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焼いてから蒸すのは関東風

 目の前には金髪の壮健そうな爺さんと赤銅髪の可愛らしい三歳くらいのお嬢ちゃん。

 

「で、そのドラゴンさんが何の用だい?」

「そう身構えるな水髪の娘よ。礼とお願いに寄らせてもらっただけである」

 礼?

「孫がヒトの暴漢どもから逃げ出した後に、ここにかくまってもらったと聞いておる。翼も治癒していただいたとな」

 へえ、義理堅いんだね。

「ちなみに暴漢どもは先ほど速やかに発見し、皆殺しにしておいたのである」

 さいですか。皆殺しですか。

 って、マジ? とんでもないこと口走ってねえかこの爺さん。

「暴漢どもには孫の鱗が残っていたからの。それを探れば、奴らを発見するなど、我らには屁でもないことである」

 いえね、そっちじゃなくて皆殺しの方なんだけどさ。

「ヒトどもは、定期的に脅かしておかねば、すぐに増長するからの」

 ……。

 爺さん、お礼に来たのか脅かしに来たのかはっきりしてくれねえか?

「でな、礼にこれを渡しておこうと思ってな」

 それは金色に輝く小さな警笛のようなもの。

「これは我専用の『竜笛』じゃ。お嬢ちゃんに我の助けがいるときは、それを吹くがよい。さすれば、一回だけ大サービスで敵対者を皆殺しにしてやるのである」

 おっかねえよ。

 うーん。どうしようサキ、ウキ。

「記念に貰っておきな」

「不要なら売っぱらってしまえばいいだろ」

 そっか。結構な好事家に売れそうだよね。

「ちなみにその笛を吹いたものがお嬢ちゃん以外のものである場合は、そいつから皆殺しである」

 何だよその呪いのアイテムは……。

 仕方がねえ。ありがたくもらっておくよ。


「でな、実は一つ頼みがある」

 何だよ早く帰れよ。

「『ふろらんたん』というのであるか。それをいくつか譲ってもらいたい。孫が気にいっての」

「ふろらんたんオイシイデシュ」

 お、可愛いこと言うじゃねえか。

 でもな、今日はもうないんだよ。

「何と!」

 なんで派手に驚いているんだよ爺さん。

 それじゃさ、今からこしらえるからさ、明日の朝またおいでよ。

「朝でよいのだな」

 今日焼いておけば朝には十分味が落ち着いていると思うよ。

「わかった。それでは明日また参る」

 こうして爺さんと孫は帰っていったんだ。


 三人とも何となく食欲がなくなってしまった。

 よくよく考えてみればとんでもない連中の来訪だったものね。

 あれって、怒らせたらオレ達も皆殺しなのかしら。

 ん? 問題ないってリート? あんなバカでかいだけのトカゲなんかどうってことないってリル? あんなの瞬殺だ瞬殺ってフル? あなた達はホント怖いもの知らずね。

 

興奮鰻ステロイールが余っちまったね……」

 これは明日の朝食にしようよ。一風変わった食べ方もあるしさ。

「それじゃ市場につきあうぞ、ユーキ」

 荷物持ちお願いねウキ。

 そしたら買い物してからフロランタンを焼くか。どうせなら他のお菓子も焼いておくかな。


 その日の夜はステロイールの滋養強壮効果で、三人ともぐっすりと眠れたんだよ。


 さて翌朝。今日も快調だぜ。

 精力落花生スタミナッツのおかげで、フロランタンもたくさん焼けたし、砕いたナッツをまぶしたパイもたくさん焼けたぜ。ナッツがあると、色々と味や食感に変化を持たせられて便利だよね。

 沢山食べ過ぎるとのぼせるけどさ。

 よっしゃ、これでいつでもかかってこいドラゴンさんだな。


 今日はウキの野郎も朝食前の肉を求めてこないし、ゆっくりと朝食の準備ができるぜ。

 とにかくウナギを食べちゃわなきゃな。

 

 ということで、まずは昨日白焼きまでしておいたウナギを再び蒸してあげる。

 昨日は大振りな身のところを食べたから、今日は尾の先とか大きさがまばらなんだ。

 だから、焼いた後に一口サイズに大きさを切りそろえてあげる。

 鍋の中には昨日下処理をしてから酒に漬け込んでおいたキモを、水洗いして放りこんでおくんだ。


 次は卵を溶いて出汁とともに卵焼きの準備をする。

 厚焼き卵の要領で焼いていくのだけど、一枚目が焼けたら、その上にウナギのかば焼きを乗せ、卵で包んでいくんだ。

 これをくるくると巻いていけば出来上がり。

 

 さらに別鍋では出汁を温め直して、急須に入れておく。

 後は薬味代わりの大根おろしや刻み青菜を用意すれば準備完了。畜生わさびが欲しいなあ。

 

 ということで、本日の朝食は『ひつまぶし』『うまき』『肝すい』

 たくさんできたなあ。余ったら『うなぎむすび』にして、お昼に食べよう。

 お、起きてきたねサキ、ウキ。


「邪魔するのである」

 絶妙のタイミングで来たな爺さん。やあ、お孫さんは今日も可愛らしいね。

「むむ、この香りは何であるか?」

 興奮鰻ステロイールだよ爺さん。 

「なんだい、ドラゴンもウナギは食うのかい?」

 サキ姉さまの質問に心外そうな表情の爺さん。 

巨大鰻ジャイアントイールは好物である。ヒトと違って美味いぞ。骨が多いのが難点であるがな」

 へえ、ドラゴンもウナギを食うんだ。って、ヒトと味を比べるなよ。

 ん? ジャイアントイール?

「ジャイアントイールというのは体長十メートルを超えるかという化物ウナギだ。人間がどうこうできるモンスターではないな」

 へえ、物知りだねウキ。

 ってことは、この爺さんはそいつを捕えて食っているという訳ね。

「む、それは何であるか?」

 ウナギのかば焼きだよ。一口食うか?

「むお! 何と香ばしいのじゃ。それにこれは骨がなく食べやすいな」

 お嬢ちゃんは『うまき』を食べてみるかい?

「ジイサマ、タマゴオイシイデシュ ウナギオイシイデシュ」

「ほうほう、確かにこうすればドラゴンの幼生でも骨を気にせずウナギを食べることができるのう。卵の食感とウナギの食感も絶妙である」

 そうか、よかったな。

 ん?

「漆黒の娘よ、そなたがこのウナギを仕立てたのであるか?」

 そうだよ。

「普通に焼いただけではこうはならないはずであるが」

 普通に焼くって?

「とっ捕まえたジャイアントイールに炎息ブレス攻撃である」

 ……。

 何とまあ豪快な……。十メートルのウナギを一気に丸焼きにするのか爺さんは。

 その時って、ウナギを押さえつけることはできるかい。

「頭を押さえつけるのは可能である」

 ふーん。それじゃウナギのさばき方を教えてあげるよ。

「ほうほう、焼く前に背を開いて骨をとってしまうのか。そうであるな。開いた身を炙ってやれば確かに香ばしく仕上がるな。我の爪ならばジャイアントイールの身なぞ簡単に引き裂けるであろう」

 あとね、途中で一回蒸してあげると柔らかく焼けていいのだけどさ。

「岩場に湖の水をかけてからジャイアントイールをそこに乗せ、岩にブレスを放てば何とかなりそうである。その後に、続けて仕上げ焼きをすればよいのだな」

 すげえなこの爺さん。ドラゴンにしておくのはもったいないほどの向上心と研究心の塊だぜ。


「ジイサマ、ふろらんたん」

「そうであった。のう漆黒の乙女よ、フロランタンはいただけるか?」

 おう、包んでおいたぜ。ナッツパイも焼いたから入れておいたぞ。ほら、一個食べるか?

 うんうん。カリカリとリスみたいに食べるなあ。可愛いなあ。

「オイシイデシュ」

 そっかよかったな。爺さんも目を細めて孫の様子を眺めているぜ。幸せそうだな。

 

 ところで爺さん、ドラゴンというのは皆人型に変身できるのかい?

「これは我の魔法である。他のドラゴンはこの魔法を行使すること叶わぬ。全ては研鑽によるものである」

 そうですか。やっぱり向上心の高いドラゴンさんだったのね。 

「漆黒の乙女よ、これを持っていてはくれぬか?」

 ん? 何だいこのきれいなネックレスは。

「これは我の鱗である。汝がそれを身につけているならば、我はいつでも汝の居場所を知ることができるのである」

 ふーん。で、何で?

「またフロランタンを求めに来るのである」 

 そうかいそうかい。孫想いの爺さんだな。わかったよ。

  

「ではさらばである」

「マタデシュ」


 帰っていく爺さんと孫娘を眺めながら、オレ達は我に返ったんだ。

 しまった、ウナギを食わねば。

 

 今日のウナギはひつまぶしの作法通り、二杯め薬味、三杯め出汁の茶漬けで美味しく頂きました。

 うまきも肝すいもうめえ。

「色々あったけど、まあ良しとするかね」

 そうだねサキ姉さま。

「ユーキ、あのな、そのナッツパイというのはだな……」

 ウキよ。たくさんあるから食べて良し。

 

 後日、パインビーチ山奥の湖で、老竜エルダードラゴンが眷族の竜達とともに、ジャイアントイールを見事な白焼きに仕立てて食っていたという与太話が出回ったらしいけど、オレ知らねっと。

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