがルファー兄さんの耳を引っ張って隣の部屋に行っちまったよ。
「ユーキ、本当に何もなかったんだな?」
お前さ、そんなにしつこく尋ねるくらいなら、その前にとる行動くらいあるだろ? しつこい善意は迷惑なだけだぞ。
それじゃ夕食の支度をするかな。
ウキ、あの兄ちゃんは追い返すの?
「そうもいくまいだろうな。一応四人分をこしらえてくれるか」
アホかウキ。普段からうちの夕食は四人前だよ。お前が二人前食うからな。それじゃ念のため六人前にしておくか。
「ウキ、昼に買ってきたエビも使っちゃっていい?」
「当然だ。ちなみに『カリカリ』だからな。『サクサク』と『ガリガリ』はダメだぞ。特に『ガリガリ』はな!」
そんなに口の中に刺さったのが嫌だったのかウキよ。そんじゃエビはカリカリで仕上げるとするか。
よっしゃ。いよいよ軍隊豚ロースの出番でありますよ。想像するだけでよだれが出ちゃいますよ。
ふっふっふ。




