アメリカ料理の定番です
さてっと、どんな仕立てにすっかな。
殻ごとも豪快だけど、サキ姉さまもいるし、今日は剥き身にしようっと。
まずは飛行蛤と白葡萄酒を鍋に入れ、火にかけるんだ。
コツはあまり火を通しすぎないこと。
で、貝がパックリ口を開いたら火を止め、スプーンで殻から身をこそいであげるんだ。
さて、お次はとっておきのパンチェッタと定番野菜を角切りにして、バターでじっくり炒めるんだ。火が通ったら一旦火を止めて、小麦粉の代わりにコーン粉をまぶすように入れて混ぜ合わせるんだよ。これはとろみを出すため。
きれいに混ざったら剥き身にした蛤と、その煮汁を加えてひと煮立ち。
最後にミルクをたっぷり加えて弱火で温めながら、塩とスパイスで味を整えれば出来上がり。
『フライングクラムチャウダー』でーす。
クラッカー代わりにここは棒パンでいただきましょうね。
なんだよその顔は。お前ら、まだ疑ってんのか?
そんじゃサキ姉さま、ウキ、お先にどうぞ。
「これはいろいろな旨みがたっぷりだねえ。蛤もぷりぷりしていて美味しいよユーキ」
そう言ってもらえるとうれしいな。あ、姉さま、白葡萄酒飲む?
「当然いただくよ」
「ユーキ、これは旨いぞ! いくらでも食べられるぞ! スープを吸った棒パンも最高だ!」
ありがとよウキ。足りなかったら後で蛤を焼いてもらえ。
で、爺さんと黒髪族の若い衆よ。チャレンジしてみたらどうだい?
そんなに恐る恐る口に運ばなくてもいいのに……。
そんなにおそろいで目を見開かなくてもいいのに。
「こりゃあまいった。お嬢ちゃんには敵わんのう」
旨いか爺さん。
「これはなんというか、旨みが濃厚なのに、非常にやさしい味だな。非常に女性らしい味だ……」
おうおう、感動したか黒髪族の兄ちゃんたちよ。
それじゃ爺さんたちも葡萄酒飲むかい?
結局その日はそのまま宴会に突入したんだ。
五人の名前はそれぞれ『ボンテ』『タイシャ』『タゲ』『ダイジ』『ビシャ』というらしい。覚えきれねえな。
ちなみにオレを『君』呼ばわりしたのはボンテ。一行のリーダーらしいんだ。
で、オレ達は嫌な話を聞いちまった。
なんでも、黒髪族の居住区に金髪族が進出したらしいんだ。
当初は穏やかな「移住」だったのだけど、規模が大きくなる中で、だんだんと金髪族が黒髪族に対し、高圧的な態度をとるようになったらしい。
そこに『漆黒の巫女』の与太話が加わり、黒髪族の立場はどんどん悪くなっている状況なんだってさ。
「さすがにあいつらの蛮行が金髪族の総意とは思えないからな。で、俺達は金髪族の領主に現状を訴えるために旅に出たってわけだ」
ちなみに黒髪族の居住地はずっと北のほうらしい。
ふーん。
「まさかこんな村でも差別されるとは思っていなかったけどな」
「それについてはわしから謝らせてもらう。すまなかった」
ボンテたちに頭を下げる爺さん。それを止める黒髪族の兄ちゃんたち。
「頭を上げてくださいファエルさん、結果俺達はこんなに旨い焼き蛤とクラムチャウダーを味わうことができたのですから。君たちにもつまらない話をしてすまなかった」
いいってことよ。
「ユーキ、そろそろ肉を食いたい」
いい感じで空気が読めてないねウキ。そうだね、おつまみステーキでも焼いてくるか。
「ユーキ、つまらん話など、お前の料理で吹き飛ばしちまいな」
わかったサキ。
それじゃお酒のお代わりを持ってくるね。
宴もたけなわ。
料理も一口ステーキ、クラッカーを使ったオードブル、野菜のいためものや甘酢漬けとかを大皿で並べてあげる。
サキ姉さまはファエル爺さんと何やら難しい話をしながらグラスを傾けている。
一方のウキとボンテたちはといえば……。
「あんた、男一人に女二人とは羨ましいもんだな」
「そうか?」
「で、どっちがあんたの彼女なんだい? まさか両方ってわけじゃないよな」
まる聞こえだよ酔っ払いども。
「残念だったな、ありゃ俺の姉ちゃんと妹だ」
「マジかい?」
「マジだ」
「ってことは、俺達にもチャンスはあるのか?」
「ないな」
「ないか?」
「サキ姉ちゃんは怖いし、ユーキはアホの子だぞ」
あーあ、ウキが調子に乗っちゃっているよ。
「怖い女性というのはそそるな」
「女は多少アホの子の方が可愛らしくていいじゃないか」
「ここはダメもとでお付き合いを申し込むのもアリか?」
「任務が終了したらアリだな」
「で、お前らはどっちが好みだ」
何勝手なことを言ってやがる黒髪族どもよ。姉さまが怒らないうちに口を閉じたほうがいいと思うぞ。
って、姉さまは兄ちゃんたちをガン無視しているのね。大人の余裕だわ。ユニコーンコーンは収穫できるけど。
ふーん。珍しくウキが楽しそうだわ。そういえば同じ年頃の男性と話をしているところなんか見たことなかったものね。
「おいユーキ、こっちにきてお酌しろ!」
何調子をこいてんだよウキ。
って、次の瞬間、ウキはリートに顔面を引っ搔かれ、リルにアキレス腱を噛まれ、とどめとばかりにフルの後ろ蹴りを後頭部に食らったんだ。
よかったなウキ、兄さんたちの笑いを取れて。
……。
仕方がねえ。ウキに恥をかかせるわけにもいかないからな。ちょっとだけだぞ。
一度ため息をついてから、オレは阿呆どもが飲んでいる蒸留酒の瓶をもってウキの隣に座ったんだ。
「ユーキちゃんは可愛いなあ」
そうかい。ありがとな。
「ユーキちゃん、俺の事、どう思う?」
すまん、オレは兄さんの名前すら憶えてねえよ。
「ユーキ、つまみの追加だ。肉をくれ」
はいはい。兄さんたちの前でいい恰好したいのねウキ。それじゃ塩漬け肉の薄切りを軽くあぶったのでいいかい?
「問題ない」
はいよ。
「ユーキちゃんがお嫁さんになってくれたら最高だなあ」
誰だか知らねえがありがとよ。
「お前殺すぞ」
何熱くなってんだよウキ。
こりゃしばらく終わらねえな。オレは先に寝よっと。
サキ姉さまとファエル爺さんも撤収の準備を始めているしな。
さて翌日。
朝食はどうしようかな。
昨日はミルク味にしたから、今日はトマト味にしてみるか。
出汁もパンチェッタじゃなくて小魚の出汁を使おうっと。
作り方は昨夜のクラムチャウダーとほとんど同じだけど、こっちのほうがさっぱりしているんだ。
ちなみに昨日のは『ニューイングランド風』今日のは『マンハッタン風』なんだよ。 どうせならスープパスタにするか。人数も多いしね。
「おはようユーキ。今日も良い香りだねえ」
おはようサキ。あれ? ウキは?
「昨日の部屋だよ。中華鍋とお玉を持って行っておやり」
???
「行けばわかるさ」
はーい。
で、昨日の大部屋。
ドアを開けると、むっとしたアルコール臭が部屋からあふれかえってきた。うう、臭せえ……。
「おーい、ウキ」
恐る恐る部屋を覗いたオレは、次の瞬間鍋とお玉を取り落としそうになったんだよ。
なぜかというと、そこにはウキと黒髪族五人が倒れていたからなんだ。
そして豪快に響き渡るいびき。
で、なぜかこいつら、全員が全員、『全裸』だったんだよ……。
え……と……。
オレはそっとドアを閉じて、なんとかサキのところに戻ったんだ。
「サキ、ちょっとオレ、びっくりしたんだけど……」
「どうしたんだい?」
「男六人全裸だったんだけど……」
「裸踊りでもしたんじゃないのかい?」
「オレはどうしたらいいのかな?」
「何事もなかったかのように起こしてきてやりな」
……。
そうね、そうよね。見なかったことにするのがイイ女よね。
じゃ、行ってくる。
右手にお玉。左手に中華鍋を構えたオレは、深呼吸をしたんだ。
落ち着けオレ。
さあ、行くぞ!
ガンガンガンガン!
「朝飯だ! とっとと起きろガキどもがあ!」
数分後、恥ずかしそうに縮こまった男どもにマンハッタンクラムチャウダーのスープパスタを堂々と配るオレの姿があったんだ。
その横では、サキとファエル爺さんが腹を抱えて笑っていたけどな。
ほれ、貝は二日酔いにも優しいから食え。
「へえ……」
「ふう……」
「うま……」
「おお……」
「むむ……」
美味いか兄ちゃんどもよ。
「こりゃさっぱりしていて朝からでも食えるのう。この紐みたいなのも美味いな」
そうだろファエル爺さん。ちなみにそれは生棒パンを薄くのばして細長く切ったものだ。
「ユーキ、肉だ!」
相変わらずだなお前はウキ。兄ちゃんたちも肉食うか? そうか、そんじゃ六人前焼いてあげるよ。
「ユーキ、あたしとファエルさんにはデザートをお願い」
はーい。草スライムと浜スライムのゼリーを用意しておくね。
「昨夜ばかりか、朝食までご馳走になって助かった。改めて礼を言う」
なんだよボンテ。そんなにかしこまらなくてもいいのに。
「先を急ぐので、我々はこれで失礼するが、どうやら目的地は同じと聞いた。ゴッドインパルスでまた会えるといいな」
へえ、そうなんだ。
「それじゃファエルさん、サキさん、ユーキさん、世話になった。ウキ、頑張れよ」
にやりと笑う五人衆。で、なんでウキが顔真っ赤なんだ?
「余計なことは言わんでいい」
ふーん。何を頑張るんだろ?
「それじゃあたしたちも出発するとしようか」
はーい。
「帰りもよかったらまた寄ってくれ」
ファエル爺さんの最後の言葉が聞こえたのか聞こえなかったのかわからなかったけど、サキは爺さんに微笑みながら無言で会釈をしたんだ。
「それじゃ行くか」
そうだねウキ。
それじゃな爺さん、蛤おいしかったよ、ありがとう!




