その手は桑名の焼き蛤
ここは黄金鯱解体ショウが開催されている広場。
一通り解体を見学して、さあ焼き飛行蛤を食べに行こうか! というオレ達の脇で、誰かが吐き捨てるように呟いたんだ。
「俺達には黄金鯱の漁を禁止させておいて、自分らは堂々と解体ショウかよ……」
ん?
思わず横を向いちまったい。で、目が合っちまったい。
何だ? なんか文句あんのか? 喧嘩を売っているんなら買ってやるぞ、ウキがな!
何まじまじとオレを見つめるんだよ、よせやい照れるじゃねえか。
「君、君も黒髪族なのか?」
お、オレを『君』呼ばわりするとは、なかなか見所があるな。って、よく見たらこの兄ちゃんも黒髪だ。瞳は茶色だけど。
えーっと……。
そしたらサキ姉さまが助け船を出してくれたんだ。
「この子は黒髪族じゃないよ、お兄さん」
「ならば『入替髪』なのか? それにしても見事な黒髪だ」
「兄さん、言葉を選びな」
黒髪の兄さんが発した言葉に、サキ姉さまが少し怒気を含めて返したんだ。
「いや、そんなつもりじゃなかった。すまなかったな」
サキ姉さまの怒りにビビったのかな。兄さんはそのままどっかに行っちまった。
「それじゃユーキ、宿で爺さんの焼き蛤をごちそうになろうかい」
「腹が減ったぞ」
そうだね、サキ、ウキ。
「おう、そろそろ帰ってくることだと思っておったぞ。準備はできているからな」
オレ達が宿に帰ると、主の爺さんが宿の庭で焼き蛤の準備をしていてくれたんだ。
ふむふむ。窯の上に金網を乗せて、その上に蛤を並べてあげるのね。
へえ、蛤が半開きになったら、中の汁を一旦別の容器に取り分けてあげるのね。ここでひっくり返すんだ。
容器の中身はなんだい爺さん?
「魚醤じゃよ。それからわしは爺さんじゃなくてファエルという名前があるからな。ところでお嬢ちゃん達の名前も教えてくれるかい」
おう、いいぜ。
サキウキユーキだ、冗談みたいだろ?
「仲のよさそうなご姉弟妹じゃの」
そう見えるかファエル爺さん。うれしいぜ。
おうおう、蛤の口が完全に開いたぜ。へえ、そこにさっきの汁を戻すんだね。
うおお! 香ばしい香りだ!
「これは食欲をそそるねえ」
「爺さん、まだか? まだ焼けんのか?」
二人とも待ちどおしそうだね。オレもだ。
「よし、焼けたぞ。殻が熱くなっているから気をつけるのじゃぞ」
どれどれ。
……。
うはあ、ぷりっぷりだぜ! 香ばしいぜ! 貝独特の旨みが強いぜ!
「相変わらずこの村の蛤は美味しいねえ」
サキ姉さまは食べたことがあるんだ。
「美味い! 止まらんぞ」
ウキにかかるときりがねえな。
「どうじゃい、気にいってくれたかの?」
気にいったよファエル爺さん! これは美味しいよ!
「で、お嬢ちゃんならこれをどう料理する?」
お、問答かい?
うーん。
ちょっとやそっとの料理じゃあ、この焼き蛤の美味さを超えることはできねえぜ。
酒蒸し、アヒージョ、ボンゴレ、潮汁……。
……。
ちーん。
そうだ、アレにしよう!
爺さん、明日の朝ご馳走してやるぜ。覚悟していろよ!
「美味しい蛤のお陰で食欲が刺激されたねえ」
「シャチ食うぞシャチ!」
そうだね。夕食に行こう!
ということで、サキ姉さま達に連れてきてもらったのは、さっき解体ショウを行っていた広場近くの寄り合い所みたいなところ。
ここが臨時の食堂になるらしいんだ。
ファエル爺さんによれば、解体したシャチはまず漁に出た人たちの家に肉が配られ、その後はそれぞれの村人に均等に配られるらしい。
ただ、特殊な加工が必要なところは一旦職人に預けて、仕上がったら半分は職人の取り分、残りの半分を村人で分けるのだってさ。
ここで出される料理は、村のおばはんたちが手料理を旅人に提供するものらしいんだ。
家庭料理かあ。楽しみだなあ。どんな料理が出てくるかなあ。
なかなか注文を取りに来てくれないのは、プロが営業する食堂ではないので仕方ないよね。
そんな風に三人でおばはんたちの注文取りを待っていたら、何やら言い争いが始まったんだ。
「お前たちは入店禁止だ!」
「どういうことだ!」
言い争っているのはさっきの黒髪族の兄ちゃんたちだ。相手は村の若い衆達かな?
「黒髪族がうぜえんだよ! いいか、ここは『黒髪族は入店禁止』だ!」
え? そうなの?
オレはいいの?
そしたら若い衆の一人が、怪訝そうな顔でオレ達の席に近づいてきたんだ。
「違うとは思うがな、念のため確認させてくれ。あんたは『黒髪族』かい?」
答えようがねえよ……。
「この娘が『黒髪族』だとしたらどうだってんだい?」
サキ姉さまの迫力に押されたのか、若い衆はちょっと腰が引けたんだ。
「いや、念のための確認だったんだが……。あんたら水髪族と一緒なら問題ない」
そうこうしているうちにも、入口では金髪族の若い衆と黒髪族の集団が揉み合いを始めたんだ。
「黒髪族は出ていけ!」
「この村は髪の色で差別をするのか!」
店内も騒然としてきた。おばはんたちはどうしていいかわからないようでおろおろしているし、おっさんどもはだんまりを決め込んでいる。
「ふん、気分が悪いねえ」
サキ姉さまのご機嫌も最悪だ。ウキも珍しく揉みあいをにらみつけている。
そしたらでっかい声が響いたんだ!
「貴様ら、何をしておる!」
うお、ファエル爺さんの登場だぜ! すげえ剣幕だ!
「うるせえ村長!」
ぼぐっ!
うは、爺さんがいきなり金髪族の若い衆にパンチを入れやがった。
「ジジイ! よくもやりやがったな!」
ぼぐっ!
うへえ、ファエル爺さん強いぜ。 二人目ものびちまった。って、今『村長』って言っていなかった?
「馬鹿どもが、下らん与太話に乗せられおって! すまんな黒髪族の若者たちよ、こんな様子では食事も旨くはなかろう。すまんがここは引いてくれぬか。その代わり、宿はわしが提供しよう」
あっけにとられている黒髪族の連中にファエル爺さんは頭を下げると、一団を連れて外に出て行ってしまったんだ。
「ウキ、ユーキ、胸糞悪いからあたしらも出るよ」
「そうだな。別にシャチなんぞどうでもいいしな。ユーキ、腹減った」
わかった……。
「おや、お嬢ちゃんたちも帰ってきたのかい」
宿に帰ったら、ファエル爺さんが何事もなかったかのように飛行蛤を焼いていたんだ。 で、爺さんを囲むように五人の黒髪族。
「なんだ、君もこの宿に宿泊していたのか」
おう、よろしくな。
「ユーキ、腹減った」
そうだねウキ、これ以上何も食べないとウキが死んじゃうよね。
爺さん、ちょっと料理させてもらうよ。あ、そうだ。
「ファエル爺さん、オレの蛤料理だけどさ、今からこしらえてもいい?」
「構わんが、何をこしらえるのじゃ?」
おう、蛤をミルクで煮るんだぜ。
……。
なんだよその顔は。
黒髪族の連中も俺に注目するんじゃねえよ。なんであきれたような表情をしているんだよ。
「お嬢ちゃん、もう一回言ってくれるかの?」
蛤をミルクで煮るんだ悪いか爺さん。
なんだよ! 集団でアホの子を見つめるような眼をするのはやめてくれよ!
「そんなもの、生臭くて食えたものではないじゃろうに」
爺さん、後でその台詞を後悔させてやるぜ。
「爺さん、まあ楽しみにしていな」
サキ姉さまは私の味方ね。
「ユーキ、そこの黒髪族どもにもご馳走してやれ。そして驚かしてやれ」
おう、そうするよウキ。
って、迷惑そうな顔をするんじゃねえよ兄ちゃんたちよ!




