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お盆の季節かな

 まもなく『ネームマルベリー』の街に到着というところで、オレ達はおかしなものに出会ったんだ。

 まずは紫色のぽってりとした体に、枝のような四本脚が生えた生き物の大群が、ものすごいスピードで砂浜を移動してきたんだ。

 なんだよあれ。夏のある時期に仏壇の前に飾られているナスにそっくりじゃねえかよ。

「あれは『馬茄子ホースエッグプラント』の群れだね。ああ見えても植物なんだよ」

 へえ。自走する植物かあ。

「それにしても様子がおかしいな。何かに追われているのか?」

 そうだね。なんか必死そうだものね。

 って、群れの後方に別の何かがいるぞ。

 何だろ、オレには兜をかぶった小振りの豚にしか見えねえぞ。ちなみに色は茶色。だけど猪というよりやっぱり豚だな。

「あれま、これはまた厄介なのに追われているね」

 そうなのサキ?

「あれは『軍隊豚アーミーピッグ』だ。一頭一頭は大したことないが、群れで襲ってくるのが厄介でな」

 あの豚って人間も襲うの?

「奴らは草食だから人間が食われることはないけど、あの勢いだからね。巻き込まれて死亡なんて事故はたまに起きるよ」 

 ふーん。食べることはできるの?

「肉は美味いが、狩るリスクも高くてな。軍隊豚猟を生業にできるのは探索者としても相当の実力がなければ無理だな」

 そっか。食べてみてえな。


 そうこうしているうちに馬茄子の群れが目の前を走り去っていき、今度は軍隊豚の群れが横を走り抜けていったんだ。って、何しているのウキ?

「ちょっと待っていろ」

 ウキは群れが走り去るのをじっと待っているような様子。それをサキも平然と眺めているんだ。

「今だよウキ」

「うおうりゃ!」

 サキの合図で、ウキは群れの後方に向かって、ものすごい勢いで石を投げつけたんだ。

 うわ、石が当たった一頭が向きを変えたよ!

 うひゃあ、こっちに突撃してくるよ! 頭にかぶった兜のようなのが堅そうだよ怖いよ!

 何よリート、リル、フル! オレを守ってくれないの!

 ん? なんでサキの腕の中にもぐりこんでるのよリート!

 なんであくびしてんのよリル!

 なになに? あんな豚はアホだけで十分だってフル?

 ほらほらほらほら!

 来る来るくるくる! ああーん!

 

 ごきっ

 

 ……。

 あれまあ。

「相当の実力がなければ無理だが、実力があれば別だ」

 哀れ豚さんは、兜ごと上からぶん殴られて、地面に頭をめり込ませていたんだよ。

 だから余裕だったのか。サキ姉さまも、リートもリルもフルも。

 って、オレだけかよ、びびっていたのは……。 

「それじゃユーキ、捌くのはお願いするよ」

 はーい。それじゃ切り替えて血抜きでもすっかな。捌くのは街に着いてから、市場の人にやり方を尋ねてみることにしよう。

 ということで、オレ達は屋台に軍隊豚をぶら下げて、街に向かったんだ。

 

『ネームマルベリー』の関所でも、『リタイアメントキャッスルの滞在証』は通用したんだ。こんなにあっさりと街を出入りできちゃっていいのかしらオレ。


「この街でもあたしらは営業しないからね。ユーキはどうすんだい?」

 市場を眺めてから決めることにするよサキ。

「ユーキ、腹減った」

 お前は相変わらず平常運転だなウキ。

「それじゃ、宿を手配するかね」

 はーい。

 

 そしたら、一人の爺さんがオレ達に声をかけてきたんだ。 

「見事な軍隊豚じゃの。こいつは問屋に卸すのかい?」

 ん? どういうことだろ。

「もし卸すのなら、わしの店に卸してもらえんかの?」

 わしの店?

「食堂と宿を経営しておるのじゃ。軍隊豚はこの辺の名物だからの。積極的に仕入れをしておるのじゃ」

 へえ、それじゃ食堂でこの豚を捌くの?

「当然じゃ」

 そしたら、オレの表情に気づいたのか、サキ姉さまが爺さんに提案をしてくれたんだ。

「条件ってわけじゃないけど、あたし達を宿に泊めてもらうのと、この娘にその豚を捌くところを見せてもらうことはできるかい? もちろん宿代は正規の料金を支払うよ」

「そりゃ条件になっておらんの。大歓迎じゃ」

 豚の解体かあ。やべえ、よだれが出てきた。って、なに笑ってんだ爺さん。

「表情が豊かなお嬢ちゃんじゃのう。それじゃ店まで案内するぞい。わしはラグエじゃ、よろしくな」


 爺さんが経営する宿兼食堂は、思いのほか大きかったんだ。って、このあたりじゃ一番大きい建物じゃないかな。

「大旦那、おかえりなさい」

 店の人たちが爺さんに次々に挨拶をしていく。この店も金髪族の人ばかりだね。当然ラグエ爺さんも金髪族なんだけどな。

「新鮮な軍隊豚が手に入ったからの。捌く段取りを頼む」

「おお、これは見事な軍隊豚ですな」

 厨房から出てきたおっさんが、豚を真剣に吟味している。

 ちなみに豚は五万エルでラグエ爺さんがお買い上げ。

「それじゃお嬢ちゃんたち、部屋に案内するぞい」


「さてと、今日の夕食はこの店でいただくとしようかね。ユーキは厨房に行ってくるんだろう?」

 そうさせてもらっていいかなサキ。

「ユーキ、おやつを用意していってくれ」

 もしかしてウキ袋のパイを全部食べちゃったのか?

「もうないぞ」

 威張るなよ阿呆。

 

 サキにはシトロンのフローズン、ウキにはソーセージトルティーヤを用意してから、オレはリートたちと厨房に顔を出したんだ。

「おう来たな。もうそろそろじゃ」

 へえ、ラグエ爺さん自ら捌くのか。

 見事なもんだなあ。あの手際の良さは経験がなければ身につかないよね。

 瞬く間に軍隊豚はきれいに皮と肉と内臓と骨にばらされたんだよ。

 これってどうやって食べるの?

「肉は焼くのが基本じゃな。皮のところは蒸して食うとうまいぞ。内臓はよく洗って酒につけてから一晩煮こむのじゃ。骨は乾かしてから砕いて肥料じゃよ」

 骨から出汁はとらないの?

「やったことはないのう」

 ふーん。

 ねえ爺さん、肉のところと骨を少し分けてもらってもいい?

「おうおう、肉は商売ものじゃからたくさんは分けてやれんが、骨はいくらでも持っていくがいい」

 よっしゃ。豚肉と豚骨ゲットだぜ。豚肉といえばアレですよアレ。豚骨といったらアレですよアレ。

 明日は営業しないで一日料理をしていようっと。


「ご機嫌だねユーキ、豚の解体は楽しかったかい?」

 楽しかったよサキ。職人技っていつみても勉強になるわ。

「なんだその肉はユーキ」

 もらってきたんだよ。楽しみにしていろよウキ。

「それじゃ、夕食に行こうかね」

 そうだね。お腹すいちゃった。

 

「サキさん、ウキさん、ユーキちゃん、いらっしゃい」

 オレだけちゃん呼ばわりかよラグエ爺さん。

「軍隊豚を食っていくじゃろ?」 

 当然だよ!

 

 へえ、思ったよりもいろいろあるんだなあ。

 出てきたのは豚のステーキと角煮。ステーキはロースで角煮はバラ肉かな。

 ステーキには刻んだ青菜が添えられていて、角煮には卵が添えられている。

 味付けは両方とも塩だけみたいだ。

 皮つき肉は蒸し物になって出てきた。これはまんまトンポウロウだね。きれいな盛り付けだなあ。さすが食堂だね。

 スープは角煮の煮汁がベースなのかな。たっぷりの野菜の中に、ほんのり豚の旨みがするんだ。

「内臓はまだ出せる状態ではないからの、まずはこんなもんじゃ」 

 それじゃいただきまーす。

 

 うわあ、これは美味しいね。

 ステーキは普通の豚よりも噛みごたえはあるけれど、旨みが強いんだ。

 一方の角煮はフォークがすっと通るほど柔らかい。うん、味付けは塩だけだけど、軍隊豚から十分な旨みが出ているよ。

 皮肉の蒸し物もふっくらして美味しいなあ。

 ウキの奴が、いつも以上に食いつきがいいぜ。ステーキやら角煮やらを食い散らかしている。

 サキ姉さまはスープがお気に入りのよう。ふうふう言いながら野菜をすくって食べているんだ。

 

 ああおいしかった。ごちそうさま。

「どうじゃった、軍隊豚のお味は?」

 とってもおいしかったよ爺さん! 

「そりゃよかった」


 それじゃウキ、市場に付き合ってよ。食材を買いに行きたいからさ。

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