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心配かけてごめんなさい

『鼻でか猪』の肉は一塊千エル。

 うは! 露骨に脂身がついてるぜ。

 これで十人前くらいになるから、三塊買っておけばいいかな。

『出処はよくわからないけど生でもイケる葉っぱ』は百枚くらいあればいいな。

 肉だけだと、さすがに胸やけがしそうだから、昨日居酒屋で試した、『さっぱりしたキノコ』と、『ホクホクしたちっちゃい豆』も混ぜてやろうっと。

 あとは香りづけに居酒屋で果実酒を買ってくればオーケーだわ。

 

 よっしゃ、これだけあれば明日も商売できるぜ。みんなの口に合えばいいなあ。

 やる気ばっちりだ。

 さて、宿に一旦帰ってから、サキとウキに合流しなきゃ。今日の夕食までは、お店でこちらの世界の料理を試してみる約束だから。


 えっと、宿はこっちだったよね。

 と、近道をしようとしたオレがバカだった……。

 

「ひっ!」

 突然オレは口をふさがれ、首を絞められたんだ。

「お嬢ちゃん、一人でこんな物騒なところに来ちゃいけないよ。こんな目に遭うからね」

 やめろバカ!放せ!

「げほっ!」

 お腹に衝撃が走った。意識が遠くなる。

「さっさとおとなしくさせろ」

 前からもおっさんが近づいてきた……。

「身ぐるみ剥いでたっぷり犯してやるからね」

 やめろ……。

 だけど身体に力が入らない……。

「黒髪族の亜種みたいだからな。こいつ自身も奴隷商に売っぱらっちまえ」

 え?

 奴隷?

 ちょっと待ってよ! 放せこの野郎!

「痛っ! このガキ、噛みやがったな!」

 ぐえ……。 おっさん、苦しいよ……。

 何でこんなとき、力が出ないんだよ……。何で涙しか出ないんだよ……。

 そんなところに手をいれるなおっさん! オレは未成年だぞ!

 やめろ! やめてくれ! やめて!

 助けて!


 ……。

 そしたら急に目の前が真っ暗になったんだよ。

 続いて確かにオレの脳裏に響いたんだ。

 

’我らが君主に仇なす罪人よ。永遠に我らが地で苦痛にさいなまれるがよい……,


 その後、オレには何の音も聞こえなくなった。

 ふっと、首が自由になった。消えるように口を押さえていたものがなくなった。身体がふわりと解放された。

 闇が現実に戻った。

 

 そこには誰もいなかった。目の前のおっさんの姿は、影も形もなく消えていた。


 夢だったのかな、さっきのは。でも、確かにオレ、胸をもまれたよね。お腹もまだ苦しいし。


「にゃあ」

「わんっ」

「ぶるる」


 え?

 いつの間にか俺は、赤毛の子猫と青毛の仔犬、そして葦毛のロバに囲まれていた。

 

 ついてくるのね……。

 オレの隣には腰くらいの高さのロバ。この子は、オレの荷物を背中に乗せろとばかりに鼻を荷物袋の下に押し込んだ。

 オレの肩にはいつの間によじ登ったのか、猫が掴まっている。

 そして足元にはじゃれつくようにまとわりつく仔犬。

 はっきりいって超可愛い。これは優劣つけがたいなあ。

 って、サキとウキになんて言おう……。やっぱり叱られるよな。

 その前に宿のご主人に怒られちゃうかもしれないけど。

 

「おや、ユーキさん。お帰りなさい。こりゃまた沢山のお連れさんもご一緒で」

 あれ?

「ねえ、ご主人。この宿はペット同伴OKなの?」

「ペット?」

「この子たち」

「ユーキさん、そんなこと言ってると怒られますよ。お連れさんは『精霊獣』じゃないですか」

 精霊獣?

「でもユーキさん、よく精神力が持ちますね?」

 精神力?

 オレの怪訝そうな表情を察したのだろう。ご主人が教えてくれた。

『精霊獣』の食事は、『パートナー』の『精神力』なんですよ。ユーキさん、疲れがたまってきません?」

 オレ全然平気。


「『精霊獣』をお連れになっているお客さんも多いですからね。そのまま部屋をお使いいただいても構いませんよ」

「ねえ、この子たちと居酒屋に入店できるかな?」

「『入店拒否』なんてしたら、『世界精霊獣愛護協会』が居酒屋をつぶすまで店の前でデモをしますよ」

 おっかねえな……。よかったぜ、元の世界に『世界十字軍愛護協会』がなくて。

 でもよかった。第一関門は突破。

 あとはサキとウキだな。よし、頑張って説得しよう。

 オレは荷物を部屋に置いてから、居酒屋に向かったんだ。

 

「これはまた変わった子たちを拾ってきたねえ」

「お前は『どうぶつ使い』か」

 ごめんよサキ。うるせえウキ。

 オレの横にはロバがぺたりと座っている。膝の上には仔犬。肩には子猫。

「実は宿の近くの路地でね……」

 オレは何が起こったか説明しようとしただけなんだ。順を追って話さなきゃと思ってさ。


 バシッ!

 突然の衝撃。

 目から火花が出た……。

 オレの顔は右を向いた……。

 左の頬がじんじんと痛む……。

「バカな子だね! あれほど路地には近づくんじゃないよと言ったじゃないか!」

 音を発したのはサキの右手とオレの左頬。

 驚いた子猫が床に飛び降り、仔犬は唸り、ロバは立ちあがる。

 ごめん……。ごめんよ……。

 サキ姉さん。心配かけてごめんよ。

 ごめんなさい。

 だから……、オレのために泣かないで。涙を流さないで。


「一回奴隷に売り飛ばされなきゃわからんか、お前は……」

 ウキの呟きが心に刺さる。

 そうか、オレは浮かれていたんだ。つい二日間だけの話なのに。この世界のことを何も知らないのに。

 じいちゃんも言ってた。

 『水と平和がタダだと思っているのは日本人だけだ』って……。

「ごめんなさい……」

「わかればいいんだよ」

「次はないぞ」

 はい。これからは気をつけるよ。

 そしてありがとう。オレのことを心配してくれて。


 無言の食事もそろそろ終わろうかというとき、ウキが口を開いた。

「ところでユーキ、お前、精霊獣を三匹も連れてて、疲れないか?」

「そういやそうだね」

 あれ? 宿のご主人と同じことを言ってる。

「赤い子は多分炎の精霊獣、青い子は水の精霊獣、白い子は風の精霊獣だろうね」

 へえ、そんな属性があるんだ。サキは物知りだなあ。

「属性によって何かが変わるの?」

「パートナーの精神力を消費することによって、属性を具現化できるんだよ」

「恐ろしく効率が悪いけどな」

 それってどういうこと?

「炎は文字通り『炎』に変化するんだ。水は『水や氷』を召喚する。風は『移動』や『伝達』の手段を持つんだよ」

 へえ。

 でも、ウキが言うとおり、効率が悪いのは本当らしい。


 炎の精霊獣を炎に変化させる方が、薪割りをして火をつけるより疲れる。


 水の精霊獣に水を呼び出させる方が、井戸に行って水を汲んでくるよりも疲れる。


 風の精霊獣に荷物運びをさせる方が、自分で荷を担いで運ぶよりも疲れる。

 

 何それ……。

 あれ? でも、さっきロバちゃんに荷物を運んでもらったけど、オレは全く疲れなかったよなあ。

 もしかしたらオレって無限の精神力持ち? ちょっとカッコイイかも。

  

 今日もサキとウキが、ステージの合間にオレを宿まで送ってくれた。オレに果実酒が入った壺を持たせてくれて。

「精霊獣達の面倒をちゃんと見るんだよ」

「精霊獣にちゃんと面倒を見てもらえよ」

 わかったわサキ。黙れウキ。

 

 明日は早起きして、『肉そぼろの葉っぱ巻き』をたくさん用意しなきゃね。

 お休み、ネコちゃん、ワンちゃん、ロバちゃん。

 ロバはベッドの横で、犬はオレの足元で、猫はオレの胸の上で寝息を立てている。


 怖かった……。

 今さらながら身体が震える。

 もうあんな思いはしたくない。

 

「みゅう」

「くーん」

「るるう」


 いつの間にかネコちゃん、ワンちゃん、ロバちゃんがオレの顔を覗き込んでくれている。

「心配してくれるのね」

 オレはみんなの頭を撫でた。そしたら、何となく不安が消えていく。

「今度こそお休み」




’我らが君主よ、お休みなさいませ……,

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